水の国の王は転生者
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第二十九話 思わぬ再会
あの後、マクシミリアンは、アニエスを連れて新宮殿に戻った。
道中、アニエスは一言、『王子だなんて』と呟くと、それから後は何も喋らず、マクシミリアンの後を付いて行くだけだった。
尋問する別室に連れて行かれる前に、アニエスは服を脱がされ身を清められ傷も治療された。
「で、どうしてアニエスはヤクザ者と一緒に居たんだ?」
別室では、真新しい服に着替えさせられたアニエスをマクシミリアンが問いただしていた。
「……」
「アニエスどうして何も喋らない」
「……」
マクシミリアンはため息を吐き、控えていた家臣に報告をさせた。
「ヤクザ者たちを締め上げて聞き出した事によりますと、この少女はしばしば、ヤクザ者の溜まり場に顔を出し銃や剣の修行をしていたようです」
「銃や剣の?」
「御意」
「アニエス? 君は一体何をしようとしてたんだ?」
「……」
だが、アニエスは喋らない。
「おい、殿下が聞いておられるのだ、言われた事はちゃんと答えろ」
態度の悪いアニエスに家臣が注意した。
「まあ、彼女もこんな所に連れて来られて混乱してるんだろう」
マクシミリアンはフォローを入れた。
(だが、どうしたものか……)
と頭を捻っているとミランが息せき切って入ってきた。
ミランが遅れたのは憲兵本部や密偵団に顔を出して平謝りしてきて遅れたからだ。
「殿下、このたびは、わが娘の不始末に対し……弁解の使用もありません。しばらく謹慎したく思います……許可を頂けませんでしょうか」
ミランは沈んだ声で謹慎を申し出た。
「こんな大事な時期に馬鹿を言うな。まぁ……一先ず席に着け。で、アニエス、どうするつもりだ、このままでは埒が明かない」
「……」
「ならば……ダングルテールの大火の一件と何か関係あるのか?」
マクシミリアンの問いに、アニエスはようやく重い口を開いた。
「あれは大火じゃ、大火事なんかじゃない!」
「お、ようやく喋ってくれたな。で、いったい何があったんだ」
「虐殺だ! 家族もみんな殺された!」
「……うん」
「それは本当か!?」
ミランが驚きの声を上げた。
アニエスはダングルテールで起こった事を語りだした。
ダングルテールを突如襲った、謎の集団によって全滅した事等々、今まで溜め込んだモノを吐き出すように語った。
「……で、アニエスは故郷を全滅させた奴への復讐の為に剣や銃の鍛錬をしていたって事か」
「……」
アニエスは俯いたまま、コクンと頷いた。
「ミランに、父親にこの事を相談せずに、事を始めたのか?」
「メイジは敵だから」
「アニエス……」
ミランは悲しそうな顔をした。
「アニエス、君は復讐を諦めるつもりはないのか?」
「無いわ」
ハッキリと言った。
「う~ん」
マクシミリアンは椅子に深々と座り直した。
妙に落ち着きを払っていたのは、予めクーペからダングルテールの件で報告書が届いていたからだ。
報告書では王立魔法研究所直属の『実験小隊』と呼ばれる特殊部隊が、新教徒狩りの為にダングルテールで虐殺行為を行った……と書かれていた。
首謀者はリッシュモン伯爵でロマリアからの要請で行われた。この虐殺によってロマリアから多額の献金がリッシュモンに送られ、この金で高等法院の院長の椅子を買い、多数派の派閥の長になった。
(この情報は、リッシュモンの派閥を切り崩す武器になるんだが……)
マクシミリアンは迷った。本心はアニエスの復讐の手助けをしてやりたいが、余りにも相手は巨大だ。下手に藪を突けば蛇が出てトリステインを二つに割るかもしれない。
だからこそ、不貞貴族を取り締まり、リッシュモンら不貞貴族達権力をの少しずつ削って、いずれはトリステインに出血を課さない改革、もしくは少量の出血での改革がしたかった。
「はぁ……今日は、もう遅い。ここまでにしてまた明日にしよう」
窓の外は暗くなっていた。
結局、マクシミリアンは決断は出来なかった。
「アニエスを客室に通してくれ。それと、ミランは残ってくれ。では、解散」
家臣たちは次々と退室して、アニエスも逃げないようにガッチリ警備されて退室した。
部屋を出る途中、一瞬、マクシミリアンと目が合った。
皆、退室し、部屋は二人だけになった。
「監督不行き届きだなミラン」
「……弁明の言葉もありません」
「それにまだ、仲良く出来てないか」
「どうも、嫌われているようでして」
「はぁ……、まぁいい、一つ聞きたいんだが、ミランはアニエスの復讐を手助けするつもりなのか?」
「私は……あの娘のためなら命を厭いません。許可を頂けるのでしたら、助太刀するつもりです」
