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ソードアート・オンライン―【黒き剣士と暗銀の魔刃】

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初節:鉄色の男

 
 五十七層……そう呼ばれる“エリア”のとある村。
 大通りに面しながら日当たりが良いとは言えないベンチ。

 そこでは上半身下半身に髪の毛に得物まで黒づくめの少年が、砂色のフードローブを目深に被った背の低い者と会話していた。


 ……これだけ見ると、何処か別の世界におけるファンタジーのようにも思える。
 が、彼らの上に浮かんでいる緑色のカーソルと、人間にしては造形が甘い部分が多々見られる事、そして何より彼等の後ろにも、まるで纏まりの無いファンタジーの剣士や騎士の様な格好をしたカーソル付きの者達が居ることから……ただの別世界だという事ではないと気付けるだろうか。

 そう、そもこの世界は完全な異世界などではない。
 この世界は “VRMMORPG” と呼ばれるジャンルのゲームの中であり、アレらは今まさにゲーム内部へとフルダイブしているのだ。

 名を “ソードアートオンライン”。
 ……略称SAOと呼ばれるそれは、登場するまでフルダイブゲームの最大の特徴を生かし切れていないソフトが続いた中で登場した事もあり、またあらゆるVRMMOの先駆けとなった事でこれから様々なジャンルの物が発売されるであろう事を簡単に予測させる。
 だからこそ、金字塔を打ち立てうる―――――『筈』だったソフト。


 何故に『筈』なのか?
 ……それはこのゲームが、天才と呼ばれた学者且つゲームデザイナーである、茅場明彦という男が仕組んだ凶事により、ゲーム内での死が現実の死にもつながってしまう、デスゲームと化してしまったからだ。

 その数何と一万人。世界規模で見れば余りに少なく、しかし国規模で見れば余りに大きい被害者数……前代未聞の大事件である。
 勿論、目算が一万人程というだけであり、本当にソフトを購入した一万人全員が囚われたかどうかは定かではないが……しかしそれでも大き過ぎる被害が出ている事に変わりは無い。


 この世界から脱出する術はただ一つ―――百もの層からなる浮遊する巨大城『アインクラッド』、その頂点に辿り着き、最後の魔物を討伐せしめる事だけである。

 ―――その大前提である攻略も、一年以上過ぎた今では順調に続き、先にもいったように現在は六十層の攻略の最中。
 まだプレイヤーが少ないことと、上質なディティ-ルを持つ装備から推測すると、少年の方は攻略を第一に目材しているプレイヤーかもしれない。


「……?」
「―――!」


 そしてメニューを出しながら会話しているのを見るに、どうやらただの世間話では無く取引中の様子。

 少年が軽く頭を下げて“コル”と呼ばれるこのゲーム内での通貨を支払うと、フードの人物はネズミの髭の様なペイントが成された頬を僅かに緩ませ笑う。


「まいどキー坊。何時も悪いナ」
「あ~……いやいや、こっちこそ無理難題を押し付けたからな。これ位は安いもんだ」
「そりゃ無理難題だろうサ。クエストを一通り調べさせられたんだからナ」
「う……ご、御尤もだな、アルゴ」
「御尤もなラ、少しは奮発してくれてもいいんじゃあないかナ?」


 キー坊と呼ばれた少年プレイヤーは軽く頭を掻きながら、恐らくはおやつとして買ってきていたであろうクリーム入りのパンを、一つアルゴと呼ばれた女性らしきプレイヤーに渡す。

 苦しゅうないとばかりに満面の笑みを浮かべて齧りつくアルゴを見て少年も食欲を刺激されたか、何も言わずに無言で口へと持っていった。


「じゃ、また頼むぜ」
「アイヨ。お安いご用サ」


 双方パンを食べ終えてから、キー坊と呼ばれた少年が立ち上がろうとして―――前方から人影が歩み寄ってくる。


「いたいた! アルゴさーん!!」

「ある……ん?」
「むオ?」


 そして彼等の正面からアルゴへ向けての呼び声が掛かった。

 駆けよってきたプレイヤーは少女で、白を基調とし赤い十字やラインがアクセントとして入った装備を着こんでいる。
 髪は大部分そのままのロングヘアだが、少しばかり編み込んで後ろに回して結っており、独特な髪形だと言わざるを得ない。

