ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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雨夜-レイニーナイト-part2/悲劇の前夜
「ご主人様、任務完了しました」
その『彼』は、目の前でひざまづいている彼女からの報告を聞いて高笑いを浮かべていた。
「ふふ…あははは!!よくやったぞ!お前はやはり有能で頼れる娘だ!」
望んでいた結果を聞いて、『彼』は、ミシェルが手に入れた『例のもの』を見て、かなり満足そうだった。
それはなんと…
サイトが持っているはずの、ウルトラゼロアイだったのだ。
「どうやらウルトラマンは人間から裏切られるとは思いもしなかっただろう!他愛もない。これで仮にも正義の味方を名乗るなど片腹痛いわ!最も、あのような得体の知れぬ化け物を英雄視する馬鹿共の気が知れんがな」
その人物は、ウルトラマンに守られた立場でありながら、そんな彼らを嘲笑っていた。
「これでこのトリステインは安泰となるであろう。私の支配の下でな。ミシェル、お前にも働いてもらうぞ。この国を私の支配の下で、あるべき姿を永久のものとするためになぁ…」
「…はっ」
これでいい。これでよかったのだ…。言い聞かせるように、彼女は…『ミシェル』は自分の目の前の主への忠誠を固めようとした。
この人は私を拾ってくれた恩人なのだから。この人が求めることは、どんなことでもやるつもりだ。たとえ、どんな言葉で罵られようとも…私はこの人を裏切れないのだから。
しかし、ミシェルの思いは…それからほどない、ある夜を境に打ち砕かれることとなる…。
ウルトラゼロアイが、ない。
サイトとゼロは同時に、頭の中に稲妻が走ったような衝撃を受けた。自分たちがあらゆる脅威に立ち向かうために必要不可欠なアイテム、ウルトラゼロアイがなくなっていたのだ。
「相棒、どうした?んな鬼気迫るような顔してよ」
まだ荷物籠の中に置いてあったデルフが妙に緊迫感のあるサイトを見て尋ねてきたが、サイトは彼の声を無視し、すぐに背中担いで更衣室を後にする。
どこかに落としたのか?サイトはすぐにあちこちを探して回る。だが、客席・更衣室・トイレ・楽屋…あらゆる場所を探し回ったのだが、ウルトラゼロアイは見つからない。
「ちょっとサイト、何か落としたの?」
舞台の上で妙に周囲をキョロキョロして、真剣に何かを探し回っているサイトを見て、ルイズが話しかけてきた。
「え、あ…その……」
「何か落としたなら、私たちも手伝おうか?」
ルイズに同行していたハルナが手伝ってあげようと思ったが、サイトは首を横に振って断った。
「いや、いいんだ。大したもんじゃないから。先に戻っててくれ」
ウルトラゼロアイは自分の手で探し出さねばならない。あれを落としたのは自分の責任だし、あれを見つけられたら自分がウルトラマンであることばばれてしまう要因になりかねない。後者は少し理由としては弱いかもしれないが、何をきっかけにばれてしまうか分からないから用心しなければならないのだ。
「だめよ、あんたは私の使い魔だし、ハルナの面倒を見るって決めたのもあんたよ。男なら途中で投げ出さないで」
それを言われて、サイトはぐぅの根も出なくなった。確かにウルトラゼロアイは大事だが、だからといってこの二人をほっぽりというのも気が引けた。
『ゼロ、どうしよう…』
『…ったく、ここで断ったら断ったで後が面倒くさいしな』
『もちろん無視なんかしないさ。ただ、万が一怪獣とか星人が出たらどうすんだよ』
ゼロの言うとおり、ルイズの命令を無視すると後で面倒くさいことになるし、言っていることも間違っていない。親しい女の子だけにうろつかせるには、トリスタニアの街は少々物騒だ。でもだからといってサイトが言うように、こうしているうちに怪獣や星人、および黒いウルトラマンたちが現れたりしたら対処できない。
『一応、ここにはゴモラを操れるジュリオもいるが…なにぶん信用に欠ける奴だからな…。誰がゼロアイを奪ったのが誰なのか』
とりあえず、二人は自分たちの記憶を辿ってみる。いつまで自分たちがウルトラゼロアイを所持したままでいられたのか。
ゼロアイはいつでもあらゆる脅威に立ち向かえるように常備している。アイテムを使って変身するウルトラ戦士としては基本中の基本だ。だからこの劇場に来た時だって胸の内ポケットに、肌身離さず隠し持ってきていた。ならなぜ…?
