少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
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第二十六話:目覚め、纏うは“吼殻(オリクト)”
前書き
麟斗の得た力のアイデアですが、事前にそれなりに考えて、“能力の最終段階”まで設定が出来あがってます。
で、自分で言うのもなんですが昨今のラノベ事情に鑑みれば、無茶苦茶なタイプの能力ではないと思います。
…………ハイ、多分(エッ
あと気付いている方も多いでしょうが、寝ぼけ眼で考えた物をコピーした所為で、初投稿時には色々と間違えてしまっていましたので―――現時点では詠唱、名前、全てに置いて結構改変してあります。
眠い中での作業は行かんよね! うん! ……以後気を付けます。
では―――昼に帰れたお陰でテンションが上がったままラストを仕上げた、本編をどうぞ。
左手に顕現せし【牙】
恵まれなかったっからこそ生まれた、麟斗の強き怒りで発現した力。
これは所謂……この場限りの奇跡―――そう言ってしまえば確かにそれまでだ。
しかしただの偶然のみで起きた奇跡では、断じてなく……以前よりその兆候はあったのだ。
麟斗は時空を超えて、青春の時を二度も味わった者。
それ故に髪色や肉体の変化、父からも母からも遺伝せぬ精神などを持つ至ったとも、推測はできる。
だが同時に冷たく愛の無い、その代わり負担も少ない生活から……温かくとも我が強く、己の想いを根っこから封じ込めようとする生活への、余りに変わり過ぎた環境に付いて行けていないのも事実。
麟斗は俗に言う“特別な存在”では断じてなく、加えてラブコメディ系ライトノベルの主人公でもなく、唐突に別世へ落とされた一般人だからだ。
羆の様な男に理不尽を科せられ、何時までも若い女に己が妄言を押し付けられ、やっと得た安寧も思い込みやルール強制、罵詈雑言に潰される。
そんな生活を、しかも自分の言を通せない生活が幾許も続けば、誰だってねじ曲がってくるだろう。
―――麟斗が『楓子の将来なぞ知った事じゃない』と内心強く思う、黒い方向へと傾いたのも、ある意味では仕方ないのかもしれない。
そんな生活が続いた人間の取る行動は、当然ながら幾つかあるだろうが……麟斗は数ある手段の中でも“順応” は選ばず、“叛逆”は選びきれず、残った“逃避”を選んだ。
その逃避の結果こそが―――麟斗の身に変化が起きるきっかけとなった日に燃やした、麟斗の手で綴られた『黒歴史ノート』。
楓子のとは違い中二病から発生した物ではなく、恨み辛みを能力に変えて書きだされたもの。
まず間違いなく、それが彼の身体を変えた―――今この時に繋がる『元凶』だろう。
そもそも、大きな変化が起きなかったこと自体、可笑しいのだと言わざるを得ない。
例えば食べる事。
普通、人間の味覚は強弱や各個人の好みこそあれど、基本的に元々の感覚から離れる事はないと言って良い。
事故による後天的な物、先天的な障害によるものなど、例外は存在するが……それでも大げさな事柄さえ起きなければ、変化する確率は低い……と言って良いだろう。
そして哀しくも起こり得てしまう変化もまた、『味を感じない』『薄く思えてしまう』『不快感が残る』等の変化に一応は限定されるもの。
―――だから『焼き立ての食事へ生臭味や腐敗臭を感じる』『食べたモノがまず“食べられない物”の味になってしまう』『生の食材が異様に美味しく感じ、食中毒も無い』
…………など、此処まで珍妙勝つ奇々怪々な変貌は、有り得ないにも程があるのだ。
また例えるならば、肉体の変化。
髪が意図的に脱色するでなく、自然と灰色と成る時点で確かにおかしいが、問題は決して其処だけではない。
今の今まで強烈な痛撃に悶え苦しみ、父親の拳に分かっていても最後には抗えぬ日々が続いていたと言うのに―――脈絡も無く『相手に違和感を与える』程の変化を齎すのは正直に言って不可解極まりない。
…………一瞬の内に皮膚が硬くなったのか? それとも父親が手加減したのか?
