【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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第百三十幕 「血を吐く人に限ってなかなか死なない法則」
前書き
更新が止まりそうなギリギリの恐怖と戦いながら、新話です。
「ベル君を前後左右私達で固める。つまり、インペリアルクロスの陣形を敷く!」
「その陣形、なんか戦略的優位性あるのか?」
コーラ君痛いところを突いてくるね。ぶっちゃけないです。名前が格好いいだけです。
………と軽くボケたかったのだが、残念なことにこの陣形には一つ都合のいい点があると、この佐藤は考える。
「ベル君の隣にはアングロちゃんが絶対来たがるでしょ?」
「そりゃーコーラを飲んだらゲップが出るくらい確実にそうだけど……」
「でもってアングロちゃんって暴走しそうでちょっと不安じゃない?」
「確かに確かに……誰だってそう思うな。俺だってそう思う」
「で、この陣形ならアングロちゃんが暴走した時にアラス君とコーラ君が割って入りやすいでしょ?」
「………おお、言われてみれば!スゲーぜサトーサン!!」
そして対角線上にいるこの稔ちゃんだけこっそりベル君を救出して被害を免れるって寸法になっているのだが、コーラくんは全然気付いていないようだ。ハンター試験とか受けたら下剤入りジュース飲んで下痢ピーになりそう。
わたし子供の頃にやってたポケモンに出てくるピーピーエイドって下痢を直す薬だと思ってたんだよね。アレ恥ずかしかったわ~……。ん?ポケモンの発売日は1995年でその時代に子供だったのかって?え?十代後半って成人してないからギリギリ子供だよね?………ダメ?(小首を傾げて人差し指を唇に当てている)
「嗚呼ベル坊……こんなに血色が悪くなって……ないわね。むしろ良くなってない?イタリア時代よりちょっと肉付きもよくなってるし、きめ細かい純白の肌も心なしか今までより弾力があるような……ハッ!?ま、まさか学園での生活がそんなに楽しかったというの!?私達との生活ではダメだったと!?そんな、うそだ……うそだよ!うそだよねぇ、ベル坊~~!!」
「僕だって………成長するんだ。前へ進んだんだ。進んで悪いか」
「う゛あ゛~~~~~!!ベル坊ぉぉぉ~~~~!!立派になったのはいいげどな゛んだがざびじぃよ゛~~~~~~~!!!」
息子の旅立ちを未練タラタラに引きとめようとする母親の如き駄目女っぷりでベルに縋りつくアングロ。見ていて飽きない人だけど、流石にちょっとしつこすぎる気がする。ベル君が黙っているうちは放っておくけど、実害がありそうならちょっと絞めるかな。こう、首をキュッと。
「ん?サトーサンさっきからなんか変な動きしてるけど、何やってんの?儀式?」
「いや、頸動脈を効率よく圧迫する型ってどんなのかなって」
「なんだやっぱり儀式の練習じゃないか。アレだろ?ピポサルの仮面被って松明持ったままロシアに潜入する英雄がするっていう儀式だろ?」
何それこわい。こっちは決してSARUじゃないしワニをしている訳でもないしニャースを探してふしぎ発見しているソ連兵でもないんですが。……いかんいかん、訳の分からない電波を拾い過ぎてしまったようだ。え、ポケモンGO?知らない子ですね。こっちの世界にはないです。
しかし、ある意味これからやるのは諜報活動なのかもしれない。
ベルくんの過去は今になって考えると謎に包まれている。どうして病弱になったのか、何故両親ではなく伯父と暮らしていたのかなど、枚挙すると暇がないほど謎だらけだ。それはベルくんというキャラクターが強すぎて逆に誰も追及してこなかったし、本人も碌に語ろうとしなかった。
つまり私はその謎のヴェールをそっと剥がして中身を確認しないといけない訳で、最悪ベルくんの知られたくない過去をスコップでザクザク穿り返さなければならないということだ。それがちょっと保存状況が悪くて中身べちゃべちゃになっちゃったタイムカプセルであれ、真赤な桜の木の根元に眠るカルシウム化合物であれ、やることは変わらない。
ベルくんがきっと嫌がることを、私はする訳だ。
その結果としてもしかしたらベルくんに決定的に嫌われるような何かが起こったとしても――もう、佐藤ミノリはとことん止まれないのだ。この宇宙の平和を守るために、私は阿修羅の道をゆく!
