忘れ形見の孫娘たち
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8.鈴谷は仲間はずれ
「買ってきていただいた日本酒、本当に美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう! 俺おすすめの磯○慢ですからね! へそくりはたいた甲斐がありました!!」
日本酒を飲み進めていきほっぺたがほんのり赤くなった洋服姿の妙高さんにそうおだてられ、父ちゃんの鼻の下は通常時の20倍まで伸びていた。そして今も現在進行形で伸び続けている。
「この煮物、とても良く出来ている。ダルマにもよく合う」
「あら! 那智さまお褒めいただいてなによりですわよ! 他にも腕によりをかけて作ったものばかりですから、遠慮せずに召し上がってくださいな!!」
那智さんに自分の煮物を褒められた母ちゃんは相変わらず瞳の中にハートマークを浮かべた乙女モード全開だ。妙高さんと那智さん……二人が来てから、うちの夫婦は歯車がズレたところでがっちりと噛み合ってしまったようだ。
「鈴谷……僕は頭が痛くなってきた……」
「まぁいいんじゃん? 鈴谷もちょっと飲みたい!」
「お前女子高生だろ? いいのかよ未成年?」
「いつもはワインとかけっこう飲んでるから大丈夫!」
鈴谷は鈴谷でそう言いながら僕のチューハイを勝手に自分のグラスに注ぎ、かっぱかっぱ飲んでいた。そんなペースで飲んで本当に大丈夫かよ……。
父ちゃんが買ってきた酒の量を見て、妙高さんと那智さんは今晩自分の家に帰るのを諦め、とことん我が家での宴会に付き合うことに決めたらしい。二人は一度服を買いに出て、今ではリラックスした服装で夕食を堪能している。初対面の時は二人とも格式ばったかなりかっちりした服装だったが……今はカジュアルな服を着ているせいなのか、僕と同年代の女の子らしいやわらかい印象だ。
「ねぇかずゆき、この玉子焼き美味しいねー」
「? 玉子焼き気に入ったの?」
「鈴谷たちのご飯作ってくれてる鳳翔さんのも美味しいけど、この玉子焼きも鈴谷気に入ったよ!」
「確かに、この玉子焼きも煮物と同じく絶品だな」
自分が慣れ親しんだ味を気に入ってくれるってのはとてもうれしいものだ。それがたとえ、傍若無人で小生意気な女子高生の鈴谷であったとしても。
「ホント、お母様はお料理がお上手ですね」
「いやそんなぁー……那智さまのお口に合うお料理が作れたってだけでうれしいですよぉ」
確かに那智さんも褒めてたけど、今褒めてるのは妙高さんだぞ母ちゃん!
「お母様、よかったらこの煮物と玉子焼きの作り方、教えて頂いてもよろしいですか?」
「え?! ええ、いいですよ?!」
「よかった。では台所へ参りましょうか」
「は、はい!」
妙高さんの突然の提案に母ちゃんは気が動転したらしく、返事が上ずっていた。そしてそんな様子を気に留めることもなく、妙高さんはずずずいっと母ちゃんを台所へ連れて行き、
「冷蔵庫、失礼しますね……」
と冷蔵庫の野菜室を開け、大根や人参をひょいひょい取り出していた。
一方の那智さんは那智さんで……
「おや、那智さんはよく飲まれますか?」
「ああ。なんだかんだで仲間と共に毎晩飲んでいる」
「それは頼もしい。うちは和之もあまり飲まんし妻も甘党ですから、家ではいつも俺が一人でビール飲んでるだけなんですよ」
「そうなのか? では今晩はこの那智が、とことん付き合って差し上げようか」
と酒が入っていい気分になった父ちゃんに差し向かいの酒に誘われ、二人で楽しそうにサントリーオールドを飲み進めていた。
「なんかいい感じにカップリングができてるな」
最初の父ちゃんと母ちゃんの様子が様子だけにとても心配していたのだが……いい感じに四人とも仲良くなったみたいでなによりだ。
「そだね。みんな仲良くなれてよかったね」