いや、待てよ……。
…ま、まさか…
サイトは披露のあまり眠りに就く直前までの記憶を辿った。
「つまり、情報を集める名目を含めてこの劇場でしばらく芝居に付き合うことになったというわけか?」
「そういうことです…」
先刻、ミシェルと出くわしてから稽古の休憩になって、劇場を訪れたミシェルから事情を明かしたサイトは、全員を代表して彼女に事情を説明した。ここにはサイトとミシェルの二人しかいない。他の連中から離れた空き部屋だった。
「全くお前たちは…仕方のないやつらだ。鞄一つのために芝居を請け負うなど、何を考えている」
「す、すみません…でも、がむしゃらに黒いウルトラマンの情報を追って行っても尻尾はつかめないですし、奴も神出鬼没の存在ですから、ここはあえて一箇所に身をおくほうがいいって思ったんです」
「まぁ、それは確かに言えてるが…適当に自分たちの非を誤魔化してるわけではあるまいな?」
ジロッと、両腕を組んでサイトをいぶかしむように見るミシェルに、サイトは慌てて首を横に振った。
「そ、そんなわけないでしょう!?それより、どうしてミシェルさんがここに来たんです?」
「お前たちがサボっていないか様子を身に来たのだが…そもそも情報とやらは集まっているのか?」
「い、いやさすがにまだ練習期間ですし…」
まだこの劇場は当日の本番日まで日が開いている。それまではこの劇場は関係者以外立ち入りを禁じられている。情報を集める拠点として開放できるのは、本番当日からなのだ。
(よくよく考えたら、効率が悪くないか…?隙を見て、街で情報を集めた方がよかったか?)
ハルナの鞄を取り戻してあげたいという想いを優先させすぎて、ルイズをはじめとした貴族の仲間たちの意思を無視しすぎたのでは?そんなことを考え出した。
ふぅ、と息を吐き、ミシェルは腰に下げていたものを渡した。
「稽古はまだ続くのか?」
「はい。思ってた以上に疲れますけど…」
サイトはそういうが、何せ芝居だなんて不慣れなことをしたせいで疲れがたまりやすくあった。それを見かねたのか、ミシェルは一本の瓶をサイトに突き出した。
「それは?」
「疲労回復に効くポーションだ。これで疲れを癒すといい」
「え、いいんですか!?」
ミシェルがここまで気を使ってくるとは思いもしなかったサイトは驚きを露にする。前回の奇妙な上から目線のお礼といい、ミシェルはどうしたのだろう。
「なんだ、私からの餞別を受け取れないというのか?」
「そこまではいいませんけど…わかりました。ありがたくいただきます」
サイトは早速そのポーションの瓶を受け取り、ミシェルの前で飲み干した。
しかし、それは迂闊な行為だったとは思いもしなかった。
「んぐ…結構うまいですね」
いざ飲み干したサイトは、思いのほか美味だったポーションの味に満足そうだった。
「そうか、それならちゃんと選んできた甲斐があったというものだ」
「あれ…」
すると、サイトは自分の体がグラッと揺らぐのを感じた。視界がぼやけ、頭もなんだかボーっとする。
「慣れぬ活動で疲労が堪えたのだろう。今日のところは休んだらどうだ?」
「そうですね…ルイズたちからだらしがないって言われるだろうけど、今日は休もうかな?」
そう言った途端、サイトは完全に意識を手放し、その拍子に倒れてしまう。それを、床の上に落ちる前にミシェルが受け止め、傍らにあるマットの上にサイトを寝かした。
(…許してくれ)
たった一言、罪悪感を込めた言葉を送って、ミシェルは一度その場から去っていった。
サイトとゼロは、万階一致で一つの核心にたどり着いた。そう考えるのが妥当だとしか考えようがない。彼女が渡したポーションは、実際は疲労回復のものではなく、睡眠を促す強力な催眠薬だったのだ。
だが、いまだに信じられない自分がいる。一体なぜ……。
(まさか、ミシェルさんは…俺の正体を知っていた!?)
