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不可能男の兄

作者:葛根
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第五章

 
前書き
この小説は境界線上のホライゾンの二次創作です。
原作とは異なる設定、独自解釈、キャラクターの著しい崩壊などが含まれております。
原作の雰囲気を重視される方はご注意ください。 

 


 本多・正純は身に染みて感じていた。
 ……葵・ユーキは本当に色々と知っている。
 武蔵の重力制御航法など、かなり深いところまで知っていた。
 正直な所、副会長でもいい気がしていたが……。
 一般生徒である。
 武蔵の一般生徒だ。
 ……よそう、それは今考えることではない。

「兄ちゃん、ちょっと待てよ」

 そういって、葵・トーリがカンニングペーパーを幾枚か取り出していた。

「ええと、どれだ? うん。戦争をしなくてもその選択によって死者は出るってことだよな?」
「Jud.、その通りだ。開戦的状況を前にして、戦争をしなければ平和だというのは、未来に目をつぶった言い訳だ」

 私が言う。
 葵・ユーキは私の立場や考えを汲み取ってフォローをくれるが、本来は私が言わなければいけないことだ。

「じゃあ聞くぜ。ホライゾンを救わなければ、支配は進んで戦わなくても死者がでる。でも救いに行っても戦争になる。選択は二つだ。緩やかな支配に向かうか、逆らって自由か支配かを勝負してみるか。だったら――」

 葵・トーリが新しいカンニングペーパーを取り出して告げる。

「政治家! 正信君の質問です! もし、姫ホライゾンを救いに行くならば、条約違反などと言われる主権問題でなく、聖連に対して正当に提示出来る大義名分を提示して貰いたい。姫を救いに行く正義の理由。彼女を自害させる聖連が悪だと示す理由は何だ?」

 正純は、父親の問いを理解する。
 ……正義か。確かに今まで極東側の立場でものを言い続けてきたわけだ。聖連側に意見を通すなら、聖連側を糾すという姿勢が必要だ。
 聖連側のしていることは間違っていると、そう思える意見を提示出来るなら、全面戦争の回避が可能だろう。
 ……しかし、そのような正義があるのだろうか。
 葵・トーリの言葉は続く。

「戦争を始めてしまえば、両者が講和するまで、それを続けることになる。言い換えるならどちらかが、全滅するまで戦い続けることだって出来る。その際に、各居留地は間違いなく人質に取られるだろう。更には、姫の自害はこの時代の君主として当然のこと。それを差し止めれば、各国からの非難は避けられない」

 その可能性は高い。
 正純はそれを理解出来ている。
 ……葵・ユーキはどうだろうな。

「姫を救うことに対し、聖連側も納得出来る正義を提示出来なければ全てが敵に回る、あるのか? 姫を救う大義名分――正義の言葉が」

 それは……。
 葵・トーリは口調を父のものとして、言う。

「未熟なお前に、それが言えるのか」

 葵・トーリの叫びに正純は身を震わせた。
 親に怒られる子供の様に。
 その身はすくみ、息を詰める。
 そして、一瞬だけ力が抜ける。
 身構えるようにしていた両手が下がろうとした時に、不意に正純の肩に衝撃が来た。

「正純、あるんだろ? この件の対策。大義名分がさ」

 ポンッと肩を叩かれて、ハッと意識が戻る。
 ……確かにある。暫定議会の秘書達から聞いた情報や、自分の判断を元に己で考えた対策が書いてあるメモがある。
 ホライゾンを救うための大義名分や、正義を得るための方法、更にはそれを得た後の武蔵や自分達がどうすべきかの先の対策なども全て書きまとめてある。
 しかし、何もかも自分で考えた自分の言葉である。
 ……未熟な私にそれが言えるのだろうか。
 襲名ができず、政治家とは何かを疑問し、女であることも半ば隠している……不備と疑問と偽物のような自分の意見が。
 それに、これが通用すると何の確証がある?
 父は間違いなく、こちらの思いを見透かしているのだ。

