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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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5話


 プロゲーマーには様々な異名がある。
 それらは圧倒的な強さを表す人達に賞賛を、そして畏怖を込めて呼ばれる。数々の大会で己の存在を、大きな輝きを放ったプレイヤーを表すために人々が敬意を示すためにつけられた。
 いわば、異名というのは呼び名だけではなく、プロゲーマーとしてのオンリーワンの称号とも言える。

 『beast』『アイスメン』『2D is GOD』『忍者』『魔王』『名勝負量産機』『クレイジーモンスター』『次世代の覇王』

 これらの名はその名に相応しい人たちに届けられた名だ。
 そして、世界から『鬼』と称された男は今、IS学園という女性の園の一室にいた。

――――――――――――

 今、私の目の前にいる男の子はe-Sportsの世界では『鬼』と恐れられるほどの人だ。
 どれだけ劣勢であろうとも、穴と言えないような穴を、チャンスと言えないようなチャンスを凄まじい執念でこじ開け、死に物狂いで鬼のごとく勝利をもぎ取ってきた。相手の弱点を極力突かず、運や相手に頼らず、自力で数多くの勝利を飾り世界の頂点に上り詰めたその姿勢はe-Sportsの世界で男女問わず尊敬を集めているらしい。

 右側の髪の毛だけ瞼にかかるくらいの長さで、今風のアシンメトリーな髪型。縁のないフレームの細いオシャレなメガネ。まだ幼さの残る顔つきではあるが良く似合っている。同年代の男の子と比べても小さな160cmあるかどうかの身長。だけど身体を鍛えているのか小柄と言えども華奢とは言えない。

 護衛という仕事ではあったが、どんな男の子なのかという興味はあった。自分がよく知らない世界とは言えe-Sportsの競技人口は2億人近い、それだけの人たちの中で頂点に立つというのは決して容易じゃ無かったくらいは想像できる。

 理性的な人? 野生的な人? 傲慢な人? 謙虚な人?

水着を着ているとは私の服装は一般的には裸エプロンと言われる格好。彼の部屋に忍んで帰ってくるのをじぃーっと待っていた。

 どんな反応が返ってくるか楽しみだった。
 年頃の男の子だったら鼻の下伸ばしたりするかなー、こんな格好で触ってみたら慌てたりするかなー、くらいの軽い気持ちでやってみたのだが、

 この男の子、月夜 鬼一くんは私の予想していた反応はどれでもなく、

 いわゆる、その、泣いてしまったのだった。

 「ごめんね? ホントーにごめんね。別に襲ったりしようとしたわけじゃないの」

 「ぅ、……ひぐ」

 そうして今、私、更識 楯無は年下の男の子を必死になって、睨みつけられながら弁解してたのだった。

――――――――――――

 僕は溢れてくる涙を擦りながら、気持ちを落ち着かせようとした。
 部屋の中で僕は2人掛けのソファーに腰掛け、水色の髪の毛をした女性は手を合わせて頭を下げていた。

 「ごめんね? ホントーにごめんね。別に襲ったりしようとしたわけじゃないの」

 鼻をすすりながら彼女を睨みつける。いや、睨みつけようとしたわけではないのだが、自然とそうなってしまった。
 時間が経つにつれて気持ちが落ち着き、落ち着いてくると思考にも余裕が生まれてくる。そして彼女が何者か思い出した。

 「……それで、何の御用でしょうか? 更識生徒会長?」

 そう、彼女はIS学園最強の称号を表す生徒会長の更識 楯無なのであった。
 僕が少しずつ落ち着いていくのがわかったようだが、申し訳なさそうな笑顔で声をかけてくる。

「大丈夫? ちょっとしたお話しがあるんだけど……その前に着替えてくるね」

 そのまま、足早にトイレに向かう。
 後ろ姿でわかったが、エプロンの下には水着を着ていた。
 だからなんだと言われればそれまでの話しなのだが。

 更識 楯無、IS学園2年生にして生徒会長。そして現役のロシア国家代表。専用ISは、ミステリアス・レイディ。IS戦、肉弾戦問わず世界トップクラスの『天才』と言っても差し支えないだろう。
 そんな人が僕に何の用がまったく想像もできない。

 ……ん? さっき、彼女は僕の部屋に住むとか言っていなかったか―――?

