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藤崎京之介怪異譚

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外伝「鈍色のキャンパス」
  VII.Fuga-Gigue-

 
前書き


 半音階的主題が疾走する。それが周囲を迷走するように次々と現れては消えてゆく…。

 だが、最後の数小節で正音階へと変化し、在りし日を思い出すように終りを迎える…。



 

 

 学内はパニックに陥っていた。普段であれば楽器の音色だけががこだまする時間帯だが、この日にそれは許されなかった。
 日常を裏切るような出来事が、次々とこの大学を襲ったのだ。
「河内!返事をしろ!河内!」
「藤崎さん、ここは危険です!早くこちらへ!」
 崩落した渡り廊下へと叫ぶ俺に、田邊君がそう怒鳴った。その声にハッとして振り返ると、そこには心配そうに見つめる子供が俺の腕を掴んでいた。
「藤崎さん。河内さんは貴方を助けたくて僕ごと突き飛ばしたんですよ。だから…早く外へ出なきゃ駄目です。」
「だが…河内が…」
「しっかりして下さい!彼の想い、貴方だったら分かる筈です!」
 そうだ…河内なら、こんな俺を見たら怒るだろう。小学生に叱咤されるなんてな…。
 そうしている最中にも、再び崩れるような音がしたため、俺達はその場から退いて外へと向かった。
 外へ出てみると、幸いにも多少の怪我人程度で、他は大したことはなかった。ただ一人を除いては…。
 俺は一人、離れた所に座り込んだ。仲間の所へ行く勇気がなかったのだ。そんな俺に、田邊君が声を掛けてきた。
「藤崎さん…大丈夫ですか?」
「ああ…平気だよ。君には済まないことをした。こんなことになるのだったら呼ばなかった。申し訳ない。」
 俺がそう言うと、田邊君はその小さな体で俺を抱いて言った。
「貴方が悪いんじゃないです。こうなったのは誰のせいでもないんですから。自分を責めるのはやめて下さい。」
「ありがとう…。」
 俺はそい言うのが精一杯だった。
 彼だってこんなことに巻き込まれて傷付いている筈なのに、俺がこんな状態になるなんて…。そう思いはするが、今は心が着いてこない。
 笹岡のこと、大学のこと、仲間のこと。そして…河内のこと…。様々な思いが胸の中で浮かんでは消えてゆく…。目の前で起きたことが、実は悪い夢だった…そう思いたくて仕方無かったんだ。これは現実ではない…と。
 そんな俺を嘲笑うかのように、周囲の喧騒は増していった。救急や警察が相次いで到着し、遠くに見る教授達が説明に四苦八苦している様子が見えていた。
 元来、この大学の建物は、震度8の地震にも耐えられるよう設計されている。だが、何故か東棟から中央棟に続く渡り廊下だけが崩落したのだ。他は多少の騒ぎがあったものの、建物自体には何の異常も見られていない。
「藤崎さん…あれ…。」
 暫くして、崩落した瓦礫の中から担架で運ばれてくるものがあった。
「河内…河内…!」
 俺はそう言うや、田邊君の声も聞かずに走り出した。
 もう一度…会いたかった。ただ、それだけだ。だが、それは叶うことはなかった。警官に止められたのだ。
「君!駄目だ!」
「何でですか!?」
 噛みつく俺に、警官は静かに言った。
「元気だった時の彼を、覚えておきなさい。」
 それは…損傷が激しいということ…。解ってはいた…だが…これは紛れもない現実なのだと、そう感じとることが出来た…。
「すみませんでした。」
「いや、気持ちは痛いほど分かるよ。君はこの方の知り合いなんだね?」
「はい…幼馴染みです。彼が…僕を救ってくれたんです。」
「…?それは渡り廊下が崩落した際、君達は一緒にいたということかい?」
「そうです…。」
 俺がそう答えた時、不意に突風が吹いて亡骸にかけられたシートが捲れた。そして、そこから彼の…河内の顔が見えた。
 それは全体が損傷し、初めは分からなかった。そして、しだいにそれが‘彼'だと認識出来、俺は一瞬顔を背けたくなってしまった。しかし、俺はこれを心に焼き付けなくてはならない…そう感じたのだ。
「河内…有り難う…。」
