英雄伝説~運命が改変された少年の行く道~(閃Ⅱ篇)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
外伝~”帝国解放戦線”リーダー、クロウ・アームブラストの過去~
12月13日――――
~パンダグリュエル・貴賓区画~
「……………………」
後は速やかに内戦を終結させ、あるべき秩序を取り戻すだけなのだ。そうすれば全てが戻ってくる。君達の学院生活も、妹御や皇女殿下の平穏な日々もね。
ま、今は冷静に状況を見極めることね。そして答えを出す事ね。
外の景色を見つめていたリィンはカイエン公爵とクロチルダの言葉を思い出した。
(貴族派が一線を越えた結果、内戦が勃発したのは確かだ……だが、これ以上内戦が長引いて苦しむ人々が増えてもいいのか……?クロウとも和解できるし、エリスや殿下を解放できるなら……―――そんな単純な話じゃない!考えるんだ、リィン・シュバルツァー。何とかみんなとは再会できたけどエリスと殿下は捕まったままだ……この状況で、俺に何ができる?いや――”俺達”はどうしたいと思っているんだ?)
「フフン。悩んでるみてーだな。」
リィンが考え込んでいるといつの間にか部屋に入って来たクロウがわざとらしく開けた扉をノックした。
「………………………何の用だ……?」
クロウの顔を見たリィンは呆けた後厳しい表情で問いかけた。
「そんな顔をするなって。お前の事だから、クソ真面目にあれこれ考えてるかと思ったが……案の定だったみてぇだな。」
「っ……余計なお世話だ。……こんな所で油を売っていいのか?貴族連合軍の”蒼の騎士”……ずいぶん活躍してるそうじゃないか。」
「ま、人気者は辛いってヤツだ。お前が仲間になってくれりゃあそのあたりの負担も半分にできる。というわけで、迷ってないでとっとと決めちまえよ。」
「って、そんな簡単に決められるわけないだろう……!そもそも、誰のせいでこんなに悩んでいると―――」
軽いノリで問いかけたクロウの言葉に呆れた後怒鳴ったリィンはクロウが片手に持つバスケットが気になった。
「なんだ、それ?」
「メシだよ、メシ。ちょっとばかり早いが早めのランチにしようぜ。」
そして二人はそれぞれ向かい合う形で座って食事を始めた。
「ハンバーガーにフライドポテト、オニオンリング……てっきり、昨日の夜みたいな宮廷風の料理かと思ったよ。」
リィンはテーブルに置かれたジャンクフードの数々を見て目を丸くした。
「なんだ、そういうのが好みか?だったらコックに頼んでちゃっちゃと用意させるか。」
「いや、その必要はない。ハンバーガーも美味しそうだしありがたくご馳走になるさ。」
「おう、喰え喰え。」
ハンバーガーを食べ始めたリィンはある事に気付いた。
「これは……普通のハンバーガーじゃないんだな。白身魚のフライを挟んでいるのか。」
「フィッシュバーガーってやつだな。なかなかイケるだろう?」
「ああ、タルタルソースもちょっと珍しい味付けで……モグモグ……いや、これは凄く美味いな。昨夜の立派な料理よりも個人的には好きなくらいだ。」
「お気に召したようで何よりだ。久々に厨房で腕を振るった甲斐があったぜ。」
「え……これ、クロウが作ったのか!?」
自分が食べているランチを目の前の男が作った事にリィンは驚いた。
「ま、さすがにシャロンさんの足元にも及ばないけどな。俺の故郷―――”ジュライ”のソウルフードみたいなもんだ。」
「あ…………」
クロウがふと呟いた言葉を聞いたリィンはオズボーン狙撃の後にクロウと対峙したクレア大尉の言葉を思い出した。
帝国解放戦線リーダー、”C”―――いいえ、旧”ジュライ市国”出身、クロウ・アームブラスト!
