剣士さんとドラクエⅧ
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96話 因
寝起きの悪いエルトを叩き起し、ヤンガスを揺り起こす。エルトは叩き起しても眠そうだった。でも、疲労は私だって溜まっているとはいえど、今は緊急事態だ。イマージェンシーだ。それどころじゃない。
寝てる場合じゃないんだよ!……気を抜いたら私、ぶっ倒れそうだけど!なんでククールはしゃっきりしてるんだろう……というかあれ気力で起きてるよね?なんかそんなにテンション上がる事あったの?!
エルト!ほら!起きて!私だって城を見たショックでどうにかなりそうで、ドルマゲスに溶かされたりして疲れたから早く寝たいけど、起きてよ!
「……んん、誰……?」
「私だよ!トウカだよ!」
「……おやすみ……」
あ、こいつっ!目を開けたのに寝やがった!とはいえ早朝だから大声で叫ぶわけにもいかない。エルトは起きないし……あ、なんだか私、睡眠不足でなんだかふらふらして……。
その時、ヒュッと風を切る微かな音を聞いて私の全身の毛が逆立った。狙いは、急所、頚動脈。戦い慣れした結果、私の頭は一瞬でそれを弾き出した。
反射的に首筋に攻撃が迫るのを感じてバク宙する。流石に街の中で今装備してるナイフ抜いたりするほど非常識でもないし。でも、危険なら蹴り殺せるように。
ちょっと……そんな物騒な事した犯人はククールかい!なんだよその手刀!もう少し眠かったら蹴り飛ばしてたんだけど!壁に刺さるところだったんだよ、ククール!
「……すまん」
「何のつもりだったの?」
「……ゼシカのことはもちろん心配だが、頼むから寝て欲しかった」
「あー……気持ちはありがたいけどうっかり殺っちゃったら笑えないからやめた方がいいと思う。寝てても殺っちゃう」
ククールの綺麗な顔がすごく引き攣った。
「やっちゃ……やるって殺すほうだよな……?」
「何、首と胴体泣き別れしたかった?私は嫌だよそんな事するの」
「俺だって嫌だぜ……」
あ、ククールも疲労困憊だよね……ぐったりして眠ったエルトの腹に頭突き食らわせそうな勢いで伸びちゃった。その勢いで頭突きしちゃえばよかったのに。ヤンガスがそれに怒って引き剥がしてるけど、寝ぼすけなエルトも疲れきったククールも悪くない、よね。
ていうか私もふらっふらだし寝たいのに、ヤンガスがとっても元気で羨ましい。え、秘訣?ザオリクって疲労回復効果あったりするの?だからゼシカもどっかいっちゃったの?……違う?
……あぁ、なんだ。やっぱり蘇るとしても死は恐ろしくて、眠っていられないんだね。軽々しいこと言ってごめん。
……ゼシカの事、心配だけど。駄目だ、目が霞んで足が覚束無い。気づいたククールが私をエルトの部屋から引っ張りだした時には目を開けるのだって無理なくらい眠かった。
そうして私はベッドに放り込まれ、あっという間に眠りの世界に引き込まれていった。夢なんて、見なかった。
・・・・
・・・
・・
・
昼。なんか起こされたような記憶があったけどよくわからなかった僕は起き出してきたトウカにめちゃくちゃ怒られて、やっと起こされたのが夢じゃないと知った。
そしてゼシカがトロデーンの国宝の杖と共に消えたことも、城も人も元に戻っていないことも。あぁなんてことだろう。……あれだけ苦労して、あれだけ死にかけて、あれだけいろんな人の強力を得てドルマゲスを倒して僕らは何を得たんだろう。
仲間をひとり失ったみたいなものじゃないか……。あぁでも、連続殺人事件の犯人はこれ以上犠牲者を出すことはない、よね……。
何はともあれ、今はゼシカだ。
あの忌々しい呪いを解く手がかりを見つけることは出来そうにないけど、ゼシカの行方にはアテがあった。宿の人が出ていったゼシカの話を聞いていて、どうやら関所に向かったらしい。
……関所……ね。そういえば「あの杖を持った」ドルマゲスがトラペッタとリーザスを繋ぐ関所をぶち破ってたけど、あれを考えると関所には不吉なイメージしかない。ゼシカが何を思ってどこかに行ったのか分からないけど、関所は流石にぶち破ったりしないとは、思うけど。
昼前まで寝ていたトウカが寝ぼけ眼で起きてきて、猛然と昼ご飯を食べてる横で僕は顔色が何故か普段より良いククールや、不安げなヤンガスと今後のことについて話し合った。
陛下にもこのことはお話しした。そうしたらやっぱり、ゼシカを探すように仰った。もちろん御意にと返事して、今に至る。
……さっきからヤンガスは不安げなのに、ククールの機嫌が妙にいいのが理解出来ないよ……。もちろんククールだってゼシカのことは純粋に心配してるってわかるけど……。
「腹は満たした!出発、しよう!」
僕より食べるトウカがようやく食べ終えて満足そうに言う。
うん、今日も斬り込み隊長は元気そうでなによりだよ。でもまず、砕け散ったトウカの盾を買い直して、トウカの破壊された髪飾りの代わりでも買って守備力を上げてから出発、しよう?