否。
そのどれにも当てはまらないのは、他ならぬ、本人達が良く知っているだろう。
更に言えば―――麟斗はあの時あの場所で、『意識を失う』程の激痛をその身に受け倒れている。
なのに起きてから何の後遺症も無く、取り分け目立った変化など存在しなかった。その時点で、不可思議なのだと言わざるをえまい。
意識が飛ぶぐらいの激痛による結果が……倒れるだけで済む筈など無いのだから。
即ち本来麟斗の身体に起こるべき “異変” が漸く―――しかも日常生活ではまず有り得ない窮地に立ち、今まで溜め込むのみで全く上げてこなかった感情を爆発させたことにより……眠っていた【牙】が目を覚ましたのだ。
だからこそ……絶頂を迎えたその時に、内から迸り覚醒したのだ。
―――麟斗自身、今現在に限って言えば、もう既に忘れ去っている事ではあろうが…………彼に綴ったノートのとある頁には、こんな言葉が書かれている。
[その“獸躰”、大地の王の具現者なり
『重』に置いて並ぶものなどなく、『堅』に置いても、またない
だからこそ獸は、対者へとソレを知らしめるのだ
身に背負う重さを、身を縛る堅さを
願いは強く、“吼殻” が名の関する通り……宿る力はただ、ただ重い
幾ら労しようとも尚、決して欠片とも大海へは押しだせぬ、その“獸躰”
大地育む者らを統べる『陸獣』が選者、御身に宿せし“吼殻”は―――]
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「――――【Saspiešanas tērauda ilknis】!!!」
大上段から繰り出されるロザリンドの大剣が、突き出した俺の左腕―――から伸びる『牙』で止められた。
止められていた。
他ならぬ……俺が、止めていた。
「な……にぃ……!?」
「……麟斗……!?」
俺の中には攻撃を受け止めた衝撃よりも、マリスを救えた安堵よりも―――まず困惑が広がっていく。
さっきの詠唱といい―――何故、コレを俺が知っているのか?
今起きた状況といい―――何故、俺にこんな事が出来るのか?
突発的な事象といい―――何故、コレが体に眠っていたのか?
“コレ” に全く戸惑わないのならば、そいつはデコ助なみの精神を持っていると言える。
―――いや、例え楓子だったとしてもこの状況に惑うのは必須かもしれない。
妄想し一人電波を垂れ流し、理解を得られる得られない関係なく楽しむ事。
それと思い描いた事が現実の中で飛び出て来て、自分が逃れられぬ深い渦中に居るのとでは……言うまでも無く根本的に違う。
(いや……)
そもそも突発的とすらも言い難い。前から兆候自体はあった。
裏を返すなら起きない方が『不自然』だったのだ。
味覚の変化もそう、親父に殴られた際の違和感もそう、寧ろその程度で済んでいて『くれた』事が、何かの奇跡でしかないと言わざるを得ないか。
なにより強い妄執が籠っていたという楓子の《絶対少女黙示録》ですら具現化したんだ……吐き出せずに溜めこまれていた“膿”を乗せた、俺のノートが例外だと断じる事など出来ない。
元々あった兆候が前触れで、恐らくマリスの『完全婚約』が亀裂を入れて―――今まさに滾る激情が引き金になったんだろう。
―――この上なく “最高” のタイミングで、な。
「ッ……ラァ!」
「おわぁあっ!?」
左腕で思い切り振り払い、一先ずロザリンドを遠くへ弾き飛ばす。
自分でも思っていた以上の剛力を得ていたか、予想のよりもはるかに遠くまで飛んでいく。
向こうが遠間からでも分かるぐらい、目を白黒させていた。
その間隙を見て、改めて俺は左腕に目をやった。
形は宛ら、人間の犬歯を更に尖らせて細長くした感じだ。細長くとは言ったものの、太さは俺の腕と同等と言ったところか。
だが一番異端なのは造形じゃあなく―――まるで腕に食い込んでいる箇所。防具のように装備されているのではなく、本当に融合し一体化していると感じてしまう。
加えて、意味のよく分からない紋章が、左腕全てに走っていた。
更に……この【牙】は鋭さよりも鈍さを感じさせる。
形状も相俟って刃物と言うよりも『鈍器』に近い。
俺とは明らかに違う“モノ”でありながら、されど俺と“同じ”モノを感じる奇妙なまでの矛盾。
コイツは《俺ではなく》だかしかし《俺でもある》という違和感。
だが幾ら重要だろうが、今この場に限って言うのならば……そんな事どうだっていい。
いわば駐車場の時の、初戦闘の時と同じだ。
状況も、対峙している光景も、何もかも違うがしかし、そこ一つだけは依然として何も変わらない。
―――抗える《力》がこの手にあるのだから、逆らえる《牙》が存在するのだから……ただ、ぶち当たっていく。
あの時と同じで―――ただ殴る。
それだけだ……!