マクシミリアンは、意外に思った。てっきり復讐に反対かと思ったからだ。
「お前は要職についている、助太刀は許されないよ、やるなら彼女一人でだ。だけど今、リッシュモンを殺したら不貞貴族どもが反乱を起こすんじゃないか、僕はそれを懸念してる。」
そして、『それに、今の彼女では返り討ちされるのがオチだ』と付け加えた。
「……」
「今、リッシュモンを殺るのは危険だ。もっと奴らの権力を削がないと」
「はい」
「そこでだ、しばらくアニエスを新宮殿に住まわせようと思う。これは彼女に勝手な事をさせない為の処置だ」
「……分かりました。アニエスの事、宜しくお願いします」
「ああ」
「アニエスが本懐を遂げましたら、後はあの子の好きなようにさせては頂けませんでしょうか?」
「ん、いいだろう、仕官でも婿探しでも、彼女の望みは叶えよう」
「ありがとうございます。世間一般ではわが子が復讐に燃えているのなら止めてやるのが筋でしょうが、私は背中を押してやる事を決めました、罰を受けるのならば家族一緒に受けます。どの様な結末になってもあの子は私達夫婦の娘ですから」
「君たち親子が、和解する事を祈っているよ」
話も終わり、席を立とうとすると。
「……あの殿下、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
ミランは質問を求めてきた。
「ああいいよ」
「前々から疑問に思っていたのですが、殿下はアニエスの事を知っておられるのですか?」
「ん? ああ……知ってるよ。ちょっと市内を探索していた時に、ね」
「そうでございましたか」
「アニエスは友達さ、だから何とかしてやりたいと思っている。浪花節で政治をするのは危険だがね」
「ナニワブシ?」
「ああ、こっちの話」
☆ ☆ ☆
夜は深まり新宮殿を始めトリスタニアの殆どの者が寝静まっていた。
マクシミリアンの自室では、遊びと勉強に来ていたアンリエッタが、くーくーと寝息を立てていた。
マクシミリアン本人はというと、バルコニーに出て『Marines' Hymn(アメリカ海兵隊賛歌)』を鼻歌で歌い、片手にワイングラスを持ワインを楽しんでいた。昼間に散々飲んだのにまだ飲み足りなかった。
マクシミリアンは、ほろ酔い気分で歌を歌い夜風に涼んでいると、バルコニーの下の方から何かが落ちる音を聞いた。
下の方を覗いてみると、何か黒い影が走って遠ざかっているのが見えた。
マクシミリアンは、『ライト』を唱えたが、四階建ての高さからでは光は地上まで届かない。
次にマクシミリアンは、『目からサーチライト』を発した。
『目からサーチライト』とは『目から破壊光線』の応用で、その名のごとく目からサーチライトを出す事ができて、目にも優しい為、ちょっとした明かりが欲しい時など大変便利だった。
走り去る影にサーチライトを当てると、そこの居たのはアニエスだった。
「あの馬鹿!」
捕まって早々に逃げだしたアニエスに、マクシミリアンは呆れた。
マクシミリアンは杖を出して、走るアニエスに対し『レビテーション』を唱えると、アニエスは走った状態で足をバタバタさせながら浮かんだ。
「離せ! 離せ!」
アニエスはマクシミリアンの居る4階のバルコニーまで運ばれ、『レビテーション』を切ると、お尻から落ちた。
「痛たた」
「アニエス、馬鹿かお前は」
「ナポレ……!」
痛そうにお尻をさするアニエスの前にしゃがみこみ、にらめ付ける様に目線を合わせた。
「せっかく丸く治めようってのに、僕を親父さんの努力を無駄にするつもりか」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、メイジだって……よりよって王子だって黙ってたんだ。嘘を疲れてショックだった」
「それは……ん~、騙すつもりはなかったけど、結果的に騙す事になってしまった。ごめん」
「私は、私は嘘が嫌いなんだ」
「ああ」
「嫌いなんだ」
アニエスはポロポロと涙をこぼした。
「……ごめん」
マクシミリアンは胸を貸してると、アニエスは押し殺すようにマクシミリアンの胸の中で泣いた。
「なあ、アニエス」
「うん」
「聞いたよ、メイジが嫌いなんだって?」
「……うん」
「今までのメイジは、ろくでもない連中ばかりだったけど、最近のメイジは違うだろ? 平民を大事にする者たちも増えてきている、たとえばアニエスの親父さんとかさ……」
「……本当は嫌いじゃない」
「うん?」
「あの人の事、本当は嫌いじゃない」
「そうか、それなら仲直りできるよな?」
「……それは」
「今更、仲直りできないって言うのか?」
