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トスカ

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24部分:第四幕その二


第四幕その二

スカルピア   「子爵は脱獄囚を匿いさらに彼を逃がしてしまった。その罪は極刑に値する、これは既に褒賞の知らせと共に伝えてある筈です」
トスカ      「それじゃあマリオは」
 蒼白になり強張っていく。今にも壊れんばかりである。
スカルピア   「そうです。翌朝このサン=タンジェロ城にて絞首刑に処することになりました」
トスカ      「あ、あの」
 スカルピアを見て問う。強張りながらも。
スカルピア   「何か?」
トスカ      「おいくらでしょうか、その」
スカルピア   「ほう」
 その言葉にシニカルな笑みを向けてくる。
スカルピア   「おいくらですか。私自身の噂は聞いておりますぞ」
トスカ      「宝石でもお金でも何でもお好きなだけ」
スカルピア   「成程、確かに世間では私を袖の下に弱い男という。しかし美女に対しては首を縦には振らない。法も忠誠も見て見ぬとすれば他の報酬を求めます」
トスカ      「それは?」
 ここでスカルピアの本性が露わになる。その顔でトスカに言う。
スカルピア   「貴女自身だ」
トスカ      「ひっ・・・・・・!」
 その言葉の意味を本能的に理解して無意識のうちに後ずさる。スカルピアはそんなトスカに対してさらに言葉を続けていく。
スカルピア   「私の務めは果たされようとしている。軍人が刀や銃を収めると同時に戦いを忘れるように今の私は一人の男だ。今夜は貴女の女としての本当の姿を見ることができたのだしな」
トスカ      「私の本当の姿・・・・・・」
スカルピア   「そうだ。ファルネーゼでの歌う姿、別邸での苦しみ悶える姿。それ等が全て私の心に抑えられない炎を呼び起こさせた。私が今まで手にしてきた多くの女達とは違う、どのようなことをしてみせても私のものにしてみせる」
 そこまで言ってゆっくりと歩み寄って来る。トスカはそれを見て身を翻して叫ぶ。
トスカ      「私の心も身体もあの人だけのもの。他の人のものになる位ならこの部屋の窓から身を投げます!」
スカルピア   「(突き放して)どうぞ御自由に」
 そのうえでまた言う。
スカルピア   「子爵も後から追うことになるでしょう。貴女が私の言う通りにすればよし、さもなければ予定通り絞首刑だ」
トスカ      「恐ろしい、貴方は何処まで」
スカルピア   「私は強制はしない、あくまでね」
 トスカはこの時ふと左手の壁の王妃の肖像画に気付く。それを見て慌てて扉の方へ去ろうとする。しかしスカルピアは彼女が扉に手をかけようとしたところで言った。
スカルピア   「どうぞ御自由に。私は手荒な真似はしない、ですが王妃はもうここにはおられはしない」
トスカ      「えっ!?」
 逃げ道を塞がれてまた言葉に窮する。
スカルピア   「ナポリに戻られたのですよ。若し貴女が王妃と御会いできても王妃は絞首台の死体に恩赦を施されることになるでしょうな」
トスカ      「そんな・・・・・・それでは」
スカルピア   「その顔だ」
 怯えて震えるトスカの顔を見てサディスティック名笑みを浮かべる。
スカルピア   「恋人の為に必死になる顔、それがいいのだ。そうやって恋人の為に必死になれる貴女だからこそ私は無理矢理にでも自分のものにしたいのだよ」
 また足を進める。蒼ざめたトスカは扉に背をつける。
トスカ      「貴方のものになぞ。何という恐ろしい男」
スカルピア   「何とでも言うがいい。嫌だというのなら窓を見るのだ」
トスカ      「窓を!?」
スカルピア   「ほら、明るくなってきている。朝が近付いているのだ。そうなれば」
トスカ      「マリオが・・・・・・」
スカルピア   「時間もまた私の味方だ」
トスカ      「そんな、マリオは」
スカルピア   「助けたければ私のものになるのだ」
 トスカを見据えて言う。
スカルピア   「さあ、ここで」
トスカ      「おぞましい。どうして貴方なぞに」
スカルピア   「どうするのだ?時間はない。今こそ」
 トスカは遂に長椅子の背に倒れ込む。そこで言うのだった。
トスカ      「私は歌に生き愛に生き常に人の為に尽くしてきました。困っている人には手を差し伸べ誠の信仰の祈りと花を捧げてきました。聖母様のマントに宝石を捧げ天の色とりどりの星達に歌を捧げました。それなのに・・・・・・それなのにどうしてこの様な報いを私にお与えになるのですか」
 そう言って泣き崩れる。しかしスカルピアはその獣欲に満ちた目を相も変わらずトスカに向けているのだった。冷酷なまでにあからさまな声で言う。
スカルピア  「さあ、返事を」
トスカ     「(泣き崩れた顔をスカルピアに向けて)私に?」
スカルピア  「そうだ、私は貴女の心が欲しいのだ。さあ」
 ここで扉をノックする音が聞こえる。
スカルピア  「入れ」
 スポレッタが入って来る。扉を閉めてから敬礼してくる。
 
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