 待て、なんで彼女は僕の部屋に住むことになったのだ?
 僕は完全に個室だと話しを聞いていたが、なぜこんな土壇場になってそんな話しになったのだ? 落ち着け、考えろ。常識的に考えて、女性と一緒の部屋にするなんておかしい。でも、現実では彼女は住むと言っている。しかもこの学園1の最強にして有名人がだ。そんな彼女がどうして男性操縦者の僕と? 彼女はロシアの現役国家代表、つまり、僕との同室が何かに必要だったからか? 将来的な人脈? いや、こんな大掛かりな真似をする必要はない。……僕を1人にするわけにはいかなくなった? でも、なんでだ?

 頭が思考の海に沈んでいくが、頭を振って1度切り替える。

 視点を変えよう。
 例えば一夏さんは今日から突然寮に入れられ、誰かと相部屋になった。なんで相部屋になった? 時間がなかったから。いや、違うそこじゃない 。
 なんで『今日から寮に入れられることになった?』 ……貴重な男性操縦者を1週間も離れさせるわけにはいかなかったから。何かあったらマズイからだ。極論、命の危険性があるからだ。だから慌てて日本政府が対応したんだ。
 IS学園外が危険だから、命を狙われる可能性があるから一夏さんは突然寮に入ることになった。でも僕は以前から今日に入ることが決まっていた。
 いや、待て。
 一夏さんと僕をなんで同じ部屋にしなかった? 一夏さんと相部屋の誰かではなく、同じ男性の僕に一緒にすればいい。

 つまり、『IS学園は僕と一夏さんを一緒に住まわせるわけにはいかなかった』……?

 ゾクリとした寒気が背中に走る。
 そこでカチリ、と音を立てて何かがハマる。
 待て、待て、なんでIS学園最強が一緒の部屋になった。
 こうとは考えられないか?

 『IS学園も安全じゃないから実力のある人が側にいる必要がある』

 その瞬間、僕の全身から血の気が引いた。

 「ごめんね、待たせちゃって」

 その声にビクッと身体が反応する。
 恐る恐る視線を自分の膝から正面に向ける。

 そこにはIS学園の制服に身を包んだ更識生徒会長の姿があった。

―――――――――
 
 「……やっぱり、そうですか。僕の護衛で」

 「そう、キミは理解が早いね。おねーさん助かるわ」

 やはり、考えていた通りだった。僕は以前から寮の入ることは決まっていたが、一夏さんの安全が問題になった時、僕自身の安全も危惧されたらしい。政府から相当な突き上げを食らったらしく、それに対してIS学園側も断りきれず今回の対応になったらしい。

 更識生徒会長と僕はやや距離を開けて同じソファーに座っていた。
 僕たちの手の中には更識生徒会長が淹れてくれたコーヒーがある。

 「ってことは、一夏さんも?」

 「一夏くんは箒ちゃんと一緒なんだけど、あの2人の周辺にも数人の教員が交代でついてるわ」

 一夏さんの相部屋の人は篠ノ之さんだった。
 2人とも、この世界で超がつくほど有名人の身内であるためか僕よりも厳重な護衛が付いているらしい。
 一夏さんは最強ブリュンヒルデ 織斑 千冬の弟であり、篠ノ之さんはISを生み出した篠ノ之 束の妹。倫理的な部分よりも身の安全が優先された。そして護衛も1人多い分必然的に大掛かりな人数で取り掛かることになった。

