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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第14夜 狡知

 
「――作戦は以上だ。意見、反論は?」

 トレックの問いに、ドレッドは首を横に振る。

「いや……十分な勝算があると見た。君の案を受け入れよう。ステディ、君は指示通りトレック君と共に行動するんだ。ガルドはギルティーネ氏に例の物を。構わんな?」
「ドレッド様が言うのなら、従います……」
「俺も、意義はない」

 ステディは渋々、ガルドは何事もなかったように無表情で首肯する。賛成三人、ということは俺の作戦に間違いはない――と、内心で多数決の肯定に安堵する。彼等はトレックに気を遣って理論の小さな穴を指摘しないなどという事はしないだろう。

「ギルティーネさんも、いいね?」
「………………」

 ギルティーネは――トレックの顔をじっと見つめていた。何を伝えたいのか、あるいはこちらの作戦を理解した事への意思表示なのかは判然としないが、もう彼女は確認を取れずとも行動できる戦士だと期待するほかない。

 あの『鎧の呪獣』は、どうやらギルティーネを仕留め損なったことで多少ながらこちらへの警戒心を高めているらしい。相手がどのタイミングで攻撃を仕掛けてくるか分からない環境下での作戦説明は神経をすり減らせたが、おかげで貴重な時間を稼げたので今だけは慎重になってくれたことを感謝しよう。

「では……行動開始!!」

 トレックの号令と共に、全員が一斉に動く。
 ペトロ・カンテラを持つのがトレックとドレッドの二人である以上、どんなに割り振っても作れるチームは二つだけ。トレックに元には未だにこちらに鋭い視線を送るステディが、そしてそれと入れ替わる形でギルティーネがドレッドのチームへ一時的に移動する。
 今までずっとトレックの近くを離れなかったギルティーネも、指示通りにドレッドの近くへ移動する。ただし、その位置はトレックの元に1秒でも早く駆けつけたいとでも言うようにもっともこちらに駆けつけやすいポジションを固持していた。トレックの生死がそのまま自分の身の振り方に直結するであろう彼女としては、万が一にでもこちらに死なれると困るのだろう。

 二チームは『鎧の呪獣』が走り去った方角を重点的に注意しつつ、道路の淵へと移動していく。断崖の方に移動して相手を誘導し崖の下に落とすことも考えたが、避け損なって転落するリスクやあちらの理性が働く可能性を考えると不確定要素が強すぎる。そのため5人は崖の反対側である平地の方へ移動していた。
 そして、動きに反応した獣の雄叫びと共に暗闇の奥からリズミカルな4足の足音が響く。

『ル゛ゥア゛アアアアアアアアッ!!!』
「道路の外側か!回避行動っ!!」

 音でおおよその方向を察したトレックの指示で全員が回避準備を取る。直後、まるで鉄の塊のような突進がドレッドに真正面から襲い掛かる。ドレッドが回避のために上体を動かしたのと『鎧の呪獣』が突っ込んだタイミングはほぼ同時。
 ジリッ、と擦る音が聞こえたが、ドレッドは側転で辛うじて躱したらしい。ただ、完全には回避できなかったのか、掠った足が大きく曲がって地面に転倒しそうになる。ギルティーネの反応速度でも躱しきれずに受け止めることになった突進だ。粗方の方向が分かっただけでは容易に回避できない。
 ここで転倒すればその隙を狙われると考えたガルドが、慌てて彼が地面に倒れる前に助け起こす。

「ドレッド、無事か!!」
「足は大事ない!私より敵を警戒しろッ!!」

 感謝をする余裕もない緊迫した声に、ガルドもドレッドが立ち直るのを確認するや否や、縄を取り出して――それをギルティーネに投げ渡した。ギルティーネは表情一つ変えずにその縄を『疑似憑依』で白熱するサーベルの峰で受けとめ、曲芸のように剣先を回して火のついた縄を宙に放り上げ、サーベルの納刀と同時に掴む。
 
 一部だけに火が燃え移ったそれは、ガルドが特殊な加工を施した縄――『灯縄(とうじょう)』とでも呼ぼう――であり、これをギルティーネに渡すことで次の作戦に移ることが出来る。

「よし、予定通り俺は一時方向、ドレッドは11時方向だ!準備はいいな!?」
「心得ている!!あてずっぽうで私たちに当てるなよ!!」
「冗談!そっちこそうっかり鎧に命中させて跳弾を喰らうんじゃないぞ!!」

 叫ぶと同時にトレックは『鎧の呪獣』が走り去った方角の右舷に、ドレッドは左舷に『炎の矢』を連続発砲する。数発の呪炎を纏った魔弾が暗黒を貫き、マズルフラッシュと弾丸の灯りが暗闇に潜む『鎧の呪獣』の場所を炙り出す。