「お前が言わなくてどうするよ? 俺は――正純の答えが聞きたいんだよ」
「兄ちゃん、セージュンが答え持ってんなら俺も聞きてぇな!」
「……お前等」

 片方は馬鹿で、片方は――。
 もしかしたら、答えを持っているかもしれないヤツだ。

「俺は頭が悪くて何もできなくて、答えがだせねぇ。他の連中もそうだ。守銭奴は金の勘定しか出来ねぇ。眼鏡作家は歴史とかの話しか出来ねぇ。――政治の話は兄ちゃんよりも、お前が話せる」

 それはどうだろうか。
 葵・ユーキは優秀だと思う。
 ……変に真面目だが、時にバカになるヤツだ。

「正純がここで、答えを言わないとどうしよもねぇよ。正純は俺達の、副会長なんだからさ」

 葵・ユーキが私の両肩に手を置いて正面、顔を向き合わせるようにされて――。

「トーリ達が何言っても結局は権限無しの戯言だ。俺達の中で唯一権限を持ってるのが正純だ。だから、俺達の代表として、お前の答えを聞かせてやれよ。大丈夫、何があっても俺は正純を支持する。俺はお前の絶対の味方だ」

 ――言われた。
 ……絶対の味方、か。
 不意に、意志の言葉が来た。
 それは、アデーレが桶に入れて持ってきた黒藻の獣だった。

「な、何ですか? 告白シーンのようですけど、違いますよね? ね?」

 ……とりあえず、勘違いだ。
 ともあれ、黒藻の獣にまで助けを求められた。
 ホライゾンを救って欲しいと。
 そして、私は……。
 私の意志はもう、そちらに向いたのだ。

「私、武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純が答えよう」



 葵・ユーキが正純の正面から立ち退く。
 ……俺の仕事は終わったかな。
 正純は良い顔になった気がする。

「――要は、ホライゾンを救うことに聖連も共有出来る正当性を与えることで、彼女の救出によって発生するであろう戦争や、居留地に対する被害を防ぐ――ホライゾン・アリアダストを救う理由、大義名分となる正義はある」

 言ってしまえ。
 ホライゾンが三河君主として責任を取る必要など無いと。

「まずそれは、彼女が三河の君主として責任を取る必要はないということだ」

 正純は続ける。
 恐らく、俺の考えた対策と殆ど変わらない内容を告げるのであろう。
 ……俺の役割は、どうにかして正純を聖連側から極東側にすることだったが、トーリにやられたからなぁ。
 正直、あの展開から俺の役割は終わっていた気がするぜ。

「昨夜、三河君主の元信公は三河消失を行い、死亡した。それは自害と見なされずに三河消失の一環と捉えられて、ゆえに責任は次の君主に持ち越されたわけだ」

 アデーレの混乱は放置しておいていいのだろうか。
 多分良いんだろう。誰も何も説明しないし。

「だが、元信公が死亡した際、ホライゾン・アリアダストは嫡子ではなかった。そうだな? 浅間? 略式相続確認は今朝方だったはずだ」
「あ、はい。そうです」

 浅間は突然話を振られたのにも関わらず、答えていた。
 本来は三河の神社で相続の確認はされるが、三河と共にその神社も消失してしまった為、三河の君主としての相続確認は聖連側の連れてこられた神道術者が行なった。
 K.P.A.Italiaなので、厳島神社がそれを行なったのだが、ホライゾンは武蔵住人なので本来は浅間神社でそれを行うのが通常だ。

「――つまりは、ホライゾンは過去の記憶が無い上で、武蔵の住人として生活していた。その彼女は三河の消失には関わっていないのに、何で三河消失の責任を取らないといけないって話だトーリ」
「兄ちゃん。それは君主だからしょうがねぇんじゃね?」