 俺は力を振り絞ってそう言った。その時、俺の目から涙が溢れ、俺はそれを止めることが出来なかった。
「藤崎君…もう良かろう。彼も、君の苦痛に苛まれる姿を見たくはあるまい。」
 俺の肩に手を置き、宮下教授がそう言った。
 振り返ると、そこには宮下教授だけでなく、他の教授達や小林に鈴木、他のサークル仲間に田邊君も来ていた。皆は心配そうに俺を見ていたが、皆だって気持ちは同じ筈だ…。
 そう思って口を開こうとした時、警官が俺に話し掛けてきた。
「藤崎君と言ったかい?落ち着いてからでいいから、状況を詳しく聞かせてほしいんだが。」
「はい。大丈夫です。」
 俺は警官にそう答えると、一旦宮下教授へと振り返った。
「教授…」
「無理はするな。」
 俺を案じてそう言った宮下教授に、俺は気力を振り絞って言葉を返した。
「心配しないで下さい。僕は警察の方と話してきますので、申し訳ないのですが田邊君をお願いします。」
 そう言うや、宮下教授は「分かった。」と一言だけ言ってくれた。
 その後、俺は警官と共に少し離れた場所に行き、今日の出来事を話した。
「では、建物自体にトラブルがあった…と言うのかい?」
「そうだと思います。」
「それでは、君達の中に耳鳴りや頭痛があった者がいたのかい?」
「いいえ。僕も仲間にもそれはなかったし、他の学生を見ていましたが、そういう人はいませんでした。」
 俺がそう答えると、警官は腕を組みながら眉を潜めた。
「どうも矛盾点が多いな。普通であれば、気圧変化は人体にも強く影響を及ぼすのだがねぇ。さっき君が話した楽器のことを考えれば、当然人体にもかなりの負担がかかった筈だ。それがまるでない…となると、私には理解出来ない。そう言えば…君、これ何だか分かるかい?」
 ふと思い出したかのように、警官はとある物を俺に見せた。恐らくは瓦礫の中にあったものだろうコンクリート片だったが、その手のひらサイズの欠片に何かが書いてある…。
「これは…何ですか?」
 そこには不思議な模様が描かれていたのだ。
「私にはさっぱり分からない。亡くなった彼の下から出てきたんだが…。」
 良く見ると、それは魔法陣の様なもので、円の周囲に何か書かれている。
「これ…ラテン語みたいですね…。」
「ラテン語?」
 俺の言葉に、警官は怪訝な顔をして首を傾げた。
 ラテン語は古語の一つで、現在ではミサ曲やレクイエム、マニフィカトといった宗教音楽位でしか一般には知られない。考古学や古文学などの学者などは知っていても、まず専門以外に学ぶ者はいないだろう。その知識をこの警官に求めるのは、かなり酷なことだと思う…。
「ラテン語はかなり古い言語で、現在の通用語とは違います。音楽家なら宗教音楽で扱うために習いますが、一般的ではないですね。僕は学びましたけど。」
「それで、これは何だと言うんだい?」
 警官に問われ、俺はそれを受け取って読もうとした時だった。
「な…!?」
 俺と警官は驚きのあまり体を硬直させた。
 警官が渡したそれは、俺が触れた刹那、まるで砂の様に崩れて地面に零れ落ちてしまったのだ。
「ど…どうなってる…。私が持っていた時は何ともなかった筈だが…。」
「僕にも…解りません…。」
 もうそれが何だったのか分かる由もないないが、この件に深く関わっていることだけは確かだ。
 だが…これは一つだけじゃないような気がした。以前に何かで読んだ文献で、こんなものが出てきた気がする…。
「すみません。これ、同じようなものって、他にもありませんでしたか?」
 気になって、俺は警官に聞いてみた。警官はハッと我に返って言った。
「いや…私は聞いていない。しかし、こんなものが関係あると言うのかい?私にはそうは思えないがねぇ…。確かに気味悪かったが…。」
 警官は顔を顰めてそう言った。だが、その言葉が終わらぬうちに、再び何かが崩落する轟音が響いた。
「何だ!?」
 俺と警官は音のする方を見ると、それは東棟の渡り廊下だった。
 状況を把握するや、警官は直ぐに仲間の元へ走って行った。
「こんな…。」
 取り残された俺は、その状況に唖然としたまま立ち尽くして呟いた。周囲にいた全員も同じ気持ちに違いない。
 有り得ない非日常…それが目の前で繰り広げられている。