「…………」
「そういや、ヴィータのやつが妙な”実況”をしたみてぇだが……ちょうどやり取りを見ていたのか。」
「ああ……ジュライといえば、8月の特別実習でB班が向かった北西の経済特区……クロウは……自分の故郷に行ってたんだな?」
クロウの言葉に頷いたリィンは複雑そうな表情をした後真剣な表情で尋ねた。
「ああ、偶然にもな。街並みも結構変わっちまったから少しばかり戸惑ったが……懐かしかったのは確かだぜ。」
「……………………―――ずっと、気になっていたんだ。クロウがどうして”帝国解放戦線”に入ったのか。どんな事情で、オズボーン宰相にあれほどの憎しみを向けたのか。」
「……………………」
リィンの疑問を聞いたクロウはリィンから視線を逸らして黙り込んでいた。
「―――教えてくれ、クロウ。クロウが辿ってきた道……ジュライがどういう場所で、クロウがどう過ごしてきたか。士官学院に入って、会長たちと知り合うまで何をしていたのか。」
「ハッ、野郎の過去なんか詮索したって面白くねぇだろ。そういうのは、Ⅶ組の中の気になる子くらいにしとけよ。やっぱりアリサやセレーネか?ラウラか?委員長やフィーあたりか?それともプリネやツーヤ、エヴリーヌか?おっと、まさかミリアムってことは―――」
「知りたいんだ、クロウ。今度こそ………50ミラの利子代わりだ。それを知らない限り、俺は、俺達は先に進めないと思うから。」
「…………お前…………」
リィンの意思を知ったクロウは真剣な表情でリィンの目をジッと見つめた後立ち上がって窓へと近づき、外の景色を見つめ始めた。
「クロウ……」
「言っておくが、そんな大層な話じゃねえぞ?お前の過去に較べりゃ、こんなモンかっていうくらいの平凡で、ささやかな昔話……それでもいいのかよ?」
「ああ……それが知りたいんだ。教えてくれ、クロウ。」
「……ったく。……ま、よくある話さ。歴史の教科書あたりにはそれこそ幾らでもありそうな……そのまま忘れ去られちまってもおかしくないような話だ―――」
リィンの言葉に溜息を吐いたクロウは自分の過去を話し始めた。
「『ジュライ市国』―――。ゼムリア大陸の北西沿岸部に位置し、エレボニア帝国西部、ノーザンブリア、レミフェリアとの海上貿易で繁栄してきた都市国家。人口は15万人程度……規模としてはささやかなモンだ。その分、周辺国からも絡まれもせず、適当に上手くやってきた……そんな幸運な都市国家だった。―――20年くらい前までは。
ノーザンブリア大公国で起きた国土が塩に侵蝕される異変……通称『ノーザンブリア異変』以来、北西沿岸の交易は大幅に縮小した。それなりに豊かだったジュライも目に見えて衰退を始めていった。―――それでも歴史のある街並みやら北海の漁業資源なんかがあったし、七耀石の鉱山もあったからな……そういったものを有効活用しながら隣国のノーザンブリアを支援しつつ、徐々に交易圏の回復を狙う……それがオレの祖父さん―――当時のジュライ市長の考えだった。
ジュライ市国、最後の市長。頑固だが茶目っ気もあって市民の誰からも慕われていた老人。早くに両親を亡くしていたオレにとっては唯一の肉親で……色々な事を教えてくれた”師匠”とも言える存在だった。お前の老師と同じようにな。
―――10年前の事だ。もうひとつの隣国―――エレボニア帝国の政府がある一つの提案をしてきた。帝国からの鉄道網を延長してジュライまで直接通すってな。元々、海運中心の街だったが巨大な帝都と鉄路で繋がれば新たな活路も十分見出せる。市議会の賛成に押し切られて祖父さんは結局、その提案を呑んだ。
わずか1年で市国は息を吹き返し、街はかつてない賑わいを見せていった。だが……それは巨大な帝国資本がジュライに流れ込むのと同義だった。市国の土地や建物は買い漁られ、あらゆるものが投資の対象となり、誰もがミラ儲けに沸く―――クロスベルでも起きていたらしいがジュライでは対抗勢力が存在しなかった。祖父さんは危機感を覚え……色々と対策しようとしていたらしい
そんな中―――ジュライへの鉄道路線が何者かに爆破された。一刻も早い復旧が叫ばれる中―――帝国政府がそれに”待った”をかけた。『ジュライは余りにも安全保障体制が脆弱』『帝国資本も全て引き上げる』――――
誰もが騒然となり、関連株は暴落し、犯人もわからぬまま市国は混乱した。そんな中、ヤツが……就任3年目の帝国政府代表、ギリアス・オズボーン宰相がジュライに直接乗り込んできたんだ。そして―――こんな提案をしてきた。『鉄道復旧と、今後の警備は帝国正規軍が全て受け持とう。代わりにジュライは栄えある帝国の一員となり……今後は”経済特区”として更なる発展を遂げてもらいたい。』
―――よくよく考えりゃ、余りにタイミングが良すぎる提案だ。当然、祖父さんは警戒して様々な対抗策を打ち出そうとした。だが、一度味わった繁栄の果実は忘れられないのが人間ってモンだ。
有力商人が多かった市議会はその提案に真っ先に飛びついて……関税撤廃やら、特区としての税制優遇やらをチラつかされて市民の多くもその気になっていった。―――そんな中だった。祖父さんに、鉄道爆破事件の容疑がかけられたのは。
