もう一人の八神
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新暦76年
memory:06 道場での出会い
-side 悠莉-
地球から無事に戻り、夏休みも折り返し地点に差し掛かったある日の午後。
私はジャージに着替えて海岸にやって来ていた。
「えい! やあっ!」
「ほら、大振りになってる」
理由は簡単。
家の近くの海岸で近所の子供たちを集めて格闘技やら魔法を教えている。
要はザフィーラの手伝いだ。
「みんなこんな暑いなかよう頑張ってるなー」
「スポーツドリンク持ってきたから休憩にしない?」
「はやてさん!」
「シャマル先生!」
声の方を見てみると、姉さんとシャマルがこっちに手を振っていた。
「休憩みたいだね。そんじゃラストおもいっきり打ってきな」
「はいっ! やあああっ!!」
手に持つミットを構え、来るであろう打撃に備える。
―――パンッ!
ミットから気持ちのいい音が鳴った。
「うん、いいパンチだ。休憩にしようか」
「ありがとうございました!」
「はい、どういたしまして。ちゃんと水分補給しなよ」
「うん!」
男の子が姉さんたちのところへ駆ける後を歩いて追った。
追い付いてみると、みんな楽しそうに話していた。
ザフィーラも子供たちの話し相手になっていた。
「悠莉、お疲れや」
「ん、ありがと姉さん」
差し出されたドリンクを受け取り、口に含む。
そんな様子を笑顔で見ていた。
「それにしても、なんやかんやでみんなから慕われとるみたいやなぁ」
「そうなのかな? そうなら嬉しいよ」
「そうやよ。ほら」
姉さんにつられて視線を動かすと、
「おにーちゃん!」
「こっちに来てよー!」
「ほらな?」
「あはは……そうだね。そんじゃ」
「うん、行っといで」
子供たちの輪の中へ足を進めた。
休憩も終わり、再び練習を再開してしばらくすると視線を感じた。
あの子って……確か最近、練習を見ている子だよね?
「……ふむ」
「兄ちゃんすきあり!」
「っと、はい、残念でした」
「痛っ!?」
考えに耽っていると組手をしている男の子はそのすきに一撃入れようとした。
だけどそれを許すわけもなくデコピンを撃ち込んだ。
まだまだだね。
それにしてもあの子、毎回毎回寂しそうだね。……あ、そうだ。今日は運良く姉さんとシャマルもいるから……
善は急げと念話を繋いだ。
《姉さん、今家の中?》
《そうやけど…何かあったんか?》
《実は……》
こちらを見ている子のことを伝えた。
《なるほどなー、そういうことなら任せとき》
念話が切られてからしばらくすると、姉さんとシャマルが一人の女の子をつれてきた。
-side end-
-side other-
少女はずっと見ていた。
海岸で楽しそうに格闘技の練習をしている同年代の子達の姿を。
「はぁ……」
ため息が一つこぼれる。
本当はあの子たちに混じって一緒に練習をしたいのにそれができない。
自身の引っ込み思案な性格が邪魔をして声をかけることができずに何日も経つ。
今日もただ遠くか見るだけ。
ただ時間が過ぎていくだけ。
そう思っていた少女はため息を一つ吐いて家に帰ろうかと考え始めた。
だけどその日は違った。
「こんにちは!」
―――ドキッ!
少女が驚きながら振り向くとそこには二人の女性がいた。
「格闘技に興味があるん?」
「あれ、うちの道場なのよ。って言っても近所の子に教えてるだけなんだけどね」
「え…? あ、あの……」
「良かったらもっと近くで見てみるかー?」
「い、いいんですか?」
「もちろん♪」
茶髪の女性が手を差し伸べた。
少女はその手をおずおずと握ると二人の女性は笑みを向けた。
「あ、そういえば自己紹介がまだやったな~。私は八神はやてです」
「私はシャマルって言います。よろしくね」
「え、えっと、ボクは…ミウラ・リナルディ、です 」
「そんじゃミウラ、みんなのところに行こか」
「お、お願いします……っ!」
少女、ミウラは緊張しながらもはやてに手を引かれながら前へと進んだ。
-side end-
-side 悠莉-
組手をザフィーラと交代して、型のチェックを見ていると姉さんに呼ばれた。
姉さんの隣には先程の女の子がいた。
「どしたの?」
「実はな、ミウラにミット打ち体験させてやってほしんよ」
姉さんの隣にいる女の子に目を向けるとビクッとした後、小さな声で
「ミウラ・リナルディ、です」
「ミウラね。私は八神悠莉、よろしく」
「八神? それじゃあもしかして……」
「そうや。私と悠莉は姉弟なんよ。って、それはともかくミウラもやってみたいんやろ?」
姉さんがミウラにミット撃ちを促してみるけど卑屈になったように返した。
「だ、だけど本当にいいんでしょうか……」
「何がや?」
ミウラの言葉に私と姉さんは顔を見合わせ首を傾げる。
