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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第四節 転向 第四話 (通算第79話)

 カプセルに辿り着けさえすれば、救えるかも知れない――メズーンがそんな風に考えたのは、焦っていたからだだろう。軍隊がそれほど甘いものではないことは、軍人ならば誰でも解っているはずだ。だからこそ、エマはメズーンの理性に期待した。しかし、メズーンがそんな基本的なことに気づかぬほど、動揺しきっていたことに、エマは思い至れなかった。
 それは少なからずメズーンをエマが知っていたからでもある。誠実そうなスポーツマンの外見に相応しい実直かつ生真面目な性格だと認識していた。演習ではその真面目さ故にティターンズの士官たちに目の敵にされていた。そんな彼だからこそ、説得できると考えたのだったが、それはエマの読みの甘さと笑えるだろうか。ランバンやカミーユでさえ、彼の行動を予測しえなかったのだ。たった一人予測していたレコアはカミーユへの命令の承諾を取り付けにブリッジへ戻っていた。
 そのレコアの懸念通りに事態が動いてしまったのは、ブレックスやシャアの落ち度というより、明らかにエゥーゴが軍組織として未成熟な証でもある。純粋な軍人であるエマからすれば、軍人ではない人間が、組織の過半数を占めているエゥーゴの現状は不自然だったし、軍人はもっと規律高く、規範に則った行動をしなければならないと考えていた。
 エゥーゴの現状は、軍閥化の進む宇宙軍を懸念する軍人とティターンズの横暴を赦せないスペースノイドが手を携えている――という事態ではないと見抜いてもいた。背後に月面企業連合がおり、戦いを知らない素人がいたずらに数だけ集めても無駄に人死にを招くだけであると感じていた。
 エマには、非主流派が軍事クーデターを起こすのに、正当性を保つために民間人を巻き込んでいるように映る。まだ、エゥーゴの主張を受け入れられなかった。ブレックスやヘンケンは信じられる。だが、あの赤い制服の大尉――クワトロ・バジーナと言った赤いMSのパイロットからは異質なものを感じていた。得体の知れない、それでいて人を惹き付けて離さない磁力のようなものを放っている。ブライトが『赤い彗星きどり』と言ったがあながち間違いではないかもしれないと思わせる風格を持っていた。
 人は正しさがいつも救いをもたらす訳ではないことを知りつつも、正しくあろうとしてしまう。ともすれば、他人にもそれを期待する。その中で動けると思いがちだが、正しすぎれば矛盾で身動きが取れなくなってしまうことに気づかない。事態に直面して初めて、それができる相手なのかが判る。エマとて、今、自分の信じていた正義の向こう側に何があって、見方によってはそれが正義たりえないことを知ってしまった。その上で何が成せるのか、何を為さなければならないのか、試されていると解る。だが、思うようには動けていない。まだ、ティターンズの正義を信じたい気持ちが残っていた。
 その躊躇がエマの動きに鈍さを残させた。純粋な操縦の技倆ならばエマの方が上だ。しかし――
「放せっ、ティターンズ!家族が――母さんがあそこにいるんだっ」

 メズーンの絶叫がエマの耳朶を打つ。
「か・あ・さ・ん?」
 およそ戦場には似つかわしくない言葉だった。だからこそ、エマは怯んだ。生々しい感情の流れ――思惟の迸りを感じた。正面から襲うどす黒く怒りにまみれた熱がぶつかったような気がした。
 その一瞬をついたメズーンが、エマ機を突き飛ばした。いや正確には蹴ったといっていい。回し蹴りのように機体を回転させ、膝頭をMSの腹部に突き立てる。予測していなかったエマは、まともに食らって、ミキサーに放り込まれたような衝撃を浴びた。リニア式浮遊シート――衝撃緩衝装置を装備した最新式のコクピットでなければ頸椎を折っていたかもしれない。エアクッションが広がり、一瞬視界を覆う。
 その間にメズーン機が身を翻しスラスターの残光を残して離れていった。これはエマの油断だ。メズーンが直接的な行動を起こすとは思っていなかったのだ。片腕がないというのに、危なげないAMBAC機動が行われているのは《ガンダム》のダメージコントロールが優れていることの証明だが、今は厄介だった。
――メズーン中尉っ!
 接触通信が解かれ、エマの声は全周天モニターにぶつかって虚しく消えた。届かぬ思い――人と人が理解し合うことの難しさがエマを打ちのめした。互いに状況の一部と割り切ることはできる。だが、他に方法はなかったのかと考えずにはいられなかった。
 すぐにスラスターを噴かし、AMBAC機動で姿勢を保つ。メズーン機との距離を離されまいとするが、既にメズーンはカプセルへと向かっていた。この動きをジェリドが察知しないはずはない。
(ジェリド中尉……)
 心の中でジェリドが躊躇うことを期待するが、それも虚しい願いだということをエマは知っていた。チャンスを逃したという実感が苦い思いを広げていく。
 ジャマイカンからジェリドが受けた『特命』の内容が気掛かりではあったが、今はどうすることもできない。きつく唇を噛んで、追い縋ることしかできなかった。 
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