 眉をひそめて聞いてくる弟は割りと可愛いと思う。
 正純は、トーリというより画面の向こう側に伝える姿勢を取っている。
 ……まあ、各国にもそれは変だ、と思わせようとしているのだろう。
 いや、本来の敵を誘き寄せようとしている。

「いや、それは違うだろう。自分の知らない所で、そもそも自分が管理してないことに責任を取れっておかしいだろう。それに、ホライゾンがいなかったら誰が責任を取るんだ? 誰も三河消失が起きるなんて知らなかったんだぜ? 知ってた奴らは三河と共に消失している」
「そういうことだ。解るか? 事件に対して無関係な人間、何も知らずに生きてきた人間がいきなり嫡子にさせられて、責任を取らされそうになっているのだ。よく考えろ。聖連の今のやり方が通るなら、ホライゾンがいない場合でも聖連によって、三河の君主にさせられた誰かが自害しなければならない」

 それは、つまり誰でも処刑できるものである。

「これは歴史再現を悪用した。自分の思い通りに処刑を行う悪魔のシステムだ」



「ちょっと、待てよ」

 葵・トーリが私に待てをかけてきた。
 ……力を抜くのにも気を使わなければ。通神《つうしん》を見ている相手に通じるように。
 階段の中央あたりにいる放送委員の撮影隊に向けて、その先に見ている人物に意図が通るよう動かねば。

「何だ?」
「いや、いい空気吸ってんのは解るんだけどよ。ホライゾンが責任をとるどころじゃなくて、誰も責任を取る必要がないとしたら、三河消失の責任はどこに行くんだ?」
「教えてやろう……」

 私の味方である葵・ユーキは同じ事を考えていることだろう。

「三河は君主を失い大部分の土地を失った。ここから先は復興が必要だが、人々は都市側のインフラがなければ生きていけない。今も武蔵のインフラを使用して、仮設居住区画を搭載した船での生活をしようとしているわけだ。だったら、どうすべきかというと……」
「なかった事にすれば良いってことだろう」

 葵・ユーキは理解している。

「そう、三河をこのまま航空都市艦として認定し、武蔵と連結することで存続すればいい。つまり、三河は消失していない。誰も責任を取る必要は無い」

 私には、絶対の味方がおり、同時に理解者がいる。
 ……心地の良い感覚だ。

「三河はTsirhc《ツアーク》とムラサイの間にある中立都市として重要だった。だが、それは別に移動中の武蔵でも担当出来ることだ。だから、三河を武蔵と連結して存続させれば武蔵の移譲無しに、三河消失の損失を取り戻すことが可能だ」

 私の発言に、人々が徐々に理解を得て、声が重なりそれは歓声となる。
 歓声に負けぬよう、叫ぶ。

「武蔵アリアダスト教導院は、ホライゾン・アリアダストに対する聖連の対応について、今の意見を大義名分の対案とし見直しを要求する!」

 大きく息を吸って、叫ぶ。

「正義は以下の通りだ。今の聖連の行いは、聖譜《テスタメント》の示す歴史再現を悪用する行為である。それは聖譜を軽んじるものだ!」

 その直後、正純の呼び出したい相手が来た。

『詭弁だな』
「教皇総長……」

 すると、私の耳元で葵・ユーキが耳打ちしてきた。

「これからが本番だな。ホライゾンの自害を歴史の秩序として進めてきた奴だ。奴の言う秩序を覆さなきゃいけないが、大丈夫か?」
「全く、どこまで先を読んでいたんだか……。だが、私が必ず己の役目としてホライゾンへの道をつけてやるさ」
「そりゃ有難いが、ホライゾンの自害は歴史に存在しないけど、歴史的に見ると引責自害は妥当だぜ?」
「お前、どっちの味方だよ……」
「始めから正純の味方だって言ってるだろうが」

 そういえば、そうだった。

『空論だなあ、おい。そこの副会長。今、自分達ならばどうするか、というのを言ったよなあ?』
「ええ、言いました」
『ええ、ではなく、Jud.だろう? 審判される側の民よ』
「(挑発を無視できないタイプだぜ。そりゃそうだ。あっちは見本にならなきゃいけない立場だからな)」

