魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第3話『不穏な陽炎』
前書き
《神殺し》については後々
「ふざけた事を吐かすなぁッ!」
ドンッ!と木製のテーブルに拳が叩き付けられ、町長宅の会議室に恨みさえ感じられる叫びが充満する。
その声の主である白銀の鎧をその身に纏った大柄な男--ヴァリアゾード専属騎士団団長、エインシェント・ノーレッジ卿は、怒りを含んだ視線を存分にジークへと叩き付けた。
「ふざけるも何も、開拓の邪魔になっていた死徒は森から追い出した。その死徒も基本的には無害で、こちらから手を出さない限り──いや、聞いた話じゃ手を出しても向こうは攻撃はして来なかったそうじゃないかノーレッジ卿。これ以上何を求める?」
あくまでも冷静さを保ったジークが僅かに声のトーンを落とし、答える。
脳裏に銀の少女を思い浮かべ、直ぐに振り払う。円卓を挟んで相対する男と真正面から睨み合い、空気はどこまでも重くなっていく。
「騎士団に多大な損害をもたらしたあの死徒を見逃したとなっては、町民達に示しがつかない!命じたのは『討伐』だった筈だ!」
「損害?攻撃したら武器が粗方壊れちまったって話の事か?鎧は無傷で負傷者も無し、被害は使った武器が壊れただけ。これのどこが『多大な損害』だ。情けをかけられたように感じて逆怨みするのは結構だが、俺に付き合う義理はないね」
「貴様……っ、魔族の肩を持つかジーク・スカーレッドッ!」
「ま、まあまあ……落ち着きなさいノーレッジ卿。きっと彼には彼なりの考えがあるのです」
慌てた様子の町長が喚き立てるノーレッジを宥め、ジークに目配せをする。ジークは溜息を吐きつつも、『対魔傭兵』としての動向を伝える事にした。
「……正直、あの死徒はこれまでの死徒とは一線を画す存在だ。俺も《神殺し》も、無闇に殺すよりは観察して対策を練る方がよっぽど有効だと判断した。--以下は、我らが長、《神殺し》よりこの街の全住民に向けての通達である。以降あの死徒が人類に害を成さない限り、あの死徒への手出しを禁ずる。これを無視するということは、人類の未来への可能性の芽を一つ潰すと等価である。それ相応の報いが待っていると覚悟せよ。……以上だ」
「な……っ!馬鹿な、そんな事を貴様ら雑兵集団に決められる謂れは……!」
「《神殺し》からの命令だ。聞こえなかったか?」
「……っ!」
彼の女性の異名を使うのは正直あまり褒められた手段ではないが、手間が省けるのは助かる。虎の威を借る狐という奴か。
……まあ今回の場合、虎どころか龍の威を借りているようなものだが。
「……そういう訳だ。悪いが、諦めろ」
「…………クソがぁっ!」
怒りを孕んだ拳を再度テーブルに叩き付け、ノーレッジは早足に会議室から出て行った。
一つ溜息を吐き頭を抱えつつ、つい愚痴を零す。
「……なんでああいうクソ真面目に限ってああなのか」
「すまないね、ジーク君。私がもう少ししっかり出来れば良いんだが……」
「いいんだよ、汚れ仕事なんて傭兵稼業やってりゃいくらでもやる事になる。寧ろ貴族共の自分勝手をここまで押し留めてるんだ。誇っていいんじゃないか?」
町長は苦笑して頭を掻き、小さく「人をまとめる仕事など、向いていないんだがねぇ」と呟くとごそごそとポーチから小さな袋を取り出す。その袋は中に何かが大量に詰め込まれているようで、大きく膨れ上がっていた。
「報酬の200万ヴェリオだ、受け取ってくれ」
「……確かに、頂戴した。任務完了だ」
袋の中に詰め込まれたヴェリオ聖金貨を魔力を通して数え、しっかりと揃っているかを確認し、そのまま袋をポーチに仕舞い込む。これで暫くは多少の物資には困らないだろう。労働に見合わない働きしかしていない気もするが、これで街も目的を果たせるのだ。その投資金としては多くはない額なのか。
--まあ、仕事はまだ残っているが。
「……君は、引き続きあの死徒の監視があるのかね?」
「ああ、面倒な事に例外を見つけたら、その生態と討伐方を観察するのが俺らの使命だ。引き続き接触は続ける」
まあ、あの様子だと観察というより交流になってしまいそうだが、警戒されないという点ではいつもよりはやりやすい。労力も移動分程度だ、疲れの内にも入らない。
多少の懸念としては、ノーレッジ卿が乱心して手出しに来るくらいか。一応警戒はしておかねばなるまい。
「……んじゃ、そろそろ失礼する。大変だろうけど、頑張ってくれよ町長」
「ああ、お互いね」
軽く会釈し、会議室を出る。町長曰く『無駄に長い疲れるだけの廊下』を通って玄関をくぐり、数時間ぶりに外の日差しを浴びる。死徒の少女と出会って一日が経過したが、特に変わったこともない、強いて言えば彼女の下に通わねばならなくなった程度だが──
「ジィィィィィイィィィィィィィィクッ!!!」
「げはぁっ!?」
咄嗟に振り向いたジークが一瞬だけ捉えたのは、黄金の軌跡。
美しい金髪が風に靡き、紅い視線がジークの黒い瞳と交錯する。
次の瞬間には視界は暗黒に染まり、ジークの顔面にそれは見事な飛び膝蹴りが決まっていた--
「って何すんだメイリーっ!」
「うるさいっ!聞いたわよジーク、昨日魔族退治に行ったんでしょ!?なんで呼ばなかったのよ!」