そうでなければおかしい。ウルトラゼロアイをわざわざ盗むはずがない。だが、正体を知った上で実行したというのなら、いつ、どこで俺のことを…?
そういえば確かあの時、自分と彼女は地下で瓦礫の下敷きになりかけた。その際ミシェルが意識を失い、最後の手段でサイトが変身した。そのとき、かすかに自分が変身した姿でも見たのだろうか。でも、それだけでは自分がウルトラゼロアイを盗まれる理由としては弱い。だとすると…。
『サイト、思い出してみろ…思えば、ミシェルが俺たちのことを知っているかもしれない要素はあった』
『え!?』
ゼロの声に、サイトはぎょっとする。
『俺たちは人間の、この星の平和のために戦ってきた。けど、それを快く思わない奴だってきっといる。たとえ、俺たちから見て守るべき存在であるはずの人間からもな。
ボーグ星人たちが言っていただろ…?』
『ッ!』
以前の、ボーグ星人とゴドラ星人の起こした事件…。星人たちは、メイジたちを奴隷として売りさばいていた。その対象は、メイジを生態的に解明したがっていた別の星人だったり、果ては捕獲したメイジたちと同じ…この星の人間、それもどこかで息を潜めている腐れ外道な貴族もいる。そいつらはきっと、ウルトラマンを快く思わない。そもそも貴族たちの中には、自分たちの貴族としての権威を脅かす存在にウルトラマンもカウントしている奴もいたと、ワルドもルイズとの会話で言っていた。
不愉快すぎる話だ。守ってきた人間たちが、自分たちにとって都合が悪いからってウルトラマンを…。思い出したくもない、あの悪徳ジャーナリストの下卑た笑みを思い出してしまう。
(………考えたくもねぇ…思いたくもねぇよそんなこと…)
とにかく、ミシェルに話をしなければ。彼はすぐ二人の方を振り向く。
「二人とも、ミシェルさんを見なかった?」
油断すると声が上ずってしまいそうだった。だがぎりぎりのところで落ち着きを踏み留まらせながらルイズとハルナに尋ねた。
「ミシェルさん?確か銃士隊の副長だったよね。なんで?」
なぜ彼女のことを尋ねてきたのか、意味が分からないとハルナが首をかしげるが、サイトが鬼気迫る表情で訴えた。
「いいから教えてくれ!時間がないんだ!」
「え!?ええっと…私は見てないわ」
「ちょっと、どうしたのよサイト。あんた様子がおかしいわ」
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ。まさか、あんたあの女に…」
サイトは無言だった。その態度がルイズにはなんだか気に食わなかった。自分のこともそうだし、ハルナのことを保護すると言っていたが、どうしてここで関係のないはずの女…それも銃士隊の副長なんかのことを気にし始めているのだ。
「あ、平賀君!待ってよ!」
「ちょっと馬鹿犬!話はまだ終わって…」
しかし、サイトは最後まで何も言おうとせず、二人を置いて、今度は当人に問うことにした。足取りがやたら速い。二人はそれでもサイトが何を考えているのか気になり、彼を追い始めた。
ミシェルがここに来たことは、座長であるウェザリーや協力者であるスカロンにも話を通していたはずだ。ならまずは、支配人室へ行こう。
サイトは早速ウェザリーのいる支配人室へ向かい、ウェザリーに尋ねる。
「ミシェル?先刻ここにきたあなたの知り合いね。あなたたちの様子を見にに戻ったわ。もう3時間も前よ」
すでにミシェルはここを後にしていたのか。しかも、3時間も前とは。ミシェルは自分が銃士隊の副隊長であることをウェザリーには話していないようだ。話していたら話したで、ウェザリーに妙な警戒心を抱かせたくなかったのかもしれない。
窓の外はすっかり夜の闇に覆われていた。
「あなた妙にいきり立っているわね。どうかしたの?」
ウェザリーも今のサイトの状態が普通には思えなかったことに気づきつつあった。
「いえ、ちょっと…あの人と話しておかないといけないことがあるんで…」
