英雄伝説~運命が改変された少年の行く道~(閃Ⅰ篇)
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第186話
2日目の学院祭が賑わっている中、講堂に楽器を運び終えたリィン達はステージから講堂全体を見渡した。
~トールズ士官学院・講堂~
「うん、リハーサルと同じ感覚でできそうだね。せいぜい違いは、大勢の観客がいるって所くらいかな。」
「ううっ……それが一番ハードルが高いんですけど……」
「もう、ここまで来たら潔く諦めなさいっての。」
「女は度胸。」
エリオットの話を聞いて肩を落としているエマにアリサはジト目で指摘し、フィーは静かに呟き
「うんうん、頑張って男どもをノーサツしなきゃ!」
「ミ、ミリアムさん……わたくし達の目的は演奏を聞いてもらう事でしょう?」
無邪気な笑顔を浮かべるミリアムにセレーネは冷や汗をかいて指摘し
「結構広いね。前にやった劇の所より広いんじゃないの?」
「フフ、そうですね。」
「ちょっと緊張して来ましたね……」
エヴリーヌの言葉にプリネは微笑み、ツーヤは苦笑しながら見渡した。
「マキアスとユーシスは今日の調子はどうなんだ?」
「問題ないさ。誰かさんと組まされる以外は。」
「フン、それはこちらの台詞だ。」
「はは……みんな調子良さそうだな。」
「とても昨夜、あんな事があったとは思えぬくらいだ。」
「だなぁ。」
リィン達は昨夜の旧校舎の最奥に見つけた灰色の巨大な人形を思い出した。
「灰色の騎士人形か……かなりの大きさだったな。」
「関節部も作りこまれたしただの像じゃなさそう。テロリストの人形兵器と同じくいかにも動きそうな感じ。」
「フン……確かにな。問題は誰が、何の為にあんな場所に置いたかだが……」
「少なくとも、数百年以上前……暗黒時代に遡るのは間違いないであろうな。」
「……そうですね。現代の導力技術による物では無いと思います。」
「私達の世界――――ディル・リフィーナでもあのような人形は見た事ないですね。」
ラウラの言葉に続くようにエマとプリネはそれぞれ静かな表情で答えた。
「でも、良かったのかなぁ。結局あの後、教官たちに任せきりにしちゃったけど……」
「まあ、仕方ないさ。というか、僕達の処理能力を完全にオーバーしてるだろう。」
「そうね……お祖父様や母様も来る筈だし相談してもいいんだけど……」
エリオットの言葉にマキアスとアリサはそれぞれ頷き
「別にいいじゃん。これ以上めんどくさい事をしなくて済むんだし。」
「エ、エヴリーヌさん……」
エヴリーヌが呟いた言葉を聞いたセレーネは冷や汗をかいて呆れ
(ケビンさん達が来てくれたら何かわかったかもしれませんね。)
(そうね……)
小声で囁いたツーヤの意見にプリネは静かに頷いた。
「ま、何にせよ今日だけは午後のステージに集中しとけ。お前らの家族だってそろそろ来るんじゃねーのか?」
「そ、そうだった……!」
「父さんも………そろそろ来ている筈だしな。」
「ふむ、俺の所もか。」
「私も失礼する。」
「それじゃあ本番前にね!」
「ああ、ご家族によろしくな。」
そしてⅦ組は一端解散し、その場に残ったのはリィンとエマだけになった。
「えっと、リィンさんも妹さん達が来られるんですよね?」
「ああ、エリスとは10時くらいに正門で待ち合わせをして、エリゼは途中から合流する事になってるんだ。ちょっと遅れるらしいからまだ時間はありそうだけど。」
「ふふっ、エリスさん、凄く楽しみにしてましたし、エリゼさんもきっと楽しみにしているでしょうね。お兄さんとしてはエスコートしがいがありますね?」
ユミルでの別れ際を思い出したエマは微笑みながらリィンを見つめた。
「はは、いきなりダメ出しをされそうな気もするけど。委員長は……文芸部に顔を出すのか?」
