年月を経て
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第三章
「ずっとな、けれどな」
「それでもよね」
「江田島を出る時これ以上はない感慨があった」
このことも妻に話していて今も話すのだった。
「本当にな」
「あなたにとっていい場所ね」
「あそこに戻れるのなら」
それならとも言うのだった。
「是非な」
「そうね」
「それが俺の本音だ」
紛れもなく、というのだ。
「はっきり言う」
「それなら」
妻の優香里はここまで聞いて答えた。
「あなたの好きにすればいいわ」
「ついてきてくれるか」
「妻だから」
微笑んでの言葉だった。
「そうさせてもらうわ」
「済まないな」
「それじゃあね」
「明日返事をする」
こうしてだった、彼は警察予備隊に入りそこから海上自衛隊の幹部自衛官になった。戦前で言う海軍士官に。
そしてだ、その彼にだった。
人事部がだ、こう言ってきた。
「江田島にですか」
「そうだ、教官としてだ」
「赴任してくれとですか」
「そうしてくれるか」
こう言うのだった。
「これからな」
「わかりました」
軍人としてだ、彼は答えた。
「それでは」
「懐かしい場所だな」
「はい」
ここでだ、豊田は微笑んで答えた。
「そこに行ってきます」
「もう制裁はない」
鉄拳制裁はとだ、彼に告げた上官は笑って言った。
「海軍と違ってな」
「自衛隊はそこは、ですね」
「五月蝿い」
軍と比べてだ。
「あるにはあってもだ」
「あれ程まではですね」
「しない組織だ、だから君もだ」
「はい、そのことは承知しています」
彼にしてもとだ、豊田は上官に答えた。
「ですから教官としてです」
「彼等をしごいてくれ」
「そうさせてもらいます」
こう言ってだ、実際にだった。
彼は江田島に赴任した、妻はもう子供がいて家も持っていたので今度は単身赴任という形になった。だがそれでもだった。
彼は意気揚々と江田島に入りだ、そうして。
生徒達を教えた、その中で。
江田島の景色を見てだ、若い事務官に笑って言った。
「ここは変わらないな
「豊田三佐がおられた時から」
「ああ、その時からな」
その赤煉瓦や海、グラウンド、他のあらゆる場所を見ての言葉だ。
「変わらないな」
「何か先輩の事務官の人がです」
「変わったと言ってるか」
「はい、戦争前にもおられたそうですが」
「そうか、しかし俺から見たらな」
「変わらないですか」
「赤煉瓦はそのままだ」
彼が兵学校の生徒だった頃からというのだ。
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