魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第6話『例え恐れられようとも』
"--彼は彷徨い、居場所を見つけた 『そこ』は彼を迎え入れ、暖かく包んでくれた--"
◇ ◆ ◇
「……ぁ、……ぇ……!」
目の前に降り立った銀髪の少女が、絞り出すように喉を震わせた。
着地の衝撃で整備された道は砕け、轟音が響く。立ち上がった砂埃は街の外の魔物達にもはっきりと見える程で、街へ襲撃を掛けた魔物達の注意が一斉にそちらへ向く。
不意に背後から、今にも消えてしまいそうなほどに弱々しい声が聞こえた。
「……なんなんだよ……っ、次から次へと……!俺たちが、何したってんだ神様……!」
「もう嫌……助けてっ、誰か……!死にたくない……死にたくないの……っ!」
「おかあさん……怖いよ……っ、何処ぉ……」
響いた着地音で人々が更に恐怖に飲まれていく。死徒は辺りを見回し、メイリアとその後ろに固まっている街の住人達を見つけ、走ってくる。
メイリアが咄嗟に杖を構えて牽制するが、スィーラは止まる様子も無い。一度命を救われた事もあったが、魔族は魔族だ。完全に信用し切るなんて事が、ましてや今の状況で出来るわけがない。なにしろ、数日共に過ごしたとはいえたかが数日。彼女の事を、メイリアは何も知らない。
スィーラは杖を構えるメイリアの直前で立ち止まり、メイリアが背に守る広場に座り込む人々を見る。妙な動きをすれば、即座に魔法を叩き込む準備はあった。
「…………っ」
--少女は、人々に牙を剥くでもなく、安堵するでもなく、ただただ悲痛そうに顔を歪めた。
絶望に閉ざされた人々に何を見たのだろう。その眼は暗く、何もかも計り知れない。が、その身から敵意が感じられない事だけは分かった。口元を抑えて、肩を震わせる。まるで自分の事のように彼女も心を痛め、顔を伏せて振り返る。
本来は意思なき魂の筈のその身に何を感じ取ったのか、メイリアには分からない。が、その表情から今彼女が成そうとしていることはハッキリと分かる。
──憎悪ではない。正義でもない。ただただ少女は決意する。ただこの罪のない人々が淘汰されるのが見過ごせなかったから、せめて自分の力で守り切れるだけでも自分が守りたいと思ったから、この人達は絶対に守り切る。魔族とは思えないような、そんな強い決意を胸に。
「……スィーラ……!」
言葉を介さずとも、それは分かった。目の前の少女がただの死徒ではない事などとうの昔に分かりきっていた事だが、改めてその異様さをメイリアは実感する。人に仇なす筈の魔族が人を救おうとするなど、訳が分からない。
だから、これからはもう彼女を魔族とは扱わない。たった3〜4日の話ではあったけれど、それでも間違いなく彼女とは友人になった。自分に成せない事を、今代わりに成そうとする友人の背中を押す事の、何がおかしいというのか。
そうと決まれば、行動は早い。
「--『ブレシア』!」
魔力を介した、加護の魔法。メイリアに回復魔法は使えないが、補助魔法ならば辛うじて使えない事もない。スィーラの体に力が満ち、幸運を授ける極光が彼女を照らす。驚いて振り返るスィーラに、同じくメイリアが決意を胸に笑みを浮かべる。
きっと、ジークも遅れて来るだろう。彼ならば、きっとこの状況を覆す。それまで街を──否、人を守り切る。それが、二人に課せられた難題。
辛うじて、まだ戦線は崩れていない。ならばまだ巻き返せる。押し返せる。たとえ制御しきれない魔法でも、出来る事はある筈だ。
街は巨大であり、故に彼女達が背負うのは数万の人々の命。
『対魔傭兵』なら、決して引かない。
一歩を踏み出す。
勇気を奮わせる。
前だけを見る。
杖を握りしめ、魔力を練り、今こそ目の前に広がる戦場に躍り出る--!