- お前の全てを壊してやるよ -

 不意に笹岡の言葉が脳裏を過った…。
「まさか…全てって…。」
 誰に言うでもなくそう言うと、背後からその言葉に対して問われた。
「それ、どういう意味ですか?」
 驚いて振り返ると、そこにはいつの間にか田邊君が立っていた。
「田邊君…君はもう帰るんだ。ここはまだ危険だから。」
 俺は問いに答える代わりに、彼に帰るよう言った。彼はいわば部外者だ。河内のお陰で助かりはしたが、この後に何もないとは言い切れない。とすれば、ここで帰らせなくては…。彼に何かあれば、河内の死が無駄になってしまう。
「いいえ。建設業者の息子として、それは出来ません。」
 俺の心を知ってか知らずか、田邊君は凛としてそう返した。そして、立て続けにこう付け足した。
「藤崎さん…これは故意によるものと思われます。一ヶ所であれば老朽化や手抜き工事を疑いますが…似たような二ヶ所で同じような崩落…こんな崩れ方、今まで見たことありません。理論上、こういう崩落の仕方は考えにくいんです。」
 田邊君は真顔でそう言う。一体、どうしたらここまで子供らしさを失うのだろう?彼には彼なりの苦しみがあるのだろうと思う。だが、今はそれを考えている余裕はない…。
「藤崎さん…あれ…。」
 俺が言葉を返す前に、田邊君が目を見開いてとある方を指差した。
「…?」
 怪訝に思いながらも、俺は指差された方へと目を向けた瞬間…視線の先が崩落した。今度は東棟三階部分だった。
「な…何なんだ…どうしてこんな…。」
 俺には理解不能だった。
 こんなに容易く崩れるものだろうか?それもご丁寧に一部分ずつなんて…。
「これ…ペンタグラムではないですか?」
 茫然としている俺に、田邊君はそう言った。
「何だって?ペンタグラム?それって…五芒星のことだよね?それがどう関係してるって言うんだい?」
 俺は崩落し続ける東棟を見詰めながら、隣に立つ田邊君へと問い返した。
「僕は先程、崩落箇所が不自然だと言いましたが、最初の崩落の仕方も不自然だと感じていたんです。今の東棟の三階の一部分の崩落で、どうやら中央棟を中心として五芒星を描く様に崩れているのではと。どんな仕掛けをしたか分かりませんが、このままでは、少なくともあと二ヶ所崩れます。」
「何だって!?これで終わりじゃないって言うのかい?」
 俺は凍り付いた。まさか…ヤツは俺の思い出そのものまでも壊そうと…?俺一人のために、まるごと犠牲にしようとしたっていうのか?自分の命さえ投げ棄ててまで…。
「藤崎さん…大丈夫ですか?」
「大丈夫…。それで君の考えでは、残り二ヶ所はどこが崩れると?」
「多分、西棟三階…今崩れた東棟と対になる部分と、中央棟三階、北の突き当たり部分かと。」
 それを聞くや、俺は田邊君が止めるのも聞かずに走り出した。目指すは裏玄関だ。
 表玄関からでは東西に続く渡り廊下が崩落しているため、恐らく三階までは行けない。そのため、俺は被害の少ない裏玄関から入ることにしたのだ。今の東棟の崩落で多少の被害はあるにせよ、確実に三階までは行けるだろう。
 裏玄関に着くや、俺は直ぐに西棟の階段へと向かった。やはりエレベーターは停止しており、俺は階段を駆け上がることにしたのだ。
 数分も経たないうちに三階へと到着した俺は、直ちにあの印を探した。例の魔法陣のような印だ。
 外は日も傾きかけ、真っ赤な陽射しが射し込んでいる。まるで血をかけたような…そんな不気味さが覆い尽くしていたが、俺はそんな思いを切り捨てて探した。一刻も早く見つけなくては、再び崩落が始まってしまう…。
 そう思った時、それはとある荷物の陰に隠されていた。
「こんなとこに…。」
 その荷物は…笹岡のものだった。
「やはり…笹岡なのか…。」