 あちらに聞こえないように耳打ちしてくるのは良いが、今はやめて欲しい。

『……三河の姫は事件に対して無関係だから解放しろか。なかなか良い意見だ。そう、なかなか本当に良い意見だ。久しぶりに聞いた。そんな、今までに何千何万回と繰り返されてきた助命の嘆願を久しぶりに聞いた』



 インノケンティウスは思う。
 聖譜記述に従い、歴史の再現は進んでいる。だが、齟齬は必ず生じる。
 ……我々が百年先の未来を見られたとしても、かつての神々の時代に対しての知識や想像、人や物資が足りず、そして過酷な環境や故意による障害があるわけだ。
 ゆえに、誤差の消去が必要になってくる。

『では無関係な姫、ホライゾン・アリアダストの自害は誤差の消去のためですか?』
「じゃあ、お前達は、誤差の存在を許すんだな?」

 問いかける。
 ……副会長は知っているが、その横にいるのは確か一般生徒で、不可能男《インポッシブル》の兄だったか。
 先程から何かしら副会長に耳打ちをしているのが気になる。
 それなりに出来る様だが……。
 問いの答えがない。
 誤差を許すかどうかの問いに答えない。
 もし、誤差を許すと言ったなら極東の教導院は聖譜記述の歴史再現を無視するものとして、それなりの対処をするはずだったのだが。
 ……成程、武蔵の副会長は自分に酔っているだけの人間ではない、ということか。

「話をしよう。世界はどうあるべきかの話をなあ」



 周囲は静かである。
 人々は表示枠《サインフレーム》に映る相手、教皇総長インノケンティウスを見ているのだ。

『歴史再現における誤差は文明や文化の利便性において生じやすい。誰だって便利な方があればその方法をやりたくなる。だから聖譜記述の歴史再現には解釈という考えがつきものになる』
「しかし、解釈とは都合が良いことじゃあないって言いたいんだろう?」

 正純は、いきなり葵・ユーキがインノケンティウスに話しかけたのに驚いた。
 ……黙っていると思ったのだがな。

『……その通りだ。国の責任を取るために君主が自害する。それがこの時代の極東のルールだ。歴史としてあるべきこと、歴史的に正しい解釈を用いて何が悪いと?』

 私達は自害の引責というあるべきルールを無視して、その言い訳として解釈という言葉を用いようとしていると相手は思っているわけだ。

「じゃ、正純。後は任せたわ」
「は?」
「いや、俺が何言っても、意味ねーし。ここで何とか出来る権限持ってんのも、正純だしなー」

 しかしだ。なんだその急な身の振り方は……!
 少し離れて、表示枠《サインフレーム》を出し始めるし、何かクラスメイト達と話でもするつもりなのだろうか。
 そして、相手を何時までも待たせるわけにも行かない。

「ですが、聖下、聖下の解釈では無関係な無辜な民が一人失われます――」



 葵・ユーキは、正純から少し離れ、クラスメイト達と実況通神《チャット》で会話する。

『あー。分岐点、選択肢、別れ道。まあ、どれでもいいけど、お前らに選んでもらう』

 浅間は、何を? と思う。

『トーリの夢である、皆の夢が叶う国を作る王様になる。それに付いて来るか、付いて来ないか、だ。ぶっちゃけ、世界相手に喧嘩を売って、この先戦いばかりになるだろう。そん時に、やっぱあんとき馬鹿に付いて行かなきゃ良かった、と思うこともあるだろう。だから――後悔しない為にも、今ここで改めて、考えて欲しい。これからの事を』
 
