大丈夫、な訳がない。
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序の章
ハジマリ×シドウ
そんな出来事から、早くも三年ほど経とうとしていた。あれから私は、ハオの家に居候することになり、所謂カンフーとかいう武術を教わっている。
私は中々筋が良いようで、もう二年修行すれば世に出ても通用するようになるだろうとの事だった。……それでも、まだ伸びしろがあるらしいのだから、恐ろしい。
それから、私はその三年間でこの世界がどのような場所であるかも理解してしまった。この国では、漢文の他に公用語としてもう一つ、言葉を使っている。
それは【ハンター文字】。
この文字を見れば、後の理解はこれでもかと言うほどに早かった。此処は休載で有名な某漫画の世界だったのだ。
それを理解した日から、私の成長は早くなった、と思う。
このような物騒な世界で、生きていくためには強さを身につけるしか、無かったから。
そんな私は今日、師匠であるハオに「いつも修行している山の山頂へ来い」と呼びつけられていた。
「で、何です? 師匠。急にこんなところに呼んだりして……」
私が片手を腰に当て、重心を片足に寄せて立ちながら面倒くさそうに聞けば、目の前に腕を組んで立つハオは答える。
背景に見えた鬱蒼と茂る竹薮は、彼の中華服という服装にとてもよく似合っていた。
「いや何。今日からお前に"ネン"の修行をつけようと思ってな」
「ね、ねん……?」
"ネン"とは、一体全体何だろうか。私は深く眠った記憶を読み起こした。
――あぁ、思い出した。この物語のキーパーソンじゃん。
無事に思い出す事が出来、何処かスッキリした顔をしていれば、ハオに怪訝そうに見られた。私は慌てて表情を元に戻す。
ハオは特に気にしていないようで、うし、と肩を回せば自らの指をポキポキと鳴らした。
「とりあえず精孔を開くぞ。……面倒だからこじ開けるか」
……何を言っているのだろうかこの男は。
「えっ、ちょっ師匠何する気でうわちょやめ……ぎゃあああああっ!!」
「お前、もうちょっと女らしく叫べないのか?」
言うが早いが、私の必死の抵抗も虚しくハオは私に両手を向け、発を仕掛ける。
ハオ曰く女らしく無い叫びと共に、私の精孔は呆気なく開かれた。
その瞬間、どくり、と流れ出すのは淡い青色を孕んだ大量の私のオーラ。知識として、これが尽きると立てなくなるのだと知っていたから、私は必死でそのオーラが周囲に留まっているイメージをする。
それを見たハオは呆れ顔だ。
「へったくそだなぁ」
「へっ……あのねぇ、これでもコッチは必死にやってるんです!!」
「お前、ただオーラが周りに留まってるイメージでやってるだろ。……なんでお前が纏を知ってるかは置いておくとして、俺のアドバイスを聞けよ」
そう言うと、ハオはピッ、と人差し指をこちらへ向ける。人に指差しちゃいけないって教わらなかったのか? とまぁ、そんな冗談は置いておいて。
ハオはアドバイスとして、オーラが身体中に巡り、循環しているイメージをした後、それがゆっくりと身体の周りに留まっていくイメージをしろ、と私に言うと、切り株に勢いよく座り込んだ。
私はアドバイス通りにイメージをして、纏を行う。
「なんだ、上手く出来んじゃねぇか」
その言葉の通り、私は上手く纏をする事が出来たらしい。ハオはほぉ、と感嘆の声を上げると、それと同時に最初からやれ、と私を叱った。
そうは言われても、この朧気な知識ではどうにもできまい。
第一、実を言うと私は原作を少ししか読んでいない。幼い頃、友達に借りてたまに読んでいただけだからだ。
まあ、そんな事情はハオは知らないから、念を知っていたなら最初から上手くやっていろ、ということなんだろうが。
「よし、じゃあ今やってる纏のイメージを忘れんなよ。意識しなくても出来るようにしとけ。その状態でいつものメニューをこなすこと。俺はちょっと昼飯の材料を採りに行ってくる」
「えっ、マジかよ……って、もう居ないし」
ハオは言うだけ言うと、山に入って行ってしまった。私はただ、呆然とそれを見送るしかない。
……とりあえず、走り込みからやろう。
私は静かに準備運動を始めた。
「はっ、ふっ……」
そういえば、私の毎日の基礎メニューは、大体走り込みから入る。筋トレしてぷるぷるになってからでは身体が着いていかなかったから。
……特に、最初は。
走り込み、と行っても学校の運動部がやっているような単調なものじゃない。
山にいる野生動物やらと戦ったりしながら、山菜を集めるのだ。それも、何故か時間制限付きで。
初めはその時間も二時間と長かったのだが、今ではもう三十分という僅かな時間で集めなければならない。すると、自ずと走る様になる。
しかも、此処は中々標高が高い山で、足場も悪く全身の筋肉を嫌でも動かす事になる。
まあ、お陰で筋肉が無くぷにぷにだった身体は程よく引き締まり、前世の十三歳時よりも段違いにスタイルが良くなってはいるが。
そんな事を考えながら走っていると、タイムリミットの三十分が経とうとしていたことに気付く。早く戻らなければ。私は山頂へと足を向けた。
山頂に着くと、そこには久しく会っていなかったリュカが、切り株に座っているのが見えた。
私が近づくと、足音で気が付いたのかリュカがこちらを向いて笑いかけた。
「やほーネ、ユリカ。久しぶりヨ」
「うん、久しぶり。最近来てなかったけど、どうしたの?」
背負っていた籠を、年季の入ったテーブルの上へ置きながら問いかける。
リュカは、私の修行が始まる前から、ハオの修行場所であるこの山へ、何かと理由をつけてはよく来ていたそうだ。……私の修行が始まってからは、その頻度は増したらしい。
そんな彼女がパタリと来なくなって早くも二ヶ月が過ぎようとしていて、二人とも心配していたのに、これは一体どういうことなのだろうか。
「まあまあ、ちょっと見るヨロシ」
そう言ってごそごそと鞄を漁った彼女は、一枚のカードを取り出した。
私は怪訝そうにそのカードを見る。このカードが一体どうしたの?