 位置が悟られたことに気付いた『鎧の呪獣』の判断は予想以上に早かった。再び闇に隠れるために真正面から突進を仕掛けてきたのだ。こちらがあの突進を止める術を持たないことを理解しているのだろう。むしろ、その程度の知能もなかったのなら呪獣はとっくに大陸の民の天敵でなどなくなっている。

 しかし、突進してきたのは好都合だ。鎧と言うアドバンテージを最大に活かした突進によるヒット&アウェイ。避けにくく厄介ではあるが、今回はどこから突進してくるかが丸わかりだ。作戦を次の段階へ移すため、トレックは灯縄を握って低く構える自らのパートナーに号令を送る。

「ギルティーネさん、頼んだ!!」
「………………!!」

 その瞬間、ギルティーネが肉食獣のように深い姿勢から弾かれるように疾走した。手に握る縄が残像のように虚空に尾を引く。そしてその駿足の向かう先には――先ほど弾き飛ばされた『鎧の呪獣』恐れを持たない疾風の如く真正面から近付くギルティーネと『鎧の呪獣』の相対速度は加速度的に早まり、そして――。

 まるで先ほどの再現の様に、再びギルティーネの身体が宙を舞う。

「――成功だっ!!」

 但しそれは跳ね飛ばされたのではなく、ギルティーネ自身が自分の脚力で宙を舞った結果。彼女はトレックの作戦を忠実に実行し、無傷に危なげなく地面に着地した。彼女の常人離れした胆力と身体能力がなければこの作戦は成功しなかっただろう。
 ステディがどこか悔しげに声をあげる。

「器用なものだ……まさかすれ違いざまに一度で成功させるとはな。貴様はこの結果さえも予想の内か?」
「失敗すると思って作戦を託す馬鹿がどこにいるよ。彼女はやれと言われたらやる人だ」

 二人の視線の先には――『鎧の呪獣』の前足部分に巻き付けられた、淡い橙の光源を放ち続ける灯縄があった。
 縄の熱は大きなものではなく、しかも鎧に阻まれてダメージなどまるで通ってはいない。だが、あれはそもそも攻撃用に巻きつけた物ではない。あれは、暗闇に逃げ込んでも敵の位置を知る事の出来る『目印』だ。
 これで位置や距離に悩まされる心配はなくなった。縄が付いている限り、あの敵がどこにいようと灯りが全て教えてくれる。あれこそが『勝機』と言う名の小さな灯となるのだ。

 ――正直に言うと結構不安だったけどね!!と内心で叫びつつ、疑われたくないので涼しげな顔で言い切る。こうやって自信満々な顔をしておいた方が説得力があるから、という恰好の付かない理由から出たが、作戦はもう一段階あるのだからこちらを快く思わないステディに変な隙は見せられない。

 さて、ギルティーネ達があの呪獣の相手をしているうちに準備はもう整った――とトレックは内心で呟く。『地』の呪法に長けた彼女の術にトレックが手を加えたことで、最後の策に相手を嵌める準備は全て整っていた。

 あの呪獣は強いが、行動そのものはワンパターンな突進しかない。
 鎧を着こんだがために呪法は効きにくくなったが、代わりに人間用の鈍重な鎧は呪獣の俊敏性を著しく損なっている。厄介である筈の鎧を纏うという行為も、冷静に考えれば欠点はある。
 それでも一芸に特化した力とはそれだけで強力なものだが――生憎、このチームならば対処は容易だ。

 自分の鎧が発光している事に気付いた鎧の呪獣はもがくように身をよじったが、鎧のよって間接駆動域が制限されているために縄を引き離す事が出来ない。格好のチャンスに、ギルティーネとステディを除く3人の銃口が一斉に鎧の呪獣へ向かう。

「構え、()ぇぇぇぇーーーッ!!」

 トレックの号令と共に3人の拳銃から「炎の矢」と「撃鉄(インパクト・ヒエロ)」が一斉に発射され、呪獣の近くに次々に着弾する。着弾の度に炎が吹き上がり、呪獣の鎧の僅かな隙間から内側を蝕む。
 大きなダメージではない。しかし、このじわじわいたぶるような攻撃に、鎧の呪獣が全身を震わせて憤怒の雄叫びをあげる。