 今朝、教室で話があった、ホライゾンを救う時の話を思い出す。
 降りる、降りないの選択は自由だ。
 それを今ここで、蒸し返すのは葵・ユーキだった。
 
『ユーキ君。まだ、臨時生徒総会、最後の相対戦は終わっていませんよ?』

 私は、どうしたいのだろう。いや、まあ……決まっていると言えば、決まっている。
 ……私は、浅間神社の人間ですから。

『浅間。別に浅間神社だから、とか契約関係の事があるからとかで、無理に理由作って付いて来るつもりなんだろうけど、無理する事はない。臨時生徒総会については、引き分けだ。うん。で、まあ武蔵王ヨシナオ、麻呂が警護隊総隊長と嫁引き連れて、こっちに向かってっから、延長戦は、武力で相対だろうね。――情報提供者は、秘密だ』
『秘密って、どうせ商工会の誰かでしょ? 目撃情報を幾らで買ったわけ?』

 ハイディが、秘密の情報提供者を予測していた。
 たぶん、正解なんだろう。
 すると、ネシンバラがさらに問いを追加した。

『どうして、引き分けだと思うんだい?』
『教皇総長は、他校生徒。臨時生徒総会は、武蔵アリアダスト教導院の問題で、トーリと正純の相対に乱入してきた時点で、それはおかしな話だからな。まあ、色々とあるけど、説明すると長くなるから省くけど、俺が引き分けと言うんだから引き分けだ』
『それで納得しろってか!』

 約全員のツッコミが入った。

『で、まあ話は戻るけど、延長戦にも勝つつもりだし、ホライゾンも救う。トーリが王になるために力を貸そうと――あの馬鹿に力を貸そうと思うなら、よろしく頼むわ。貸したくねーとか、やっぱやめとくって思うなら、今のうちだ。だからまあ、臨時生徒総会の決着が着くまでに考えといてくれ』

 ユーキ君の言う通り。このタイミングが最後だと思う。
 武蔵を降りて、別の教導院に行くなり、別の国の生徒になるなりと道はあるだろう。

「浅間!」
「え? は、はい!」

 正純が私の名を呼んでいた。

「浅間神社から、安芸の厳島神社に抗議文と、臨時相続確認の取り扱いの見直し要求を送れ! 三河の姫、ホライゾン・アリアダストと神社との正式な契約――生まれた土地の神社と行う産土契約も、生活圏の神社で行う氏子二級契約も、どちらも武蔵生まれの彼女が行ったのは武蔵の主社である浅間神社で、生活に関する神事は浅間神社が行うのが基本――」

 やばー、やばいですよーう。話聞いてませんでした。
 けど、話の内容からして、ホライゾンの契約関係で抗議しろってことですね。
 急いで、抗議文を作って正純の言う通りの内容を送信。
 喜美が、聞いてなかったのね。言ってきたけど、無視した。
 他の皆は、正純達の流れを聞きつつ、実況通神《チャット》してたらしい。
 正純は続けて、言う。

「武蔵アリアダスト教導院は、聖連との三つの平行線を保つことで理解とします」
『浅間、浅間。話聞いてなかったって? 案外抜けてるな』
 
 余計な事を、余計な人間が、ユーキ君に伝えていた。

『対論の並べ合いを用いた焦土戦術→教皇総長有利→正純ピンチ→正純身勝手な解釈→今ここ』

 なんとなくだが、理解できてしまった。

『んで、平行線の立場を取る感じ。聖連側が金融凍結したからこっちは勝手に融資するから。ホライゾンが君主って言うなら、正当な神社で抗議で差し止め。無関係なホライゾンを引責自害させようってならホライゾンを保護する為に武蔵の学生にしちゃえって感じ。教皇総長が詭弁って言ってるけど、あっちの詭弁でこっちは平行線を保つ感じ。でだ。平行線を守るなら、相手はこう言ってくる。聖連は争いなんて望んでないぞって』

 その通りの問いかけが、聞こえた。
 争いを、聖連との全面戦争の問だ。
 どうするんでしょう。というか、正純に助け舟を出さないのだろうか。

『どうしましょう。戦争ですよ。戦争!』
『まだ決まってねーよ!』



 おかしい。相手は、全面戦争のカードを切ってきたはずだ。
 だが、発言の全てを撤回して降伏するならという条件付きだが。
 随分な譲歩を見せてきた。


 ……非公式の口約束にしても、譲歩が行き過ぎていないだろうか?