 分かりきったことを口にした。いや…わざと口にしたんだ。心のどこかではそれを否定したい自分がいるが、これは間違いない事実。だから…わざと口にしたんだ…。自分を納得させるために。 今度は、それに手を触れる前によく見た。そこには細かい文字でラテン語が書かれ、それは…ヨハネへの啓示、いわゆるヨハネ黙示録の第十一章第十八節が書かれていた。逆五芒と共に…。
 この第十一章第十八節は、神の憤りの到来と報いと死の到来が書かれている。彼…笹岡がどうしてこれを選んだかは知りようもない。ただ、俺はそんな彼の想いを…壊す。
 俺は一思いにそれに触れると、やはりその印は砂の様に崩れ落ちた。なぜそうなるかは分からないが、これさえ無ければ全体が崩落することはないだろう。
「次は…中央棟か…。」
 そう呟くと、俺は再び駆け出した。
 この大学には、三つの校舎を繋ぐ渡り廊下が南北に渡されている。南側は崩れているが、北側は無事なのだ。そのため、俺は直ぐに中央棟へ入ることが出来た。
 入ったはいいが、ここで問題が発生した…。
「参ったなぁ…。」
 この中央棟三階は主に理事長室と練習室、そして資料室がある。肝心の北側には、管弦楽用の大きな練習があるのだが…厳重に施錠されているのを忘れていた…。
「弁償覚悟で…。」
 俺はそう言って体当たりしようと身構えた時だった。
「藤崎君、今開けるから!」
 そう声を掛けられ、俺は驚いて視線を変えると、そこには国分教授と田邊君が駆け付けていた。
「この扉は頑丈で、君が体当たりしたくらいじゃビクともしないよ。」
 息を切らしせながらそう言うや、国分教授は直ぐに鍵を開けた。
「…なぜここへ?田邊君まで…。」
「君に言われたくない!どうして何も言わずに一人で来たんだい?言ってくれたら手分けして探せるじゃないか。」
 国分教授はそう言いながら扉を開けて中へ入った。俺と田邊君も続いて入ったが…なぜ田邊君がいるかは予想出来るかな。
「いえ…これは僕にしか出来なかったんです。これを仕掛けた本人の意志が、僕には分かりますから…。」
「藤崎君…君、犯人を知ってるのかい?」
 国分教授が俺にそう問った時、後ろから田邊君が徐に言った。
「お二方、もうあまり時間がありません。早く探し出さないと。」
 その声を合図に、俺達は探し始めた。
 床は木材で覆われ、まるで寄せ木細工を思わせるものだ。その床を調べてみると、一ヶ所に真新しい傷があることに気付いた。大した傷じゃないから気付き難いが、それは紛れもなく、わざと床を剥がしたものだ。
 俺はその床を剥がした。案外簡単に外れ、そこから見覚えのある印が姿を現した。
「これは…何だい?」
 横から顔を出して国分教授が聞いた。この人…一体何を探してたんだ?
 それはよく見ると、先程の印と文字が違った。そこに書かれていたのは、マタイ伝第二十四章第七節と第八節。世の終わりの始まりを示すものだ。
「なぜ…この聖句を…。」
 解らない…。俺は理解に苦しんだ。彼は…本当は何を望んでいたのか…?
 俺はそんな思いを振り払い、その印に手を置いた。すると、それも他と同じように砂となってしまったのだった。
 横で見ていた国分教授は、何が起こったか分からないと言った風だったが、田邊君だけは突拍子もない声で叫んだ。
「藤崎さん!これは呪術です!そうか…そうすると中心にも印があるはずですよ!」
「まだあるって言うのかい!?」
「はい。恐らくはこの階か、またはこの階より上になると思います。」
 俺は考えた。中央棟ではほぼ中心が理事長室になっていて、その上が楽器庫になっている。その二つは頑丈な鍵が掛けられ、おいそれと入れない。とすれば、残るは一つしかない…。
「屋上か…!」
 俺がそう言うと、国分教授が首を捻って問った。
「君達…一体何を話してるんだ?呪術だのなんだの、私には理解出来んのだが…。」
「国分教授、話は後にして下さい。今は先ず屋上へ行かなくては。」
「しかし、あそこは鍵掛けてかるが…。」
 国分教授がそう言った時、不意に遠くから誰かの呼ぶ声がした。
