おぢばにおかえり
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第三十一話 研修先でもその七
「あの吉原ですから」
「特に変に考える必要はないってこと?」
「そういうことですよ。それに」
「それに?」
「何なら花魁さんになってみます?」
こんなことを言ってきました。
「先輩も」
「何でそうなるのよっ」
また怒ってしまいました。その言葉を聞くと。
「どうして私が花魁にならないといけないのよっ」
「嫌ですか?」
「絶対に嫌よっ」
冗談じゃありません。花魁っていったらやっぱりあれです。恥ずかしくて考えただけで顔が真っ赤になってしまいます。どうして私がそんな。
「それだけは嫌だからねっ」
「ああ、そうなんですか」
「そうよ。絶対にならないからっ」
はっきりと断りました。
「いいわね。今度それ言ったら許さないから」
「まあそれじゃあ」
「何よ」
「僕がなりますよ」
いきなりこんな訳のわからないことを言い出してきました。
「僕が花魁になりますよ。それでいいですよね」
「ってちょっと」
今の阿波野君の言葉を聞いて目を顰めさせずにはいられませんでした。一体何を言っているのかしらと頭の中で首を傾げさせながら。
「今何て?」
「ですから僕が花魁に」
「だから。それ何でよ」
「先輩はなりたくないんですよね」
「絶対にね」
これは変わりません。不変です。
「私は嫌よ。本当に」
「だからですよ。僕がなりますよ」
またこう言ってきました。
「花魁に」
「えっ!?」
阿波野君が何を言ったのか一瞬わかりませんでした。
「今何て言ったの?」
「だから。僕が花魁になりますよ」
聞き間違いじゃなかったです。確かにこう言いました。
「それならいいですよね。僕がなれば」
「僕がなればって」
まだ何を言っているのかよくわからないところもありましたがとりあえず聞き返しました。
「何言ってるのよ。そんなことが」
「女形ってあるじゃないですか」
「歌舞伎のあれ?」
「そう、あれですよ」
阿波野君はにこにことしながら女形の話をしてきました。
「あれみたいな感じで。それだといいですよね」
「つまり女装ってこと?」
「だから女形ですよ」
何故か女装とは言いませんでした。
「女形になりますんで。それだといいですよね」
「阿波野君が花魁さんになるの」
「歌舞伎じゃよくあるんですよ」
「そうなの?」
「はい、女形の定番の一つですよ」
こう言いますけれど歌舞伎がどんなものかはあまり詳しくはないのでよくわかりませんでした。とりあえず男の人が女の人になるのは知っていますけれど。
「それも。じゃあそれでいいですよね」
「本当になるの?」
「だって先輩嫌ですよね」
また私に話を振ってきました。
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