「はい、部長だけにお任せするのも申し訳ないですし……それとセリーヌと一緒に少し学院祭を回るつもりです。」
「そうか…………………………………」
エマの話を聞いたリィンは目を閉じて黙り込んだ。
「……ふふっ、聞かないんですね。私とセリーヌのこと……そして、昨日あった出来事を。」
「はは……マキアスじゃないけど、俺もさすがに容量オーバーさ。今日一日は、妹達の相手をして学院祭をのんびり楽しんで……そしてみんなでステージに集中するだけさ。」
「リィンさん……」
リィンの話を聞いたエマは静かな表情でリィンを見つめた。
「それに……委員長だって、旧校舎の全てを知っているって訳じゃないんだろう?セリーヌ共々、本気で驚いているフシもあったし。」
「……そこまで気付かれていたんですか。」
そしてリィンに問いかけられたエマは若干驚いた後目を閉じて考え、やがて口を開いた。
「はい、私もあの場所の全てを知っているわけではありません。あの人形についても……”伝承”めいた話をある程度知っているだけです。」
「そうか……学院祭が終わったら少しは期待していいのかな?」
「はい……全てを話せる訳じゃありませんが。ある程度までなら、きっと。」
「それだけ聞ければ十分だ。午後のステージ……気合いを入れてやり切ろうぜ!」
「はいっ……!」
その後エマと別れたリィンは2日目の学院祭を見て回りながら今も最下層で人形を調べているジョルジュに差し入れを持って行った。
~旧校舎・最下層・終点~
「ジョルジュ先輩、クロウも。」
「やあ、リィン。」
「なんだ、お前も来たのか。」
「はは、さすがにちょっと気になっちゃって……これ、差し入れです。」
リィンはジョルジュに差し入れのパイと飲み物を渡した。
「おお、それは嬉しいね。ちょうど甘いもので脳に糖分補給がしたかったんだよ。―――おっと、美味しそうなアップルパイだね。嬉しいねぇ。ありがたく頂こうかな。」
「………………」
ジョルジュがパイを食べている間にリィンは真剣な表情で人形を見つめていた。
「ハハ、よっぽど気になって仕方がねぇみてえだな?ま、無理ねぇとは思うけどよ。」
「ああ……正体はともかく単純に凄いなって思ってさ。先輩―――それで何かわかりましたか?」
「いやぁ、調べれば調べるほど興味深い人形だよ。もちろん、単なる像じゃなくて複雑な稼働機構を備えている。それと……未知の金属素材が使われているみたいだ。」
「未知の金属素材……」
ジョルジュの話を聞いたリィンは目を丸くした。
「鉄でもなく、最近出て来た特殊合金の類でもない……金属と陶器の性質を併せ持つ凄まじく強靭な素材みたいだ。精製方法がわかったら特許で大金持ちになれそうだね。」
「そうですか……その、古代文明の遺物である可能性はあるんですか?」
「七耀暦以前にあったっつー、”古代ゼムリア文明”ってやつか。」
「可能性もありそうだけど……ちょっと違う気がするんだよね。いわゆる”古代遺物”はどうやって造ったのかもわからないブラックボックスらしいんだけど……この人形は、こだわりのある職人や技師が仕上げた形跡があるんだ。装飾や、関節部分なんか特にね。」
「なるほど……」
「ただ、それがいつの時代のどんな職人かはわからないけどね。せめて乗っていた人の手掛かりがわかればいいんだけどなぁ。」
「乗っていた……?」
「オイオイ、このデカブツ、誰かが乗って動かしてたのか?」
ジョルジュの口から出た予想外の話にリィンは驚き、クロウは目を丸くして尋ねた。
「測定したら、どうやら胸部に空洞があるみたいなんだ。それも、ちょうど人間がひとり入れるくらいの空間でね。うーん、何とか開く方法を見つけられるといいんだけど……」
「……………………」
