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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百七話

「いらっしゃいませー……ってアスナか」

「こんにちは、リズ」

 いつものリズ……たちの自慢の店で。一般的に休日ということもあってか、最近ちょっと忙しかったらしいアスナが、久々に顔を出してきていた。

「どう? 家の方は」

「一応片付いた……のかな」

 店番を店員NPCに任せると、世間話でもしながらアスナを工房の方に案内する。至極普通な家庭であるリズには、まるで分からない世界だったが、とにかく親戚付き合いなど色々あるらしい。

「それじゃあ今日は、久々にストレス解消出来るんじゃない? バーサクヒーラーさん」

「……もう! やめてってば」

 そんなこんなで工房の空いたスペースでコーヒーを出しつつ、かのフロアボス攻略戦で一躍その名を轟かせた、アスナの新たな名を呼んだ。本人からすれば当然嫌なものらしく、即座に否定が入る。……ともに攻略戦に参加したリズとしては、まるで間違っていないと思うわけだが。

 何にせよアルヴヘイム・オンライン――ALOの世界は、相も変わらず慌ただしいものの、特に変わった様子はなく。プレイヤーたちは、勢力図を塗り替えたギルド《シャムロック》の台頭やアインクラッドの新階層にも慣れ、軋轢などもなくなりいつものゲームを過ごしていた。

「今日は何の用なのかな」

「さあ? あの子の考えてることはイマイチ分かんないわ」

 しかしてアスナは、そんな世間話をするために来たわけではなく。今日はユウキのたっての頼みにより、来れるメンバーは全員この《リズベット武具店》に集まることとなっていた。用件は集まってから話す、とのことで聞いてはいないが……彼女にしては真剣な様子で。

「ま、すぐに分かるでしょ。……それより、アスナ」

「なに?」

 彼が作り置きしているコーヒーを口にしながら、リズは真剣な口調でアスナに語りかけた。それに気づいたアスナは――むしろどこか、怯えた様子でいて。

「あんた、さっき家のことは片付いたって言ってたけど……まだ何か、残ってるんじゃないの?」

 ただの勘だけどさ――とリズは言葉を続けながら。先程のアスナの表情からそう感じたものの、その勘は正しかったらしく……その水色の髪から覗く彼女の顔に、少しだが隠しきれない陰が差した。

「ま。プライベートなことだし、言いたくないならいいけど……相談ぐらいなら、乗ってあげられるわよ?」

「……うん。ありがとう、リズ」

 コーヒーカップを机の上に置きながら、しっかりと顔を見て話しかけてくるリズに、アスナは安心したように微笑んだ。それでもあまり好き好んで話したくはないようだったが、訥々とアスナは語り始めていき、思ったよりも重大な出来事にリズは腰を抜かす出来事となった。

「転校するぅ!?」

「うん……まだ決定じゃないんだけど、母がそう言ってて……」

 なんと実の母に、転校の打診を受けたのだという。確かに言われてみれば、アスナの実家はリズでも知っているような優良企業で、そういう話もあるだろうな――とリズは納得する。とはいえアスナがそれを納得出来る筈もなく、憮然とした表情を隠さずにいた。

「……あの人は自分の世間体が気になるのよ」

「こら。悪いけどあの学校にいるなんて、親なら心配するに決まってるでしょうが」

 SAO事件に巻き込まれた児童たちの学習施設――と言えば聞こえはいいが、実際には危険な児童たちをまとめて監視する施設と同じだ。それは他ならぬ生徒であるリズが一番感じていることでもあるし、彼女本人も、それとなく親や友人から心配されたこともある。優良企業の社長夫人だろうが何だろうが、その行動自体は親ならば当たり前のことだろう。

「でも……」

 ……そんな簡単なことが分からないほどに、アスナは人一倍にVR空間やあの浮遊城、向こうで得た友人達への思い入れが強いのだ。そして不幸なことに、あの生還者学校から抜けだす知性と資金と地位を、アスナは望むことなく備えている。

「うーん……ちなみに、キリトにはそのことは言ったわけ?」

 こう見えてアスナは頑固だ。それをよく知っているリズは、困ったように髪を掻く――手を無理やり止めながら、アスナには切っても切り離せない彼のことを聞く。どうせ言ってないでしょうけど、と思いながらも。

「ダ、ダメだよ! キリトくんにこんなこと……言えない!」

「アスナ……?」

 しかしてアスナの口から放たれたのは、想像以上に荒げられた言葉だった。まさかここまで、強く否定されるとは思っていなかったリズは、驚きに目をぱちくりとさせてしまう。

「……ごめん」

「……ほら、コーヒー冷めちゃうわよ。で、どうして言っちゃいけないわけ? 一緒に悩んでくれそうじゃない」

 自分でも急に叫んでしまったことに気づいたらしく、アスナがばつの悪そうに謝罪する。そんな彼女を落ち着かせるようにコーヒーを勧めながら、リズ本人もあおるように飲んでみせると、すぐさまカップの中が空になってしまっていた。

