銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第九十三話 謀略戦(その1)
■ 帝国暦487年5月15日 オーディン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
俺は新無憂宮から宇宙艦隊司令部に戻るとヴァレリーに何人かの人物を呼ぶように頼んだ。その後、俺は司令長官室にラインハルトを訪ねた。ラインハルトは辞表を出したが、正式に俺が司令長官になるまでは彼が職務を遂行している。
一時的に俺が兼務すると言う話もあったのだが俺のほうから断った。正式な辞令発表は明日になる。司令長官になっても部屋は変えないつもりだ。表札だけ変えればいいだろう。
「ローエングラム伯、閣下の処分が決まりました」
ラインハルトは頷くと落ち着いた目を向けてきた。
「それで処分は?」
「一階級降格し大将になります。そして宇宙艦隊副司令長官に任じられる事になっています。正式発表は明日になります」
「しかし、それでは……」
抗議しかけるラインハルトを俺は止めた。
「処分が甘いのは事実です。しかし理由があります」
「?」
「年内に反乱軍を帝国領内に誘引し、撃滅します」
「!」
「そのために閣下にも役立ってもらいます」
「役立つ?」
「私と閣下で宇宙艦隊のトップを務めます。反乱軍は喜ぶでしょうね、病弱な司令長官と大敗した副司令長官……」
「反乱軍をおびき寄せるためか?」
ラインハルトは目を見張って尋ねてきた。
「不満ですか?」
「……私は取り返しのつかない過ちを犯した身だ。帝国の勝利のために役立つことが出来るのであれば喜んで餌になろう」
変わったな、帝国の勝利のために役立つか……。エルラッハ大将、聞いているか今の言葉を。お前が言わせた言葉だ。
「六月までに艦隊を整えてください。七月には宇宙艦隊を指揮して訓練をしてもらいます」
「雪辱の機会を与えてくれた事を感謝する。必ず期待に応えさせていただく、ヴァレンシュタイン司令長官」
「期待しています、ローエングラム副司令長官」
俺はラインハルトに有る程度の考えを話してから司令長官室を出た。そして次にメルカッツ提督の部屋を訪ね彼に皇帝の前で話したことを伝える。反乱軍の帝国領への誘引を聞くと僅かに目を見開いて驚いた表情を見せたが、ラインハルトの副司令長官就任には特に驚いた様子を見せなかった。
最近のラインハルトの様子から大分高く評価しているようだ。その事が分ってほっとした。この人が支えてくれるなら宇宙艦隊は大丈夫だ。後はラインハルトが自然体で臨めばいい。
■ 帝国暦487年5月15日 オーディン 宇宙艦隊司令部 アントン・フェルナー
宇宙艦隊副司令長官室に入ると、やたらと広い部屋に大勢の女性下士官が机を並べ書類を、ディスプレイを見ている。なかなかの美人ぞろいだ。あの超鈍感のエーリッヒにはもったいない。俺も此処で仕事をしてみたいものだ。
それにしても賑やかな部屋だ。興味半分で見回していると長身の女性士官が近づいてきた。こちらも結構美人だ。
「フェルナー大佐ですね。小官はフィッツシモンズ少佐、ヴァレンシュタイン副司令長官の副官を務めています」
彼女がフィッツシモンズ少佐か……。エーリッヒの信頼が厚いとギュンターから聞いている。
「初めまして、アントン・フェルナーです。ヴァレンシュタイン副司令長官に呼ばれてきたのですが」
「副司令長官は間も無く戻られると思います。応接室でお待ちください」
驚いたことに応接室は副司令長官室の隣の部屋に有った。副司令長官室からドアを開けて行き来できるようになっている。一体何部屋使っているんだ?
応接室に入ると其処には既に先客が居た。
「ギュンター、卿も呼ばれたのか?」
「ああ、どうやら卿もらしいな」
部屋に居たのはギュンター・キスリングだった。ブラウンシュバイク公の部下である俺と憲兵隊のギュンターか、妙な組み合わせだ、何を考えている? 考え込んでいるとドアを開けてエーリッヒが入ってきた。手には書類袋を持っている。
「やあ、エーリッヒ、それとも副司令長官閣下と言うべきかな」
声をかけるとエーリッヒは少し苦笑して答えた。
「エーリッヒでいい、ここは私たちだけだ」
「それで私たちに何の用だ?」
「うん、もう少し待ってくれないかな。もう一人来るから」
ギュンターが問いかけにエーリッヒが答えた。もう一人? ナイトハルトか?