「はー、こんなのに乗って動かしてたかもしれねぇのか。ゼリカのやつが知ったら目を輝かせて喜びそうだな。」
「はは、そうだね。」
クロウの推測を聞いたジョルジュは苦笑しながら頷いた。
「つーか、そろそろ切り上げて学院祭を満喫しろっつーの。何だったら3人でこれからナンパにでも繰り出すかよ?」
「はは、悪いけどこれから妹達を案内するから遠慮する。ジョルジュ先輩、そろそろ失礼します。」
「ああ、楽しんでくるといい。ナンパはともかく僕ももう切り上げるかな。君達のステージも楽しみだしね。」
「はは……頑張ります。」
その後旧校舎から出たリィンはエリスと待ち合わせをしている校門に向かった。
~校門~
「エリス、待たせたな。」
「リィン兄様。」
リィンに声をかけられたエリスはリィンに近づいた後何かに気付いて目を丸くした。
「兄様……どうしたんですか?少しお疲れみたいですけど……何かあったんですか?」
「はは……エリスにはわかるか。ステージの練習に加えて昨日、色々な事があってさ。」
「色々って……」
リィンの話を聞いたエリスはまた自分の知らない所でリィンが危険な目にあったのかと推測し、心配そうな表情で黙り込んだ後やがて口を開いた。
「……あの、兄様。午後のステージもあるでしょうしどうか少しでも休んでください。私は一人でも大丈夫……というより、ご迷惑でなければ兄様の面倒を見させて欲しいです。」
「はは、大げさだって……」
「あ……」
自分を心配するエリスにリィンは優しげな微笑みを浮かべながらエリスの頭を優しく撫でた。
「昨日も十分、睡眠は取ってるし気力も充実している……下手に休むより、エリス達に学院祭を案内してやりたいんだ。ステージの準備があるから昼過ぎまでで悪いけどさ。」
「兄様……」
リィンの話を聞いたエリスは頬を赤らめて嬉しそうな表情をした。
「コホン、わかりました……それではお言葉に甘えさせていただきます。」
そしてエリスがリィンを見つめて言ったその時
「よかった……どうやら間に合ったみたいですね。」
「姉様。」
「エ、エリゼ?殿下達と共に学院祭を見て回るから後で合流するって話だったけど……」
エリゼが2人に近づいてきた。
「フフッ、エクリア様達が代わりにリフィアを見てくれるとの事ですから、予定より早く合流できたんです。」
「そっか……それじゃあ、早速行こうか、エリゼ、エリス。」
「「はい、兄様。」」
リィンの言葉に頷いた双子の姉妹はそれぞれリィンを中心に左右に並んで歩き始めた。
「ふふっ……まずはどこに連れて行ってくださるんですか?」
「そうだな、まずはⅡ組がやってる屋内庭園なんかに―――」
―――こうして、リィンはエリゼとエリスを一通り案内しながら学院祭を見て回った。
「き、君達は……!」
3人が学院祭を見て回っているとお付きの執事を連れたパトリックが声をかけて来た。
「パトリック……それにセレスタンさんも。」
「あ……確かハイアームズ家の。」
「……お久しぶりです。」
「エリス嬢……!やっぱり来ていたのか!シュバルツァー、水臭いじゃないか!僕と君の仲だというのに妹御が来るのを黙っているとは!」
3人に近づいたパトリックは嬉しそうな表情でエリスを見つめた後リィンに視線を向けた。
「悪い―――って、そんな仲だったか?」
(…………なるほど。フフ、エリスも隅におけないわね。)
パトリックに話しかけられたリィンは反射的に答えかけたがパトリックの変貌に気付いて驚き、パトリックの様子を見てある事を察したエリゼは微笑みながらエリスに視線を向けた。
(えっと、もしかしてパトリックさん、エリスさんの事を……)
(間違いなく恋しているのでしょうね♪)
(ふふふ、決して叶わぬ恋ですから、見ていて不憫ですね。)
(……とても彼の事を可哀想だとは思っているようには見えないわよね……?)
