ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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SAO編 主人公:マルバ
二人は出会い、そして◆蘇生
第十八話 思い出の……
「やあっ!せいっ!はあっ!!」
気合とともに打ち出した三連撃は吸い込まれるように敵に当たり、敵は一瞬でポリゴンの欠片と化した。この層の植物を模した気持ち悪い敵の扱いにもようやく慣れてきた。
「ふぅ……。マルバさん、これ凄いですね!ほんとに狙ったとおりに当たります!!」
振り返ったシリカは嬉しそうに言った。
「でしょ?速さと正確さにかなり振ってるからね。」
「でも、威力はわたしが使ってたのとあまり違わない気がしますね。」
「え、そう?うーん……、使ってたの見せてくれる?」
「いいですよ。……はい、どうぞ。」
マルバはシリカから受け取った短剣を見てみたが、攻撃力はマルバが貸した短剣に比べそれなりに低い。では何が違うのかというと……
「あ、これ《スティレット》だね。」
「そうですよ。マルバさんが貸してくれたのは《ナイフ》ですよね。ちょっとリーチが短すぎて怖いです……。」
「ああ、うん。ナイフって多分一番射程が短い武器だからね。それはそうと、《スティレット》は刺突属性特化なんだよ。ナイフはどっちもありだけど、どっちかっていうと斬属性向けの形だからシリカが使ってるような刺突系の技と相性がよくないのかもね。ちょっと待ってて……」
マルバは歩きながらストレージを探り、中から一振りの短剣をオブジェクト化した。
「これならどう?」
シリカは受け取ってから振ってみた。
「うーん、こっちの方が使いやすいかもしれません。」
「それは良かった。これは『トレンチナイフ』。ナイフって言うけどサブカテゴリは《ダガー》に含まれてる刺突系の武器だから、シリカみたいな使い方だったらこっちのほうが使いやすいかもしれない。トレンチナイフは特殊な装備方法があってね、ブーツとかに括り付けられるんだよ。まあ、そんなことしてる人ほとんどいないんだけどね。」
シリカは一旦立ち止まると試しにブーツの位置に重ねて装備してみた。しゃがんだ状態から攻撃するのは良さそうだが、正直ここに装備しても意味が無さそうだ。
「……こんなの意味があるんですか?」
「これ、一応追加装備扱いにしてくれるらしくて、予備で一個余分に武器を装備できるんだよ。武器を落としちゃっても平気って感じ。」
なるほど~、と頷きながらシリカは最初に受け取ったナイフをマルバに返した。再び歩き始めたマルバは受け取ったそれを左腰に装備し直す。本来二つ以上の武器は装備できないはずなのだが、さっきブーツに装備したように追加装備なのだろう。ちょっと気になったが、戦闘についての詮索はマナー違反である。聞きたくても聞けない。
その代わり、もしかしたらもっと重大なマナー違反かもしれない質問をすることにした。昨日からずっと気になっていたことだ。
「あの……マルバさん。妹さんのこと、聞いていいですか?」
シリカの半歩先を歩いていたマルバはちょっと困った顔で振り返って尋ね返した。
「どうしてまた……そんなことを?」
「私に似てるって言ったじゃないですか。現実のこと聞くのはマナー違反だとは思うんですが、どうしても気になっちゃって……」
マルバは視線を前に戻し、しばらくためらってからゆっくりと話し始めた。
「……葵っていう名前でね、仲のいい妹だった。僕が中学校二年になる前までは、だけどね。」
マルバは目を閉じる。何度も夢に見るあの思い出したくもない光景が脳裏に浮かんだ。
音もなく近づく軽トラックの黄色いバンパー。そして、その前で……為す術もなく死ぬはずだった、妹の姿を。
「僕は中学校二年の始業式に向かう時、妹と学校まで一緒に行ったんだ。でも僕は結局始業式には出られなかったのさ。交通事故だった。急性心不全を起こして気を失った運転手が、横断歩道にブレーキを踏まずに突っ込んできたんだ。その時死ぬはずだったのは妹だった。僕は無我夢中で前を歩いていた妹に体当たりしたから妹は轢かれなかったんだけど、僕は間に合わなくてね。おもいっきり撥ねられたよ。地面にぶつかった記憶はないから、きっと空中で気を失ったんだろうね。軽トラックはブロック塀を吹き飛ばして全損、僕は横に飛ばされたからぎりぎり命だけは助かったって感じだった。」