もう一人が来るまでの間、三人で話をした。エーリッヒが宇宙艦隊司令長官になりローエングラム伯が副司令長官になるらしい。信賞必罰が問われるだろうと言うと、エーリッヒは曖昧な表情で頷いた。どうやら裏があるな、これは。
「遅くなりました、副司令長官」
謝罪と伴にドアから入ってきたのはシャフト技術大将だった。エーリッヒは柔らかく微笑みながら彼を迎え入れる。卿はそうやって直ぐ人を騙す、悪い癖だ。
「シャフト技術大将、こちらへ。紹介しましょう、憲兵隊のキスリング大佐とブラウンシュバイク公のところに居るフェルナー大佐です。二人とも私の信頼する友人です」
お互いに敬礼を交わしソファーに座る。信頼する友人か、微妙な表現だな。ブラウンシュバイク公の元にも自分の味方がいる、シャフトはそう受け取ったろう。相変わらず駆け引きの上手い男だ。いや駆け引きではない、本気で言ったのかも知れない。
「シャフト技術大将、これを見てください。お分かりになりますか?」
そう言いながら、エーリッヒは書類袋から一枚の写真を出した。写真には要塞が写っている。この要塞は……。
「これはガイエスブルク要塞ですな。これが何か?」
シャフト技術大将が訝しげに問う。
「この要塞をイゼルローン回廊に運べるようにしてください」
「?」
「副司令長官、運ぶとはどうやってでしょう?」
皆呆然としている。シャフトの疑問は当然だ、要塞を運ぶ? どうやって?
「ガイエスブルク要塞にワープと通常航行用のエンジンを取り付けイゼルローン回廊に運ぶのです」
「!」
穏やかに微笑みながらエーリッヒが答える。
エンジンを取り付ける? 正気か、エーリッヒ。俺はギュンターと顔を見合わせた。彼も混乱している。俺も似たような表情だろう。
「不可能ではないはずです。違いますか、シャフト技術大将?」
エーリッヒはあくまで優しくシャフトに問いかける。
「それは、確かにできない事ではありません。いくつかのエンジンを取り付ければ可能ですが、本気ですか?」
「本気です、設計図を作ってください。とりあえず二十日以内にどのように作るかの方向性を示した資料を作ってください」
「二十日以内ですか、それは少し……」
「完成していなくても構いません。ある程度方向性が見えればそれでいいのです」
「……分りました」
シャフトは盛んに額の汗をぬぐっている。次期宇宙艦隊司令長官の依頼ともなれば無碍に断る事は出来ないだろう。しかしガイエスブルク要塞をイゼルローンに運ぶか、そうなれば帝国領への侵攻は不可能だな。反乱軍も悪い男を相手にした……。
「シャフト技術大将、大将はフェザーンと親しいそうですね」
「な、何を言われるのです」
シャフトは激しく狼狽した。ギュンターの視線が厳しくなるのが分る。このためか、彼を呼んだのは。
「隠さなくてもいいでしょう。別に咎めているわけではないのですから」
「?」
咎めているわけではない? その言葉にシャフトもギュンターも思わずエーリッヒの顔を見詰める。
エーリッヒは優しげな表情のままだ。
「これからもフェザーンとは親しくして欲しいのです。但し大将個人の利益のためではなく、帝国の利益のために」
なるほど、シャフトをスパイとして使おうというわけか。シャフトも自分の役割が分ったのだろう、顔が青ざめている。
「副司令長官、私は決してフェザーンと……」
抗議するシャフトをエーリッヒは手を上げて止めた。
「シャフト技術大将、此処にいるキスリング大佐に調べさせてもいいのですよ」
「……」
黙り込んだシャフトにエーリッヒが優しく微笑みながら追い討ちをかけた。
「協力していただけますね、大将」
「はい」
「先ず、今回のガイエスブルク要塞の件をフェザーンに教えてください」
「要塞の件ですか?」
「ええ、帝国がイゼルローン回廊を塞ごうとしていると。おそらくフェザーンは帝国がフェザーンに攻め込むための準備ではないかと疑うはずです。それに対しては、国内が内乱の危機にある現状ではそれは無いと伝えてください。情報源は私で構いません、この情報でフェザーンからは大分見返りをもらえるでしょう」
エーリッヒはガイエスブルク要塞を本気で運ぶ気は無いようだ。フェザーンを相手に謀略戦を仕掛けようとしている。俺が呼ばれたのもその一環だろう。どうやら楽しくなってきたようだ。
帝国暦486年12月
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将、第三次ティアマト会戦における指揮権継承問題に関与したことにより少将に降格。
帝国暦487年 1月
ラインハルト・フォン・ミューゼル大将、ローエングラム伯爵家を継承。ラインハルト・フォン・ローエングラムとなる。
ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵、第三次ティアマト会戦に功あり。上級大将に昇進。宇宙艦隊司令長官を命じられる。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少将、第三次ティアマト会戦に功あり。大将に昇進。宇宙艦隊副司令長官を命じられる
帝国暦487年 4月
第七次イゼルローン要塞攻防戦発生。イゼルローン要塞陥落、帝国軍遠征軍、イゼルローン要塞駐留艦隊壊滅す。
帝国暦487年 5月
ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵、第七次イゼルローン要塞攻防戦での敗戦により、大将に降格。宇宙艦隊副司令長官を命じられる。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大将、上級大将に昇進。宇宙艦隊司令長官を命じられる。
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