そう首を傾げたとき、背後からにゅっと飛び出るような気配がした。直後、間延びした声が聞こえる。
「おー、ハンターライセうおっ?!」
「「はぁ!!」」
「……なんだ師匠か。背後から声かけないでよびっくりするじゃん!!」
「ハオ!き、き急に話しかけるのはやめるヨロシ!び、びくりしたネ……」
「おう、俺が悪かった。悪かったから背負い投げするのはやめろ。リュカも顔面蹴んな。超痛い」
驚いた私は思わずハオを背負い投げし、リュカはそうして投げられてきたハオの顔面へ強烈な一蹴りをお見舞いしていた。
ずるり、と肩に下げていた鹿を落としながら、ゆっくりと地へ落ちるハオに、同時に謝る。
ハオは立ち上がって服の埃を払うと、ごほん、と咳払いしてリュカのハンターライ……とやらを指差した。
「ユリカ、お前は知らないようだから話しておくな。リュカが持ってんのは"ハンターライセンス"っつってな、これ一枚で身分証明書にもなる代物だ。売れば一生遊んで暮らせる」
ドヤ顔をするリュカを横目に、説明された内容に感嘆の声をあげる。今の私は身分があって無いようなものだから、それが取れれば物凄く嬉しい。
そんな私の考えを察したのか、ハオは私を軽く睨み、低くおい、と声を出した。
「お前、ハンターライセンスを取ろうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」
「ひぃっ?! まままままさか滅相もない!!」
元々目付きの悪いハオが睨むと、それだけで強い威圧感が私を襲う。私は思わずどっと汗をかいて顔を背けた。……前よりもぞくりとする感覚が少ないのは気のせいだろうか。
怯えつつもハオの顔を伺うと、何故だかそこに浮かぶのは忌々しくも感じる程の笑顔。
これは何か企んでいる時の顔だ。間違いない。と、そう確信した。
「いーこと思いついたぞ。ユリカ、お前ちょっとハンターライセンス取ってこい」
「はぁ?!」
「そうと決まれば早速修行だな!! 昼飯はリュカに作ってもらうとして……よし、ちょっとこっち来い!!」
私が疑問を発する前に早口でまくし立てたハオは、リュカに調理を頼むと立ち上がり、私の服の首根っこを掴んで山小屋へと引きずっていく。私が手足をじたばたさせて抵抗するのも虚しく、私は山小屋へと連行された。
山小屋の中で、私は念修行と言うものを泊まり込みでさせられる事となる。めきめきと成長した私は、およそ半年で念の四大行と応用技を習得していった。
……そして明日は、いよいよ私の念系統が分かる日である。
私は明日が楽しみで楽しみで仕方がなくて、解いた髪を弄びながら、屋根裏部屋の窓から外を眺めた。
藍よりも濃い空に浮かぶ淡くカラフルな星をぼんやりと見つめながら、これまでの事、これからの事を考えた。この世界に来てからというもの、こうやってじっくりとものを考えたことは無い。ふと思いついたように机を漁り、一通の手紙を取り出す。
三年前、私がこの世界に来た時に貰った手紙。相変わらずムカつく内容だけど、今はそれも懐かしく思う。
「星空の綺麗な今宵、夜空を見上げたあなた様は如何お過ごしでしょうか。
私は、この手紙を神様に書けと言われたので書いています。めんどくせえ。
ああいえ、なんでも無いのです。
こちらには、あなた様が今回獲得なされた特典について、お話させて頂きます――」
そうやってなんと無く音読していると、ふと以前と文面が変わっていることに気がついた。というより、明らかに変わっている。
そのまま読み進めると、特典とやらが変化している事に気づいた。
内容が衝撃的過ぎて、私は唖然とする。
そこには、もうこれ以上見た目が変化しない事や、私のこれからに着いても書かれていた。
その中でも特に目を引くのは、この部分だ。
【貴方様は協議の結果、これからも世界線を飛ぶ事になりました。是非この世界で力を付け、他の世界にも通用できるように備えてください。
また、貴方様の元に、後日旅の仲間として私が同行する事になりました事をお知らせしておきます。物凄く面倒です。どうしてくれましょう】
二度見した私は何も悪くないと思う。
これは何かの夢だと思いたかったけど、頬を抓っても何も起こらない。これ仕方の無いことなんだろう。時計を見ればもう一時を回っていた。
この手紙の内容がいつ変わったのかは知らないが、あのものぐさな天使が来るのが明日でないことを祈りながら、私は現実から目を背けるようにベッドに潜り込み、眠りについた。
後書き
ここまでで名前が出てきた脇役オリキャラまとめ
・ハオ=スー
主人公の師匠。初登場時16歳。瞳は黄色く、黒いざんばら髪で黒基調の中華服を身につける。身長176cm。シングルでは無いが、それと並ぶ実力を持つトレジャーハンター。
・リュカ
主人公を助けた人物。初登場時15歳。オレンジの髪を二つのシニョンにし、先から糸のたれた装飾具で覆うチャイナ服の娘。瞳は青くツリ目。身長156cm。新人美食ハンター。
・シショー
主人公が初めに居候していた中華料理店の店長。五分刈りの黒髪黒目で、気難しくガタイが良い。でも料理しかできない。シショーという名前は本名らしい。身長は196cm。
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