 僕は理解していた気になっていたかもしれない。
 2人しかいない男性操縦者の価値を。

 IS学園どころか世界中で見ても、ISの優秀な操縦者はどこにいっても引く手数多だ。専用機持ちに至っては女性の中で最大級のステータスだ。
 世界の大国でも選りすぐりの人間しか乗れないIS。そこで更にその人だけの専用機など、どれだけの価値があるのか。国の最大の技術力と莫大な資金で生み出された、国家の旗印だ。多少実力がある程度で獲得できるものではない。

 国家代表クラス、もしくはそれに準ずる存在でなければ得ることのできない専用機。それを女性の優位性を崩しかねない男性操縦者が乗っているのだ。反感どころか、殺意を抱いても仕方ない。特に僕のような存在だとなおさらだ。

 一夏さんはブリュンヒルデの弟だからIS乗れるという俗説がある。だが俗説と言えどもそれは人を納得させるだけの理由だと感じられればいい。
 じゃあ、僕は? 確かに両親はIS研究者であったが、僕はそれに関わったことは一度もない。
 そんな僕がISに乗っているのだ。大多数の弱い人はこう考えるのではないか?

 なんで、あんたが。なんで、お前のような男が。なんで、私が持つはずの専用機を持っているの? ってね。

 自分が持っていないものを別の人が、しかも男が持っているのだ。その怒りは半端なものではないだろう。
 そんな状態だと、外だけではなくて中も危険、ということか。

 ……知るか。好きでこんなものに乗っているわけじゃないんだ。お前たちはそうやって勝手に人のせいにしていればいい。

 そんな暇あるなら僕は足を進める。いや、進めるしかないんだ。
 僕を惜しみながらも背中を押してくれた姉や仲間たち、そして僕を救ってくれたあの世界の為に。

 「まぁ、そんな難しい顔しないでね。私は学園でも有数の実力者だから、キミを守るし、それにキミの特訓や勉強に付き合えるから悪くない話しだと思うよ?」

 守られなければいけないほどの自分の弱さにいらつき、手に力が入る。
 落ち着け、弱いだけなら誰も追いつけないほど強くなればいい。たったそれだけの話だ。

 強くなりたいなら、行動を惜しまない、思いつく限りの手段を、可能性を試すのだ。
 戦いの場に必勝法など存在し得ない。だから自分自身を進化させ続ける、前進し続けることが、強くなり続ける為の最短の道であると過去の戦いから学んでいる。
 だから僕は自分の足で暗闇の中に飛び込み、ありとあらゆる方向に足を進めた。
 隅から隅まで開拓すれば、どれが良くてどれがダメなのか? それを経験として知識として身体の全てが理解してくれるのだ。
 どれだけ時間がかかっても、人に無駄だと馬鹿にされてもだ。

 そうやって、僕は今まで強くなっていったんだろう?
 なら、そのやり方を信じるしかないじゃないか。
 特に、今回に関してはそれを徹底するんだ。
 勝負というものを理解してもらうためには。

「……なるほど、現役の国家代表に教えてもらえるなんて凄い話しですね。それは強くなれそうです」

 「うん、キミの試験の時のデータを見せてもらったけど、キミはまだまだ伸び代があるよ。だから―――」

「ですがお断りします」

「―――えっ?」

 一瞬、何を言われたのか理解できないといった顔になる更識生徒会長。

 「僕は1週間後に勝負を軽くする愚か者と対決します。確かにあなたに教えてもらえれば大きく成長することができるでしょう。勝算も大きく上がるかも知れません。もしかしたら勝利に繋がるかもしれません。今の自分が弱いということも理解してます。でもそんな安易な道を歩くのは、今回に限っては絶対に許されないんです」

 僕はあの女に、勝負を侮辱するなと、勝負を軽くするなと言った。
 そんな僕が、簡単に他人を力を借りて強くなって勝利しても、それは僕の正しさを証明できない。
 見ていないから大丈夫、という問題ではない。それはプロゲーマー月夜 鬼一が歩いてきた道を否定することにしかならない。負けるかもしれない、だけど単純な勝ち負けよりも重要なものを示すために戦うのだ。
 例えばこれが単純な殺し合いとかだったら、なりふり構っていられなかったかもしれない。
 でも、これは『勝負』なんだ。僕たちが立ち続けていた場所なんだ。フェアな世界をそれをハンデだなんだと舐められ、軽くされたんだ。更識生徒会長の力を借りてしまえば、フェアにならなくなってしまう。

