会いたかった
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3部分:第三章
第三章
今度はクラスの男連中がだべってた。ドーナツを食べてコーヒーや紅茶を飲みながらこう僕に言ってきた。
「よお、来たな」
「やっぱりこの店に来たな」
「で、何買うんだ?」
「あの娘へのお見舞いだよな」
「知ってたら言うなよ」
僕はたまりかねた顔で彼等に言い返した。何人かいてそれぞれの席に座っている。
「僕だって急いでるんだからな」
「それ買ってユーターンだよな」
「女子寮まで行くんだろ」
「また随分大変だな」
「行ったり来たりってな」
「だってさ」
僕はここで彼等に、だべりながらそれぞれの席から店のカウンターでドーナツを前にしながら言った。店のドーナツはミスタードーナツの定番と新品がこれでもかと揃っている。
「女子寮が北側にあるんだからさ」
「ここ南だけれどな」
「そっから引き返してって大変だな」
「どうせなら商店街で和菓子かたい焼きでも買えばいいだろ」
「けれどそれせずにだろ?」
「そのドーナツにするんだな」
「そうだよ。もう決めたしさ」
どうやって決めたかというと女子寮の女の子達とのやり取りからだった。
今思うと売り言葉に買い言葉だった。けれどそれでもドーナツに決めた。
決めたのならそれにしたかった。それでだった。
僕はこの店でドーナツを買って正反対の方向に引き返してあの娘にお見舞いとして届ける。このことを決めていた。決めたのなら迷いたくはなかった。
それで買うつもりだった。だから今ここにいる。
クラスメイトと話しながらだった。僕はドーナツを選ぼうとする。その僕に。
皆座っている場所から、今度は少し真面目にこう言ってきた。
「オールドファッションは外せないからな」
「あとフレンチショコラな」
「定番で固めるのが一番いいぜ」
「下手に新品よりもな」
「定番の方がいいんだ」
僕がこう言うとだった。皆さらに言ってきた。
「味がわかってるからな」
「新品ってのは結構冒険なんだよ」
「お見舞いだと安定した美味しさが大事だからな」
「それでなんだよ」
こう言ってだった。そのうえで。
僕にアドバイスをしてきた。そのアドバイスを受けてだった。
僕も頷いた。それで定番で固めた。
ドーナツを買い終えるとだった。クラスメイト達は今度はこう言ってきた。
「で、急げよ」
「チョコレートのやつもあるから溶けるからな」
「多分男子寮と同じで女子寮にも冷蔵庫あるからそこまで行けば何とかなるからな」
クラスメイトの中には他の県から来た男子寮にいる奴もいた。僕も男子寮には何度か遊びに行っている。高校生の男子寮らしくとても男臭い場所だ。
そこには冷蔵庫もちゃんとある。それで女子寮にもあるだろうというのだ。
「幾ら何でもあれないと洒落にならないからな」
「テレビはなくてもいいみたいだけれどな」
「流石に冷蔵庫はあるだろ」
「だから寄り道なんかするなよ」
「うん、わかったよ」
僕は彼等の好意の言葉に頷いた。そうしてだった。
今度はここまで来た商店街を引き返してそれで女子寮に向かった。流石に往復は文化部には辛い。けれどそれでもそんなことは言っていられなかった。
何とか女子寮まで来る。その門のところまで来るとだった。
もう女の子達が何人か待っていた。自衛隊の基地の壁みたいな壁に覆われた四階建ての寮の門の前にいてそこから僕が来るとすぐにこう言ってきた。
「早いわね、もう来たの」
「あっという間じゃない」
「学校から出てミスタードーナツまで行ってよね」
「それでここまで来た割には」
「結構早いじゃない」
「急いだからね」
実際にそうした。額にはうっすらとだけれど汗まである。
「ドーナツの中にはチョコレートだってあるしね」
「それでなのね」
「急いでここまで来たのね」
「あの娘の為にそこまでって」
「あんたもやるじゃない」
「やるとかそういうのはいいからさ」
本当に今はそれよりもだった。
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