「魔族退治に魔法が使えるとはいえ一般人を連れて行くかっ!しかもお前まだ魔法が制御出来てないだろうがっ!」
頬を膨らませてジークの胸倉を掴む金色の少女は、ジークの反論に小さく呻き、目を逸らす。
ジークにメイリーと呼ばれた彼女、メイリア・スーは、ジークがこの町に来て直ぐに知り合った--酷く一方的な知り合い方ではあったが、兎にも角にも友人となった少女である。
魔法使いを自称してはいるものの、とある事情のせいで魔法が制御出来ず暴発してしまい、魔法使いとしては落ちこぼれの部類に入るのだろう。
が、そのお陰か上昇志向は強く、以前からジークの魔族退治に同行を申し出ていた。……まぁ、その度にジークからは断られているのだが。
「れ、練習の為なのっ!」
「練習で本番相手に挑む奴があるか!……しかも魔法使い単独じゃ魔族に相性悪いのは知ってるだろ?詠唱中に食われて終わりだ」
「うぐ……っ」
「それに、何にせよ『想定外』はある。もし挑んだ魔族が思った以上に強くて、俺が動けない間にお前が殺られるとか御免だぞ俺は」
「それは……その」
目を逸らして頬を掻く仕草を見る限り、反論は無いらしい。
努力家なのは良いことだが、それで命を落としては元も子もない。一生懸命と無謀は違う。たった一度の戦闘経験すら無く魔族と戦うなど、自殺行為に等しい事なのだ。
--まあ、あの少女と出会っていたとしても、怪我をしたとは思えないが。
「……ああ。それなら、今日ついて来るか?悪いけど戦闘は無いんだが、まあ死徒がどんなもんか見る位なら良いだろ」
「ホントにっ!?」
「くぺっ!?」
それまでのバツの悪い表情は一転、目を輝かせて飛びついてくる。
メイリアがジークの服の襟を掴みブンブンと揺すりにかかる。無意識だろうが、揺すられ、引っ張られた服で首が絞められる方のジークの顔色は着実に悪くなっていく。ジークがポンポンとその手を叩きギブアップの意を伝えようとするも、メイリアに伝わった様子はない。
「ぎ、ギブっ、ギブっ……!ほ、ホントに連れてくから……っ、この手を……はな……せっ……!死ぬ……っ」
「ぁ、あぁゴメンっ!」
慌てた様子で襟を掴んでいた手が解かれ、解放された喉から酸素を取り込む。メイリアが苦笑いを浮かべながら頭を掻き、その反応にジークが溜息を吐いた。
「……とりあえず、そこから退いてくれるか?動けないし、何より周りの視線が痛い」
「へ?」
ジークがその濃紺の瞳を辺りに向け、メイリアもそれに続き辺りを見回す。
殆どは見て見ぬフリをしているがチラチラとこちらを見ているのは分かるし、何名かに至っては立ち止まって煽るように口笛を吹いていた。何事かとメイリアがジークに視線で問いかけると、ジークは呆れ顔で口を開く。
「……お前な。今の自分の状況見て、俺らの性別考えてみろよ」
今の状況を、客観的に整理する。
膝蹴りをジークに叩き込み、ジークが倒れ込んだところに間髪入れず胸倉を掴みに行ったメイリアだが、即行動に移した故に直線距離で行ったのだ。そのまま馬乗り状態になり、ジークに食って掛かっていた訳だが。
それはつまり、側から見れば少女が男を押し倒している光景な訳で。
先程の軽口混じりの言い争いも、内容を詳しく聞こうとしなければただの痴話喧嘩になる訳で。
基本そういう事に疎いメイリアでも、それくらいは分かる。
「……もっと早く言えバカーーーーっ!」
少女の小さな拳骨が、ジークの頭頂部に炸裂した。
◇ ◇ ◇
「……とりあえず、警戒はしとけよ」
「分かってるわよ。木偶の坊じゃないんだし」
日を跨いで再び見る木漏れ日の降る道を、二つ分の足音が過ぎていく。
木々を塗って降り注ぐ陽光が先を行く美しい金髪に反射し、目に刺さる光を手で覆い遮る。
彼女の手には木製の杖が握られており、それを重そうに持つ彼女の姿に吹き出しそうになる。が、実際吹き出しでもしようものなら魔法使いには見合わぬ拳が飛んでくるので決して口にはしない。
「ねぇ、まだなの?」
待ち切れないと言わんばかりにソワソワしつつ、メイリアが訪ねてくる。
魔族と会うのを楽しみにするなど褒められたことではないのだが、今回は条件が条件なので流しておく。というか、何が彼女をそこまで突き動かすのか少々不安になって来たというのがジークの本音ではあるのだが。
「もうそろそろ……ほら、川が見えてきたろ?そこを登れば会える」
道の先に見える川を指し示し、小走りに先を歩くメイリアの後を追う。それを確認したメイリアもまた走り出し、川に出ようと--
「──!止まれメイリーッ!」
「──へっ?」
咄嗟に振り返ったメイリアの背後。
全く音の無い川が揺らぎ、陽炎が巨大な影を形作る。
反応出来ない。幾らジークの身体能力があれど、一瞬の内に詰められる距離ではない。手を伸ばし、その名を呼ぼうと、届かない。伸ばした手を掴もうとメイリアがその小さな手を伸ばし、その赤眼に見えていないながらも微かな不安を浮かばせる。
漆黒の巨人は右手の巨斧を掲げ、その鈍色の刃を黄金の長髪が覆う首元へと振り下ろし--
──バギァッ!
人体から鳴ってはいけない音を、森に響かせた。
深緑の風に、無力な少年は吹き晒される--
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