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藤崎京之介怪異譚

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外伝「鈍色のキャンパス」
  ~epilogue~

 
前書き


 終わりは呆気ないものだ。だが、これは長い物語の序章に過ぎない。

 今はただ、胸に刻むだけだ。在りし日にいた者達の影を…。



 

 

 誰かに呼ばれたような気がして目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。息をすると病院特有の匂いが鼻をつき、ここが病室であると理解出来た。
 俺は朦朧とする意識の中、どうにか視線を周囲に向けると、そこには何人かの知り合いが顔を揃えていた。
「なんだ…今日は何かあるのか…?」
 俺の直ぐ傍には、鈴木と小林がいた。少し下がったところには宮下教授、ベッドを挟んだ反対側には小さなお客も来ていた。
「京、気付いたんか!?待ってろ、今先生呼んでくるからな。」
 俺が気付いたと分かるや、鈴木は泣きそうな顔をしながら病室から出ていった。
「相変わらずだな…。」
「何が相変わらずだ!心配し過ぎて、こっちが参っちまうとこだったんだぞ!」
 小林も泣きそうな表情をしていったが、そんな小林を宮下教授がなだめた。
「小林君。藤崎君は怪我人じゃから、あまり責めるでない。元気になってから責めれば良かろう。」
 何だかフォローになってないが…。ま、来てくれてるってことは、それだけ心配してたってことか…。ほんと、俺は出来の悪い生徒だな…。
「あの…藤崎さん…。」
 俺が少しぼんやりとしていると、小さなお客が声を掛けてきた。田邊少年だ。
「怪我…なかったかい?」
 泣きそうな顔の彼に、俺はそう言った。すると、彼は堪え切れなかったようで涙を溢しながら言った。
「はい…。貴方が投げて下さったお陰で、私は助けられました。しかし…貴方が…」
「バカだな…こうして生きてるじゃないか。不思議だけどね…。」
 そう…あの時、俺は死を覚悟した。脳裏には河内の顔が浮かび、様々な思い出が走馬灯の様に駆けていったのだ。
 だが、こうして生きてる。笹岡が何を望んだにせよ、俺が生きてることに代わりないのだ。しかし…本当にこれで良かったのかと自問してしまう…。
「河内は…なぜ死ななくてはならなかったんだ…?」
 ふと考えが口に出てしまった。それを聞くや、辺りは静まりかえってしまった。皆、あいつの死を受け止めきれてない様子だったが、そこへ宮下教授が口を開いた。
「それは…わしらが考えることではなかろう。ただ一つ言えることは、わしらは生きとる。嘆くことは容易いが、この先を懸命に生きることこそ、亡き者への慰めとなろう。藤崎君、自分を責めてはならん。自分を責めるは、君を助けた河内君や、ここに居る皆にも失礼じゃよ。」
「それは…解ります。ですがあの時、僕が前を歩いていたらと考えると…」
「もう止めんか!君は生きとるんじゃ。君はこの先、もっと多くの出会いがある。忘れろとは言わん。じゃが、後ろばかりを振り返って前を疎かにしてはならんのじゃ。」
 宮下教授がそう言った時、不意に扉が開いて医師と見知った人達が入って来た。
「父さん、母さん…それに美桜まで!」
 そこにいたのは、世界中を回ってばかりの家族だった。
 医師は苦笑いしながら俺の診察を始め、幾つか質問した後で言った。
「脳や内臓に損傷はないが、打撲に骨折などで半月は入院してもらうから。しかし…」
 そう言うや、医師は可笑しそうに周囲を見てから再び口を開いた。
「毎日これだれ見舞い客がいるとは、君の人徳だね。さて、後でまた診察に来るから。余り無理はしないように。」
 医師はそう言って部屋を出ていった。
「取り敢えず、元気そうで良かったよ。」
 医師が出ていったのを見計らって、そう父が口を開いた。
「そうね。死にそうだって宮下さんから連絡受けて、イギリスの仕事蹴ってきたのに。」
「お兄様!もう無茶しちゃダメじゃないですか!」
 母さんや美桜まで喋り出して…何だかなぁ…。心配してくれるのは有難いんだが、これじゃ返って煩いだけなんだが…。
「わざわざ来てくれなくても良かったのに。皆忙しいだろうし。」
 三人が一息ついたとき、俺は顔を引き攣らせながらいった。鈴木に小林、宮下教授に田邊君まで苦笑してるし…。
「何言ってんの!京ちゃんが入院したって聞いた時、母さん倒れそうになっちゃったんだから!」
「そうですわ!私も失神しかけてしまいましたもの!全く…何でこう心配ばかりさせますの!?」
「そうだぞ?お前がもしいなくなってみろ。父さん…淋しすぎて死ぬかも知れん…。」
 やはり煩い。誰だ?この三人を揃って呼んだのは…って、こんなこと出来るのは宮下教授しかいないんだがな…。
「お前達、少し静かにせんか。ここは病室じゃし、彼は怪我人なんじゃぞ?」
 喋りまくる三人を見兼ねて、宮下教授はそう言って三人を止めた。そして三人セットで病室から連れ出したのだった。恐らくはさっきの医師のところへ連れてったんだろう…。
「京…ごめん。」
 宮下教授と父さん達が出て行くと、鈴木が徐にそう言った。
「何でお前が謝るんだ?そんな必要は…」
「いや、俺は…俺達は京に謝罪しなきゃならない。」
「…?」
 俺は首を傾げた。こいつらに謝罪されることなんてないんだ。その思いをしってか、今度は小林が口を開いた。
「あの噂…多分、笹岡自身が流したんだと思うんだ。そう考えると、もっと早くに俺達が笹岡と京の関係を改善出来てたら、こんなことにはならなかったと思う。河内のことだって…。」
 小林がそう言って項垂れると、鈴木も唇を噛んで項垂れてしまった。田邊君もいたたまれない様子で顔を伏せてしまった。
「皆…これは皆せいなんかじゃないって…。今回のことは、俺個人の問題からきてたんだ。だから謝らないでほしい。河内だって、きっと皆のせいだなんて思ってない。もしあいつだったら、今みたいに謝ったら怒るだろうな。だから…責任なんて感じてほしくないんだ。」
 俺はそう皆に言った。
 これは誰のせいでもない。ただ…一人の男の想いが強すぎただけなんだ…。そう思うと、笹岡も被害者なんだと思う。
「鈴木さん、小林さん。そろそろ藤崎さんを休ませましょう。今は眠ることが大切ですから。」
「そうだな…。それじゃ、明日またくるからな。」
「それじゃな。」
 田邊君に言われ、鈴木と小林は田邊君と共に病室から出ていった。
「ゆっくり休んで下さい。」
 田邊君はそう言ってドアを閉めて行った。やはり小学生とは思えないほどだな…。
 田邊君…きっと言いたいことがあってここへ来てくれていたんだと思う。けど、何も言わない分、言葉より伝わってきた気がした。