 顔立ちは見蕩れて程に整っており、ネットゲームで有りながらもとある事情からプレイヤーの素顔そのままのアバターとなっているこの『ソードアート・オンライン』では、女性と美人だという二つの事柄でかなり希少な存在である。


「あ、キリト君。君も頼み事?」
「正確には頼み事を終えたばかりだけどな、アスナ」
「お久しぶりだナ、アーちゃん」


 アスナと呼ばれたプレイヤーはベンチに座る少年……キリトとも顔見知りらしく、中々にフランクな雰囲気を醸し出していた。
 キリトがアスナを見る目は兎も角、彼女がキリトを見る目は少しばかり熱が入ったもので、ただならぬ思いを抱いている事が分かる。

 当然傍に居たアルゴは気付いたのだが、此処はからかわず自身の名を呼んだ理由を聞く事にしたようで、アスナの方へと顔を向けた。


「それでアーちゃん、オイラに用事って何なんダ?」
「調べて欲しい事があるんです。……ううん、人って言った方がいいのかも」
「……! まさか、今前線あたりで噂になってる奴カ?」
「はい、その人です」


 アルゴはピンと来たようだがキリトは疎いのかどうもすぐに脳内の情報と結びつかない様で、彼女らに悟られないようにか顔を少しそらして眉をしかめている。
 そんな彼の努力ならぬ努力空しく……というかそんな怪しげな挙動を見れば何を考えているか悟られるのは当たり前。
 アスナは呆れたように溜息を吐き、アルゴはソレに同調して笑いを含んだ溜息を吐いた。

 癇に障ったか少し眉を引くつかせ、次いでキリトは唇を尖らせる。


「しょうがないだろ、俺はソロなんだし……人と会話する機会が減るなんてこと、別段不思議じゃない」
「単に友達が居ないだけだロ、キー坊」
「友達ぐらいいるっての! クラインとか、エギルとかあいつ等のパーティーメンバーとか!」
「野武士達だけじゃあナァ? で、他ハ?」
「え、えーと……ネズハとか、シヴァタにリーテン……あとは、えっと……」
「殆ど年上じゃない。しかも最初の方の層からの人ばっかり」
「う、うるさいな! ……兎に角、いま大事なのはその人物だろ」


 そうだったそうだったと態とらしく大袈裟なジェスチャーで思い出したと告げてからアルゴは、キリトは知らないらしいその噂の人物について説明し出した。


「七日ぐらい前だったカ。アーちゃん所属のKoBを筆頭に、五十五層の迷宮区で攻略組が立ち往生したんだト」
「俺はその日ダンジョンに居たけど……そんな事があったのか」
「あったのサ。それで立ち往生をくらった理由はモンスターでもトラップでも無く、破壊不能オブジェクトや幅の狭さを利用して道を塞いでいた、一人の男性プレイヤーだったらしいんだヨ」
「道を塞いでいた? 何かレアな宝箱を仲間にでも漁らせてたのか?」


 そのキリトの疑問に答えたのはアルゴではなく、隣に立って黙っていたアスナだった。


「ううん。後から少しKoB団員に調べてもらったけど、宝箱はどれも開けられていない状態で放置されていたそうよ」
「何? じゃあなんでそいつは道なんか塞いで……」
「それが謎なんだよナー。オマケに目的が不明な上、攻略組並みの実力なのニ、今の今まで誰も見たことなかったといウ……」
「な……それマジか?」
「残念ながらナ」


 そこから先もアスナがキリトに説明すべく、少し長いと前置きを入れてから話し出した。
















 時は遡り、言攻略中の層よりニ層前の迷宮区。



「もう一度言います、そこを退いてもらえませんか?」
「……」


 赤い十字の刻まれた白い衣装を見に纏い、現実ではまず見かけない刃のついた実戦用のレイピアを持ち、後ろに彼女と同じく白メインに赤の十字が入った鎧を着こんだアスナが、ギルドK血盟騎士団……略称KoBの団員を後ろへ連れ、何処か苛立ちを含んだ声で目の前に座っている人物へと声をかける。

 しかし彼女の目の前に居る若干太い左腕に包帯を巻き、暗い黒混じりの緑色―――(くろがね)色の髪に暗銀のメッシュを混ぜこんだ短髪の男は、ただ座りこんで俯いたまま何も言おうとしない。