 「親切に言っていただいたのは感謝してます。ですが、今回に関しては自身の力だけで証明しなければならないんです。人の力を借りてしまえばそれは証明出来なくなってしまうんです」

 そう言って頭を下げる。
 怒られるかもしれなかったが、構わなかった。
 
 だけど、この人は。

 「ううん、こっちこそごめんね。キミにとっては純粋な勝ち負けよりも大切なものが『勝負』の中にあるのね。私の申し出はちょっと無神経だったかな?」

 そういって、笑うだけでこの話しを終わらせてくれた。
 さっきのことや、ISの国家代表だからもっとブッ飛んだ人、もっと女尊男卑に染まってるかと思った。
 まあ、それでもさっきのことは当分頭から離れないと思うが。

 「ごめんなさい、図々しいようで本当に申し訳ないんですけど、今回の戦いが終わったら僕と対戦して欲しいんです」

 その言葉に興味を惹かれたのか、こちらに足を組み直しながら向き直る。

 「なぜかしら?」

 「あなたはこの学園で最強の称号を持つ生徒会長なんですよね?」
 
 「ええ、そうよ」

 楽しそうな笑みを浮かべながら答える。

 「今、自分が最強から見てどれくらいの位置にいるのか知りたいんです」

 そこで一度言葉を切る。

 「僕は2人しかいない男性操縦者、命を狙われるかもしれない立場だと言うこともあなたのおかげで知れた。なら僕は、例えば強さの最大値が10だとしたら、僕は11、12、13の強さを手にいれないといけません」

 「……そうね」

 「あなたはその若さでロシアの国家代表、1つの国の頂点にまで立ちました。そんなあなたも僕の言う11、12、13の強さ、格の違う強さの持ち主なんだと思います。だからこそその強さに触れたい。少しでも体感したい。誰もが得られる強さなんかじゃなく、一握りの人間たちが踏み入れる強さを僕は欲しいんです。教えてほしいんじゃなくて戦って欲しいんです」

 そこまで言って冷えたコーヒーを飲む。
 下を向きながら一息つく。

 ダメか。それなら。
 改めてお願いするために顔を更識生徒会長に向け―――。

 「えい」

 つん、と、どこから出したのか扇子の先端がおでこに触れる。
 いたずらが成功したような子供のような笑みを浮かべたこの人は―――。

 「おねーさん、強くなろうとする子にはやさしいのよ?」

 そういって了承してくれた。

 「っ、ありがとうございます!」

 僕のお礼に笑みを濃くしたその表情は、家族の姉を彷彿させるものだった。

 「あれ? そういえばキミに自己紹介してたっけ私?」
 
 僕が更識生徒会長のことを知っているのがそんなに疑問だったのか、次の瞬間にはそんな間の抜けたことを言った。
 いや、国家代表のことを調べてたらあなたがいたんです。個人情報だからかIS学園にいることまでは知らなかったけど。
 バサっ、と広げられる扇子。疑問、と書かれていた。

――――――――――――

 がたごとと荷物を整理する僕。

 「ところでたっちゃん先輩」

 更識生徒会長改めたっちゃん先輩は僕の荷物の一部、パソコンを机に組み立てている。
 先ほどたっちゃん先輩から自己紹介を受けた際、「更識 楯無だよ。たっちゃん、って呼んでね」と言われたのが、流石にたっちゃんとダイレクトに呼ぶのは躊躇われたので先輩とつけることにした。今までこの自己紹介をしてホントにたっちゃん、と呼ばれたことなかったのか、ちょっと驚いていた。

 ゲーセンにも結構ブッ飛んだ人は多かったが、話してみれば意外と親しみやすい人は多い。人殺しみたいな顔をしたプレイヤーがいたり、金髪で体格のある虎のようなプレイヤーとかいたけどどちらも良い人であった。
 色々変わった人は多かったから、今更名前の呼び方くらいでうろたえたりしない。
 いま、みんな何してるんだろう?