「っ―――ァアッ!!」
俺の左腕の牙と、ロザリンドの大剣がぶつかり合う。
サイズでもリーチも使い勝手ですら、見た通りの差が合って、向こうには何も敵わない筈。
「うあぁ……こんのおぉぉっ!!」
なのに、戦況は寧ろ俺の方が押していた。
ロザリンドの太刀筋はいっそ驚くぐらい粗すぎだ。落ち着く時間も無く続けざまに予想外が起こったせいもあるのだろうか。
……どちらにせよ単純な事に変わりはない。
内側へ僅かに曲がっているコレまた厄介な形状を持つ俺の牙ですら、受け流す事も弾き捌く事も容易だ。
「何でっ―――何で何で何で何でぇッ!!」
溜めも大きく、斬撃はほぼテレフォンパンチ状態。
ずっと強く柄を握ったままで力み過ぎ、入り引きも何もかも酷い。
対して学んでいない俺だって分かる……まるで蛮行そのもの。完璧だった剣術はもはや見る影無し。
術理も思考も、完全に状況が入れ替わっている。
「……ッ」
矢鱈と繰り出される斬撃の嵐の中、俺は袈裟切りに狙いを絞って待機―――来たと見ればすぐに受け流し、右肩へ掌底を喰らわせて吹き飛ばす。
「ぐはっ!?」
苦しそうな声音を吐いた事で確信した。
……今の俺の攻撃なら、【天使の羽衣】を本当の意味で“貫通”してダメージを与えられる。
現に彼女は、信じられないと言いたげな顔で右肩を抑え、息を荒く吐いている。
余裕のない彼女が演技などしていられない事を考慮に入れるなら―――俺の攻撃は、確実に届いていると言える。
だからこそ―――
「う、あっ……」
「ハアァッ!!」
「がは―――ぁ!?」
まだ拳を叩き込む……もっと“牙”を叩き込む!!
「……!?」
「シィアァッ!!」
キックをモロに受けて吹き飛ぶ彼女を、自分も跳んで追う。
着地と同時に繰り出されるロザリンドの斬撃を、牙で受け流し即座に反撃へ移った。
踏み込んでの右ストレートから、回転して左の牙で裏拳を振う。
“牙”の重みから後方へ引かれる感覚を活かして、右脚を連動させ蹴り上げる。
追加でフロントキックを放ち、また中空へ飛ばす。
最早ロザリンド事を言えない荒々しさを持って、俺は攻撃を連ねた。
「うああぁぁぁっ!?」
頭狙いの横薙ぎを屈んで避ける。
更に手を付き反転して、踵でロザリンドの脚を払った。
体勢を崩した彼女に牙を軽く当てて体勢を変えさせ、追加の右ストレートで地に転がす。
「ぬああぁぁぁ!!」
「……ちぃ」
追いすがる俺の不意を突く、起き上りざまに放たれる豪快な切り上げ。
大きく仰け反った俺は一瞬間だけ思考を止め……“牙”で草地を叩いて己の身体をバウンドさせた。
「せぇっ!!」
「―――――!?」
体勢を立て直してから間髪いれず、“牙”を使って左ストレート。
……否、左“直突き”をぶち込んだ。
腹部を鈍く、しかし強烈に殴打されたロザリンドは、声も上げられずにより後方へと吹き飛んでいった。
ド派手に草花を散らして、受け身も取らずにロザリンドは転がる。
だが突撃一辺倒に傾いた今の思考がそうさせたか、腕を思い切り叩きつけ強引に勢いを殺した。
「くぅっ……ぅ……まだだああぁぁああぁっ!!」
魔物の如くゆがめられたその顔、憤怒そのものに彩られた気迫は、彼女が本来有している“剣姫”ではなく『剣鬼』と言う単語を連想させた。
その鬼気迫る迫が一瞬緩んだ―――刹那、剣が煌き盛る大火を轟々と噴き上げ纏う。
片眼は依然として金色であり『剣聖の領域』は発動したまま。
つまりこの斬撃は、己が巨体の剣へと “力” を纏わせた、必殺の剣撃に他ならない。
「ミカエルのっ―――剣ィィィッ!!」
詠唱無しで繰り出された【ミカエルの剣】を連ねて振い、焔の三日月が続けざまに放たれた。
真正面から雨霰に降り注ぎ続けるその炎色の刃。
しかし俺は避けない……否、避ける事が出来ない。
「……麟斗っ……!」
何せ、後ろには“マリス”がいる。
【俺嫁力】すら発動できず、切り札は愚か基礎異能すら振るえない今の彼女では、遠慮一切無しに飛び交う火焔を避ける事は至難。
掠ればその時点で終わるなど、クソゲーにも程がある。
