魔界転生(幕末編)
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第53話 千駄ヶ谷の名医
龍馬と武市に押し付けられた女は共に千駄ヶ谷に向かっていた。
(いったい、千駄ヶ谷に何があるっていうぜよ。それえにこの女、元医者の娘とは言ってはいたが何者なんぜよ)
龍馬は着物の袖に両手をすっぽりと隠し、右手を胸から出して顎をぽりぽりと掻いた。
龍馬が何やら思考するときのくせが生き返った今でも出ていた。
女といえば、龍馬と会話することなくじっと前を見つめ、ただひたすら歩いている。が、何故か凛とした雰囲気をもち、元医者の娘であるという事に龍馬は納得できるものだった。
道々、龍馬は女に話かけてはみたが、やはり何も話さず、何も答えなかった。
龍馬と女が千駄ヶ谷に入ると、勝の使いの者と行った男と合流した。
龍馬がどこに行けばいいのやらと途方にくれていると背後から龍馬かという問いで振り返ってみると、背が小さい年をとった老人がたっていた。
「なぁ、これからどこに行くんぜよ?」
龍馬は先を歩く老人に問いかけてみた。が、老人はにこりと微笑んだだけでその問いに答えることはなかった。
(まったく、この娘といい、この老人といい。なんなんぜよ)
龍馬は頭を掻いた。
しばらく、歩くと一軒の植木屋に到着した。
「しばし、お待ちを」
老人はその一言いうと植木屋の裏口から中へ入って行ってしまった。
(ここに何があるんぜよ?さっぱりわからん)
龍馬は植木屋を見上げ、また顎をぽりぽりと掻いた。
しばやく、待っていると、老人は中から出てきて、龍馬たちに手招きをした。
龍馬は一つため息をつくと、老人の元へと歩き出した。
「ここで、お待ちを」
「え?また、待つんかい?なぁ、こんな植木屋に何があるんぜよ?」
龍馬の問いに老人は答えず、にこりと微笑むだけだった。
(まったく、不気味な爺さんぜよ)
龍馬は再度ため息をついた。
「待たせてすまなかったな。客人とはそなたたちか?」
襖が開くと一人の男が現れた。
「え?松本良順先生ではありませんか?久しいぜよ。わしです、坂本龍馬です」
龍馬は良順に手を差出し、近寄って行った。
松本良順は、旧幕府の御殿医ではあったが、いまでも徳川には使えている医師である。
「馬鹿なことを言うな。坂本くんは、遠の昔に死んだときいている」
手を差し伸べた龍馬から離れるように後ずさった。その眼には疑いと疑惑が混じっていた。
「ちゃちゃっちゃあ、まぁ、信じられないのもうなずけるちゃね。ですが、ほんまもんの坂本龍馬ですけ」
龍馬はにこりと微笑んだ。
龍馬と良順は長崎で一度だけ会ったことがあった。良順は龍馬をみたとき、なんて人懐こい笑顔をする男なのだろうと興味をひかされた。
その笑顔が自分の前に再び現れたのだった。
「本当に坂本くんなのか?」
良順は、まるで夢でも見てるかと思いながら、首を左右に振った。
「医者の先生には、おそらく信じられないかもですが、わしゃ、確かに死んどります。ですが、ある男に蘇えさせられたんぜよ」
龍馬はにこりと微笑んで良順に言った。その笑顔は確かに人懐こいところはあったが、良順は何故か不気味な何かを感じていた。
「もし、それが本当のことならば、一体、だれがそんなことをやってのけたというのかね?死んだ人間が生き返ることなど、医学的に不可能だ」
「先生は、武市半平太を知っちゅうがか?」
「確か君と同じ土佐のものだとは知っているが、たしか武市殿もなくなっていると聞いてはいるが」
良順はまさかと感じ始めていた。
良順にとって、それは信じがたいことだった。もし、それが本当であるならば、神への冒涜であり、そんなことができるのは魔人でしかない。
「その武市半平太も生き返っているぜよ。それとわしが知るとこだと岡田以蔵、そして、高杉晋作。あと2人は蘇らせると、わしは踏んどります」
龍馬は眼を見開いている良順を見つめて言った。
「その二人と君と後2人が蘇るのか?それは確かなのか?そんなことが出来る者は一体誰なんだ?」
良順は信じ固い事実を受け止め、龍馬に疑問を投げつけた。
「これは、わしの見解なんじゃが、おそらくその術。あっ、あえて術とよびますき。その術を使っているのは、武市半平太本人。そして、なぜ、あと二人と断言したのは、武市さの左の指が、全部なくなっていましたきに」
「な、なに?左手の指が全部?」
「はい、おそらくはわしら以外のもう一人は蘇っていると踏んどります」
良順は龍馬の答えに驚愕した。
(指を媒体にして死人を蘇らせる方法など聞いたことない。一体、どんな方法なのだろう?)
医師としての問いが頭をよぎった。
「そして、武市さの背後には、もっとオドオドしい化け物が存在しとるんです」
「それは、誰かね?」
良順は、背中に冷たいものを感じて一つ身震いをした。
「天草四朗時貞という人物ぜよ」
「そんな馬鹿な!!天草四朗だと!!」
良順はあまりにも驚愕し、目が飛び出んばかりに見開いた。
「先生も勝先生と同じ顔をしてるぜよ。天草四朗とはそげな大物なんかの?」
龍馬はその表情をみて首を傾けた。
「坂本君、君だって九州を拠点として活動をしているのだから、名前ぐらい聞いていると思うが」
良順はそんな龍馬の表情をみて、飽きられたようにため息をついた。
「だが、もし、それが本当に天草四朗ならば、そんな妖術を使いこなせることが出来るやもしれん」
良順は、考え事をするように腕を組み顎を摩った。
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