 「なーに、鬼一くん?」

 「部屋に住むって言ってましたけど、ガチなんですか?」

 「もちろん。護衛だもの」
 
 確かに理屈はわかるのだが、どうも納得いかない部分はある。

 「いや、それは分かるんですけど、いくらなんでも年頃の男女が一緒というのは……」

 IS関係をまとめたファイルを取り出す。
 まずい、後で今日の授業分纏めないと。

 「なーにぃ? 鬼一くん、私を襲ったりしちゃうのー?」

 「しませんよ!」

 くすくすと笑い声がする。
 この短い時間でなんとなくだが、この人の思考はなんとなく分かった。
 さっきの痴女スタイルもそうだったが、強引でマイペースな人なんだと思う。普通に話していてもからかってきて、ペースを乱してくることも多く、踏み込んでくることも多いから基本的に自分のテンポで進めたいんだと思う。でも、僕が泣いたときはすごい
焦って謝ってきたり、慰めてきたから人を傷つけようとするつもりはないんだろう。あの人なりの歓迎だったのかなと思う。
 そして、とにかく親しみやすい。
 最初こそ突飛だったものの、この人の雰囲気、喋り方、人との距離感、うまい言葉が出てこないが、とにかく人と親しみやすい絶妙な空気がこの人にはある。

 「あー、後でシャワーを使う時間帯を決めたり、ベッドの間にカーテンも引かないとダメですね」

 カーテンなんて持ってきていたかな僕?
 
 「おねーさんは別に、一緒にシャワーを浴びたり一緒のベッドで寝てもいいのよ?」

 とんでもないことをサラッと言うたっちゃん先輩。

 「はいはい、分かりましたから後でしっかり決めましょうね」

 「むっ」

 最初は完全にやられたが、もう簡単にはやられないぞ。
 こういう人の冗談は間に受けずにすぐに流すのがベストだ。

 「さっきまではおねーさんの胸で泣いていたのに、こんな風になっちゃって」

 よよよ、と泣き崩れる振りをするたっちゃん先輩。

 「泣いてません!」

 泣いてないといったら泣いてないんだ。うん。
 くそ、素直に流せばよかった。

 「まったく……。よし、荷物はこんなところですかね」

 パンパン、と手の埃を払い落とす。
 ちょうどたっちゃん先輩もパソコンを組み終えたところだった。

 「これで全部かしら?」

 「ありがとうございます、たっちゃん先輩。おかげですぐ終わりました」

 「いいのよ、同居人なんだから仲良くしましょ」

 よし、荷物はこれで全部終わったから次はご飯を食べに行かないと―――。

 「ねぇ、鬼一くん」

 先ほどよりも声のトーンが僅かに低いたっちゃん先輩に呼ばれる。

 「ねぇ、鬼一くん。答えたくなかったらで答えなくていいんだけど」

 「なんです?」

 そんな前フリをしてまで、一体何を聞くつもりなんだろう?

 「ゲームはもうやらないの?」

 その言葉は僕を一瞬、止めた。
 そう、僕の荷物の中にはゲームやその周辺機器などは一個もなかった。
 そのことを疑問に感じたんだろう。

 「……そう、ですね。きっと、もう2度とやらないと思います」

 たっちゃん先輩の質問は足が動かなくなるほど、僕にとって鋭いものだった。
 未練ばっかりだし、散々悩んだけど、僕はもうゲームをするつもりはない。

 「キミが私のことを知っていたように、私もキミのことをある程度知っているんだよ。とはいっても突然のことだったからそこまでなんだけど」

 そうだよな。護衛対象のことを知らないなんて間抜けな話しもあるまい。

 「月夜 鬼一。12歳で世界最年少プロゲーマーになり、14歳でワールドリーグ決勝トーナメントに出場し、優勝を果たす。名実共に世界王者の座に座りe-Sportsの申し子にして勝負の鬼」