それに今のロザリンドは暴れてこそいるが、その敵意は俺だけに向けている訳じゃあ無い。
だから耐える事の出来る俺が盾となる。
……なるしか、ない。
「焦げろ! 焼けろっ!! 尽きろぉっ!!」
「お断り……だっ!!」
ロザリンドの言葉に否定を返しながら、俺に向けられる紅の殺意を上空に弾き続ける。
下手に受け止めるだけではこの天王山ハイキング場が焼け野原になってしまうからだ。
こうなる原因の一旦、その半分は俺にも当然ある。
挑発の域を超えた八つ当たりをぶつけた。だから余裕がなかった彼女から倫理を奪う原因を作ったと言える。
……だから、暴れさせてそれで終わりなど阿呆な判断だ。
被害をも減らさなければ、ブーメランを投げた独り善がりで終わってしまう。
「く、ぁ……ぁっ!!」
物量を増してくる連撃の前にとうとう【牙】だけでは間に合わなくなり、右手、両足、体全体を使って防ぐという自分でも呆れ果てる捨て身の防御に走る。
体中に火傷を負い、切り傷を刻み、目に流れ落ちて来る鮮血で視界が薄赤く染まってくる。
それでも防御は止めない。
膝すら付いてなるものかと、己を奮い立たせ続ける。
「っ……ァアアアァァァっ!!」
切迫の色濃い怒号と共に振出される、一際大きな焔刃に俺は一瞬目を剥いた。
遠間より肌を焼く熱気、まだ距離があるというのに間近にあると思える圧力。
受け止め捌ききれるのか……違う、否応にも“捌かなければ”いけない……!
ほぼギリギリのタイミングで左の【牙】を空へ叩き付けんばかりに振り上げ、伝わる衝撃を強引に無視して更に力を送る。
「ぐぁ……ラアアァッ!!!」
本当に炎で形作られているのか不思議なぐらいの、豪快且つ重厚な轟音を立て跳ね上げる。
奇妙ながら、それと同時にロザリンドから放たれる、焔刃の雨霰もピタリと止んだ。
これで終わり…………な、訳がねぇ。
「うああぁぁぁあぁあぁぁ!!」
その思考を読み取ったが如く、再びロザリンドが突撃。
手にした宝剣の描く軌跡は変わらず……しかしその刀身へは別次元な『何か』が絡みつき、ゾッとする程深みある輝きと、背筋凍らせる恐怖を湛えていた。
同時に今の彼女は―――最早詠唱どころか技の呼称すらしなくなる程に、追い詰められて居る事が分かった。
倒せると踏んだ相手が化物に変われば、オレとて当たり前に切羽詰まる。
『演じている』が故に脆い部分の有った彼女なら、それこそ言うに及ばず。
「喰らえぇっ!!」
迸るは裂帛の怒号……しかし、それでも攻撃は単調。
幾ら物理に特化した力を吹き込もうと、真正面から馬鹿正直に叩っ切ろうとしている時点で最早失笑モノだが―――裏を返せば、其処まで我を忘れている事に他ならなかった。
だからこそ、殺す事すら厭わない程の怪力が剣に込められ、空間すら歪んでいる。
本来ならばそんな、本能が危険だと全力で告げて来るような攻撃など、俺なら意にも返さない。
「……りん、と……っ」
だが……オレの後ろには依然、マリスが居る。
急に突っ込んで来た所為で、位置変更も出来てはいない。
よって此処で対処する “しか” 無い。
物理特化した『地』の剣相手に、中途半端な技術で受け流すなど如何考えても無謀で、ましてや避ける事は以ての外だ。
御袋や親父の援軍は、帰還を期待して待ってくれている以上視野に入れて居ない。
……楓子が何時も信じている窮地の覚醒など、考えるまでも無く論外。
なら取れる方法なんざ、もう一つしかない。
だから無謀だろうと……やるしかねぇ……ねぇだろうが、クソが……!
「……っ……! やってやる……やってやらあ!」
だから、俺は真っ向からロザリンドを睨み据える。
一歩も引かず、下へ下へと体重を掛ける。
【牙】を頭上に掲げ、右腕をがっちりと添え―――真正面から、『受け止める』為に……!
「割れろおおぉぉぉぉっ!!」
「……ぎぃ……っ!?」
俺の【牙】とロザリンドの【剣】が衝突し、空気すら揺るがす衝撃波が迸る。
(重、い……! ……クソ、痛ぇ……っ!!)
