機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第三節 群青 第一話 (通算第71話)
前書き
単艦で追撃してきた《アレキサンドリア》からもたらされたのは「バスクからの交渉」だった。ブレックスとヘンケンはこれをどう捉えるのか。《リックディアス》から降りないシャア。そして誰が《ガンダム》に搭乗するのか?
漆黒の星の宇宙を紺のMSが一文字に駆けている。機影は三つ。先頭に立つ金の二本角が白旗を掲げていた。付き従うMSに角はないが、似通ったフォルムは、先頭のMSの廉価版に見えなくもない。彼らが目指すのは、エゥーゴの新造艦《アーガマ》だった。
その艦橋中央にあるスクリーンには、最大望遠で映し出された虚空が写っている。時折モニター映像にノイズが走るのは、撒布されたミノフスキー粒子が薄まっている証拠だ。機影はまだない。小さく宇宙艦らしきものが写っていた。
広大な宇宙では、レーダーチャートに写るMSなど、光点の一つに過ぎない。その向こうにある、豆粒ほどだがMSよりは明らかに大きい光点が《アレキサンドリア》だった。
「休戦だと……バスクめ、何を考えているのだ?」
ブレックスが呟いた声は、喧騒に掻き消えた。接近警報が発っされてから、艦橋は緊張感が支配している。私語はほとんどなく、対宙監視の報告が上がってきていた。敵艦との相対速度は0、相対距離は三○○キロメートル。センサー有効半径ぎりぎりの距離だ。ミノフスキー粒子の撒布濃度が低いため、互いのレーダーは辛うじて生きている。漆黒に結ばれた緊張の糸は今にも切れそうなほどか細かった。
ブレックスら幹部にすれば、来るべきものが来ただけのことではある。だが、彼我の戦力差を考えれば、クルーの口が重たくなるのは避け得なかった。バスクの遣り口ならば、戦隊未満の戦力ということはない。アレキサンドリア級重巡ならば攻撃隊として二個小隊はMSを積載している上に、随伴のサラミス改級軽巡でさえ一個小隊は積載している。合計すれば一個中隊規模のMSが押し寄せてくる計算だ。一個中隊十六機に群がられれば、如何に対空砲火が戦艦並みの《アーガマ》とて、かなりの深手を負うことは間違いない。ましてや、僚艦のサラミス級では撃沈されかねなかった。
その上に休戦交渉ともなれば、なおさらである。こちらは《チバーヌス》らと合流するまで《アーガマ》とサラミス級二隻だけであり、機動戦力が多いとは言えない。《リックディアス》五、《ジムII》一○が予備兵力を含めた全てであり、後は鹵獲した《ガンダム》が二機しかない。最大十二機の機動戦力を搭載できる《アーガマ》のMSハンガーは半分が空であり、サラミス級は直掩のMS小隊も定数に満たない。休戦交渉で足を止めれば後続の艦艇に追い付かれるだけだったが、国際法を破って逃走を図る訳にはいかなかった。それこそジャミトフに付け入る隙を与えるようなものだ。
艦橋にあって、ブレックスはバスクの真意を図りかねていた。時間稼ぎに過ぎない――そう感じつつもそれを全面的に肯定しきれない何か……が、在った。戦争をしたがっていることだけは判る。一年戦争で為すこと無く終わったバスクの闘志が燻っているというなら同じ軍人として理解もするが、己が権力のために人を足蹴にする遣り方は肯定のしようがないのだ。
「総員、対宙監視を厳となせ」
「敵影確認、機数は三……いや、四機。《ガンダム》一、《クゥエル》三。目視映像でます」
ブレックスは悠然とした態度を取り続けたまま黙っており、ヘンケンは浮わつき勝ちな初任士官たちへの対応に追われた。《アーガマ》は現在、処女航行中である。熟れた動きができるのは数少ないアナハイムから送り込まれた軍属士官くらいなモノだった。
そもそも、軍人であっても戦場を知るベテランといえば、ブレックスとヘンケン、機関長のトワーガ、技術長のアストナージ、砲術長のベルナード大尉ぐらいのものだ。
「MSの映像でるか?」
「了解。機体照合……接近するMS、二。《ガンダム》、《クゥエル》各一。映像でます、最大望遠です」
トーレスががなった。熟れた感のあるトーレスでさえ、戦闘は初めてだ。声の掠れ具合で緊張が伝わってくる。
ノイズ混じりに写し出されたのは、魔性の禍々しさと不気味さを醸し出すティターンズカラーのMSである。純白の旗が不釣り合いだった。随伴する《クゥエル》の方が旧型機であるが、制式採用されているのは《クゥエル》で、《ガンダム》はパイロット訓練用の機体であるとアストナージから報告が上がっていた。
「MSデッキ!敵は白旗だ。MSを退避させろ!受け入れ準備急げ」
「機関、推力カット!エンジンは暖めたままにしとけっ」
「メガ粒子砲スタンバイ」
「対宙砲座、照準合わせ」
「戦闘艦橋開けっ」
ヘンケンは艦長席に座り込んで矢継ぎ早に指示を出していった。一通り指示を出し終えると、小さく唸り声を挙げた。
「どうかしたかね?」
「いえね、人は足りない、練度は低い――こんな状態の艦をどう切り盛りしたらいいか悩んでいたんですよ」
ブレックスは、笑ってなんのことはないという振りをしてくれるヘンケンに感謝した。実際には由々しき問題である。〈グラナダ〉に戻れば解決するというものではない。数は力だが、全面戦争でない以上、数だけ揃えればいいという訳にもいかない。それに連邦軍の一部隊でもあり、連合軍でもあるエゥーゴが、大きな戦力を持つことはできなかった。だからこそ、少数精鋭の部隊を作り上げなければならないのだ。
「苦労を掛けるな」
「いや、苦労ってほどじゃないですよ。何人連れて帰れるかって話です」
一瞬、真面目な顔を覗かせて、人懐っこい笑みを浮かべた。この笑顔が部下から信頼を寄せられる理由であろう。だが、戦闘に入れば無傷では済まない。幾人の命が失われるのか、考えたくなくとも考えねばならないのが、ヘンケンやブレックスの立場であった。
後書き
ご無沙汰しております。
大分間を開けてしまいました。
久しぶりに更新します。
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