 「……」

 「敗北濃厚の状況から奇跡のような大逆転劇を生み出し続け、異常なまでに勝負に臨む姿は鬼とまで言われた。IS適正発覚後、惜しまれながらもプロゲーマーを引退し、ゲームそのものを諦め、業界から姿を消した。有名な言葉は『ゲームはいつだって戦いであり自身にとって救い』」

 そう、確かにそれらは僕を表す言葉だ。

 「それだけのことを言われる人がどうして、確かにISのことはあるけどどうしてゲームを諦めたの?」
 
 その言葉に明確な理由があるわけではない。
 だけど、自分の中で辞めよう、ゲームは諦めようと思った。

 「……そうですね、正直なところ、明確な理由があるわけではないです」

 その言葉に首をかしげるたっちゃん先輩。

 「それでも、理由を挙げるとすれば先輩が今言った言葉通りですよ」

 「え?」

 「うまく説明できませんが『ゲームはいつだって戦いであり自身にとって救い』だったからですよ。ISの世界に飛び込むことになって、僕の全てをゲームに費やすことができなくなった。全力で勝負出来なくなった。僕にとってゲームは勝負、戦いの場であったからこそ全てを燃やすことができた。でも、全てを燃やすことができなくなった瞬間、もう僕にあの場所に立つ権利はないんですよ」

 自分の全てを使って、頭も身体も時間も限界までゲームに費やして戦う価値があった。
 全力で戦うからこそ、そこでしか見えない世界があった。そこでしか感じ取れないものがあった。そこでしか出会えない人たちがいた。
 文字通り死に物狂いで挑み続けるからこそ、ゲームは僕に答えてくれたんだろう。そんな僕がゲームに全てを費やせなくなって、今更ゲームに対して遊びや趣味で向き合うことなんて考えたくもなかった。
 いや、できるわけがなかった。

 「そう……。救い、というのは?」

 「……先輩は知っているだろうから言いますけど、僕、プロゲーマーになった直後に両親を亡くしてるんですよ」

 「……」

 「両親は僕に惜しみなく愛情を注ぎ込んで育ててくれて、傍から見ても幸せな家庭だったと思います。だから亡くした直後、ショックで大会の成績ズタボロだったんですよ」

 そこで思わず苦笑してしまう。
 本当にあの頃はひどかった。精神が崩れて、戦いとは到底言えないひどい内容の試合の連続だった。
 自分は1人でずっと苦しかった。苦しくて、辛くて、歩くことも嫌になってた。

 「でも、その頃、僕を引き取ってくれた姉のような人と尊敬するプロゲーマーの人が言ってくれたんです。お前が本当にゲームが好きなら、全力で向き合っていれば必ずゲームが、お前を救ってくれるって」

 思い出す、あの頃の熱を。
 自分の全てを燃やし尽くし、ただただ夢中で熱くなっていたのを。

 「全力で戦い続けて、寝ても覚めてもゲームに全てを注ぎましてね。それこそ馬鹿みたいにですよ。それを繰り返してたらある日、唐突に気づいたんですよ」

 寝食を忘れ、時間を忘れ、ゲームの世界に、勝負の世界に没頭していたあの時代。

 「気がついたら、尊敬する人が自分に道を示してくれていた。沢山の仲間たちが僕を支えてくれていた。自分の全力に全力で応え、潰しに来るライバル達がいてくれた。顔も名前も知らない人たちが僕を、喉が潰れるまで応援してくれていた」