「ホライゾンに与えられた、大罪武装(ロイズモイ・オプロ)が知りたくない」

 私の耳元に、いきなり言葉と吐息がかかった。
 そうだ、ホライゾンの自殺に拘る理由は――。
 私は、聞いた。

『よく気付いた。だから答えてやろうかなぁ。そう、ホライゾン・アリアダストの持つ大罪武装(ロイズモイ・オプロ)について、先程三征西班牙(トレス・エスパニア)から報告があった』
 
 それは――。
 ホライゾンの身体に封じられた大罪武装(ロイズモイ・オプロ)の名は焦がれの全域(オロス・フトーノス)
 嫉妬《フトーノス》を司る大罪武装のその効果は、大罪武装全てを統括制御するモノ。
 つまり、大罪武装を全て集め、一つの武装とする統御OSがホライゾンに封じられた大罪武装の正体だった。

『――大罪にはそれぞれ神代の魔神が対応すると言われているが、それによれば、嫉妬《フトーノス》を司るのは全竜(レヴァイアサン)だ。全ての獣の様相を持つ大竜。自分に力はなく、全てを嫉妬し、しかしそれら全ての力を集う事ができる。――三河君主の元信は言ったな? 大罪武装を手に入れれば末世を左右できると』

 そう、確かにそういった。だからこそ、聖連の言い分。
 集めた大罪武装を統御できる能力を娘に与えた事が、極東の世界支配への反乱と言う推測は正しいのだろう。
 そして、ホライゾンを救えば、必ず全面戦争だ。
 大罪武装は各国に保有されている。だから、大罪武装を集めていくと言う事は、各国と何らかの交渉か、戦闘が発生するだろう。
 損得を考えれば、ホライゾンを救わない方が遥かに得なのだろう。
 そう考えている内に相手は勝手に話を終えようとする。

『本多・正純――。歴史再現の誤差を認めろとお前がいうのは、やはり、あれか? 自分と父親が襲名に失敗し、それを解釈で救われなかったからか?』

 私は反射的に自分の身体を、胸を抱いた。
 周りをみれば、集まった人々がこちらを見上げている。
 今の教皇総長の言葉の意味を確かめようとする目で、私の方を見ている。
 猜疑、と言う視線が集まり、私の背に冷たい汗を感じる。

「そうだよなぁ。だとしたら、理由がろくに無くても、襲名失敗者のお前は俺のような襲名者のお堅い動きには逆らいたくなるよなぁ。何しろお前――』

 待て、こちらを勝手に決めつけてくるな。
 ……私は、政治家志望で……単なる反抗心でこの場に立っているわけではない。
 それに、やめろ。

『――襲名しようとして、男性化の手術を受けつつも、途中で襲名がかなわなくなって、胸とか削ったまま。身体は不完全に女のままで、でも襲名を引きずっていて男の格好――』

 言われた。
 襲名失敗と私の隠し事を言われた。
 そして、

『――嘘ばかりのお前はそれがバレぬことをよしとし、ただ人を動かすことに酔い、襲名の権威に逆らいたいだけなのではないか?』

 やられた。教皇総長の言葉によって、今までの周囲の視線が変えられた。
 私に対する人々の見方を根本からやられた。
 私が女性で、男性化手術を受けた事を一部の人間は知っている。
 ただ、ここに集まっている人間の大部分はそんなこと知らない。
 当然、女であることを隠している理由も。
 そして、知らない理由を、誤解を解くために反論しても無意味だ。
 何故なら、襲名失敗と身体の事を隠していたのは事実であるし、反論したところで、大多数の人間に通じるほど信頼があるわけでもない。
 そして、私の身体の事実を知らされた人々の反応を私は知っている。
 殆どは知った後、避けられたり、変な気遣いを受ける。
 ユーキはかなり例外的な――いきなりの婚約をふっかけてきたけど。
 隠し事をしたまま人々を扇動しようとしているとやられてしまった。
 相手は、甘言と逃げ場を与えてくる。