何トンもあるトラックの重撃と、日本刀の如き鋭い痛撃の、その二つが同時にぶつかって来た様な一撃に、俺は思い切り顔を顰める。
焼かれた事により一時的にふさがっていた傷も開き、額から、肩から腕から、脚からも血が流れ出て来た。
“逃げろ、逃げろ、逃げろ”
予想など遥かに飛び越えたその剣撃は、脳裏に弱音を響かせてくる。
その言葉に思わず従い、横へ跳び退いてしまいそうになる苦痛を、コレでもかとぶつけて来やがる。
「断ち割れろ!! 断たれろぉおおぉぉぉおぉ!!」
だが……それがどうした。
「舐めるんじゃあ―――ねぇええぇえええぇぇっ!!」
「っ!?」
ロザリンドの迸らせる咆哮をより倍する怒号でかき消し、受け止めるので精一杯だった一撃を反す飽和を作る。
ロザリンドが優勢だったその状況に―――確かな亀裂を入れる。
当然ながら俺に、コイツの命を取る気はない。
されどそれはコチラの話。向こうは『間違い』が起こるまで、絶対に止まらない。
騎士としての立ち位置を無理矢理繋ぎとめようとしている以上、和平を申し出ても撃ち落とされるだろう。
……何よりそんなもの、本当に今更過ぎる。
だから彼女を止める為に―――”全力”で拳を使ってやる。闘いが始まってから、オレはひそかにそう決めていた
その為に一瞬を……この時を待っていたのだから
「っ!」
たたらを踏みよろめいたロザリンドへ目掛け、歯を食いしばって一歩踏み込む。
必殺の一撃を崩された彼女の顔には、可哀想に思えるほど濃い絶望が張り付いていた。
……それでも同情はしない。
テメエだけの正義感で事を推し進め、何を背負うべきかも明確にせず、騎士である自分に酔って後先考えない“バカ”をやったコイツには。
何より、向こうがどんな存在であるかを―――マリスの真実から目を逸らしたコイツにだけは。
「く、来るな……クルナアアァァアァアァァ!?」
ロザリンドの悲鳴を無視し、より体を突っ込ませる。
右拳を、音が鳴るぐらいコレでもかと握りしめる。
片手で剣を振り降ろそうとする様を、射殺さんばかりに凝視する。
そして―――
「っ――――ゼェアァアァァァッ!!」
―――胸の内から競り上がって来た物ごと、拳に宿らせ思い切り振り抜く。
俺の一撃は唸りを上げてロザリンドの頬に突き刺さり、今まで一番重く高らかな音を上げて彼女を吹き飛ばした。
派手に草地を跳ね、転がり、樹木にぶつかりへし折りかけて……漸く止まる。
「ハァ……ハァ……!」
地に転がった彼女を俺は油断なく凝視する。
数秒過ぎ、数分に到達し、しかしロザリンドはピクリとも動かない。
恐らく五分は経っただろう……それだけたっぷりと沈黙を貫き、俺は声を絞り出す。
「俺の―――俺達の、勝ちだ」
思った以上に疲れきって如何にも覇気の無い声と、勝敗もクソも無いだろう闘いの後にこんな事を行ったと自分で呆れつつ、視界をなおも塞ごうとする血を拭って地に払い落とす。
近寄ってくるマリスの柔らかな足音を聞き、俺はドカッ、と音を立てて草地に座り込む。
「……麟斗」
心配そうに見詰める透明な瞳を、俺は正面から見つめ返し、手を延ばす。
無言で頭を撫でる俺の手は、血とドロで汚れているだろう。
……なのにマリスは払う事無く、寧ろそれを自分から頭を下げて受け入れる。
そうして暫くの間、無言のまま俺が撫で、マリスが受け入れるという一幕が続くのであった。
「兄ちゃん! 私の事忘れてない!?」
「「あ」」
「あ、って! あ、って!! ……マリスたんまであ、って!?」
―――いざという時の為に地中で待機していた、楓子の存在を思い出すまで。
後書き
※補足
まず詠唱及び、吼殻名の部分ですが、コレはラトビア語です。……ラトビア語、ちょっと気に入っているんです。
そして【潰鋼の獸牙】ですが、“獸”の部分は“しし”と読むと言う、なんとも厨二―――いや、どうでも良い裏設定があります。
つまり獸牙の読みは ししきば と言う訳ですね。
本編でも説明と言うか、補足がありましたけど。
では次回、第一章『A.N.G』最終回です。
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