 五十五層迷宮区は人数が限定される通路が多く、攻略のペースは今までと比べて遅めではあったが、高レベルを維持しているからかまず足止めをくらう事は無かった。
 しかしここに来て、この五十五層地点のある細くなった道で、攻略組と呼ばれるトップランナー達は足止めを食らっていた。

 理由は言わずもがな……先に出てきた鉄色と暗銀の男である。

 道が狭い上に、細く長い剣と巨大且つ厚い剣を交差し、破壊不能オブジェクトから外れないよう計算して立て掛けられている所為で、装備と人数の影響もあり通れなくなっているのだ。
 勿論装備や人数は工夫すればよいだけであるが、一番最後の砦である武器二つと男本人はシステムの関係上、如何しても無視できない点である。

 コレが現実ならば飛び越えたり押しのければよい。
 しかしゲームである以上必要以上のルールが存在し、プレイヤーである彼等にそれを破る術は無いのだ。
 よしんばゲームで無くとも、極端に細くなっているうえアーチ状のオブジェクトが邪魔しているので、二人でも通れるかどうか怪しい所。

 だからこそ体に力がこもる程声を上げ、細剣を揺らしながらアスナは彼に話しかけた訳だが……通算三回目となっても彼は口を開くどころか顔を上げすらしない。
 沈黙とシカトに耐えかねたか、それまで声を掛けていたアスナは一歩前に進み出て、彼に顔を近づけ声を張り上げた。


「ちょっと貴方! 通路を塞ぐどころか呼びかけても返事をしないなんて、幾らなんでもこっちを侮辱しすぎじゃあないですか!?」
「……」
「っ……! (また反応しないなんて……!)」


 余りに露骨な無視を受けて頭に血が上ったか、ゲーム特有のオーバーな感情表現によりアスナの瞳孔が狭まり顔が赤くなる。
 元が整っているからか中々に迫力のある表情ではあるが、いかんせん相手は下を向いて脳天を向けているので、全くと言っていい程に通用しない。

 そこに後ろから来た、アスナ達KoBとは別の意匠を持つ装備の男が進み出てきた。
 最初は彼女と同衣装の者達だけだったが、後から他のプレイヤーも来るので(つか)えてしまっているらしい。
 その代表としてきたのであろう男性プレイヤーは、兜を脱ぐなりドラ声を叩きつける。


「おいお前! 俺らはお前ら一般プレイヤーの為にガンバってんだぞ!! 大方仲間がレアもの一人占めしているとかそんな理由だろうが、そんなんで道ふさぐんじゃねぇ! いい加減にしねぇと吹っ飛ばすぞ!!」


 彼の言葉に同調するように、後ろに居た者達の叫び声が段々と大きくなっていく。

 文句を言うものが出るなら兎も角、流石に一つ飛ばしでこう来るなどは予想していなかったか。
 怒りを見せこそしたが何とか平和的に解決しようとしていたアスナは、外にこそ焦りの様相を見せないものの少なからず戸惑った。

 と―――そこで漸く目の前の男が頭を上げ、アスナら攻略組プレイヤーを細めた眼でマジマジと見る。


「う……くぁ……ぉぁ……」


 そして、大きく欠伸をした。

 まさか……?
 と、予想外のリアクションで怒りが静まっていく彼等に向けたモノかは知らないが……男は首を二、三度鳴らして、伸びのつもりか肘を曲げたまま肩甲骨を内側に寄せてから、それを見た彼らの予想通りの言葉を呟いた。


「あぁ……そう、か……もうか」


 何とこの男、モンスターが出没する迷宮区での呑気に睡眠をとっていたのだ。
 しかも“安全地帯”と呼ばれるモンスターが湧出しない場所では無く、モンスターが出現し辛いだけでエンカウントしてしまう可能性は大いにあるこんな細い道で。

 更に言うなら、安全地帯と呼ばれる場所でもモンスターの呻き声に叫び声、足音に時折放たれる金属音等でとても熟睡できる環境だとは言えず、精々小休止に使う程度の場所である。
 よしんば目の前の男が余程の剛胆家だとして、後方からならまだしも前方からはモンスターに襲われ戦闘となる事態は避けられなかった筈。

 ……ならば如何して彼はこんな場所で普通に座っていたのだろうか。


 そんな不可解な事象を理解したプレイヤー達の間に疑心が募り始める。
 ……それと同時、男は立ち上がると、彼等の方を漸くちゃんと見ながら、今度は話しかけているととれる言葉を発した。