「今日のところはやめておきなさい。外はもう夜よ。あまりうろつきすぎると、街を警邏している兵に不審者扱いされてしまうわ」
サイトはそれを聞いて愕然とした。迂闊に外をうろつくことができないとは。
「ミス・ヴァリエールたちのことも無視できないでしょう?早く戻ってあげなさい」
「…わかりました」
ウルトラゼロアイのことが気になる。だが、ミシェルを追うことができないし、それ以前にルイズとハルナたちのことだって無視できない。
この日は、ひとまず二人を一度宿に戻ることにした。
「…ルイズさん、聞きました?」
「えぇ。聞いたわ。あの馬鹿犬ってば…今度はミシェルに靡くわけ?」
サイトが出てくる直前まで、扉の外ではサイトの様子を怪しく思ったルイズとハルナがいた。どうもこの二人、サイトがミシェルを異性として意識し始めていると勘繰っていたのだ。サイト本人からすれば完全に的の外れた濡れ衣なのだが。だが、『あの人と話をしなければならない』。サイトのその言葉が、二人の疑惑を絶対の物としてしまった。
「でも、平賀君いつからミシェルさんのことを気にし始めていたんでしょうか…?」
ハルナは、正直すごく落ち込んでいた。異世界につれてこられたために引き裂かれてしまったはずの想い人と奇跡的に再会を果たした。今度こそチャンスが訪れたのだと思っていたが…。
(やっぱり平賀君、こっちの世界の方に愛着が湧いたのかな…)
胸が締め付けられる。胸が苦しくて仕方がない。こんな思いをするくらいなら…いっそ…。頭の中が悪い方向に傾いてしまう。
「そんなのどうだっていいわ。サイトったら、一体何時になったら私をご主人様として敬うのかしら…」
ルイズはそう言うが、もちろんみんなも分かっていると思うが、単に自分以外の女に靡いているのが気に食わないだけなのが本音である。それにミシェルは、胸がキュルケに匹敵するくらいにスタイル抜群だ。ボヨン、と一度ゆれるたびに募っていく、『巨乳』への怒りと憎しみが湧いてくる。服の下が悲しいことに平原地帯であるルイズにとって『巨乳』とは…ただの憎悪の対象なのである。
「胸か…やっぱりあいつ胸か!これがいいのか!こんな…こんな脂肪の塊が!」
「ひゃん!!?」
ルイズは我慢ならず、真っ先に目に映ったハルナの胸に手を伸ばし、引っつかんだ。
「ちょ、ちょっとルイズさん…やめて…って!」
「こんな脂肪の塊のどこがいいっていうのよ!どうせ将来、年を取ったときにはだら~んってぶら下がって、ダサくなるだけじゃないの!!」
さりげなく、全ての胸の大きな女性たちへの恨みを募らせた悪口を喚きながら、ハルナの胸をまさぐるルイズ。自分の魔法の才能とあいまって、以前から自分の体系にコンプレックスを抱き続けていたのは知っているが、これほどとは凄まじいものである。その恨み言で傷つくのが、真っ先に居るハルナだというのに……と、冷静さを保っている間のルイズなら気が付くだろうが、頭に血が上った今の彼女は気づくはずもなかった。
しかし、そこでルイズは思い知ることになる。
目の前の、シエスタ並みのバストサイズの少女が、実は自分の同類だったことに…。
ズルッ。
「…え?」
ルイズは、今自分の手のひらの感触に妙な違和感を覚えた。ハルナの豊満な胸を握っている自分の両手を見る。
…おかしい。本来女性の胸部の位置が…ハルナの腹の辺りまでずり落ちている。だが、胸部の感触はちゃんと手に残っている。だが、おかしすぎる。本来のハルナの豊満な胸の位置が、彼女の腹の辺りまで、ルイズの手に握られたままずり落ちている。
「い…」
「い?」
「いやああああああああああ!!!」
瞬間、状況を理解したハルナの悲鳴が劇場に響いた。
さすがにものすごい悲鳴だったので、支配人室の中のサイトたちにも聞こえてしまった。
「何があったの!?」
騒ぎを聞きつけ、サイトとウェザリーの二人も部屋のすぐ外に居たルイズたちの下へ来た。
「あ、あの…これは…」
既にそのとき、ハルナが床の上でサイトたちに背を向けた状態でうずくまっており、ルイズが一体何がどうなっているのか、訳が分からない状態でオロオロしている。
