暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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13
前書き
(-゚ )~ ( д`;)~ 〔。il〕:〔〕)~
※ただいま移動中
メイドさん、僕こと傭兵のレヴァンテン、そして仮面の人、三人が一列に並んで進んでいく。
そんな奇妙な集まりはすれ違う人からの視線を集めつつ、城内らしき通路を通りながら皆揃って無言だった。
「……」
「……」
「―――、――」
なんだかとても居心地が悪い。
目の前にメイドさんがいるから、いくらか精神的にマシだけど、後ろの仮面の人から向けられる無言の視線が落ち着かない。
謁見の間に行くのかと思っていたが、前通った時とは別の道を進んでいるのか周りの様相に見覚えがない。
向かう先にあのエルザ姫がいるのはわかってはいるが、流石に行き先がわからない事に不安を覚えた。
「もうすぐ着きます」
メイドさんに問いかけようとする前に、向こうから先んじてそう言った。
不意に到着しそうなのを告げられた自分はドキッとする。
そしてその到着場所はすぐにわかった。
通路の行き止まりに、重厚な木造の扉が自分達を待ち構えていて、その取っ手には豪華な事に金属製で出来ていた。
その先は明らかに特別な部屋である想像を思い浮かばせる。
「こちらになります。 姫陛下、件の傭兵様をお連れしました」
メイドさんはコンコン、と扉を叩き、次いで声をかけた。
扉の向こうから返事はすぐに返ってきた。
「お、ミーア姉ちゃんか。 入れよ、宰相もいるぞ」
「では、失礼します」
扉を開けるとそこには、姫陛下のちょっとすごい場面を目撃した。
エルザ姫が座り心地が良さそうな椅子に座りながら、人一人が寝られるくらい大きい机に向かっていた。
机に向かって座るイメージがなかったから驚きだが…その光景がちょっとすごいものだ。
エルザ姫は片手にペンを持ち、片手に羊皮紙を滑らせて書類仕事をしている…とは言葉にすると簡単だが、その光景が中々凄まじい。
ズババババッ、と姫陛下が羊皮紙を躍らせて、ペンを走らせている様は目にも止まらぬ速さ。
羊皮紙を取る左とペンを握る右手が同時に動いて、次々と書類を片づけて行く。
あれでちゃんと書けるのかと思ったが、目まぐるしく動く瞳はちゃんと羊皮紙に文字を刻みつけているのを確かめている様子だ。
とにかくすごい。
羊皮紙の山を処理していく様は、言葉が出ないほどだ。
書類が踊る。
エルザ姫は視線がこちらに向けずに、そのまま声をかけてきた。
「お、サンタにミーア姉ちゃん、ごくろーさん」
「ちゃんと仕事していましたか。 間が悪かったでしょうか?」
「んー、別に。 待ってる間に暇だったからな。 宰相もいいタイミングだとばかりに書類を山ほど持ってきたし」
エルザ姫がそう言うと、自分はその横にいる人の存在を今更気付いた。
「……」
最初はエルザ姫の書類仕事を見て呆気に取られたが、彼女の横には佇むようにその男は立っていた。
気難しそうな面構えを顔に張り付かせ、メガネをかけた壮年の男性。
書類の束を抱え、こちらに目を合わせずに物静かに佇んでいた。
エルザ姫という例外があったから忘れかけたけど、これがお偉いさんの態度と雰囲気なのだと思い出した。
「(若いなぁ~…僕よりちょっと年上みたいだけど、あれで宰相なんだぁ)」
見た所自分と同年代くらいだけど、ああ見えて地位とか権力とかものすごく差があるのだろう。
それに壁を感じるものの、果てしなく偉い人だと結構な年配な人ばかりだと思っていたから、僕は素直に感心する。
しかしその顔にどことなく見覚えがあった。
特定の誰かではなく、その昔よく見た特徴の顔付き―――もしかして、僕と同じ同郷の人なのだろうか?