「悪かったもう、通っていい。用事は、既に無ぇ……ぬぅ……駄目だな、まだ……まだ……」


 緊張感の欠片も無い声で言われるが、再三声を掛けても反応しなかったクセに今更通っていいなど言われても、攻略組プレイヤー達の腹の虫が収まる筈もない。

 先程彼に怒鳴った男性プレイヤーが無言の怒りを湛え、背中の片手剣を引き抜くと彼に先端を向けた。
 ゲームとは言え本当に相手を殺してしまえる環境なのに、感情任せの行動を取っていい物だろうか?
 不安になりそうな光景だったが、どういう訳か男はそのまま動かず彼を睨みつけたまま。


 ならば何をするつもりなのか……それは男の口から直接語られた。


「デュエルだ! お前が勝ったら何も言わねぇが……俺が勝ったらアイテム吐き出して土下座しろ!!」
「あ~…………あ?」


 デュエル―――それはこの世界での数少ない娯楽の一つであり、同時に代込みでもあるシステムである。

 ソードアート・オンラインとは名の通り剣が主題となっているゲームで、西洋のロングソードが代表的な片手直剣に、刺突剣として有名なレイピアの属する細剣やツヴァイハンダー等の両手剣、東洋でよくつかわれるサーベルが属する曲刀、ナイフなどで此方も御馴染である短剣の他に、片手や両手の槍に斧、鎚に鎌に日本人の馴染の刀まで、メジャーからマイナー様々な近接武器が登場する。
 だがしかし、その反面弓矢魔法は大胆にも排除してある “近接特化型” ゲームである。

 フルダイブ、即ちコントローラで操作するのではなく、己が動いて現実ではまず披露する場の無い技を繰り出せるとなれば、その興奮は筆舌に尽くし難いモノであろう。


 金字塔を打ち立てるであろうと言われていたのも納得できる。
 ……そして、実はもう一つ特徴的なシステムがあり、それもまた近接武器に関した物が『メイン』となっている。

 だからこそ―――基盤であり醍醐味と言える “剣での戦闘” が娯楽となるのは必然であり、デスゲームとなって今でも訓練やもめ事の決着にと使われているのだ。
 デュエルには幾つかのモードが存在し、強攻撃が入るかHP半減により勝敗がきまる初撃決着モード、HP半減により勝敗がきまる半減決着モード、そしてHP全損により勝敗がきまる完全決着モードがある。

 しかしながら、何故男がデュエルを挑んだのか疑問に思う所もあった。

 あげられる理由としては、そのまま放置すれば転移結晶というアイテムで逃げられ雲隠れされる可能性がある為、憂さ晴らしとアイテム補充の二つが取れるデュエルを選んだのだろう、と推測できる。

 しつこいかも知れないがSAOはデスゲームである為、男性プレイヤーも流石に完全決着モードは選ばなかった。
 されど、周りからも賛成の声しか上がらなかったことから、男性プレイヤーは男に“半減決着モード”の選択を促している。
 対する彼も別段反対する気は無かったのかそれとも寝起きで判断が甘くなっているのか、最初こそメニューウィンドウを感情の読めぬ気だるげな顔で見ていたが、やがて普通に押して決闘の申し入れを受託した。


 アスナが止める間もなくカウントが始まってしまい、男性プレイヤーは周りからの歓声を受けながら剣を真正面に構えた。

 ……次の瞬間、当事者はおろか傍から見ていたプレイヤー達、アスナとそのパーティメンバーでさえ、目を見開かざるを得なくなる。


「おい……何だよその構え」


 流石に片手剣とは分が悪いと見える為、ギリギリでレイピアなのか片手剣なのか分からない細長い剣を装備すると思われた―――のだが彼は何処に持っていたか鍔が無く、柄と刀身の境目が分かりずらい一本の鉄塊から削り出した様な《短剣(ダガー)》を持っていた。

 しかも持ったまま構えるで無く、完全にではないが軽く背を向けだらりと手を下げた状態で。

 まだ寝ぼけているか、もしくはなめているとしか取れないその格好に、しかし頭に血が上っている男性プレイヤーは侮辱と取ったか剣を握る手に力がこもる。


 そして……………カウントがゼロになると同時、デュエルが始まる。


「「「オオオォオォォオオッ!!!」」」


 デュエル開始のブザーが鳴り、周囲の盛り上がりは最高潮へと達した。
 その様子を止めるべきかどうかと始まる直前まで悩んでいたアスナも、こうなってはシステム的にも止めようがないと、困惑した表情で見ている。