「ルイズ、お前ハルナに何か変なことでもしたのか?」
「べ、別に何も…」
「…うぅ…」
別に悪いことをしたわけじゃなかったのに、完全に現行犯を目撃された容疑者状態のルイズと、泣き出している被疑者のハルナ。
「やっぱルイズ、お前が悪いじゃん。何してんだよ」
流石にサイトも、知り合いに危害を加えられたのか表情に怒りが込められている。
…ひとつルイズの名誉のために言っておくが、決してハルナが泣くほどの嫌がらせを望んで実行したわけではない。不可抗力なので察してほしい。
「ち、違うわよ!別に悪気があったわけじゃないんだから!」
「もういいわ。三人とも、今日のところは宿に戻ってなさい。それまでに二人は仲直りしておいて」
ウェザリーはこれ以上続けられると彼女たちにとっても何の特にもならないので、さっさと帰ってもらうように言った。
「喧嘩してたつもりじゃないのに…」
なんで自分が悪者扱いされないといけないのだろう、こんな真っ平らな体を与えた神を呪いたい。ルイズはこの世の不平等さを呪いたくなった。
(ちぃ姉さまは姫様以上に大きかったのに…なんで私はこんななのかしら…)
キュルケは既に先に帰っている。彼女に見られなかったのは幸いだ。でなければ、きっとこの光景を見て馬鹿笑いしていたに違いない。そう思うだけで不愉快なものだ。少なくともルイズにとっては。
彼女にとってその日の苦労はそのあとのことだった。サイトから本当になんでもなかったかと問われた。なんだかご主人様としての威厳がなくなってきた気がしてならなかった。
まぁ、少なくともハルナをいじめていたのでは?という誤解は必死の説得と、気を取り戻したハルナの説明もあって解くことはできた。
で、宿…といっても、以前借りた魅惑の妖精亭の屋根裏部屋。スカロンの伝で三人はそこを再び借りることになった。サイトは今、店の片付けという名目でこの場から一度追い払っている。さっきハルナをいじめていたという誤解を受けたことへの報復で、ルイズが彼に一発蹴りを入れたのは別の話だ。無論サイトから何すんだよ!と睨まれたが、ルイズは「うっさい!人の気も知らないで、この馬鹿犬!」と一蹴した。
理不尽だ…。
「にしても…こんなものがあったとはね。変な形だけど」
屋根裏部屋にて、ルイズはハルナからあるものを見せてもらっていた。手のひら一杯分の大きさのやわらかい物体。ハルケギニアでは見られないものだ。
それは…いわゆる『パッド』。胸用の上げ底だった。
「全くもう、いくらバレたくないからって、いきなり泣き出さないでよね。おかげでサイトに誤解されちゃったじゃない!」
「ご、ごめんなさい…」
「ごめんなさい…じゃない!その詰め物のせいで…その詰め物であんたが胸を大きく見せていたせいで……どれだけ小さい胸を痛め…もとい!肩身の狭い思いをしてきたと思ってるの!」
ルイズは我慢ならなかった。自分は胸の小ささで悩んでいるというのに、ハルナは一人だけそれを誤魔化していたのが。
「昔見栄を張ってパッドを一枚、また一枚と入れていく内に後戻りできなくなって…。
ルイズさん、お願い!みんなには…特に平賀君にだけは絶対に知らせないで!」
ハルナは必死に懇願した。さっき劇場で悲鳴を上げた際はサイトも駆けつけてきたのだが、間一髪サイトの視線から背中を向けた状態でうずくまっていたおかげで、ルイズ以外からは上げ底をしているという秘密は明かされずに済んだ。
「…わかったわ、黙ってあげる。私も頭に血が上っていたし」
「あ、ありがとう…」
ハルナの秘密を意図せずとはいえ危うく暴露して、想い人であるサイトの前で恥をかかせてしまうかもしれなかったことを気にしたルイズは内緒にすることにした。どうやら内緒にしてもらえることになって、ハルナはほっとした。実際はルイズより(あくまで語り手の予測だが)ちょっと大きい程度のサイズなのに、上げ底で盛っていたなんて知られたら、きっと巨乳好きのサイトはがっかりするに違いないだろうと、彼女は思っていた。