「だ、だってボクは本当に不器用で人見知りで口下手でドジでおっちょこちょいで何をやってもダメな子だから……」
声は尻すぼみに小さくなっていき、最終的には顔を俯かせてしまった。
それを見て姉さんは少し困った顔になる。
私は小さくため息をついたあと、ミウラの目の前に立った。
「……てい!」
「ひゃう!? ひゃにひゅるんれふは(何するんですか)」
ミウラの両頬を摘まんで軽く横に引っ張った。
「ねえミウラ、ミウラはミット打ちやってみたいの? やりたくないの?」
ミウラの頬から手を放して答えを待つ。
「だからボクは……」
「ダメな子だから? それって答えじゃないよね? 私はやりたいのかやりたくないのかを聞いてるんだよ? ……別に失敗したっていいじゃん。何度も何度もやって上手くなっていけばいいんだからさ」
「あぅ」
ミウラの頭に手を置いてポンポンと軽くたたく。
小さく声をこぼして、俯いた。
しばらくするとさっきとは違ってオドオドとしていた目が意志のこもったで見つめ返してきた。
「ボクは…やりたい、です!」
「うん、いい返事。そんじゃジャージを貸してあげるから着替えておいで」
「すぐにやらんのか? 別にミウラの今の格好でも十分動きやすいと思うんやけど?」
姉さんがそんなことを聞いてきた。
ミウラも同じようで頷いている。
え? まさかわかってない? ……わかってない、みたいだ、ね。
……かなり言いにくいけど、言わなきゃ二人とも気付いてくれないよね?
あー…うん、はぁ……
「えっとね、とっても言いにくいんだけどさ」
「なんや、もったいぶって。そんなに言いにくいんか?」
「ミウラの服装を見て気づかないかな?」
「「ミウラ(ボク)の服装?」」
二人は確認するけど首を傾げるだけ。
「あーっ! もうっ! スカートのままでやったら中が見えるでしょうに!」
―――………ボンッ///
静寂の後にそんな音が聞こえた気がした。
姉さんは「あー……」と、納得といった表情に苦笑いが含まれている。
一方でミウラは顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
かくいう私も顔が赤いんだろう……頬のあたりが熱いから。
「え、えーっと、そんじゃミウラ? 行こか?」
ミウラは早足で八神家へと向かって行った。
「……はぁ、なんだか精神的にどっと疲れた気がする」
今のうちにザフィーラやみんなに説明しときますか。
それから、ミウラと姉さんがやって来た。
ミウラはまだ少し恥ずかしそうだったけどミット打ちを始める。
撃ち損じたりバランスを崩して転んだり失敗しながらも一生懸命にやって夢中になっていた。
そんな様子をザフィーラを始め、みんなも見ていた。
ミット打ちが終わると自分がみんなから見られていたことに気づいたミウラは急にあわあわし始めた。
だけど、
「最後の蹴り、かっこよかったよ!」
「転んでたけど大丈夫?! ケガとかしてない?」
と、みんなから賞賛や心配、他にもアドバイスなど言われたりしている。
ミウラはもみくちゃにされていながらもどこか嬉しそうな笑顔。
そんな様子を少し離れたところから四人で眺めていた。
「悠莉、ミウラの蹴打を受けてみてどうだった」
「ザフィーラの考えてる通りだよ。あの子、時々すごいやつ打ってくるんだもん。おかげで少し腕が痺れてるよ。多分、ヴィータとシグナムが見ても同じようなことを言うと思う」
「そうか」
それを聞いて満足そうにフッっと笑うザフィーラ。
見ただっけでミウラの中に眠っている可能性に気づいたのはすごいと思う。
「それにしてもミウラちゃん、なんだか楽しそうね」
「そだね」
「悠莉はこうなることわかっとったんか?」
「ん~や、こんな風になったらいいなーとは思ってた。ミウラを見てた限り何となく引っ込み思案な性格なんだろうなって感じてたし、だからどうにかしてきっかけを作ってやれたらなー、と」
「なるほどなー」
納得といった表情の姉さんたち。
その後、一度みんなを落ち着かせて今日の練習を終了した。
「や、八神さん」
「悠莉でいいよ。八神じゃ姉さんとかぶるからね。あとはなるべく敬語使わないでくれたらうれしいな」
「な、何でですか?!」
「ほら、敬語になってる。私の方が年上とはいえ、私自身この道場じゃみんなと対等ってしてるから敬語使われるとむず痒いような感じがするんだよね。みんなにもフランクに話してもらってるし」
「そう、なんだ」
「あははは、別に絶対にとは言わないけど頑張ってみて」
「は、はい。…あ、うん、頑張ってみる、よ?」
「何で疑問形なのさ?」
笑うと恥ずかしそうにしたけど私につられて小さく笑みをこぼした。
-side end-
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