僕と同じく、鈴谷も四人の様子を微笑ましく見ていた。僕のチューハイを横からかっさらってかっぱかっぱ飲んでいたせいか、鈴谷のほっぺたはほんのり赤くなっていた。
その後は妙高さん作、母ちゃんプロデュースの煮物と玉子焼きをみんなで食べたり、那智さんと父ちゃんが飲み比べをしたり、鈴谷が那智さんのダルマを横からかっさらって飲んで喉を焼いたりとかして楽しい時間が過ぎていく。途中、父ちゃんが酔いつぶれてしまい……
「妙高さん素敵だけど……でもやっぱり俺は……母ちゃんが一番だッ!!」
と聞いてるこっちが恥ずかしくなる雄叫びを上げた後に失神。その父ちゃんを、妙にポヤポヤした母ちゃんが寝室に運んでいったところで宴会はお開きとなった。
「僕は自室で寝ます。使ってない部屋が一室ありますんで、お二人プラス鈴谷はそちらでお休みください。布団は敷いておきました」
「お心遣い、感謝いたします」
「お風呂や洗面所は好きに使って頂いて大丈夫ですから」
「ありがとう」
「ねー……かずゆきぃー……」
僕が二人に部屋の説明をしていたら、鈴谷が妙にトロンとした目で僕を見ていた。……まーあれだけかっぱかっぱ飲んでたら、いくら酒に強くても酔っ払うわな……。
「かずゆきー。すずや、かずゆきといっしょにねてあげても……いいよ?」
「お前酔ってるだろ……いいから妙高さんたちと一緒に寝なさいよ」
「ねぇー……かーずーゆーきー……」
「だあッ!! 寝ろッ!!」
「ちぇ〜……」
そんな僕と鈴谷のやり取りを見ながら、妙高さんと那智さんはくすくすと笑っていた。母ちゃんは父ちゃんを運んでいったまま戻ってこない。恐らくはそのまま寝たんだろう。
「それじゃあおやすみなさいッ」
「おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみっ」
「かずゆきのバカぁ……」
僕はというと……自分の部屋に戻ってからやることがあった。それは、夕食前の鈴谷たち三人との会話のことだ。
―― 提督とケッコンした子、摩耶って子なの
鈴谷たちいわく、うちの婆様と同じ名前、同じ容姿の子がいるらしい。まさかとは思うが、それも艦これのキャラにいるんじゃあるまいな……実は食事中、僕はずっとそのことが気になっていた。スマホを使って調べようと思ったが、やはり調べものをするときはパソコンの方がいいと思い、居間にある元爺様現母ちゃんのパソコンを使わせてもらおうと居間に戻る。
当然ながら、居間には誰もいない。僕はパソコンの電源を入れ、麦茶と妙高さんの煮物の残りを手元に持ってきた。湿気のせいなのか、麦茶が入ったグラスにはもう水滴がたくさんつき始めている。コースター代わりにティッシュをたたみ、それをグラスの下に敷いた。
「まさかな……」
立ち上がったらブラウザを開き、早速『艦これ まや』で検索をかけてみる……出た。まさかとは思ったが……本当にいたとは……
「しかもあの写真の婆様そのまんまじゃんか……」
画像検索で引っかかった摩耶というキャラクターの容姿は、まさしくあの古い写真に乗っていた婆様そのまんまの顔だ。服装こそ違うけど、あの気が強そうなキッとした表情は、写真の婆様そのまんまだった。
「和之か?」
僕が摩耶の画像に唖然としていると、静かだけどよく通る那智さんの声が聞こえた。心臓が口から飛び出るかと思うほど僕はびっくりして、慌ててブラウザを閉じた。
「おわぁぁああ?! な、那智さん?!」
「随分と驚いてるな……パソコンでなにか悪巧みでもしていたか?」
「あーいや、そんなことしてないですアハハハハハ」
別に隠す必要は無いんだけど……なぜか咄嗟にそう答えてしまった。正直に話しては行けないような気がした。
「那智? どなたかいるの?」
「ああ、姉さんちょうどいい。和之がまだ起きていた。姉さんの煮物を食べているよ」
ん? ちょうどいい? どういうこと?