 ディエルの当事者のうち、挑んだ側である男性プレイヤーは目つきを一層鋭くし、片手直剣を右肩へ担ぐように構える。
 ……途端、剣が黄緑色の輝きに包まれ、派手なサウンドエフェクトが迷宮内に響く。


「行くぜぇッ!」


 コレがソードアート・オンラインが金字塔を打ち立てる筈だったであろうと言われる理由となったもう一つのシステム、『ソードスキル』である。
 通常攻撃とは違い、ソードスキルは通常ではありえぬ速度と威力を持って打ち出す事の出来る攻撃であり、コレが無ければこのゲームはバランス・娯楽等で成立しないとも言える重要な部分だ。

 上から垂直に斬り降ろす『バーチカル』。
 水平に2連続で斬る『ホリゾンタル・アーク』。
 勢いよく突進して突く『レイジスパイク』
 遠距離を攻撃出来て威力もかなり高い『ヴォーパルストライク』など基礎から特化型まで、その数はクエスト報酬なども合わせればまさに無限と言っても過言ではない。

 男性プレイヤーが発動しようとしているのは、先に上げた『レイジスパイク』よりも純粋な射程は短いが、代わりに軌道を苦難無くある程度変えられる『ソニックリープ』と呼ばれる初級突進スキル。
 ソードスキルのプレモーションを見ても尚何も行動を見せない男に、男性プレイヤーは遠慮一切なく石畳を力強く蹴ると、常時ではありえぬ速度を叩き出しながら黄緑色の光芒を引いて詰め寄る。

 勝利を確信した笑みを浮かべ、剣を振り降ろす。


「もらったあぁっ!!」



 自信満々に繰り出された【ソニックリープ】、当然の如く背中へと吸い込まれた緑の刃が―――


「……そうか」


 ―――呟きと僅かな金属音が聞こえたかと思うと盛大に空振った。
 

「え?」


 当人も、周りのギャラリーも、シーンと静まり返る。


「そりゃあアレだ……良かったな」


 件の男は男性プレイヤーから見て右側で何故だか屈んで男性プレイヤーの方を見上げていた。

 余裕の表れか力を抜いて下げていた筈の短剣を使い、峰で肩を軽く叩いており、先程とは違う所作なれどやはりどこかやる気の無さが漂うのは否めない。
 だが今注目すべきはそこでは無く、どうやってソニックリープを躱したかだ。

 これは外野から見ていたアスナがその仕組みを見きっていたらしく、驚愕半分と関心半分で軽く息をもらす。


(今あの人……短剣をソニックリープの軌道に合わせて回って受け流した……!)


 如何やら男は、時計回りに体を回して同時に短剣を片手直剣に当て、受け流しつつ回避したらしい。
 剣は当然当たらないし、追撃があっても彼は右側に居る為次の攻撃が把握しやすい……中々に考えられた回避行動である。

 しかしそれは同時に、相手の攻撃を完全に見切り、体勢が崩れぬよう体重移動を正確に行わなければいけない、見た目以上に難しい芸当。

 あんなふざけた構えからそれを瞬時にやってのけた男に、アスナは驚愕の色を隠す事が出来ない。


「くそっ! はあああっ!」
「……おっとと……」


 隙を作る為か男性プレイヤーは、システムアシスト無しの通常攻撃を連続で叩き込んで行く。
 しかし―――


「だらっ!」


 1撃目……短剣で剣の軌道を上方へとずらされ、軽く腰を落として避けられる。
 
 更に腕を斬られる。


「るぁあっ!」


 2撃目……振り降ろした剣の切っ先を斜め横へ弾きながら、立ち上がり後ろに下がられた。

 更に投げナイフが飛んできて、男の額を穿つ。


「このおおっ!!」


 3撃目……剣に先端を添えられた上、左側に至近距離で周られて剣が届かない。
 オマケに肩をなで切りにされる。

 ステータスの補正値により常人など軽く超えた速度で振われる刃を、目の前の鉄色男は無表情のまま必死になる事すらなく捌いて行く。
 片手剣を振う男性プレイヤーは、決して弱くはない。
 そも攻略組に名を連ねるモノが……常に最上に危機にさらされる者が、弱い筈など無い。