同じように見守っていたメサイアの念話の続きにベルフェゴールはからかいの表情で答え、静かな笑みを浮かべて呟いたリザイラの言葉を聞いたアイドスは冷や汗をかいた。
「ご機嫌よう、リィン様。そちらの方達はお噂の妹君達でいらっしゃいますね。」
「初めまして、リフィア皇女殿下専属侍女長のエリゼ・シュバルツァーと申します。」
「ほう……では貴女がかの”聖魔皇女の懐刀”ですか。お若いながら、皇族に仕える貴族の子女としてとても優秀なお嬢様だと聞いております。」
エリゼが名乗ると執事は感心した様子でエリゼを見つめ
「恐縮です。」
「坊ちゃまの話によると確か以前エリゼ様に夕食をご馳走になったとか。―――ありがとうございました。お礼が遅くなり、大変申し訳ございません。」
「いえ、お気になさらず。」
ある事を思い出した執事はエリゼに会釈をした。
「そしてそちらのお嬢様はエリゼ様の容姿ととてもよく似ておられますが、もしかして……」
「はい、エリゼの双子の妹のエリス・シュバルツァーと申します。パトリック様におかれましてはご無沙汰しております。」
「様だなんて他人行儀な呼び方はやめてくれたまえ!丁度いい、これを機に僕と学院祭を回って―――」
そしてエリスに見つめられたパトリックが答えた後エリスに近づこうとしたがリィンがエリスの前に出てパトリックを阻んだ。
「シュバルツァー……何のつもりだ。妹御との交流くらい深めさせてくれてもいいだろう。」
「悪いが妹は、社交界デビューをまだ済ませていない身だからな。余計な虫がつかないようにするのも兄貴としての役割でね。」
「兄様……」
「フフ……」
パトリックと睨みあっているリィンの様子をエリスは驚きの表情で見つめ、エリゼは微笑んでいた。
「ぐっ、だから何で君は妹のことになるとそんなに問答無用な感じになるんだ……」
「フフ、仲睦まじい兄妹の交流。邪魔するのは無粋の極みかと。準備もあることですし、退散した方がよろしいでしょう。」
「―――それともう一つ。パトリック様、エリスには既に将来共になる事を誓い合った殿方がいますので、その方に誤解されるような事をされるのは困ります。」
「エ、エリゼ!?」
「ね、姉様!?」
「おや。」
微笑みながら言ったエリゼの言葉を聞いたリィンとエリスは驚き、執事は目を丸くし
「!!!???な、ななななななななっ!?しょ、将来共になる事を誓い合った殿方ってま、まままま、まさか……!エ、エリス嬢!今の話は本当なのか!?」
パトリックは混乱した後表情を青褪めさせてエリスを見つめて尋ね
「………………はい……………………」
「そ、そんな………………………………」
エリスが嬉しそうな表情で頬を赤らめて頷くとパトリックは悲痛そうな表情をしたまま石化したかのように固まり
「坊ちゃま…………」
パトリックの様子に気付いた執事は憐みの目でパトリックを見つめ
(アハハハハハハッ!確かにエリゼは嘘は言っていないわね♪エリスに横恋慕していたあの子にとっては大ショックでしょうね♪)
(ふふふ、ですが早めに叶わぬ恋である事を知れてよかったのではないですか?)
(アハハ…………ちょっと可哀想な気もしますけど、エリスさんはリィン様を心から愛している上既に身体も重ね合っている仲ですから、パトリックさんの入る隙間はないですものね……)
(まあ、相手が悪かったとしか言いようがないわね。)
ベルフェゴールは腹を抱えて笑い、リザイラは静かな笑みを浮かべ、メサイアとアイドスは苦笑していた。するとその時正午を知らせる鐘の音が聞こえて来た。
「この鐘は……」
「正午の鐘……もうそんな時間なのか。」
「くっ、残念だがそろそろ舞台の準備がある。シュバルツァー、刮目してみているがいい!Ⅰ組とⅦ組、どちらが上か決着をつけようじゃないか!」
「ああ……望むところだ。お互い全力を尽くしてベストを目指そう。」
リィンはパトリックと睨みあった。
「フッ、勝つのはあくまで僕達だがな。――――エリス嬢、どうか僕の勇姿をその目で見届けてくれたまえ!それを見ればきっと君の心も変わるだろう!それと後夜祭ではぜひ僕とダンスを―――」
「坊ちゃま、講堂へ急ぎますよ。―――失礼します。リィン様、エリゼ様、エリス様。」
そして二人は去って行った。
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