当然、店に連れていってもエンジンのかかったトウカは盾も兜も……余りの鉄兜を売ってもらった……即断即決城下町から飛び出して。多分、魔物を切り刻むまであと十分ってとこ。
……その背中が寂しそうなのは、僕にだってわかった。早くゼシカをみつけよう。そしてなんで黙っていなくなっちゃったのか、聞かないとね。
ゼシカ、トウカといろいろ楽しそうに約束してたのになぁ……。仇討ちをしたら、ドルマゲスを倒したら、あれしようこれしようって。楽しそうに。それ、叶えてないのにね。
城があのままだって分かってても、そんなささやかな願いぐらい叶えるのに。笑っていられない状況でも……それぐらいは、みんなも、許してくれると思うし。なのに……。
……そうそう、ちょっと思ったんだけど、こんなに魔物が出る中で今更鉄兜で大丈夫なのかな?すぐカチ割られたりしない……?
・・・・
『次は……チェルス。哀れで愚かな賢者の子孫……』
結い上げたツインテールに赤いスカートを履いたという姿の女は呟く。手には長い杖を持ち、同時に地面から少し彼女は浮いていた。
『それとも先に兄さんをモノにしようかしら。いいえ、あの子は兄さんじゃないわ……兄さんによく似た、兄さんのこども』
くすくす、くすくす。楽しそうに、楽しそうに、彼女は笑う。恐ろしげな風貌に変貌しているというのに、笑っている姿は……やっぱり恐ろしかった。
だというのに、懐かしげな色を湛えて、凶悪な殺意ではなくともすれば穏やかなようでもあり。
『……兄さんは決してあたしのモノにならなかったわね……それどころか兄弟の契りすら、破棄しようとして……』
また、くすくすと嗤う。彼女の目には、遥か昔の、白黒の世界が映っていた。それは、「彼」と「兄」が暮らしていた頃。本当の兄弟ではないが、仲良く過ごしていた頃を。
互いが互いを殺せないようにする不殺の誓いをたて、兄弟のように過ごしていこうと笑いあった懐かしき日々を。
それはまだ、暗黒の神が神でなかった……ただの、いうならば「魔族」のような……厳密にはそうではない……頃だった。
「兄」と血は繋がっていなかった。同じ種族だったのかもしれないが、今はもう、分からない。ただ「兄」は年上で、自分よりいろいろな知識を持ち、自分と共にいた。
人間のような風貌をした兄は、強かった。そしてひたすら記憶に残る彼は優しかった。……何も知らない無邪気な幼少期は。
『あのこどもの代わりにアーノルドを喚び戻す……あたしには、できるかもしれないわね』
あんなに聡明だった兄はいつの間にか愚かになってしまった。愚かな彼は人間を守ったし、神として行動すると怒った。
《お前は、どうして変わった?》
耳に残る忘れられない言葉。変わってなぞいない、変わってなぞいないのに、「兄」は泣いて問うた。だから、いつか目を覚ますように、氷の中に閉じ込めた。「兄」の心を奪った女を殺した。
そして光の世界を手に入れ、彼に見せようとした矢先……。
『……早くすべての子孫から力を奪い返さなくては』
「ゼシカ」の姿をした「彼」は、また笑った。
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