「……キリトくんが好きな私は、強い私だから」

 そんなリズの様子を見て笑いながら、コーヒーを優雅に飲んでみせて――こんな細かい動作でもリズは少し敗北感を感じざるを得ない――アスナは少し落ち着いたように、静かな口調でそう言ってのけた。

「だから……弱い私は、あんまりキリトくんに見せたくないの」

「…………」

 ――そんなこと構わずあんたにベタ惚れなのくらい、キリト見りゃ分かんでしょうが! ……と、叫びそうになった衝動を、すんでのところでリズは抑える。思うさま言ってやってもよかったが、恐らくこの頑固な友人は、今の状態では何を言っても聞く耳持つまい。

「知ったような口を聞くな、って思われるかもしれないけど。あんた、もうちょっと落ち着いて周り見なさい」

 あんたの力にならない奴なんて、周りにはいないんだから――とリズの言葉は続いたものの、アスナにはイマイチ届いていない様子で。それでも話した当初よりはいい顔になっていて、愚痴吐き程度の役にはたったかな、とリズは少し自嘲を込めて微笑むと。

「相談に乗る、なんて偉そうなこと言っといて、こんなんでごめん。でもアスナ、頼ることも大切よ?」

「ううん。ありがとうリズ。……少し、楽になった」

 もっと肩の力を抜いてくれるといいんだけど。という言葉は心の内に秘めておくとして。ようやく笑ってくれたアスナの表情に、リズが少しだけながら満足していると、店の方から騒がしい音が聞こえてきた。どうやら、他のメンバーもおいおい集まってきたようだ。

「さ! みんなも集まってきたみたいだし。アスナ、コーヒー出すの手伝ってくれる?」

 手を叩きながら椅子から立ち上がり、店のストレージに入れてあるコーヒーと、ひとまず人数分のカップを取り出して。お盆の上にそのカップをヒョイヒョイと置いていくと、アスナが置いた側からコーヒーを注いでいく。

「ショウキくんのコーヒー、美味しいもんね」

「腹立つことにねぇ~」

 そうして今度はこちらの番だとばかりに、リズが少し彼についての愚痴を言いながらも。アスナと二人して、コーヒーが入ったカップを持ちながら工房から店の入口へと向かう。

「やっほ……ちょっとあんた」

「……リズ、いたのか」

 店頭にいたのは予想通りのいつものメンバーで、あとはスリーピング・ナイツのメンバーを待つだけ、というタイミングのようだ。随分と大所帯となったメンバーを眺めてみると、リズが最初に目を付けたのは隅っこで挙動不審になった、ショウキにクラインとレインだった。

「ルクス、これお願い……ちょっと、今なんか隠したでしょ」

 そして何やら、長い物をさっとリズから隠したのも見逃すことはなく――近くにいたルクスにコーヒーカップが置かれた盆を渡しながら、ずんずんとその三人の方に歩いていく。

「どうしてそっぽ向いてるわけ?」

「首の体操だ」

「ショ、ショウキくんに同じく……?」

「オレぁしらねぇ!」

 首の体操をしているショウキとレインに対して、クラインは即座に逃走を選択した。そんな賢明な判断に対して、首の体操をしたままの二人が『ズルい!』などと声をかけている隙に、さっとショウキの背後に回り込んだ。そして持っていったものをふんだくった。

「新作……じゃないわよね」

 ショウキから奪った長物は、予想通り新たな日本刀で。どうせこんなことだろうと思っていたが、リズはとりあえず弁解を聞いてあげることにする。

「なにこれ」

「えーっと……わたしが手に入れてきて、今し方ショウキくんにあげた掘り出し物で……」

「刀身が発光してライトセイバーごっこが出来る」

 言いにくそうなレインと観念したショウキの言葉が同時に発せられ、ひとまずリズも自身の《鑑定》スキルでもって、手に持ったその日本刀のことを調べてみると。……確かにショウキの言う通りに、永続的に魔法がかけられたプレイヤーメイドの品で、柄から出すとスプリガンが使うダンジョン用の明かり程度の光が照らされるらしい。切れ味は論外。

「こんなんじゃ、いいとこ誘導灯にしかならないでしょうが!」

「そこがいいというか……なぁ?」

「コレクター魂が騒ぐっていうか……ねぇ?」

 二人のレプラコーンが顔を見合わせて、うんうんと自分たちの主張に頷きあっていた。生産系をメインとしている訳ではないレインが、どうしてレプラコーンなのかというと……コレクターとしては、この鍛冶妖精が一番に都合がいいらしく。