ジュライの伝統を誰よりも愛し、市民の誰からも慕われていた老市長。だが、市議会からは糾弾を受け、踊らされた市民の一部からは謗られ……そうして祖父さんは市長を辞職し、ジュライの帝国への帰属が決定した。祖父さんが辞めた、その日のうちに。」
「……………………」
クロウが故郷にいた頃の話を聞き終えたリィンは複雑そうな表情で黙り込んだ。
「ちょうど8年前のことだ。祖父さんは悪くないのは誰もがわかっていた。鉄道爆破を仕掛けたのが本当は”誰”だったのかも。だが、皆で見て見ぬフリをしたってわけだ。……な、よくある話だろ?」
「クロウ………………………その後、お祖父さんは……?」
寂しげな笑みを浮かべるクロウに視線を向けられたリィンは辛そうな表情で黙り込んだ後尋ねた。
「ああ、ポックリ逝っちまったよ。」
「っ……!」
「市長を辞めてから、鉄道爆破の件は結局うやむやになっちまってな。楽隠居を決め込んでから半年後に身体を壊して、あっという間だった。まあ、なんつーか糸が切れちまったんだろうな。」
「…………クロウ…………」
自分の話を聞いたリィンが辛そうな表情をしている中、クロウは話を続けた。
「―――さっきも言ったが早くに両親を亡くしたオレにとって肉親と言えるのは祖父さんだけだった。ダチや知り合いは多かったが………全部捨てて13でジュライを去った。各地を流れ、色々と手を染める中―――カイエンのオッサンと知り合った。
まあ、スポンサーってやつだ。そうして、同じようにはみ出しちまった連中を集めて―――16の時に”帝国解放戦線”を作った。ギデオン、スカーレット、ヴァルカンとはその時以来の知り合いってわけだ。
そんな中、カイエンの所に出入りしていたヴィータに導かれて…………海都オルディスの地下に眠っていた蒼の騎神―――”オルディーネ”と邂逅した。お前とは違って、たった一人で似たような試練を潜り抜けて……そして蒼の起動者として認められた。それが3年前の事だ。
そして―――全ての準備を終えてから自分の経歴を完璧に偽装して……オレは帝都に程近い、”大帝ゆかりの士官学院”に入学した。全ては計画のために―――”鉄血”の首を獲るために。」
「…………………」
クロウの過去を聞き終えたリィンは辛そうな表情で黙り込んでいた。
「おいおい、立場が逆だろ。どうしてお前がそこまでヘコんでやがるんだ。」
「……そう…………だな…………」
「ったく……――別に鉄血の野郎が”悪”だと言うつもりはねぇ。」
「え……」
クロウの口からふと出た意外な言葉を聞いたリィンは呆けた。
「ただまあ、祖父さんがヤツに”してやられた”のは確かだ。祖父さんの仕込みで、チェスやらカードゲームは得意だったからな。そうなると”弟子”としては師匠の仇を討ちたくなるってモンだろ?」
「クロウ……」
「帝国に存在する歪み……それが鉄血が拡大してるのは確かだった。それらを見極め、最大限に状況を利用し、乾坤一擲の一撃で勝負を制する。ジュライが今、平穏であるのを考えると……勝負事の”後始末”―――内戦を終了させて、帝国に平穏を取り戻し、メンフィルとの外交問題も解決する必要もあるだろう。だから―――そこまでがオレの”勝負”ってヤツだ。」
「あ………………」
クロウの意思を知り、黙り込んでいるリィンを見たクロウはポンポンと軽くリィンの頭を叩いた。
「……お前がオレに引き摺られる必要はねぇ。ヴィータも言ってたが、何の為に剣と力を振るうのかちゃんと考えておくんだな。何よりもお前自身の為に。」
「クロウ……」
そしてクロウはテーブルに置いてあるバスケットを回収した。
「さてと、長居しちまったな。一応、お前は”客人”扱いだ。お偉方も帝都に戻る頃合いだし、せいぜい好きに過ごすといいだろう。」
「え……」
クロウの言葉を聞いたリィンが呆けたその時機関音が聞こえ、窓の外を見るとカイエン公爵と共に飛行艇の出入り口にいたクロチルダがリィンに視線を向けてウインクをし、飛行艇は去って行った。
「……………………」
「ま、わざわざ見張りはつけねぇから脱出したけりゃ勝手にするといい。ただし―――オレももちろんだが、結社の連中、ヴァルカンにスカーレットまでいる。全員を振り切れればの話だがな。」
「くっ……」
脱出状況が厳しい事にリィンが唇を噛みしめている中、部屋を出ようとしたクロウはある事を思い出して立ち止まり、リィンへと振り向いた。
「そうそう、2階の”主賓室”にはとびきり可愛い”ゲスト”もいる。訪ねてやったら喜ぶだろうからせいぜい顔を出してやるといい。ま、他の子に妬かれない程度にな。」
(”ゲスト”……いったい誰の事だ……?”主賓室”とか言ってたけど……みんなに必ず戻ると言った以上、時間を浪費するわけにはいかない。とにかく今は動いて……情報を集められるだけ集めてみよう。答えを出すのは……それからでいい。)
クロウが出て行った後決意の表情をしたリィンは部屋を出て情報収集を開始した。
ページ上へ戻る