………け、決して子供の頃のベルくんの写真をこっそり永久保存しようとかそういう目的じゃないんだからね。本当だからね。ほら、この輝く目を見れば嘘じゃないのがわかるでしょ!!え?文字じゃ伝わらない?それは君に想像力が足りないからだよ。とりあえず不思議なステップでも踏んで集中力を高めたらいいんじゃないかな。
= そのころ 日本某所 =
静かに、ただ静かに、朝露の垂れる木の葉を見つめる。
ゆっくりと、ゆっくりと、一粒の水滴が流れ落ちる刹那――ユウは拳を振り抜いた。
「シッ!!」
振り抜いた拳は水滴に吸い込まれるように近づき――手の甲に当たる寸前でユウは拳を引き戻した。拳に当たると思われた水滴は拳には掠りもせずに地面にぱたりと落ちた。外したわけではなく、直撃コースに入ってから回避したのだ。
電気のヒモ相手にシャドーボクシングをする子供と同じ感覚でこれをやっているユウなのだが、その拳はスーパースローカメラで見てやっとわかるほどギリギリのタイミングで拳を放ち、引いている。非常に下らないが、常人には決して真似できない技術が無ければ実現できない上に非常に絵面が地味だ。
そしてこの果てしなく地味な事を朝の6時から林のなかでやっているユウは本当に傍から見たら変人としか言いようがない。しかも朝露の量が3,4個に増えたり連続で落ちても恐るべき速度で反応して寸止めパンチをしている光景はシュール過ぎて目を逸らしたくなる。ユウ自身、自分がかなり滑稽な姿をさらしている事は察している。
しかしこの鍛錬、観察力と瞬発力と精密な動きを同時に鍛えられるから馬鹿に出来ない。そして格好悪いからと敬遠するような甘い考えではユウの理想とする強さにいつまで経っても辿り着けない。だからユウはこの後十数分たっぷりとシュールを極めた練習を続けた。
なお、この日のユウは5時に起きて柔軟、筋トレ、走り込みを既に済ませて完全に体が温まっている。学園にいた頃も楽な鍛錬はしていなかったが、修業中ということもあって相当体を虐めていると言えるだろう。
その後も全く違う訓練を複数個こなしたユウは、近くの滝で水浴びがてら軽く滝に打たれ、7時ちょうどに現在泊めてもらっている家へ戻って来た。
現在、ユウが泊まっている家には二人の人が住んでいる。この時間帯なら片割れはまだ寝ているだろうが、家主の方は目を覚ましているはずだ。玄関内に気配を感じたユウは、さわやかな笑顔で戸を開けた。
「おはようございます、先生。今日は天気が良さそうですね」
瞬間、ユウの目の前に無数に分裂しながら迫ってくる成人男性の握り拳があった。
「儂の可愛い可愛い愛娘は絶対に嫁にやらんから悪い虫は潰れて死ね死ね連撃ッ!!」
「あっはっは。相変わらず親馬鹿全開な上に長すぎて意味不明な技ですねーって危なッ!?」
挨拶に対して返ってきたのは、会殺だった。
しかしこの程度の奇行と不意打ちなどユウにとっては兄の足元にも及ばない児戯に等しい低俗な行為。笑顔を全く崩さないままユウはその無数の拳を手刀で冷静に、丁寧に、一つ一つ弾き飛ばした。ISに乗り始めてから不思議と反応速度が上昇したユウの手の動きはIS時のラッシュに相当する速度に達している。
………逆を言うと、IS級の速度を叩き出さないとジジイの拳が捌ききれない。
変人偏屈老人――草薙鷲。それがユウの泊まらせてもらっている家の家主であり、変人であり、変人である。大事なことなので二度言わせてもらったが、このジジィ年齢は70を超えているはずなのに恐ろしく強い。いや、むしろ恐ろしく強いからこそユウはここに来たのだ。
『強くなりたいならこのおっさんのところに行け』。ジョウが手渡してきた手紙には、そんなメッセージとめちゃくちゃ面倒くさい謎解きのヒントが入っていた。素直に目的地に行かせないためにヒントを小出しにする、ジョウが修業時代に散々やらせてきた手口である。
「お前が強くなりたいのは兄の俺が嫌というほど知っている。お前が死ぬほど努力したのも、悔し涙を流し過ぎてあまり泣けなくなったことも、時々自分の部屋で天井を見つめながら『限界』とにらめっこしていることも当然知っている。兄だからな」
(ちょっとユウ、この人兄だからの一言で片づける気だよ)
(しょうがないよシャルさん、だってこの人それで片付くタイプだもん)
「おい、まじめな話だからな?あとなんでシャルがナチュラルに会話に参加してるんだ……」
閑話休題。
「――このおっさんは滅茶苦茶強い。多分俺や千冬さんを除けば日本最強かもしれん。例のくノ一が日本人なら話は変わるがな……ユウは俺との戦いに慣れすぎたし、夏休みの俺は学園の手伝いでかなり日本を離れることが増えるだろうからどっちにしろ満足に特訓をつけてやることはできん。なら……分かるな?」
「このおじいさんと戦って何かを掴め、と?」
「そこまでは知らん。何か掴めるかもしれないし、何も掴めないかもしれない。忘れたかユウ、お前はこれまで世界で一番優秀な教官の指導を受けてたんだぞ?そこまでやっても例のくノ一に追いつけなかったんだから、何も得られない可能性だってある」
「じゃ、このおじいさんのところに行って強くなって帰ってくるよ」
真剣な瞳で残酷な真実を述べたジョウの話を聞いたうえで、ユウは迷いなくジョウの提案を受け入れた。
「兄さんのカンは外れない。わざわざ名指しでこのおじいさんを選んだんなら、今一番強くなれる可能性が高いのはこの人の下だ」
「出来のいい弟がいて兄は幸せ者だよ。――あとお前のもとにくノ一が現れたら全力で俺を呼べ。基本的にお前の手助けはしないがその時だけは例外的に亜高速でお前のもとに舞い戻る」
(どんだけくノ一の人敵視してんのっ!?)