 開かれた窓から、白いカーテンを揺らして暖かな風が舞い込んでくる。
 ふと見ると、枕元近くにある小さななテーブルに、手紙らしきものが置いてあることに気付いた。痛む躰で手を伸ばし、俺はそれを手に取った。
 それは白い封筒で、差出人を見て笑みを溢した。その差出人は、一年程前に知り合った相模英二という人物からのもので、俺は直ぐ様封を切った。
 彼は今、海外へ短期留学している。もうすぐ帰国するはずだが、どうやら今回の事件のことを鈴木から聞かされたらしい。文面は慌てて書いたことが窺え、それを見て再び笑みが溢れた。
「河内…何で俺は生きてんだろうな…。」
 この躰では、彼の葬儀に出席することも儘ならない。そんな俺を…彼は許してくれるだろうか?
 俺のせいで起きてしまったこんな事件に巻き込まれ、彼は…死んでしまった…。俺は…一生その代償を払い続けなくてはならないのだ…。

- 気にすんな。 -

 そよ風に乗って河内の声が聞こえてきたような気がし、不意に彼の笑顔が頭を過った。
「河内…お前が居なくなるなんて…。」
 俺は声を殺して泣いた。
 河内は…親友と言うより寧ろ、家族という存在に近かった。ずっと一緒だったんだ。音楽だけじゃなく、飯を食ったり旅行へいったり…時には喧嘩したりもしたが、直ぐに仲直り出来た…。
「河内…。」
 ただそよ風だけが、俺の嗚咽に答えてくれるように頬を撫でた。
 それが、何だか河内の心のような気がして…俺は流れる涙を拭うことなく、ただ、遠くへと続く青い空を眺めた…。



        end


 
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