「さてっ」
エルザ姫はバンッ、と書類の山に掌を叩き落とした。
驚きな事に、本当にあの羊皮紙の数を片づけた事らしい。
「よいっしょ、と」
ヒラリ、と書類の山を避けて、エルザ姫は机を飛び越えて来た。
一瞬危うく丈の短いスカートの中が見えそうなその動きから机に腰掛け、これ見よがしに足を組んだ。
「姫様、はしたないですよ」
そんな行動に出たエルザ姫を見かねて、メイドさんが諌めた。
「別にいいだろ。 こうやって足を組んでる方がキマってるし、高い所から見下ろすのは当たり前の事だろ、何せ俺は偉いからな」
「(そりゃ…姫陛下だし、文句なしに一番偉いよね)」
“陛下”という呼び方は国王に対する呼び方。
信じがたい事にこの少女がこの国で一番偉いであるのは事実らしい。
貴族とかは庶民を見下すものであるのはわかるけど、エルザ姫の包み隠さないハッキリとした物言いはむしろ清々しいものだ。
「それにここの椅子だと、段差がないから高さが物足りないんだよ」
机に座った事で椅子に座っていた時よりも視線が高くなって、わずかながら自分を見下ろす形となっている。
立っている自分よりもちょっと高い位置から向けられる視線は、どこか無邪気さが感じられるものだ。
ふと思った。
見下ろしたいのなら、ここで自分に跪かせればそれで解決なのではないか……と思ったが、余計な事は言わずに黙っておく事にした。
「さて、話は聞いての通りだ。 わかってるな?」
「え、いえ、わかりません」
聞いての通りも何も、肝心要の所はさっぱりです。
どうしてここにいるのかはわかっているけど、何を理由にそうさせたのかそこんとこが分からない。
僕…エルザ姫に目を付けられるような粗相をしましたでしょうか?
「頭悪いなお前。 ミーア姉ちゃん、こいつに説明したのかぁ?」
「話せる範囲は。 しかし、重要な部分は姫陛下の口から言われるべきと思い、それ以上は伝えていません。 私は一介のメイドでありますゆえ」
「あっそ。 ミーア姉ちゃんがそう言うなら仕方ないな」
どことなく主従以外の感情があるような会話だったけど、エルザ姫は肩をすくめ、メイドさんから僕へと視線を移した。
そんな視線を向けられて、自分は内心オドオドしています。
メイドさんの文句の付け所がないくらい控え目な対応のおかげで尚更に。
「それでだな、バッテン」
「レヴァンテンです! て言うか、その呼び方まだ続いていたの!? って、あ…」
あまりにもあんまりな呼び名に、僕は反射的に言葉を返した。
ついついあの戦場の時の勢いで、姫様に対して大きな声で無礼な口調が出てしまった。
これは当然、庶民が偉い人にやっていい態度ではない。
「ん、んっ…!」
案の定、そこにいた宰相が咳払いした。
初めてこの場で声らしい声を聞いたけど、あの顰めた顔…間違いなく怒ってる…!
エルザ姫に対して粗相をして、この無礼者!って言いたげな目をしてるような気がする!?
「気にするな気にするな。 バッテンはバッテンだ、俺がそう決めたんだからな」
えぇ~……。
この姫様は……独裁的な姿勢は相変わらずだった。
僕ことレヴァンテン・マーチンを“バッテン”と呼ぶ事を止めてくれないらしい。
ちょっと泣きそう……。
それはともかくだ、と姫様は言葉を続けた。
「バッテン、お前は臨時兵士としてウチん所の国で雇われているよな」
「え、えぇ…まぁ…」
「正確には臨時兵士として雇用登録して二週間ほど。 実地での役割は物資の仕分けと整理ですね」
「臨時兵士、もとい傭兵の仕事らしくねぇな」
エルザ姫のそんな言葉がグサッと刺さる。
誰もそう思っているがあえて言わない事実、警戒担当でも警備担当でもない物資担当は予備戦力扱いだが実際は雑用もいいところだ。
戦力はそれ以上でもそれ以下でもないのに、雑用なんかしてるようじゃ傭兵としてどうかと思われるのも仕方ない事ではある。
「しかしそれも今日までの話だ」
「え?」
この姫様は、何を、言っているのだろうか?
あの…まさか…そのまさか…ではないですよね……?
「傭兵としての仕事は終わりって事だよ」
「ちょ、ぅええぇぇえ!?」
終わり!? お仕事終わり!? なんで!?