「あらそうなんですね。ホント、ちょうどよかった」
「ああ。今ならちょうどいい」
那智さんと妙高さんが居間に入ってきた。那智さんの手には、ダルマとグラスがあった。那智さんはそのままテーブルを挟んで僕の向かいに座り、妙高さんはその那智さんの隣りに座る。
「お二人ともまだ起きてたんですね」
「ああ。貴様と話がしたいと思ってな」
「僕と? ……ああすみません。お茶でもいれましょうか妙高さん。麦茶と熱い緑茶、どっちがいいですか?」
「ありがとうございます。では熱いお茶を」
「はい」
僕は電子ケトルに水を入れ電源を入れた。沸騰するまでの間に急須にお茶っ葉を入れ、湯のみを準備しておく。
「何か食べます?」
「大丈夫だ。姉さんの煮物がある」
「ですね」
沸騰したら急須にお湯を注ぎ、急須と湯のみ、そして那智さん用の氷と水を運んだ。妙高さんはお礼を言いつつ僕から急須と湯のみを受け取ると、実に美しい所作でお茶を湯のみに注いでいく……うーん……なんかベテラン秘書のような安定感がある。那智さんは那智さんで、グラスに氷を入れてダルマを注ぎ、静かに水を注いでいた。冷たい水と氷のおかげでグラスはすぐに汗をかき、中ではダルマと水がグラデーションがかかったように分離していて、それがとても綺麗だった。
「では改めて、乾杯」
「かんぱーい」
「乾杯」
こうして、先程までの賑やかな宴会とは違った三人だけの静かな飲み会が幕を開けた。
僕は妙高さんの煮物に箸を伸ばし、改めて味を堪能した。この妙高さん作の煮物、母ちゃんの煮物の面影を残しつつキチンと妙高オリジナルな部分もあったりして、とても美味しい。
「やっぱり習ってみた甲斐がありましたね。ありがとうございます」
「いや姉さん、この煮物は本当に絶品だ」
「ですね。とても美味しいですよ妙高さん。母も喜びます」
「あまり褒めないでください……照れます」
確実に酒が原因ではないほっぺたの紅潮を見る限り、妙高さんは褒められているのがとても恥ずかしいようだ。
「……で、話ってなんですか?」
「ええ。実は私達、ひこざえもん提督にお別れを言うためだけにここに来たのではないのです」
「へ?」
なんか前回も聞いたようなセリフが……デジャヴってわけじゃないよねぇ?
「私たちは、貴様に礼を言うために来た」
「? お礼って何かしましたっけ?」
はて……何かイイことでもしましたっけ? みんなの挨拶に関することなら一度お礼は言ってもらってるし……なんてのんきに考えていたら、次の那智さんの言葉は、僕の胸を不快にさせる一言だった。
「鈴谷は、仲間と打ち解けられてなかった。仲間はずれと言ってもいい」
僕の脳裏に……見ていて本人の楽しさがこっちにも伝わってくるような、鈴谷のムカつく満面の笑みが浮かんだ。そしてその笑みは、石を勢い良くぶつけられたガラスのようにひび割れ、粉々に砕け散った。その石を投げたと思しき姿がはっきりしないヤツらは、鈴谷の砕けた笑顔を見て、クスクスとほくそ笑んでいた。
「那智さんどういうことですか?」
「実は鈴谷は……」
「まさかとは思いますけど、わざと仲間内で仲間はずれにしたりしてるわけじゃないですよね?」
「いや、そうではない」
「んじゃなんすか? まさかいじめですか? いじめでも起こってるんですか? 誰ですか? 張り倒しますよ?」
自分でも正直意味が分からない。でもどこかの誰かが、あの鈴谷の笑顔に石を投げつけ、ガラスのように砕いているのだとしたら……頭が真っ赤に染まっていく。そんな奴がいるなら僕は許さない。
「和之さん落ち着いて。私たちはそんなことはしていません」
「そうだ。話は最後まで聞かんか」
僕の様子に気付いたのか、妙高さんが静かに僕を窘め、那智さんも僕を諌めてくれた。幾分落ち着きを取り戻した僕は、お茶をすすり、ほっと一息つく。一度頭を冷静にするために。
……一息ついて冷静になって考えてみると……確かに仲良くないとこうやって毎日みんなと一緒に平気でこっちに来るなんて出来るわけないよな。
「……すみません」
「構いませんよ。逆に和之さんの人となりを知れましたし、あなたが鈴谷を大切にしてくれてるってこともわかりました」
「そういうことだ。だから貴様も気にするな」
そっか。そう捉えてくれてよかった。安心した。……いや、ちょっと待て。僕が鈴谷を大切にしてるだと?