「このッ! このっ!! なんでだ、何で当たらねぇ!?」
「……」


 激して身に覚え込ませた太刀筋はぶれ、されど遠慮が無くなったが為に速度はさらに上がる。
 されど、刃はいっそ笑える―――否()()()程に掠りもしない。

 鉄色の男の表情もまた、取るに足らない物を見ているかのように、一切合財不変のまま。


「この野郎ぉおっ!!」


 男性プレイヤーが軽く飛び退くと同時、剣を後ろに引いて強く握り水色の光が剣を包み込む……瞬間、バネ仕掛けの如く弾かれた様に剣が右から左へと豪速で移動する。
 先程までの通常攻撃とは一線を画する、達人の威力と速度を持った男性プレイヤーの連撃が、未だまともに構えない男へと襲い来る。

 右から左への一撃を、紙一重で仰け反られ当たらない。
 左から右への一撃は、屈みながら上気味に逸らされる。
 一回転し同方向から繰り出される斬撃は、男性プレイヤーの右後ろに踏みだされ空振り。
 最後の一撃は、そもそも届く筈がない。

 水平斬り四連続『ホリゾンタル・スクエア』は……見事に全段かわされる。
 ――――尽く、当たらない。


「―――!」
「く、ああぁぁぁっ!?」


 隙をついて男性プレイヤーは頭部等のダメージ軽減が薄い部位へと連続で斬りつけられ、HPを洒落にならない値で削られる始末。
 一方的な試合展開に、盛り上がっていたギャラリーである攻略組にプレイヤー達の間には、歓声など既になくざわめきと困惑が広がっていた。

 仮にも攻略組であり、剣に振られるでは無く剣を振るう事の出来る存在である、実力と装備共に申し分ない男性プレイヤーの攻撃を難なく捌いているのは、名も知らず姿の見覚えもない一般プレイヤー。
 例えて言うならば、世界的なプロの試合に無名の人物が現れ、有ろう事か手玉に取る様な物……この事態に戸惑うなと言う方が無理なのだ。

 その後も同様の展開しか続かず、通常攻撃の間隙を、ソードスキルの硬直時間をつかれ、男性プレイヤーのHPはもう既に半分を切りかけている。


 焦燥に駆られた男性プレイヤーは賭けに出た。


 一番威力の高いソードスキルを出すべくとしたか大きく後ろに剣を引き、切っ先を男へ向けたまま脚を開いて腰を僅かに落とす。

 血液めいた赤い光を剣が放ち、ジェットエンジンの如き盛大な金属質のサウンドと共に、体が半身になる程勢いを付け、顔が横を向く程に目一杯腕を伸ばして全力の刺突……単発重攻撃スキル『ヴォーパルストライク』を放つ。
 見た目以上のリーチと馬鹿にならない攻撃力を持つ一撃を前に、男は気だるげな表情のまま構えをとらず、敢えて攻撃を待っている。


「……」
(よし、よぉぉっし!! くたばりやがれっ!!)


 見切り損ねたかと歓喜の表情を浮かべてそのまま全力で攻撃を叩き込んだ―――刹那、男の視界が何かに覆われた。


「え……? な、うごっ!?」


 同時に走る頭部への衝撃。
 後ろによろめきながらも何が起こったかと男性プレイヤーは確認しようとして……絶句する。

 なぜなら彼等に上にはハッキリと、



 WINNEA:GATO



 という表示が浮かび上がっていたのだから。


「……終わり、だな」


 つまり先程の頭部への衝撃は、ヴォーパルストライクを避けながら繰り出された、頭への突きに他ならない。
 周りから見れば当たる直前で身を引いて蹴り出したのが見えた為、それは悩む事もない一目瞭然な出来事だった。

 GATO―――恐らくはガト、ガトウ、ガトーのどれかだと思われる名が判明した男は、勝利するなり背を向けたかと思うと、一言も発さず迷宮区の奥へと歩みだそうとして……擦れ違いざまに背後の剣群を抜いた途端、立ち止まり少しだけ顔を俯かせる。