突然に告げられる傭兵終了のお知らせ。
それはもしかしなくても、言い換えればつまり…。
「そそそそれってまさか…クビって事では…!?」
「そうとも言うな」
―――……詰んだ。
僕の、人生、終わった。
今までなら、何とかやってきた。
危ないと思いながらも必死で生き延びて、最低限の賃金をうまくやりくりして、ひもじい思いしながらも節約して…それでも傭兵を続けてきた。
このデトワーズ皇国の傭兵になって日は浅く…最低限の防具と剣を購入した後だから、蓄えなんてろくに出来ていない。
何より三食まともにたっぷり食べられる生活が財布の紐を緩めてしまい、節約を二の次にしてしまっていたのが痛い。
これからどこかで雇ってもらうにしても…地元じゃないから、それがすぐに叶うわけじゃない。
ここで傭兵が出来ないのなら他の土地でやるにしても、次の雇い先が見つかるまでにお金は確実に尽きるのは目に見えている。
出来れば数カ月はお世話になって稼ごうかな~、と思っていたけど…クビを言い渡されるなんて……。
これは貧民街行きかな…アハハ……。
「そこでだ」
お先真っ暗で将来に絶望しそうになった―――その時だ。
エルザ姫はまだ話に続きがあったのか、絶望する一歩手前の所で意識を向けさせられた。
「デトワーズ皇国王女エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズとして、バッテンに命令する」
腕を組み、あくまでも偉そうな態度を崩さず、エルザ姫は尊大に名乗り上げて宣告してきた。
「その呆れたしぶとさを見込んで―――俺様の盾になれ」
「―――へ…?」
たっぷりと、空白のような間を開けて、ようやく間抜けな声で反応してしまった。
しかし、その発言の意味不明さに、頭は理解を放棄していた。
一体この子は何を言っているのでしょうか………?
「姫」
短く一言、宰相から待ったの声が掛けられた。
これが、宰相の初めて声らしい声を聞いた時だった。
「打ち合わせと違うでしょう。 色々言わなければいけない事をすっ飛ばしているんですか。 ちゃんと役職名を言わなければ誤解を山ほど受けるんですよ。 大体、盾になれってどんな鬼畜の所業ですか」
口を開いたら一転して、小言が溢れ出て来た。
物静かな人だと思っていた第一印象が吹き飛んで、僕にとってはちょっと苦手な部類へと見方が変わる。
頭良さそうでまだ若いのに、彼からはなんか説教臭い年寄りのような印象を覚えた。
「あ~そうだった、そうだったな。 悪い悪い」
小言もそこそこに切り上げようとして、エルザ姫はヒラヒラと手を振って中断させた。
「え~とだな。 お前を、俺様の側付きの試験的特例近衛として雇用するものとする―――だったか。 分かったかバッテン」
「スペ…え? インペ…え?」
何語?
ちょっとよくわからない響きに、エルザ姫が言っていた事がさっぱり意味がわからなかった。
それはつまり……え~と、どういう事ですか?
「つまりですね」
その時、冷や汗を流れていた僕を見かねて、後ろからメイドさんが補足してきた。
「あなた様は特別に、エルザ姫陛下の従者のようなものとして雇われる事になったのですよ」
「ぇええーーーッ!?」
メイドさんが分かりやすく噛み砕いてくれた内容は、地のどん底から天に昇るほど衝撃的な事だった。
それと同時に湧き上がる当然の疑問。
「な、なんで僕が!? 僕、ただの傭兵なのに……その、ス、スペ……」
「試験的特例近衛な。 長いから“盾”でいいぞ」
あ、やっぱり長ったらしい名称だとエルザ姫も思っていたようだ。
いや、でも、盾って…それって人としての職になるのか……って違う、重要なのはそこじゃない。
「そ、その盾ですけど…なんで傭兵の僕がそんな…ひ、姫様の、王族の人の直近みたいなものになれるような功績も地位も、それどころかお金も無いのに…どうして?」
とても情けない話ではあるけれど、僕は傭兵…それも一般人にも劣る身の上である。
それが姫の…小国とは言えそこで一番偉い人の直近になれるとか、いくらなんでもそんな夢のような…なのかはどうかはともかくとして、ありえない話だ。
「なんだ、相応しくないとかそう言いたいのか?」
「えぇ、まぁ…そうなります…」
「………」
その埋めようのない格差を自覚し黙りこくる……かと思われたが、エルザ姫はそんな事などお構いなしとばかりに言い放ってきた。