◇ ◇ ◇
「……っ、『フィリア』ッ!」
最下級火炎魔法フィリア。本来は極小の炎弾を放ち、敵単体を屠る魔法の筈が、その火球は明らかに直径2mはある。
明らかに過多な魔力を込められた"ソレ"は荒れ狂う焔を散らし、味方の騎士の頭上を越えて魔族達の中心に突き刺さる。轟音が大気を揺らし、暴風は敵味方問わずその体勢を崩す。メイリアの『体質』が炎を拡大し、魔物達を喰らう死神となる。
魔族達は一部大火に呑まれ、数匹が焼け死んだ。が、当然次から次へと魔族達は襲い来る。
その勢いは、止めようがない。
「くそっ、くそッ!撤退!撤退しろっ!魔族を抜かせるなッ!!救援が来るまで持ち堪えろっ!」
「畜生っ!なんでだよ!なんでこんな辺境の街に軍勢クラスが……っ!」
「あ"ぁ"ぁあぁぁぁっ!腕が……っ、腕がぁ……ぁ"ぁ……ッ!」
「もう無理だ……殺される……っ、俺ら全員食い殺される……っ!」
隊長格の大柄な男が指示を出すも、半狂乱に陥った兵士達にその指示を聞く余裕はない。慌てれば慌てるほど騎士達は狩られ、新たな波乱を生む。
戦場には金属音が響き渡る。剣と剣がぶつかり合い、血と悲鳴が撒き散らされる。やがて魔族の軍勢の奥に魔力が集い、巨大な魔法陣が形成される。数多の術者の手によって構築されたソレは、構造を見るまでもなく大規模全体殲滅魔法。
魔法陣が光り輝き、轟く雷鳴音と共にその閃光が解き放たれた。
それと同時、背後から白銀の少女が飛び出す。
大気を泳ぐ紫電の束は魔神の鉄槌となり街の中心へと向かうが、弾丸の如き速度で撃ち放たれたその影が雷電に直撃する。
「……ぅ……ぁ"ぁ"……ッ!」
がむしゃらに振り回された腕が雷光を握り潰し、そのまま感電する事もなく大魔法は彼女の腕の中に収まる。その手は勢い良く振り切ら、同時に行き場を失った大雷は魔族達の軍勢に直撃する。
あまりに力技。以前影の巨人に襲われた際に痛覚もないのだろうかと思っていたら、本当に無いらしい。その割には触覚はキチンとあるらしく、あまりに常識外れな彼女の身体構造には謎が多い。
--が、今は心強いという気持ちが勝る。
スィーラはそのまま、今まさに負傷兵にトドメを刺そうと大斧を振り被ったオークの前に着地し、その細腕で一撃を受け止めた。
相変わらず肌で受けたにも関わらず負傷は一切無く、踏ん張った足は半分地面に減り込んでいる。本人が耐えられても、地面の方が耐えられなかったらしい。さらに大地に亀裂が走り、背後の負傷兵が奇妙な声を漏らす。
「……は、墓守の死徒……!?なんで……っ」
呆然とする負傷兵の前で、スィーラは尚も退こうとはしない。大斧が根元からヘシ折れ、同時にオークを突き飛ばす。
たったそれだけでオークは数十メートルも吹き飛び、数体の魔族を巻き込み絶命した。呆気に取られた兵士に向き直り、必死に呼び掛ける。
「……ぃ、ぇ……ぇ……!ぉ、ぇ……ぁ……ぃ!」
「……な、なんだよ……っ、魔族が魔族を殺……っ!?どういう……っ」
しかし言葉は伝わらず、動揺が続く。が、その内救護班らしき人物が兵士に駆け寄り、担架で奥へと運んでいった。
それを見送ると再度軍勢に向き直り、その渦中に飛び込む。再び大魔法を起動しようとする魔術師達の中心に着地し、不恰好にその一人を突き飛ばす。スィーラには戦の経験が無くとも、その力だけですら強大であり、ただ突き飛ばされただけの魔術師もまた直ぐに絶命した。
「スィーラっ!避けて!」
突如背後から聞こえる声に咄嗟に反応し、上空に高く跳躍する。
振り返れば巨大な魔法陣を組み上げたメイリアが杖を掲げ、何事かを呟いていた。一言一言を紡ぐ度に魔法陣が構築され、魔力は増幅していく。
「"──レヴェリ──"『make』『fire』『all』『burst』 !『アルル=アスフェルシア』ァァっ!」
撒き散らされた破壊の権化は災厄となり、群がる魔族達を焼き払う。案の定その制御は不安定で、杖を構える両手が焼けるように熱い。火の粉が辺り一面に舞い上がり、熱風が空気を根こそぎ焦がした。
それでも尚、進軍は止まらない。焼いた次の瞬間には後ろの増援がその穴を埋め、間髪入れずに攻め立ててくる。
想定が甘かった。千の軍勢ならまだ良かった。それだけならばまだ対抗の余地があった。しかしこの魔族達は、確実にその数倍--下手をすれば数十倍はいる。