 1人、また1人と自分のすぐ近くに人が増えていた。

 「その時、不意に思ったんですよ。自分はもう1人じゃないって」

 ゲームが、これだけのものを自分にくれた。

 「それが僕にとっての救いでした。それからは……たっちゃん先輩も知っている通りですよ。数多くの大会で勝ち続けて、世界王者にまで登ったんです」

 無我夢中の3年だった。走って走って、時代を駆け抜けた。

 「救いだったからこそ、自分もゲームで誰かの救い、救いは言いすぎだとしても力になれると思ったんですよ。僕が自分の全てを賭けて戦い続けることによって誰かに力を与えられると思った。そしてたくさんの人が『ありがとう』と言ってくれた。でも」

 IS適正検査の結果を見たときの絶望感を僕は一生忘れない。

 「全てを賭けられなくなったら、誰かの力になれないんじゃないか? という漠然とした不安が出てきたんですよ。自分が全力で戦い続けるからこそ人に力を与えていたのに、それが出来なくなったら僕は……、ってね」

 全力で戦い続けていたからこそ、全力で向き合い続けていたからこそ、ゲームもたくさんの人も僕に応えてくれた。

 「だからゲームは辞めました。もう、ゲームを、あの世界に飛び込むことはないでしょう」

 それだけの価値を勝負に、そしてゲームに感じていたからこそ、全力でやっていたからこそ意味があった。

 「そんな僕だったから、勝負を、そして、ゲームを馬鹿にすることだけは我慢できなかったんです」

 僕を馬鹿にするなら我慢できた。
 だけど、あの世界にいる人たちをあの女は馬鹿にした。
 たかが、と。
 そんな言葉で片付けられるほど、あの世界は、浅いものでは、ないのだから。

 「相手は代表候補生、普通にやっても絶望的な戦いになるわよ」

 「ええ、僕もそう思います」

 当然だ。相手は僕と違ってISに時間を割いているんだ。
 ISの強さは起動時間に比例すると言われている。代表候補生クラスなら200時間を超えるらしい。僕はまだその半分もやれていない。無策で正面対決を挑んでも勝ち目なんてゼロだろう。
 だけど、今回は勝敗はそこまで重要視していない。それは2の次だ。
 勝負の熱を、怖さを、必死さを、ただそれを正しく理解してもらうために戦うだけだ。
 あとついでに、この人はちょっと誤解をしている。

 「だけどたっちゃん先輩。確かに絶望的な戦いだと全員が見るでしょう。10割僕の負けだと、ね。でも僕はそこまで絶望的な戦いだとは思っていませんよ?」
 
 多分、このとき僕はニヤリ、という擬音が似合う笑顔をしていたと思う。
 ポカンとした顔になるたっちゃん先輩。
 練習中に気づいたことがあった。
 それは勝敗を分けるほどの重要なものであった。

 結局のところ、あのビット『ブルーティアーズ』を攻略しなければ僕に勝算なんてあるわけがない。
 なんせ360度全方位から攻撃されるのだ。僕は自分の目の前に映る情報を信じれるから正面からの攻撃は回避できるが、ハイパーセンサーに表示される、自分の視界で直接捉えたわけじゃない情報を100%信じることがまだできない。故に僕は死角からの攻撃を避けることなんてできないし、防御も出来ないだろう。
 ハイパーセンサーを信じることがまだできない以上、自分の視界に映る正面はともかく死角からの攻撃を避けることなんてまず不可能なのだ。
 そこで僕は閃いた。

 全方位攻撃の内、正面からしか対応できないなら『正面からしか攻撃が飛んでこない状況を作ればいい』と。

 その方法を今回に限ってはできるので容赦なく使わせてもらおう。

 そしてオルコットさん、あなたにとってはこれはただの『弱い男に、女の強さを見せつけるショーのようなもの』と思っているなら。
 
 あなた自身が気づいているかは定かじゃないが……もし、自分の『弱点』を理解できていないのであれば、

 ―――勝負の怖さをその身で味わうことになり、そして、『鬼』のような執念で勝利をもぎ取られることになるだろう。
 
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