手古舞
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2部分:第二章
第二章
彼等はだ。口々にこう言うのだった、
「いいねえ」
「あれは深川の羽織芸者だな」
「やっぱりあそこは違うね」
「全くだよ」
こうだ。笑みを浮かべながら言うのである。
しかし新助だけはだ。その中でだ。
その長い首を少し捻ってだ。こう言ったのだった。
「確かに服は奇麗なんだがな」
「何だよ。いい娘はいないっていうのかよ」
「ちょっとな」
実際にだ、こう言う彼だった。
「いないな」
「こりゃ揚巻でも駄目か?」
歌舞伎の代表的な役の一つだ。助六のヒロインでありその人気は江戸随一だ。
その歌舞伎の中とはいえ絶世の美女でもだ。新助は惹かれないのではないかというのだ。
そう考える仲間達だった。しかしだ。
ここでだ。新助は。
その手古舞の芸者達の中でだ。一人を見てだ。
思わず呆然となった。その呆然とした有様は。
誰が見てもだ。それは。
「おい、羽織ってたらな」
「それでずり落ちてたぜ」
「もう呆然としてな」
「何だよ、これって」
「あれ誰だ?」
その新助がだ。呆然としてだ。
それでだ。こう言うのだった。
「ほら、あの」
「あのって」
「あのっていうと何だよ」
「誰だよ、それって」
「誰かってよ」
「あの。前から二人目のな」
その芸者を指差したのである。見ればだ。
絹の様な黒髪にだ。切れ長の流麗な目をしている。その右目の付け根に黒子がありやけにあだっぽい。唇は紅で大きめだ。
その彼女を見てだ。新助は仲間達に尋ねた。
「あの芸者誰だ?」
「ああ、あの前から二人目のか」
「あの芸者か」
「あれか」
「そうだよ。あれ誰なんだよ」
新助は彼等にさらに尋ねる。
「一体な」
「あれな。美代吉だよ」
一人がだ。新助に話した。
「深川で評判の芸者だよ」
「そうなのか」
「ああ、あれがか」
「あれがその美代吉か」
「話題の」
仲間達は美代吉と聞いてだ。それぞれ言った。
「凄い別嬪だって聞いたけれどな」
「噂以上だな」
「ああ、小股が切れ上がったっていうかな」
「いい感じだな」
「そうか。美代吉っていうのか」
新助はその名前をだ。はじめて聞いたといった感じだった。
それでだ。仲間達に実際にこう尋ねたのだった。
「それがあの芸者の名前か」
「ああ、それでな」
「それで?」
「どうしたんだ?」
「あの娘は深川のどの店にいるんだ?」
こんなことをだ。彼等に尋ねたのだった。
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