それが、円形の街を全方位から進軍してきている。
今でこそこの東の門はメイリア達が抑えているが、他の門から侵入される確率も限りなく高い。
──そして、思考の隙を突くように、一匹の魔族が防衛戦を突破する。
「……っ!スィーラッ!追って!」
「……ぅ、……!」
こくりと頷き、銀の少女が飛び出す。侵入した魔族は速く、すでにその後ろ姿は遠い。スィーラもまた、その怪力を以って後を追う。が、複雑な街の構造が仇となったか、その姿は闇に紛れて消えてしまう。
慌てて街の上空に跳躍し、目視出来る限りでその姿を探す。極限まで目を凝らし、遥か下の街を見渡す。──見えない。何処だ。何処に消えた。
路地には……居ない。通った痕跡もなし。屋根……勿論無し。仮に通っていれば確実に気付く。ならば……下水。
必死に空気を漕いで急降下し、目に付いたマンホールを突き破って下水道に出る。強引に破壊された金属の破壊音が轟き、自分でやって耳鳴りを起こしそうになる。
首を振って意識を集中させ、魔族の気配を探す。パシャリパシャリと音を立てながら水を渡り、臭う悪臭を無視して走り続ける。直感に従い駆け、街の中心へと向かっていく。
「ゥ"ル……ァァ"ァ……!」
「……ぃ、……ぁ……!」
--見つけた。
スィーラに気付いた魔族が上方に跳ね上がり、真上のマンホールを突き破って下水道から脱出する。その後を追い、マンホールから地上に戻り、辺りを見回す。目に入ったそこは、人々が集まるこの街最後の安全圏、中央広場。
それもたった今、崩れ去った。
「……ま、ぞく……っ!」
「嫌……!死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないの……っ!」
「ぁ、あぁ……っ!母ちゃん……っ!父ちゃん……っ!ごめん……っ」
飛び出した亜人の魔族は直ぐに広場に着地し、近くで体勢を崩した子供にそのギョロリとした眼を向けた。
幼き少年は固まって動けない。その眼には涙が浮かび、誰かへ助けを乞おうと必死に声を上げる。目をギュッと握り込み、次の瞬間に来るのであろう『死』を覚悟しようとしていた。
「……っ!」
スィーラが、それを許さない。
少年を抱き、振り抜かれた巨腕が少女の背を打つ。その力は先ほどのオーガとは比べ物にならない程のもので、この魔族は軍内でも余程の上位種であると本能的に理解した。
痛みはない。が、スィーラは少年を抱いたまま数メートル、数十メートルと吹き飛ばされる。なんとか少年が傷付かぬように頭だけでも守り、自分の背をクッションに壁に衝突した衝撃を抑える。
建造物は崩壊し、木材やレンガが二人に降り注ぐ。それもまた、少年に当てるわけにはいかなかった。
少年を庇い、スィーラがその全てを受ける。何度も鉄塊が頭を強く打ち、不快な感覚だけが全身を襲った。
少年が胸の中で涙を流し、死徒の少女を見上げている。
傷は無い。
ホッと胸を撫で下ろして少年を安全な所に置くと同時に、息つく暇もなく魔族が上空に飛び上がり、スィーラ目掛けてその怪力を叩き付けようとする。
──回避は不可能。ならば受ける。
不恰好ながらも頭を守り、両腕に叩きつけられた圧倒的な暴力に耐える。足が知らぬ間に踏んでいた木の板が割れ、真っ二つに弾け飛ぶ。
なんという馬鹿力か、スィーラも大概ではあるが、この魔族はそれ以上の腕力を持っている。正直、そう長く耐えられる気はしない。
「スィーラっ!」
背後からメイリアの声が聞こえたと同時に、炎の塊が魔族を吹き飛ばす。が、特に効いた様子もなく、悠然と立ち上がった。
スィーラがメイリアに視線を送り、魔法の威力を高められないのかと問う。
「……ごめん。出来るには出来るけど、周りを巻き込んじゃう。まだ調整が出来ないの……今使える魔法だと、今のが限界……!」
--不味い。
恐らく、スィーラの怪力もあの魔族には通じない。魔法を使ってくる気配が無いところを見ると、恐らくは魔力を全身の強化に回しているのか。
どうにせよ、今の二人に対抗手段は無い。防戦一方になるだけだ。そして、周りの住民達は完全に恐慌状態。巻き込まれる可能性が高過ぎる。
どうする--!?