「一度は止めようって思ったんだけど、高校に通って平賀君と会って、彼が胸の大きな子が好みだって知ってから…」
そうしたら、いつの間にかシエスタとアンリエッタの中間くらいのバストサイズになったという。サイトの気を引くために、彼女なりに気苦労が耐えなかったのかもしれない。
「そうよね…あいつってば気が付いたら大きな胸にばかり視線が泳いでるもの。知らない振りしているようでバレバレよ」
まったく、あの馬鹿犬はとことん馬鹿なものだ、とルイズは思う。女の子の気持ちを分かろうとしないから、ハルナはこんなものを付け続ける羽目になったに違いない。…最も、ルイズも男心を逆に知ろうともしないタチなので、今のところどっちもどっちな気がしてならない。
ルイズは改めてハルナが着けていたパッドを見る。変な形だが…
「でも…す、すばらしいわ…」
思わずルイズは自分の感嘆な気持ちを口にした。試しに吹くの上から自分の胸に、服を試着するようにつけてみるルイズ。なんだか自分が一歩大人の女に地がづいたような優越感がそこにあった。
「私、今あなたとサイトの世界に初めて興味と尊敬を抱いたわ」
こんなしょうもないことで、地球への憧れを初めて抱いてしまったルイズなのであった。これを他の地球人たちが聞いていたら微妙な表情を浮かべていたことだろう。
「ハルナ。これを近い内に貴族御用達の服屋に見せに行くわよ!そして作らせるの!サイトの気を十分ひきつけるだけの胸を手に入れるのよ!」
「なるほど…その手がありましたか!さすがルイズさん!貴族の名は伊達じゃないですね!」
「ふふん、もっと褒めなさい!このトリステインの由緒正しきヴァリエール家の三女、ルイズを!!」
寧ろ突っ込みを入れるべきであるはずのハルナまでボケに回っている…そしておだてに弱いルイズはあっさりと調子に乗っている始末だ。もはやどこから突っ込めばいいのかも分からない。
気が付いたら、二人はずっと昔からの友達同士のように互いに笑いあっていた。
もうそこに、サイトをめぐるわだかまりがなくなった…そんなの風にも見えた。
しかし、二人は気づかなかった。
そのやり取りは、決して培われた絆から来るものではなく…ある存在の『人形劇』の一端に過ぎなかった…。
翌日、サイトは改めて劇場内や宿、町の道中…とにかく自分がいったことのある場所を辿りながらウルトラゼロアイを探した。だが、稽古が本番に向けた本格的な物となる一方で、ゼロアイが見つかることもなかった。
「みんな、舞台の本番までもうすぐね」
もうその日は、本番のほんの数日前の頃だった。
ウェザリーが話している間、サイトは見つからないゼロアイのことを気にしていた。
正直自分でも情けないものだ、と思う。一番盗まれてはならないものを盗まれてしまったのだから。
よりによって……あの人に。
彼女以外に考えられなかった。でも、今でも信じられないという気持ちが強い。少なくともミシェルは、あんなことをするような人じゃないと思っていたのに。ずっと信じていたワルドに裏切られたときのルイズも、こんな気持ちだったのだろうか。
「必ず見つけ出してやる…」
ウルトラゼロアイがあるはずの、空っぽの胸の内ポケットを掴みながら、サイトは固く誓った。
「サイト、あなた聞こえてるの?」
突然名前を呼ばれたサイトは「え?」、と声を漏らして顔を上げた。周囲の視線が彼に集まっている。
「何ボーっとしてるの。最近集中力が欠けてるんじゃないの?言いだしっぺはあんたなんだから」
「ご、ごめん…」
目を吊り上げるルイズに叱られ、サイトはうな垂れる。そうだ、この劇はハルナの鞄をウェザリーから返してもらうために言い始めたのがきっかけだ。スカロンがそれを後押ししてくれたのだから、気を散らすなんてとんでもない。
「ケイン王子役の件なんだけど、サイト。あなた最近集中力に欠けているわね。稽古中の演技でもそれが伺えるわ」