結局あの人は何だったんだろうという疑問は絶えないが、ユウは未だにあの人を完全に敵視できないでいる。逆にジョウは敵対心剥き出しで背中から覇気みたいなオーラを噴出しているが、ユウには予感があった。あのくノ一が自分の修行の邪魔はしないという予感が……。
ユウは夏休み開始と同時に修業道具を入れたカバンを抱えてマウンテンバイクに乗り、まるで全国行脚のごとく灼熱の炎天下の下で例の人を目指した。滝のような汗を流しながら山を越えて谷を越え、途中で様々な種類の変人とバトルを繰り広げながらもたどり着いたのが――現状である。
「チッ!!昨日より威力2倍速度三割増しで小突いてやったというのに儂の愛の拳を避けおって!!愛があるなら当たって頬骨と鼻骨くらい砕けんかいッ!!カァーーーッ!!」
「あなたの拳に愛はない。何故なら全部娘に捧げてるからです」
「勿体なくてなぁ!!お主のような余所者の男にやれるかぁぁぁッ!!!」
猛攻撃のフィニッシュは死神の鎌を連想させる殺人的な速度の回し蹴り。それを瞬時に察知したユウは動きを封じるように鷲の膝を蹴りぬく姿勢に入り――。
「と見せかけて太ももの筋肉断裂して悶え苦しめ軌道超変化キぃぃぃックッ!!」
直後、鷲の蹴りが凄まじい速度でブレた。もうこうなるとどこが膝なんだかサワムラー並みにわからない。分からないが、一つだけ言える事実がある。
「ひょいっと」
「あ」
ユウがさりげなく後方にすり足で避けると、鷲の蹴りはボヒュッ!!と空を切った。
太ももを狙ってきてるんなら避ければいいじゃない。ジョウならば「男、承章に後退の二文字はないッ!!」とか言いながら気合で何とかしてしまうんだろうが、身の程をわきまえているユウがそんな無茶をするはずもなかった。
「儂の技……太ももの筋肉断裂して悶え苦しめ軌道超変化キックが避けられた……もー駄目じゃ。もーやる気失せた。せっかく若人が痛みに悶絶する姿を見てやろうと思ったのにマジ空気読めん若人だわー」
「性格悪いですね……というか、避けられるものは避けるもんでしょ普通?」
「だからお前はアホなのじゃあッ!!避けられたら儂がツマランじゃろッ!!接待せい接待!!」
理不尽の権化のようなジジイは一通り支離滅裂な要求をしたのち、自分の蹴りが避けられたことで露骨にテンションが下がったのか腰を曲げながらショボーンと家に戻り始める。いい年こいて子供みたいなジジイである。
「…………ツマラン。飽きた。メシ作るぞボウズ。パニ食いたいからパニ作れ」
「知りませんよそんな料理。大体それ愛娘ちゃんがちゃんと食べられる奴でしょうね?聞きましたよ、鷲さんカワゲラの佃煮とかハチノコとか虫料理が異常に好きでましろちゃんを幾度となくドン引きさせてきたそうですね。いい加減嫌われますよ」
「馬鹿なましろが儂のことを嫌いになるなどありえんもしも本当に嫌いになったら儂そのまま天寿を全うしてゴベファッ!?」
「光景を想像しただけで血を吐いたっ!?」
ともかくユウは現在、この兄とどこかノリの似ている気がするジジイとその娘――ずいぶん年が離れているが――と共同生活を送っている。
「アア……アぁ……死んだ妻が屍山血河の向こう側から手を振っておる……」
「奥さんなんでそんな怖いところにいるの!?恐妻的な心象風景ですか!?しっかりしてください娘さんをおいて一人先立つ気ですか!!というか僕の修行はどうなる!?」
「――わ、儂は……儂は死んでも娘はやらんッ!!……ところで俊則、メシはまだかいの?」
「いや純粋に俊則って誰ぇッ!?」
念のために言っておくが、決して介護のために通っている訳ではない。近所のおばさんたちから新人ヘルパーと幾度となく勘違いされたり「草薙さんちのおじいさん、最近痴呆と夢遊病が併発してヘルパーさん泊まり込みみたいよ」と言われていたとしても………これは、修行である。
つらい。
後書き
本当に最近執筆がギリギリで……あんまり話が進んでなくてすいません。あと1,2話はたぶんこんなノリで両サイドを映していくと思います。許してつかぁさい。
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