「……ゴックローク……お前らは……」


 どういう意味として取ればいいのか分からない言葉の後、上へ一旦顔を向けてから口を開く。


「…………じゃ、通れ」


 今度は立ち止まること無く歩いて迷宮区の奥へと消えていった。

 暫く攻略組の間に沈黙が走る。
 だが、呆けている時間は無いとばかりにモンスターがPOPしてしまい、少女達は強制的に思考を止めざるを得なくなる。
 そしてそのまま攻略は続けられ……二日後に五十六層へと繋がる道は突破されたが、あの鉄色と暗銀の男は終ぞ現れなかったという。

 しかし、奇々怪々な人物の噂は、人の口に戸は立てられぬと瞬く間に広がり、攻略を邪魔した事と攻略組に勝るとも劣らない実力を持つという事実で、良くも悪くも彼らの間で有名となった。















「―――というのが、有名になった経緯とその人の実力よ」
「脱力状態からソニックリープやホリゾンタル・スクエアを完璧に受け流した……? 防いだんじゃあ無くてか?」
「そもそも短剣じゃあ防げないだろうシ、軽く逸らしたり回避したってのが妥当かもナ」
「ああ……確かにな」


 今まであまり対人戦闘を行った事が無いキリトでも、その人物……GATOの実力が如何ほどの物か理解していた。

 SAOは近接戦闘重視というそのゲーム仕様上大勢で囲んでくるモンスターはほぼおらず、居ても小動物系など相手のしやすい種類に限られ、そしてソードスキルという存在から寧ろ、ドラゴンよりも人型の敵の方が手強いというケースも存在する。
 だからこそ疑似対人戦とでも言うべきものは幾つか行ってきたのだが、AIや自分は勿論の頃、ちらと見かけた別のプレイヤーでさえ、そんな捌き方をしている物など見た事がなかった。

 ノーダメージに近い状態で切り抜けられるプレイヤーならばギルドKoBの団長が居るのだが、彼のスタイルはあくまで『盾と剣』による攻防自在の戦法であり、鉄色と暗銀の男が行った『プレイヤースキルより』のテクニカルな回避では無い。


「話を聞いた限りじゃあ、どうも反応速度が驚異的ってよりも攻撃が来る場所や、スキルの種類を先読みしているようにも感じたけどな」
「見ている方としてはかなり信じがたい光景だったわ……」
「当り前サ。なにせ殆ど寝起きみたいな状態で本気もクソもなかったろうニ、余裕綽々で勝っちまったんだかラ、そりゃビックリしたって仕方ないヨ」


 何よりまず素の状態では再現できぬぐらい、恐ろしく速いソードスキルを本気も出さずに見切る等、並大抵の芸当では無い。
 しかもリーチの差では男性プレイヤーの方に利があったのだ。
 それを感じさせず覆してしてしまう腕前は、攻略組の中にすら存在するかどうかも分からない。

 説明し終えたからと一旦咳払いし、アルゴはアスナへ確認を取った。


「じゃあアーちゃん、今回の依頼はその人物の詳細を調べるって事で良んだナ? ……前々から気になって調べてた人物だシ、ちょと本腰入れさせてもらうヨ」
「はい、お願いします……とはいっても、正確には私じゃ無く団長からの頼みですけどね」
「KoB団長から態々カ?」
「ええ、何でもその人の事が妙に気になるみたいで……」
「大方戦力になりそうだから話がしたいってとこだろう。こと攻略に絞るなら優秀なプレーヤーは何人いたって困らないしな」


 何かを含んだ笑みを浮かべてそう行ったキリトに、他に言う事もないのかアスナは肯定の意を示す為か苦笑いする。
 それじゃあナとアルゴは今回の件含めた幾つかの情報収集の為か、すぐさまこの場から去っていった。

 残された二人の間に沈黙が走り、先にアスナが口を開く。


「それで、キリト君はこれからどうするの?」
「もうちょっと先に進んで迷宮区にでも入っちゃおうかな、とは思ってる。フィールドボスはもうとっくに倒されているし、他の奴等はどんどん先に進んでいるしな……アスナは?」
「私は一回本部に戻って報告かな。気を付けてねキリト君」
「俺よりも先に進んだ奴らの心配をしろよ」


 それだけ言うとキリトもベンチから立ち上がり、遠くにそびえたつ迷宮区へと脚を進めていく。
 少しだけ彼の背を見送ってから、アスナも転移門のある主街区へと戻るべく歩き出す。



 ……この時彼等は、その男・GATOがどれほどの “イレギュラー” なのか、当然ながら知る由もなかった。


 
 
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