「話を戻そう。鈴谷は今まで、私達と打ち解けることができてなかった」
「どういうことですか?」
那智さんと妙高さんは、鈴谷の事情を代わる代わる話してくれた。
鈴谷は、爺様が亡くなる前日に爺様の元にやってきた子だったらしい。鈴谷が来て次の日の翌朝、ひこざえもん提督……つまり爺様は亡くなり、鈴谷たちの前に姿を見せなくなった。
妙高さんや那智さんたちは爺様との付き合いが長い。付き合いの長い親しい人が、ある日突然消息を絶って自分たちの前に姿を見せなくなったら、人は不安になり、うろたえる。自分が悪いことをしたのではないかと落ち込み、場合によっては相手に対する怒りがこみ上げてくる。とても平常心ではいられなくなる。
「だからひこざえもん提督が来なくなったことで、私たちの間には少なからず動揺が走りました。何か私達と会えない事情が出来たのか……それとも単純に私たちが嫌われたか……原因がわからず、私達は混乱するばかりでした。……鈴谷以外は」
「あぁ……なるほど」
鈴谷には爺様との思い出がない。親交を深めるための共有する時間がない。仲間たちが爺様への不安に打ちひしがれ混乱している時、彼女はたった一人、置いてけぼりを食らっていた。仲間の動揺に共感出来ず、周囲の困惑と混乱に取り残されてしまった。
「もちろん鈴谷はあんな性格だから、表面上はみんなと仲良くやっていた。私たちも決して鈴谷を邪険に扱っていたわけではない。仲良く出来てはいた。表面上は」
「……」
「……ただ、私たちは配慮が出来なかった。ひこざえもん提督不在という事態に平静を保つのが精一杯で、新しく来たばかりの鈴谷への配慮が足りなかった。だから鈴谷は、私たちの悲しみに共感出来ない自分と私たちの間に、いつからか一線を引くようになったようだった」
妙高さんたちが鈴谷のことを悪く思ってないのは分かる。そうでなくてはこんな話を僕にはしないはずだ。こんな話をするってことは、鈴谷の事を心配している証拠だ。
「鈴谷……」
うちに初めて来た時の鈴谷を思い出す。鈴谷以外のみんなは、その場に泣き崩れたり大声を上げて泣いたり……みなそれぞれ違いはあるけれど、爺様の死をひどく悲しんでいた。
だが鈴谷は違った。鈴谷は動揺はしていたが、他のみんなほど落ち込んでなかった。泣いてる様子もなかったし、その後もケロッとしていた。僕はそれが引っかかっていたが、やっと今合点がいった。鈴谷は悲しくなかったんだ。たった一日の間だけの関係しかなく仲良くなる時間がなかった爺様との間に、別れを悲しむほどの深い関係性は育たなかったんだ。
そしてその気持ちは、少しずつ鈴谷自身を追い込んでいった。爺様と会えないことによるみんなの混乱や困惑の中で……ただ一人、仲間の誰とも共有出来ない気持ちを抱え、たった一人でポツンと佇む鈴谷は、どれだけ寂しかったことだろう。
ここに様子を伺いに足を伸ばすことを提案し、『自分が行く』と立候補したのも鈴谷だそうだ。疎外感を少しでも解消したくて……みんなの役に少しでも立てばと思ったのではないか……と妙高さんは教えてくれた。
僕もそう思う。鈴谷は、無意識のうちに疎外感から開放されたかったのではないだろうか。誰が悪いわけでもない……でも感じずにはいられない……周囲が悲しみに打ちひしがれ泣き叫ぶ中、その気持ちを共有出来ない自分……みんなの悲しみに共感出来ない自分。誰にも打ち明けられない疎外感。誰にも相談出来ない孤独感。