──決まっている。
「……ぅ、……ぁ……っ!」
スィーラが、飛び込む。握り慣れない拳を握り、全長190はあるかというその魔族に殴り掛かる。
「ゥ"ルァァァァアァ"ァァァァッ!!」
敵もまた、拳を握る。
巨大な薄緑の拳はスィーラの小さな右手を素通りし、先に少女の顔面を殴り付ける。痛みや被害こそ無いものの、激しい衝撃に脳が揺れる。
--けれど、倒れない。
「……なに……してんだよ……あのゾンビ……」
住人の中から、絶望混じりのそんな声が聞こえた。
もう一度。両手を握り込み、声と言うほどの声も出ない掠れ切った喉を奮わせる。魔族もまた一つ雄叫びを上げ、その巨腕を握り込む。
交錯。
衝撃。
少女の体がまたも飛び、三半規管を揺らされた目は役立っていない。追撃とばかりに、重々しい音を立てて拳が二度、三度、四度と叩き込まれる。が、倒れない。
七撃。
倒れない。
八撃。
倒れない。
九撃。
倒れない。
「……なんで、あのゾンビ……俺達を庇ってるみてぇに……」
「……なんなんなのよ……っ、訳分かんないのよ……っ」
更に声が漏れる。襲われた恐怖と、魔族が魔族と殺しあうという光景に対する困惑を孕んだ声。しかし、誰も彼女の意図には気付かない。
十撃。
よろける。しかし立ち上がる。
十一。
倒れる。されど立ち上がる。
十二。
諦めない。何度も立ち上がる--
「…………っ……!」
メイリアは戦慄する。
例え痛覚が無くとも、例え体が壊れずとも、こんなもの拷問に近い筈だ。
大地を割るほどの衝撃に晒され続け、尚立ち続けて誰かの前に出る。すべての注意を自分に引き受けて、その全ての攻撃を引き受けている。
彼女は人間でもないのに。
彼女は見ず知らずの誰かを守る為に。
抗いもしない、なされるまま。しかしただ一つ、倒れない。
駄目だ。例え痛みがなくても、傷がなくても、これでは余りにも--
──惨い
「……スィーラ……っ」
止めるに止められない。
彼女を止めても止まらないだろうし、仮に止められても魔族の矛先は他の人々に向く。
倒しようがない。
駄目だ、こんな事は。
けれど、それを変える力は無い。
どうする、どうする。どうする。どうする──!
何か、この状況を変えられる程の力が--
「──喰らえ。『アスヴィシシャス』」
聞いた事もない、声。
朱い閃光が走り、拳を握る魔族を跳ね上げた。
なんだ、アレは。槍--なのか?
紅の極槍は勢いを衰えさせず、むしろ加速して魔族の体を削っていく。
軌道を変え、何度も何度もその肉を抉っていく。音速の朱槍は最後に魔族の左胸を抉り取ると、声の主の元へと還っていく。
魔族は、絶命していた。
「いやはや、面白いモンを見せてくれた。コイツはそれののお礼……って訳じゃあないが、そんなもんだと思ってくれや」
緑の外套だ。顎髭を蓄えた男は腰に手を当て、先程の大槍を肩に担いで広場を見下ろしている。その横には、数名の武装集団。
「感謝するぜ、よく抑えてくれた。お陰で間に合ったわ」
その胸に刻まれた紋様を知っている。
それは、かの少年も着けていたエムブレム。それが指す意味は--
「──ジーク・スカーレッド率いる『対魔傭兵』分隊全120名、全軍戦場に到達した。これより蹂躙を開始する」
◇ ◇ ◇
──剣を抜く。
「待たせたな、随分と遅くなったが……」
──機能全解放、『ファナトシオルグス』。
「--テメェら全員生きて帰れると思うなよ、魔族共」
ジーク・スカーレッドは、光の剣を振りかざす--!
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