「きっと、あの人、私のこと嫌ってると思う」
(何なんだ、この親娘)
マクシミリアンは思わず頭を抱えた。
「ミランはさ、アニエスが復讐に走る事を止めなかった。それどころか、積極的に支援したいってさ」
「……あの人が」
「それに、『どの様な結末になってもあの子は私達夫婦の娘ですから』だってさ良い親じゃないか」
「……」
「もう、この際だからはっきり言うけどさ、いい加減にお前ら仲直りしろ」
キッパリと言った。
「……でも、あの人が」
「さっきから、あの人あの人って、うるせーよ! パパなり、お父さんなり言え」
「……ごめん」
「まったく……オレに謝るなっつーの。後で謝っておくようにな」
「分かったよ」
マクシミリアンは、コホン、と一つ咳をした。
「話は戻るが、アニエスの言う『仇』だがな、僕達はその情報を掴んでいる」
「本当か!!」
「シッ、アンリエッタが起きる」
マクシミリアンは人差し指を口に当てた。
「ご、ごめん」
「アニエスの仇は何人か候補が居る。一人目はロマリア教皇、『ダングルテールの虐殺』はロマリアの新教徒狩りが本来の目的だからな。二人目はトリステインのリッシュモン伯爵、この男がロマリアからの以来を受け『ダングルテールの虐殺』を首謀した男だ。三人目は魔法研究所の実験小隊隊長コルベール。この男が『ダングルテールの虐殺』の実行犯だな」
「……」
アニエスはギリリと歯噛みした。
「アニエスは誰を仇にするつもりだ? トリステインの王子として言わせてもらうがロマリア教皇を仇にするのは止めてほしいね。ロマリア教の腐敗振りはトリステインの貴族以上にひどいが、その権力は健在だ」
「実験小隊隊長コルベールという男。薄っすらだけど覚えがあるわ」
「コルベールの事だがな。虐殺後、小隊を脱走し世間から隠れるように魔法学院の教師をしているそうだ」
「脱走を?」
「そう、脱走。どうも奴さん、作戦内容を知らされてなかったらしい」
「……」
「自分のした事に、良心の呵責を覚えたのかもな。アニエスはどう思う?」
「私はあの日、誰かにおぶさっていた記憶があるわ」
「ひょっとしたら、アニエスをおぶっていた者はコルベールかもな」
「分からないわ」
「で、どうする? コルベールを仇に決めるかい? 実行犯だぞ」
「……最後の一人はどういう奴なの」
「最後のリッシュモン伯爵は、虐殺によってロマリアから多大な献金を受け取って自身の権力増大に役立てたやり手だな。現在、高等法院の院長で多数の貴族達を従えている、トリステイン切っての権力者だな。僕でも早々手出しできない」
「……リッシュモン!」
「今は無理だが、行く行くは仇討ちの機会を作ってやろう。どうするアニエス? どうしても今すぐ仇討ちがしたければ懺悔しているコルベールで手を打っておくか?」
「コルベールは、今でもあの日の事を悔やんでいるんでしょ? 私を試すような事言わないで」
「そうだったな」
「……リッシュモン、その男が」
アニエスは討つべき相手を定めた。
……
「私はこれからどうなるの?」
「しばらくは新宮殿で寝泊りして貰う。希望するなら銃や剣の鍛錬に指導者を就けてもいい、以前にヤクザ者から教わっていても所詮は素人戦法だからな」
「うん、ありがとう……助かる」
「礼なんか言うなよ。勝手なことをしないように僕達の都合で引き入れたんだから」
「ナポレオン……じゃない。ええっと」
「マクシミリアンだ」
「その、マクシミリアン……殿下は、私の仇討ちに対してどう思われて……オラレルノデスカ?」
「そう畏まらなくて良いよ。そうだな友達が復讐に燃えているのは悲しいけど、何とかしてやりたいって思うよ」
「そう……」
「でもさ、アニエスが本懐を遂げたら、後はどうするんだ?」
「え? それは……考えた事もなかった」
「読み書きは出来るのか? 他に何か生活の糧になる特技はあるのか?」
「な、なにも」
「復讐に成功しても後の人生のダメダメなら、意味無いだろう。いい機会だから、貴婦人修行も予定に入れよう」
「い、いらないよそんなの」
「はっきり言うけどさ。アニエスは器量良しだぞ、きっと美人になる、保障するよ。その美人が口を開いた途端、メスゴリラに成るなんて、僕は耐えられないよ」
「メスゴリラが何か分からないけど、多分、馬鹿にされてるんだと思う」
「ははっ、それはさて置き、読み書き、計算、貴婦人修行を全部予定に入れるからな。真っ当な人間に戻ってもらわないとな」
「ええ~っ」
そこには、復讐に人生を捧げた少女の姿は無く。何処にでも居る年頃の少女の姿があった。
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