誰が悪いわけでもない……だから誰も責められない。そんな苦しみからなんとか逃れたくて、爺様の様子を伺いに来ることを提案したのかもしれない。みんなの役に立つことで、みんなとの距離を縮めたかったのかもしれない。
「そっか……鈴谷……」
「私達も、彼女にもっと気を使うことができれば……」
「それは仕方ないですよ。それだけの動揺が広がっていれば、他のことに気を回す余裕なんてないです」
「ありがとう。そう言ってくれると我々も気が楽だ……で、肝心なのはここからだ」
「?」
「鈴谷はここに通うようになってから変わったよ。……いや、元の性格に戻ったと言うべきか」
嬉しそうに話す那智さんによると……鈴谷が大淀さんを連れてここに来た日の夜、鈴谷は鎮守府でとても上機嫌たったそうだ。悲しむ大淀さんの姿を見て、爺様の存在の大きさというものをやっと理解した、と那智さんに言っていたようだ。
その後も五月雨ちゃんや涼風、鹿島さんや加賀さん、瑞鶴さんといった仲間たちが泣きながら爺様との別れをしているのを見て、次第に鈴谷の中でも爺様に対する認識というものが出来てきたらしい。
彼女と爺様との間には、強固に結ばれた関係というものはない。でも仲間たちと爺様との固い絆に触れた鈴谷の中で、彼女なりの爺様像というものが構築されていったみたいだ。恐らくは疎外感が払拭される程度には。みんなの悲しみがある程度理解でき、悲しみを共有することが出来る程度には。
「それになにより、あなたとの出会いが大きかったと思います」
妙高さんが、本当に優しい笑顔で僕にこう言った。那智さんとはまた違ったタイプの、やわらかくしなやかな大人の女性の雰囲気を持つ妙高さん。こんな人に優しい笑顔を向けられると、年上好きの男の人の気持ちもよく分かる。
「僕がですか?」
「ええ。大淀がこちらにおじゃました日の夜でしょうか。鈴谷が楽しそうにぷんすか怒ってたんで、理由を聞いてみたんです。そしたら……」
――なんか今ムカってした! きっとかずゆきが鈴谷の悪口言ってるんだ!!
「て言ってたんです」
あー……あの、涼風が僕に敵意むき出しでガルガル言ってた原因の……
「でもそれがどうかしました? ……つーか楽しそう?」
「ええ。本当に楽しそうに言ってましたよ」
「なんで楽しそうなんだあのアホは……」
「きっとね。そんな風に軽口を言える友達が出来たことが嬉しかったんですよ」
あーなるほど。疎外感を感じていた鈴谷には、そんな風に軽口を叩き合える相手が出来なかったってことか……本質は僕の家に来ていたあのザ・女子高生な鈴谷で間違いないと思うけど、仲間の前ではあんな風に気楽に過ごしてなかったのかもしれないな……。
「もちろん私たちも鈴谷とは仲良くやってはいた。でも、ここに通うようになってからの鈴谷は本当に明るくなったよ。貴様のこともとても楽しそうに語っていた」
――ぶふぅ……頭からそうめんをかぶったかずゆき……
今思い出してもマジウケる……ブフォッ
――かずゆきはさー。鈴谷がオールナイト誘ってもノッてくれないんだよー。
……ひょっとして不感症? ……いやひょっとして……まさかかずゆきは……?!