マルバは小さくため息をつく。
「目覚めたのは病院だった。白い天井を見つめたっけな。すぐに妹が飛んできて、何度も何度も謝ったんだ。私のせいで、ごめんね、ってね。……でも、それは運が悪かったとしかいいようがない事故でね。結局のところ誰のせいでもなかったんだよ。僕のせいでもなければ、運転手のせいでもない。もちろん、妹のせいのはずがなかったのさ。……運転手だって急性心不全のところを大量出血と全身打撲で瀕死状態。僕よりひどい状態だって聞いたよ。生きているのが不思議なくらいってね。ゴールドカードの持ち主だったらしい。免許を取ってから無事故無違反っていう運転手の模範みたいな人でね。最初に起こした事故が心不全による不可抗力で、更に人を一人撥ねて後遺症を残しちゃうなんて彼も運がない人だ。」
「えっ、後遺症……?」
「そう、後遺症。僕は撥ねられてから半身不随になっちゃったんだ。原因不明だけど幸い軽度だったものだから、松葉杖さえあれば歩けるようにはなったよ。右半身だったから、ペンが持てなくて勉強するのが大変にはなっちゃったけど、僕は最初半身が麻痺したって生きてたんだから幸運だったって思った。でもみんなはそうじゃなかった。こんな風になっちゃってかわいそうだ、かわいそうだって言ってね。生きてたことを祝って欲しいって何度思ったことか。一番ひどかったのは妹だった。お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね、私のせいでごめんね、って言って何度も泣くんだ。あれが一番つらかった。何度も葵のせいじゃない、って言ったのにううん、私のせいだって言って謝り続けるんだ。顔を合わせる度にそう言われるのが辛くて、妹が来た時に寝てるふりしたこともあった。……それ以来かな、なんか疎遠になっちゃったのって……。」
マルバは足元に視線を彷徨わせてから、言葉を探すように続ける。
「……あの事故は妹のせいじゃなかった。でもきっと彼女は未だに自分のせいだと思っている。だから怖いんだ。僕がSAOに閉じ込められちゃったのも自分のせいだって思わないかなって思って。」
「……なんで、ですか?SAOはその事故とは……」
「もちろん無関係さ。でも僕は事故以来うまく動かせない右半身に疲れてナーヴギアをかぶったんだ。仮想空間でおもいっきり走るのは楽しかったよ。でもまさか、それがこんな大事件に巻き込まれることにつながるなんて思っても見なかったけどね。」
はあ、と再びため息をつくと、マルバは空を見上げた。青い空はすぐに次の層の下部に遮られて見えなくなる。
「また葵が自分を責めているのは見たくない。もし彼女がまた自分のせいだって思ってるんだったら、今度こそ真正面からその目を見て、違うよって言わなきゃいけないんだ、僕は。それなのに、僕はまだこんなところにいる……!今すぐにでも葵のところに行きたいのに、あんなちっぽけなヘルメットがこんなにも遠い距離を生むことになるなんて……!」
マルバの頬を一滴の透明な液体が伝った。いまにも叫びだしそうなマルバの震える左手は、しかし、それが固く握られる前に小さな手に包まれた。
「大丈夫です。マルバさんがずっと、こんなにも妹さんのことを思っているのに妹さんがそれに気づかないわけないじゃないですか。兄妹なんでしょう?」
マルバはシリカを睨みつけて叫んだ。
「君は、どうしてそんなことを言えるんだ?僕は一度葵から逃げ出したというのに、なんで僕が葵のことをずっと思っていたなんて言えるんだ!僕は、あいつになにもできなかったっていうのに、なんで……!」
シリカもマルバに負けないように叫び返す。
「だって……そうじゃなかったら、なんでその名前なんですか。マルバさんはなぜ“Malva”さんなんですか!」
「……!」
「ずっと、心配していたからじゃないんですか?逃げてしまったことを謝りたいって思っていたからじゃないんですか!?だから、自分自身を……葵なんて名付けたんじゃないんですか!?自分のせいでピナが死んでしまったと嘆くあたしを……助けようと思ったんじゃないんですか!!」