「……」
ウェザリーの突き刺さるような視線にさらされ、サイトは押し黙る。
(ゼロアイがないだけで、こんなに気持ちが乱れるなんて…俺って奴は…)
「…仕方ないわね。サイト以外にもケイン王子役の候補を立てましょう」
「え!?」
みんなが驚く中、それを聞いてサイトもそうだが、特にルイズやハルナがぎょっとする。それは、遠まわしにサイトを王子役から引き摺り下ろすことを検討しているということになる。一度重要な役割を与えられる側としては、このような処置はあまりにも厳しい。
「ま、待ちなさいよ!そんなのいくらなんでも酷すぎるわ!」
「酷い、とは?ミス・ヴァリエール。彼のここしばらくの稽古への意欲がまるで見受けられないわ。事実稽古中の演技でもそれが見受けられる。台詞の棒読み、気が付けばただボーっと突っ立っているだけ…これなら無駄に目立つだけのミスタ・グラモンの方がまだマシよ」
「そこで僕を引き合いに出すのはとにかく、無駄に目立つとはどういう意味だい…」
嫌な意味で引き合いの対象にされたギーシュは、ウェザリーの自分への認識がぞんざいなものとしか思えなかった。
「………」
本来自分たちはここで呑気に舞台などしている場合ではなかった。一方で、主役にも匹敵する役を任されたというのに、それを解任させられるのもショックだ。
だが、これはこれで、ちょうどいいのかもしれない。ゼロアイは必ず探さなければならないし、かといって目の前の…舞台に参加するということも忘れてはならないことだ。でもゼロアイを探す上で、舞台に参加する…ましてやヒロインの恋人役という重要な役割はかえって邪魔になってしまう。
これを機会に、なんとしても見つけなくては。
ミシェルを、そして彼女が持ち去ったであろう、俺たちの命…ウルトラゼロアイを。
「サイト!」
しかし、隣に立っていたルイズがサイトに向かって声を荒げた。
「あんたせっかく主役になるんだからしっかりやって頂戴。一度任されておきながら引き摺り下ろされるなんてみっともないわ!」
「えぇ!!?」
ルイズからダメ出しを受けて、サイトは唖然とした。いや、確かにルイズの言うことも間違っては居ないし、事情を知らないからこんなことを言ったのだと思うが、ウルトラゼロアイがない今、そんなことは言わないでほしかった。
「で、でもそれは…」
「何よ?何か文句でもあるの?」
「その、俺が今の役を降ろされるってことは、俺よりもうまく王子様役をやってくれる人が居るって事だろ?俺の下手な演技でせっかくの演劇を台無しにするわけに行かないし…」
適当なことを言って言い逃れようとしたが、それはかえってルイズの心の火に油を注ぐだけだった。
「そんなだらしのないことを言う使い魔には寧ろ灸を添えるべきだわ。ウェザリー。もう一度サイトをケイン王子役にふさわしくできるように鍛えて頂戴!」
「ミス・ヴァリエールがそこまでいうのなら、そうね。サイトをより念入りに鍛えなおしておきましょう。代役の子とセットで」
「えええええええええ!!?」
サイトの思いも空しく、彼は結局より一層きつくなった稽古に付き合わされてしまった。
ルイズに対して恨み言を言いたくなったが、それは飲み込んだ。ルイズはサイトがウルトラマンであることを知らないままだし、知らせるべきじゃない。それに、ルイズは単にだらしなく見えたサイトに喝を入れるつもりであっただけで悪意があったわけじゃない。実際サイトがゼロアイのことで気を取られすぎていなければ済んだ話なのだ。
とはいえ、それでもサイトは心の中で叫びたくなった。
いつぞや、ゼロの父親の前に姿を見せた、海の中に潜む先住民を名乗った種族の使いとして現れた、謎の少年のように…
地球に居た頃、クール星人にさらわれたときに自分を助けに来たGUYSの隊長がメビウスに言ったように…
「ルイズの馬鹿野郎――――――――!!!」と。
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