「そんな彼女を見ていて、合流した次の日に提督を失った鈴谷への配慮が……私達にはできてなかったんだと実感しました。……そして和之さん、あなたは鈴谷にとっての提督になってくれ、私たちが出来なかった鈴谷のケアをしてくれました」
「……いや、提督なんてのが何なのかは僕にはさっぱり分かりませんけど……でも、僕はそんなつもりはなかったですよ? ただ、鈴谷と仲良くやっていただけです」
「それが鈴谷には必要だったんです。和之さん、本当にありがとう。あなたのおかげで、鈴谷は救われました」
「私からも礼を言う。我が鎮守府の重巡洋艦、鈴谷を元の明るい元気な子に戻してくれてありがとう」
妙高さんと那智さんは、僕に向かってそう言って頭を下げていた。
「そんな! 頭を上げてください!! 僕はそんな……そんなつもりは……ただ鈴谷と軽口を叩き合ってただけですから……だから頭を上げてくださいよ!!」
「それが鈴谷には必要だったんですよきっと」
「いやわかんないです! ホント僕は軽口叩き合ってただけなんで!!」
そらぁ確かに? スイカの種見つけてつい悪態ついたりしましたよ? 寝入り端を鈴谷のLINEで邪魔されていらついてぶん投げたスマホが鈴谷のムカつく笑顔に見えたりしましたし?
「昨日だって僕が焼いた肉をひたすら強奪されてムカついたりしましたよ? だから……」
「和之、うろたえすぎだ」
「う……」
「くすっ……何はともあれ、鈴谷はよい友人を持ったようですね」
「だな」
ちくしょう……なんだか年上の女性二人に翻弄されてるようですごく恥ずかしい……ちくしょう全部鈴谷のせいだ。アイツを明日どうしてくれよう……
「和之、酒は飲めんのか?」
我が家に来てからこっち、キッとした眼差しが多かった那智さんの顔が柔らかくなった。サイドテールの綺麗な髪が揺れ、僕の注意を誘ってきた。
「少しなら飲めなくはないです」
「なら、私のダルマを飲んでくれないか」
那智さんは柔らかな笑顔でそう言うと、自身のすぐそばに置いてあったサントリーオールド……ダルマのボトルを持ち、それを僕に向けた。僕はウイスキーは苦手だ。だけど那智さんのこのダルマは、断ってはいけない気がした。
「じゃあちょっと待ってください。僕もグラスを出します」
「ああ」
僕は一度台所に向かい、那智さんに渡したグラスと同じものを持ってきた。そしてそのグラスを那智さんに向け、那智さんはそれにダルマを注いでくれた。
「和之。本当にありがとう。このダルマは、姉さんと私……そして鈴谷を心配しているみんなからの礼だと思ってくれ」
指一本分の量がグラスに注がれる。琥珀色のダルマは本当に美しく、ウイスキー特有の良い香りがした。こんなにも美しいウイスキーを飲んでしまうのはもったいないとすら思えるほどに、ダルマは美しかった。
「那智さん、妙高さん、ありがたくいただきます」
「ああ」
「はい」
那智さんのダルマに口をつける。ほんの少し感じる甘みの後、アルコール度数が高い酒特有の刺激が僕の喉に走り、そしてウイスキー特有のいい香りが僕の鼻を駆け抜けていった。
「くあっ……」
「どうだ?」
「アルコールがキツいです 。でも甘い……いい香りで飲みやすい」
「そらそうだ。私達みんなの感謝がこもったダルマだからな」
「ですね。甘さも香りも、私たちの感謝の印だと思ってください」
「はい……けふっ……」
これが感謝の味か……その割には、なぜ喉への刺激がこんなに強いんだろう……。
「きっとそれは鈴谷からの意趣返しだな」
「ちくしょう……鈴谷のヤツ……」
不思議なもので、そう言われるとこの美しい琥珀色のウイスキーが、あの鈴谷のムカつく笑顔と重なって見えた。ウイスキーとなって僕の喉を焼いた鈴谷は、今日だけはとても美しく、守らなければならない存在のように僕には思えた。
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