『――全てを白紙にして行こうじゃないか、なあ? そのためにも、今回の件について撤回し、厄介なことは無しにしようじゃないか、なあ? おい』

 声が聞こえる。

『さあ、どうする? 武蔵の代表、本多・正純。平和の為の答えを――』

 くれ、と言葉が続くだろう。
 そのはずだった。



「おい、セージュン!」

 いきなりの葵の声に正純ははっとして顔を上げた。
 空にはインノケンティウスの顔を映した無数の表示枠(サインフレーム)があり、武蔵の人々が大勢集まってこちらを見上げている。
 
「おいおい、セージュン! マジで女なのかよ?」
「……は?」

 待て。ちょっと、待て。
 ……生徒会選挙のときに情報が行ってないのか? それに、葵兄のユーキから聞いていない?
 葵の顔を見る限り、情報は見ていないらしい。
 そして、葵はこちらに対し一つ指を立てた。
 彼は笑顔を止めて、真剣な顔で言った。

「ハイ、確認でーす!」
「え? あ、ちょっと――」

 何をするか、薄々予測はできている。胸を防御。
 が、今回の葵は違った。

「ハイ、チェックーー!」

 いきなりこちらのズボンを掴んで、足首まで引きずり下ろしたのだ。

「あ、インナーのパンツは紐式の女物じゃん。あまり売ってないんだよな、下だけの」

 下にいる者達の、どけ! どけ! 見えないというジェスチャーが見える。
 はて、今の状況を冷静に、客観的に見よう。
 ……ズボンが降ろされて、下着が丸見え。

「ちょ、お前! おい、こら!」
「ターーッチ! 無いぞ! ナッシング!」

 近くにいたユーキが、思い切り後ろから、下着に触れて叫んでいた。

「や、あっ!」

 葵は葵で、皆に振り向いて、ぐるりと見回して、

「チョォーーオ女ぁあーーー!」

 おおお! 誰もが、声を上げた。
 私は無視して、ズボンを引き上げる。
 無防備になったその胸に、手が重なる。
 直に触っている手は、ユーキのもので、その手の上に葵の手があった。

「ナイス貧乳……!」
「ナイス貧乳ーー!」

 おおおおお、と何故か先程よりも濃い反応が人々から返った。
 この兄弟は……!

「ええと? 何だって? 手術とかしたんだって?」
「いや、だから、それはな――ああ、面倒だからちょっとそこ座れよ。なあ、馬鹿兄弟」

 馬鹿を睨む。後ろの馬鹿にも振り返って睨む。
 両者、否定の反応。

「お前、そうまでして貧乳になりたかったのか?! そんなに貧乳好きか? 好きか!」

 ああ、この目の前の馬鹿は蹴ろう。
 膝蹴りをぶち込んだ。
 さて、後ろの奴は、回転蹴りでいいだろう。
 ……いないし。

「お、お前らなぁ。それに、そっちの馬鹿。ひ、人に言って良い事と悪いことが――」
「でも、結果としてみたら、お前は男になったんじゃない! 貧乳になったんだ!」
「違うぞ。トーリ。貧乳は、正純の趣味だ」
「いや、だから、そのなぁ!」
「違うのかよ! じゃあ、お前は今巨乳か?」

 何を言っても無駄なのか……!
 ズボンは葵に引きずり降ろされるわ、ユーキに股間をモロ触られるわ、胸タッチまでしてくるわで。
 ……ユーキの方が酷いぞ。股間タッチに、胸タッチだ。葵はユーキの手越の胸タッチだ。実害的には、葵がズボンおろし。ユーキがそれ以外全部。
 