 俺達が不思議に思って廊下へ出ると、そこへ宮下教授が来ていた。
「いゃ…老いぼれには堪えるわい…。」
「宮下教授、どうしてこちらへ?まだ中は危険ですから、直ぐに外へ…。」
 国分教授がそう言うと、宮下教授はあるものを俺達へと差し出した。
「君達にこれが必要だと思ってな。」
「それは…屋上の鍵ですか?なぜ屋上へ行くと…。」
 俺は不思議に思って言った。宮下教授には何も言っていないにも関わらず、俺達が練習室へいることも屋上へ行くことも知っているなんて…。
「思い出したんじゃ…。」
「…何をですか?」
 宮下教授はその問いに答えることなく、「それは後じゃ。早く行け。」と言って俺達を屋上へと向かわせた。
 俺は宮下教授の言葉が気になったものの、やはり残る一つの印が先だ。そう思い、俺達は屋上へと急いだのだった。
 屋上へ出ると、そこには何とはない風景が広がっていた。薄暗くなった空には星が瞬き始め、そよぐ風が俺達の間を吹き抜けてゆく。
「ここで…。」
 ここから見える風景は、彼…笹岡が最期に見たものだ。こんな風景を眺め、なぜ死のうなんて思ったんだろう…。この風景は彼にとって何の価値も無かったんだろうか…?
 そんな感傷に浸っている場合じゃないな。
「手分けして探しましょう。どこかにさっきと同じものがあるはずです。」
 俺がそう言うや、直ぐ様散開して探し始めた。但し、田邊君は出入口付近だけに絞った。いざという時に、彼だけでも直ぐに逃げられる様にだ。本人に言えば拒否するだろうことを考え、単に割り当てということにしてあるが…。
 暫く探したが、全く見付けられそうもなかった。薄暗くなってきたこともあるが、全く見当がつかないのが現実。
「日没までに何とか見付けないと…ここも崩落するか…。」
 言わずと知れたことだ。
 だが、このままでは駄目なんだ。何としても、これは防がなくてはならないのだ。
 この屋上には、実は出入口が三ヶ所ある。東西の棟は二ヶ所なのだが、この中央棟は真ん中にもう一つ作られている。下にある楽器庫のためだ。
 楽器庫には楽譜もあって設備も確りしてはいるが、年に数回、それらを整理したり掃除したりするために楽器庫から出すのだ。廊下では流石に全て出せないため、この屋上も利用している。そのための出入口というわけだ。
 不意に俺はそれが気になり、何とはなしにそこへ行った。そうして、俺はそこへと飛び上がったのだ。背が高いと、こういうのでは便利だな。
「藤崎君、そんなとこへあるのかい…?」
 俺が上がった時、国分教授がそう問い掛けてきた。
「下になかったとすれば、ここにあるんじゃないかと…。」
 そう答えたものの、こうも暗くなってしまうとさっぱりだ…。端から触ってくのも考えたが、うまく触れないと駄目かも知れないしなぁ…。
「藤崎さん、これを!」
 困っていた時、突然光と共に田邊君の声が横で聞こえた。ライトを持ってきたのだ。
「君、ここにきちゃいけないって…」
「それはどうでもいいです!早くあれを見付けないと!」
 彼の言うことは尤もだ。彼の事は心配だが、俺はあれを見付けることを優先させた。
 田邊君の照らす懐中電灯の明かりを頼りに探すと、それは不思議な程にあっさりと見つかった。
「これで終わりだ。」
 俺はそう呟くと、直ぐ様それに手を触れた。
 しかし…次の瞬間、今度は前とは違う結果をもたらした。
「な…!」
 先の二つは砂となっただけだった。だが…この印に俺が触れた刹那、そこから亀裂が走ったのだ。
「国分教授、田邊君を!」
 俺はそう叫ぶと、後方で待機しているはずの国分教授へと田邊君を投げた。そして次の瞬間、俺のいた場所は一気に崩落し、俺はそれに巻き込まれて共に落下したのだった。
「藤崎さん!」
 俺の耳に最後に響いたのは、田邊少年の声だった…。




 
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