『ル゛ロ゛ロロオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 大気を震わせる咆哮と纏わりつくような死の気配が、若き呪法師たちの全身を重圧と恐怖で雁字搦めにした。
 これが上位種――大陸の民に『大地奪還』を諦めさせ、今なお呪獣を恐怖の対象たらしめる力。
 呪力から湧き出る人知を超えた力の集積体が、血走った眼光が、その存在の全てが重苦しく圧し掛かる。

「ぬぅ……っ」
「くそ、駄目か……!?」

 今までのちっぽけな呪獣があげる喧しいだけのそれとは違う、自らが支配者足らんとするかのような強烈な重圧が込められた叫びだ。呪獣こそが人間を狩るべき存在であり、大陸の民が狩られる存在であることを今一度思い知らせんとするかのような叫びに全員が怯み、一歩足を下げる。

 そして、その致命的な隙を逃すほどに暴力の権化は甘くはない。瞬時に姿勢を低くした鎧の呪獣は、それまで以上の速度で瞬時に5人の元へと突進を繰り出した。体勢を崩し、一斉攻撃のために一カ所に集中したトレック達には、もはやその攻撃を避ける方法は残されていない。

 となれば、彼等を待つのは『死』という絶対的な終焉のみ。

 作戦が終わってしまう事を悟ったトレックは、諦めるように静かに目を閉じた。

 そして、再度見開いた。

「――ステディさん、今だッ!!」
「私に命令……するなっ!!」

 瞬間、ステディが地面に突きたてていた杖が淡い光を放ち――鎧の呪獣が今まさに踏み込もうとしていた足場が、突如として陥没した。

『ロ゛ロロオオオオ――ル゛ア゛ェッ!?!?』
 
 突然の出来事と、鎧を着たままの加速エネルギーを殺しきれなかった呪獣はその陥没した足場に吸い込まれるように前足を突っ込み、完全にバランスを崩して地面に頭から突っ込んだ。それでも勢いが収まらない巨体は背中から見事に一回転し――その先の地面に『べちゃりと音を立てて大きくめり込んだ』。

「――お前が突進するしか能のない猪みたいな奴だってことは分かってたからな。だから、策を弄した」
『ア゛ア゛ッ!!ウ゛ォ………オ゛オオオッ!?』

 呪獣はすぐさま起き上がろうと身を翻そうとするが、踏ん張る筈の足場に体を置いておけば置くほどにズブズブと体が地面に沈んでいく。そこに到って呪獣は漸く一つの事実に気付く。

 ――沼だ。硬い荒地だったこの場所の、自分が転倒した場所だけが沼になっている。

 脱出しようともがけばもがくほど身体は沈み、激しく脱出しようにも鎧の重量と形状に動きを制限されて思うように動けず、まるで体勢を立て直せない。

「ステディさんはいい仕事をしたよ。お前の目を他のメンバーで引き付けつつ、こっそりこの地面の土だけを粘性の少なく脆い構造へ作り替えたんだ。見た目には普通の地面と変わらないから全然気づかなかったろう?」

 そう語るトレックの片手には、空になった水筒。
 微かに残った水滴が、ぴちゃり、と沼に落ちた。

「泥水……これはいい触媒だ。水を操れる『流』と大地を動かす『地』を同時に扱う事が出来る。こいつを持ってきていて本当にラッキーだったよ。なければ落とし穴なんて見え見えなトラップに頼らなきゃいけなかった。流石にそいつはお前も露骨すぎて警戒するだろうから、沼に嵌まってもらったよ」
「まさか貴様が『流』の呪法を利用して大気中の水分を集め、その地面を沼に変貌させるとは思いもしなかったぞ……トレック。唯でさえ『流』の使い手は戦闘を苦手とするものが多いのに、貴様はどれだけの引き出しを持っているのだ?」
「さてね……それより、トドメを刺そうか。ギルティーネさん、ドレッド、手伝ってくれ」

 自分の頭上にあったペトロ・カンテラを近くまで呼び寄せて手を掲げると、カンテラ内の炎が導かれるように目の前で大きな炎の塊になってゆく。遅れて近づいてきたギルティーネとドレッドも同じようにカンテラから炎を得て、3人同時に沼でもがく哀れな上位種へ呪法をぶつけた。

「逃げる事も許されず、惨めな姿で荼毘に付すんだな……『灼熱の絨毯(フエゴ・アルフォンブラ)』」
『ロ゛ア゛アアアアアッ!?ル゛ウ゛、ル゛……ウ゛オ゛オオオオオオオオオオッ!?!?』

 3人同時に放たれた炎は鎧の隙間から一斉に内側の呪獣を蝕み、トレックが人生で初めて遭遇した「上位種」の呪獣は哀れな悲鳴を上げながら死ぬまで呪炎に焼き尽くされた。
  
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