突然背中から
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第一章
突然背中から
オーストラリアからインドネシアに旅行で来てだ、ジェームス=マクドネルは首を傾げさせてガイド役のラハル=スハルノに尋ねた。
「どうしてなのかな」
「ああ、仮面をですね」
「うん、顔に着けるのならわかるけれど」
それでもとだ、彼は白人だがアジア系のそれに近い黒髪と黒い目が目立ちしかも鼻が低く彫も浅い顔立ちで言った。ただし肌の色は白く背は一九〇を越えている。それで一七〇位の背で浅黒い肌ではっきりとした目のラハルとは対象的な感じだ。
その彼がだ、こうラハルに尋ねたのだ。
「後頭部に仮面を着けるんだ」
「はい、この辺りではそうします」
「何かの儀式かな」
ジェームスは首を傾げさせつつ言った。
「それかな」
「いえ、そうじゃないです」
「違うんだ」
「この辺りもムスリムですから」
「イスラムでこうした儀式はないよね」
「はい」
その通りだとだ、ラハルはジェームスにはっきりと答えた。
「それはないです」
「じゃあどうしてかな」
「虎ですよ」
「虎!?」
「はい、最近この辺りにはいなくなったみたいですが」
それでもとだ、ラハルはジェームスにさらに話した。
「虎除けなんですよ」
「ああ、虎は人を襲うからね」
そう言われてだ、ジェームスも納得した。
「それでだね」
「はい、それも後ろから襲うんで」
「その虎になんだ」
「見ているぞっていうのを見せる為に」
その虎にだ。
「仮面を顔にじゃなくて」
「後頭部に着けて」
「そしてなんだね」
「虎除けにしてるんです」
「成程ね」
「はい、そうしたお面なんですよ」
「わかったよ、そうしたものなんだね」
ジェームスも納得した、それでだった。
ラハルにあらためてだ、こう言った。
「しかしです」
「しかし?」
「確かにこの辺りは野生の虎はいなくなったみたいですが」
「じゃああのお面は僕みたいな観光客がだね」
「買うものになってますね」
最早というのだ。
「そうなってますね」
「まあそうだろうね、野生の虎はね」
「保護も大事ですけれどね」
「怖いからね」
言うまでもなく人を襲うからだ。
「出来るだけ人のいる場所にはいないに限るね」
「そういうことですね」
「僕も虎に襲われたくないよ」
「私もですよ」
ラハルもジェームスのその言葉に頷く。
「誰もそうですよね」
「全くだよ」
「虎は怖いですからね」
「そうそう」
「ただ、何か」
「何か?」
「日本から来る観光客の人も結構いるんですが」
ラハルはここで首を傾げさせつつだ、ジェームスに話した。
「妙に虎が好きな人もいますね」
「虎が?」
「怖いと思わずに愛してさえいるんですよ」
「確かに格好いいけれど」
それでもというのだ。
「愛しているんだ」
「そうなんですよ、もう虎に関する土産ものなら」
それこそというのだ。
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