「色々と……そういうことを苦にする人もいてなあ!」
「あ? じゃあ、お前、そういうタイプなのかよ? だったらマジ謝るし、同害復讐として、俺のズボンおろして、手越で貧乳揉んでいいけどさ。兄ちゃんの方は、ちょくで貧乳タッチと股間タッチしていいけどさ。――そこんとこ、どうなの?」
「正純は、自分の身体のこと、苦にしてるのか? あと、同害復讐するならしてもいいけど……」

 問われて、考えた。
 わだかまりはあったが。

「……今は単品の苦よりも総合的激怒の方が勝っているだけだ!」
「トーリ。正純は子供は産めるし、完全に女確認したし、誰も貰い手がいないなら俺が貰ってやる予定だし、まあ、そんな感じ?」

 おい、感じかよ。
 というか、いいのか。全国放送で、言っちゃってるぞ!
 
「そんな感じ? そんな感じ! でもよぉ。セージュンにも選ぶ権利あるんだから、兄ちゃんの先走り予約は、最終手段だよなぁ……、貧乳義理姉ちゃんかあ」

 いや、待て。
 話が飛躍し過ぎだ。
 それに、私の父がそんな勝手を――。

「ホライゾンさ、感情とか全部、大罪武装にされてんだってな。そんでまあ、三河の君主で自害がどうのこうのと。だからまあ、そんな状況作っちまえるアイツの親父はとんでもない極道だと思うんだけどよ。ホライゾンのこと嫌いだったら、魂残さず全部大罪武装だよなぁ」

 いきなり、葵が笑みと共に言った。

「オメエとオメエの父親がどうなのかは、俺知らねーけど。でも嫌いな、どうでもいい奴相手に、仕事途中の馬車は停めねぇよ。少なくとも切れてはねぇ。娘の将来旦那に切れてるかもしれねーけど。まあ実際そういううぜぇオヤジの時点でダメで、煩わしいかもだけど。その分、子供産んだらちゃんとしてやりゃいいじゃん」

 言われ、熱くなる。
 ……くそ。父がどう思っているかはわからない。もしかしたら、私の婚姻にも興味が無いかもしれないけど。
 完全に話の流れからして、ユーキが私に全国放送で婚約宣言したようなもんだぞ……!
 


「アッレ? アッレェエエ?」
「ノブたん! 落ち着いて! 聞こえるから!」
「コニたん! 落ち着いていられるか! 臨時生徒総会がいつの間にか婚約宣言だぞ!」



「ば、馬鹿っ。誰が誰との子供とか、そんなこと今、大体、結婚なんて――」

 早過ぎる。と言いかけて止めた。
 言ったら、婚約宣言を受け止める事になるだろうし、ユーキのリップサービスの可能性もあるし。
 ああ、言い訳だ……!
 要は、恥ずかしいから私自身に言い訳している。
 ユーキは、堂々としているけど、どういうつもりだ。
 ブラフ、ではないだろう。今朝のこともあるし。
 じゃあ、本気か?
 いや、それよりも今は――。

『話を逸らさず行こうか、なあ? おい、本多・正純。既に話し合いとしては、双方の損得において決着がついていると思うが』

 ――そう、交渉はまだ続いている。
 ……私が不利な状況は変わっていない。

『本多・正純。一つ、俺を楽しませた分の提案をしよう。この件を撤回するならば、その正確な判断を認め、お前の襲名を認めよう』

 それは、と思う。右舷側の父がいる辺りはやたらうるさいが。父はどのような顔をしているだろうか。
 教皇総長は言う。
 私を聖連と極東との交渉役にしようと言う提案だ。
 最後の揺らしだ。
 武蔵と極東の人々と、私に取って得になる。
 だが――。

「ああ? なあーーに言ってんあオマエ!」

 馬鹿が、堂々と、空の表示枠(サインフレーム)を指さした。
 そう、馬鹿が動き始めたのだ。





 
 

 
後書き
しばらくぶりに更新。

不定期で今後も亀更新予定。
 
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