「―――そんなのどうでもいい事だろ、バッテン」
エルザ姫は大胆にもそう言った。
身分という意味では最上位にあるはずのエルザ姫が、あらゆる意味で格差の隔たりを切って捨てたのだ。
「相応しいとか相応しくないとか、そんなの重要じゃねえんだよ」
「へっ…い、いいんですか、そんな事言っちゃって…」
身分は…特権だ。
少なくとも雑兵も傭兵も正規兵も、それらを顎で使えるような力ある権威は特別なほどに重要なはずなのだ。
そうでなければ偉い人は偉い人でなくなってしまうからだ。
「いいんだよ」
エルザ姫は軽やかに机から降り立った。
初めて顔を合わせたあの時のように、スタスタと自分に歩み寄って来た。
「文句言わずに、俺様が盾になれと言ったんだから盾になれ。 それだけの話だ」
それとも…と呟いて、エルザ姫は続けた。
「あまりくだらない事考えるようなら……一発お見舞いして頭スッキリしてやろうか?」
姫様の手が指折り畳んで固めた拳へと変わり、それを突き出して来た。
ブンブン、と首を激しく横に振って遠慮する事にした。
逆らうのはまずい、エルザ姫の要望に応えないとあの攻城兵器のような拳が向けられている事に危機感を覚えた。
「なら決まりだな。 よしっ、俺様専用の盾が手に入ったぞ」
「おめでとうございます、姫様」
「―――、――」
脅し付きの要求が通った事にエルザ姫は嬉しそうに表情を変え、メイドさんがそれに同意する。
そして僕の後ろでパチパチ、と仮面の人が無言で拍手をしていた。
傭兵をクビにはならなかったみたいだけど…なんか、色々と納得いかないです……。
クビになりたいわけじゃないけど、僕自身の希望は傭兵である事であって、それ以外の何かになりたいわけじゃないのですが…。
「姫陛下が決めた事だ。 それを拒否する事が出来なかった以上、これは決定事項となる」
「は、はぁ……」
そんな僕のモヤモヤとした気持ちを察したのか、宰相さんが追い打ちをかけてきた。
クイッ、と押し上げるメガネの奥底には、いっそ諦めが付くような優しさが感じられる冷たさがあった。
宰相さん…素っ気ないけど、実はイイ人……?
「それじゃあ、バッテン」
「何度も言いますけど…僕は、レヴァンテン・マーチンです…」
改まってエルザ姫は自分を呼ぶが、反射的に訂正を返した。
「いいんだよ、呼ぶの面倒だし」
「(ですよね~…そんな予感はしてました。 シクシク…)」
姫様の中では…バッテン呼びの定着は、面倒の一言で決まっているらしい。
「いいか、バッテン」
「あ、はい」
そして再度、エルザ姫は改まって僕の名前(仮)を呼んだ。
「お前は俺様に相応しい盾だ。 長~く使ってやるつもりだから、今日からよろしくな」
「よ、よろしくお願いします…」
―――あなたは姫陛下に目を付けられました。
ああ、何と言うか…理解してしまった。
ここに来る前に時、メイドさんが言っていた言葉が頭の中で蘇った。
逃げたいけど逃げられない…さながら猛獣に狙われる獲物の気分。
エルザ姫の言う通り、これが長い付き合いになりそうだという悪い予感がしていた。
「よしっ。 バッテン、早速ひと仕事だ」
「え」
その悪い予感は…酒場で“とりあえず一杯”のエールのように早く訪れた。
「“とりあえず”一発殴らせろ」
「え……え?」
僕の肩に手を置かれ、エルザ姫の空いた方の手に握られた拳が見せつけられた。
「あの時思ったんだ。 お前を傭兵として雇った時な、殴り甲斐がある…そう思ったんだよ。“盾”になったのなら、俺様が試しに殴っても問題ないだろ」
「え、ちょ、ひ、姫様、まさか……」
嫌な予感は雄弁に語る。
唐突で、理不尽で、ありえなくて…思いつきのようなその行為だけど、この姫様から“やると言ったらやる”という危機感を覚えていた。
あ…姫が、拳を振り被ろうとしてる。
「ぁ…あ……あひいぃぃぃ~!!」
その日―――デトワーズ城にて小規模の揺れが記録されたとの事でした。
後書き
宰相さん:デトワーズ皇国で結構偉い人。 貴族ではないのに異例の若さで宰相となった。 レヴァンテンことバッテンとは同じ土地出身。
■次回は時間を遡ってエルザ姫の視点になります。
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