トスカ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
10部分:第二幕その三
第二幕その三
スポレッタ 「完全には」
スカルピア 「そういうことだ。ナポリでもローマでもそうだった。誰が何をしているのか全く知れたものではない。知らぬうちに利用されていたりする。ただ」
スポレッタ 「ただ?」
その言葉に問う。スキャルオーネもコロメッティも。
スカルピア 「子爵は賢い。女を危険に巻き込むようなことはしない。足跡は消している筈だ」
スポレッタ 「では捜査は難航すると」
スカルピア 「万難を排せ」
厳しい声で命じる。
スカルピア 「わかったな。私は陛下にお目通りして情報も集めてくる。それまでは合図するまで待っていろ」
三人 「わかりました」
スカルピアは広間へと向かう。ここで公爵夫人と出会う。
公爵夫人 「こんばんは、総監」
スカルピア 「こんばんは、マダム」
表面上は礼儀正しく、仲良く挨拶をする。
公爵夫人 「夕刻のことですが。あの大砲は?」
スカルピア 「大したことはありません。鼠が一匹逃げまして」
公爵夫人 「(その言葉に笑って)鼠がですか」
スカルピア 「はい、その程度です」
公爵夫人 「随分大きな鼠ではなくて?その鼠は」
スカルピア 「だとしても大丈夫です。今猫達に追わせていますから」
公爵夫人 「あの小汚い猫達ですね?」
その言葉を聞いたスカルピアの目の色が剣呑なものに一変する。しかしそれはすぐに消し去ってしまう。
スカルピア 「それは誤解ですな。優秀な猫達です」
公爵夫人 「シチリアやナポリでたっぷりと食べて大きくなりましたからね。どなたかと一緒で随分と走り回っていましたし足も速いでしょう」
スカルピア 「・・・・・・・・・」
黙り込んでしまう。怒りで顔と手が真っ白になり小刻みに震えている。
公爵夫人 「まあ御気をつけあそばせ。鼠が街から逃げ出せば猫達も無事では済まないでしょうから。その飼い主も」
スカルピア 「御安心を。猫は鼠を逃がさないもの」
公爵夫人 「猫によりますが。ではこれから王妃様のところに参りますので」
スカルピア 「はい、これで」
公爵夫人 「御機嫌よう」
公爵夫人は姿を消す。スカルピアはその後姿を忌々しげに見送って呟く。
スカルピア 「名門意識を鼻にかけおって。忌々しい女だ」
そう呟いた後で大広間に入る。だが誰も声をかけず一人テーブルで黙々と食べるだけである。
暫くしてパイジェッロに連れられトスカが大広間に入って来る。大広間からどよめきの声が聞こえ男達がトスカの周りに集まり次から次に先を争う様に彼女の手の甲に接吻する。
男達 「やあトスカ」
男達 「今夜もお美しい」
トスカ 「有り難うございます」
トスカはにこやかにその挨拶に応える。その手にあるブレスレットはルビーとサファイア、そしてダイアモンドで飾られている。カヴァラドゥッシからの贈り物である。
男達がトスカの周りから去ると今度はスカルピアが近付いて来る。他の男達と同じ様にトスカの手に口付けをする。
スカルピア 「こんばんは、トスカさん」
トスカ 「はい」
トスカは彼にもにこやかに挨拶をする。他の者達がスカルピアを見て半ば無意識のうちに後ずさりして下がっているのには気付かない。
トスカ 「(不意に思い出したように尋ねる)時に男爵」
スカルピア 「(立ち上がって)何か?」
トスカ 「あの脱獄囚は捕まりまして?」
何もわかっていないといった様子でスカルピアに尋ねる。その言葉を聞いて後ろにいる客達は顔を顰めさせたりしていた。引いているのだ。
パイジェッロも色を失っている。トスカはそれにも気付いていない。
スカルピア 「(あからさまに不機嫌な顔で)それが貴女にどういう関係が?」
トスカの顔色等を探りながら問う。
スカルピア 「おありでしょうか」
トスカ 「(やはり何もわかっていないといった顔で)牢獄からようやく抜け出ることのできた気の毒な方ですから。気にいるのです」
スカルピア 「ほう、それでは御聞きしたいことがあります」
トスカ 「何でしょうか」
スカルピア 「若しその脱獄囚が貴女の家の玄関に来たならば。貴女はどうされますか?」
トスカ 「(純粋な顔で)開けてあげますわ」
男達 「ちょっとトスカさん」
男達 「それは」
誰もが言葉を失うがやはりトスカは気付いてはいない。スカルピアはあえて表情を消してそのトスカに対して感情のない声で述べる。
スカルピア 「それでは貴女はその脱獄囚と一緒にサン=タンジェロ城に入ることになりますが。それでも宜しいのですかな?」
トスカ 「そうなのですか?」
スカルピア 「御存知ないのですか」
トスカ 「ええ、何も」
スカルピア 「ではいいです」
トスカから顔を離す。そうして一人呟く。
スカルピア 「白か。しかも情報も集まりはしない。困ったな」
そこに声が告げられる。
侍従 「王妃様のおなり!」
貴族達 「おお」
貴族達 「遂に来られたか」
それまで広間中に散らばり談笑し酒や料理を楽しみ賭け事に興じていた一同が左右に整列する。カンタータを鳴らしていた樂者達は国歌を演奏しだす。そうして王妃を出迎える雰囲気が作られる。
大勢の従者達を従え王妃マリア=カロリーネが入って来る。豪奢な絹の白いドレスに身を包み手には王妃を表す杖が、頭には冠が被せられている。ブロンドのやや巻いた髪、青く強い光を放つ瞳、整った細い顔立ちをしている。威風堂々とした王妃である。
ページ上へ戻る