二人はたっぷり一分ほど見つめ合った。
「……そう、だね。たしかにその通りだ。……あの時の君の目は、妹の目によく似ていた。放っておいたらどこかへ消えてしまいそうな弱い光を湛えた目だったよ。僕はかつてその目から逃げ出した。そのことを心の奥深くでずっと後悔していたんだろうね。だから同じ目をした君を放っておくことができなかったんだ。」
マルバは耐えかねたようにシリカから視線を外し、謝った。
「ごめんね、僕はきっと君に妹を重ねていたんだ。君を助けることで妹を助けた気になっていたのかもしれない。」
「……許しません。」
「……え……?」
予想外の言葉はマルバの視線をシリカに戻させる。
「マルバさん。現実世界に戻ったら、妹さんを紹介していただけませんか。事故なんてなかったみたいに仲良くしているところを、私に見せてくれませんか。そうしたら……許してあげますから。」
「……約束するよ。きっと、君に会わせてみせる。」
ふたりともがいつの間にか座り込んで見つめ合っていたことに今更ながら気づいたシリカは、会話が途切れると同時に気恥ずかしくなり慌てて立ち上がった。
「さ、さあ、今はピナを生き返らせることが最優先です!行きましょ、ほら。」
「う、うん……」
マルバは立ち上がると、ポンとシリカの頭に手をおいて、礼を言った。
「ありがとう、シリカ。君のおかげで目標がはっきりした。」
シリカは照れながら、自分の頭におかれたマルバの手を両手でつつみ、言った。
「わたしなんかがマルバさんのお役に立てたなら光栄です、ほんと。わたしが誰かの支えになれるなんて滅多にないですから。むしろこちらからお礼を言わせてください。ありがとうございます、マルバさん。」
マルバはシリカの頭をちょっと撫でてから答えた。
「君は僕に大切なことを思い出させてくれたよ。おかげで僕はこれからも頑張れる。……さあ、行こうか。君に借りを返さなきゃ。うーん、ピナを生き還らせるだけじゃこの借りは返せそうにないな。街に戻るまでになにか一つ考えといてよ。なんでも一つ、僕にできることならやってあげるから。」
「それは楽しみです!考えておきますね。行きましょうか。この剣も試してみたいですし。」
二人の足取りは軽い。小川にかかる石造りの橋が二人の足音を響かせた。丘はもうすぐそこだ。
後書き
ピナが蘇生するところまで行きませんでした……orz
マルバ、シリカに支えられるの回です。
本来はシリカが使っている武器はダガーだと思うのですが(アニメより)、スティレットにしてしまいました。アニメだと普通に斬ってたのにね。マルバが斬属性・破壊属性特化なものだから、シリカが刺突属性特化だとバランスがいいんです。
気づいている方もいるかと思いますが、シリカのキャラを少しだけ原作から変えてあります。一人称のところです。原作はずっと「あたし」でしたが、この小説内では基本「わたし」で、必死なときだけ「あたし」にしました。
あと……原作で『花が好き』って書いてあったのを拡大解釈してアオイのことを英語でMalvaっていうことを知っていることにしてしまいました。やりすぎ感が溢れてますが、気にしないでください。あ、無理ですか、すみませんすみません
それでは恒例の裏設定を。
『トレンチナイフ』ですが、これは現実では塹壕戦で用いるゼロレンジ用の武器らしいです。そちらの方面には全くもって疎いのでこれについて突っ込み入れられても困りますが(予防線)。一応、現実の武器の特性を残してみました。靴のあたりに装備できて、更に握ったまま格闘術もできます。
対して、『スティレット』は刺突属性特化……っていうよりは刺突属性専門の武器です。刃がないので斬れません。扱いにくそう……w 別名を『ミセリコルデ』といい、止めを差すのに便利な剣です。形状は十字架に似ています。全長30センチメートルほどのショートレンジの武器で、達人なら鎧を貫通する威力を持つらしいです……って怖っ!!ゲーム内設定としては『鎧通し』が常時発動、みたいな感じでしょうか。あと、対軽防具で防具の防御力を半分無視とかあたりが妥当って感じがしますね。
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