「コレクターどもそこに正座!」


「ごめんお待たせー! ……なんでレインは倒れてるの?」

 それからしばらくして、今回メンバーを集めた張本人である、スリーピング・ナイツのメンバーが――というかユウキが、ドアを蹴破らんかという勢いで現れた。それをシウネーに注意されながらも、ユウキはまず床に倒れ伏したレインの姿を眺めた。

「足……足が……」

「ああ大丈夫よユウキ。気にしないでも」

「そもそもVR空間で足って痺れるんですかね……?」

 リズはそう言いながら微笑むものの、ユウキはやはり気になるようで。シリカの独り言のようなツッコミに、ある程度納得した顔を見せたものの、さらにそのレインの隣にいる人物にも視点が移動していく。

「そ、そう……? ボクとしては、隣の凄くいい姿勢で正座したままのショウキも気になるところなんだけど」

「自己ベスト記録にもまだまだだ」

「あんたは黙ってなさい。……で、みんな集めて何の用なの?」

 スリーピング・ナイツの面々が来たということで、二人は正座をすることを止めて――レインは涙目で椅子に座りこんだが――ユウキたちの話を聞こうとする。まだユウキは好奇と心配が入れ混じった目線を向けていたが、いつまでもそうしている訳にもいかずに……リズに促されたこともあって、メンバーの視線がユウキに集中する。

「……私から話しましょうか?」

「ううん、大丈夫だよシウネー。ありがと。……実はボクたち、フロアボスを倒したいんだ」

 シウネーの心配に笑顔で応えた後、ユウキは深呼吸とともにそう宣言する。フロアボス――実装されてしばらく経った、あの浮遊城のボスたち。

「フロアボスを? 何だよ水臭ぇな、そんなもん今からでもフクロにしてやろうぜ」

「……クラインさん、まだボス部屋見つかってませんよ……」

「ううん、違くて……ボクたちだけで。スリーピング・ナイツだけで倒したいんだ!」

 今からでも倒しにいってやるとやる気満々なクラインだったが、そんなユウキの返答に少なからず動揺と驚愕が混じった。先のユウキも参加した二十二層攻略戦のように、フルレイドが前提のフロアボスに、ただ一パーティーで挑もうというのだから。ああ見えてユウキとて、無神経にそんなことを言う訳もなく、リズは代表して問いかける。

「そんなことを言うんだから、何か理由があるんでしょ? どうしたの?」

「実は……メンバーにそれぞれ用事が出来ちゃって。スリーピング・ナイツとして集まる機会が、その……しばらく無いみたい、で」

 あまり言う気になれない理由らしく、ユウキらしからぬもごもごとした要領を得ない口ぶりが続いていたが、一度言葉を打ち切ると。ハッキリとした口調で彼女はこう言った。

「このギルドはしばらくの間、解散することになると思う。だから……だから」

「黒鉄宮に名前を刻みたい?」

 解散――という突如として語られた衝撃を受けているところに、ショウキの補足にユウキはコクリと頷いた。確かにギルドと言えども、スリーピング・ナイツはの人数一パーティーにも満たず、確かにフロアボスを倒せばあの黒鉄宮にメンバー全員の名前が刻まれるだろう。

「ボクたちだけで戦ってはみたんだけど……やっぱり勝てなくて。だから、誰か一人、パーティーに入って一緒に戦って欲しい」

「頼みってそういうこと……」

 スリーピング・ナイツのメンバーは六人。七人で一つのパーティーとなるこのALOにおいては、もう一人だけなら、スリーピング・ナイツのパーティーに入れることが出来る。

 ……とはいえユウキからのそんな頼みを、大役ということもあって返答することがはばかられ、みんなで少し顔を見合わせた。個々の実力ならばキリト一択であるが――リズはあえて、違う人間の名前を呼んだ。

「……アスナなんてどうかしら」

「えっ……私!?」

 まさか名前が呼ばれるとは思っていなかったらしく、リズに名前を呼ばれたアスナが小さく身を震わせる。隣に座るキリトの顔を無意識にか眺めた彼女に対して、リズはアスナの名を呼んだ理由を答えていく。

「スリーピング・ナイツ……ユウキたちに足りないのはさ、情報とか指揮者とかだと思うの。コンバートしてしばらくは経ったけど、この浮遊城のことならアスナの右に出る者はいないくらいだし」

 あとは魔法のスキルを上げている者が少ないとか、ヒーラーだからシウネーの負担が減らせるとか、いざとなればアスナが剣で倒してくれるとか――様々な理由を言ったものの、ユウキには悪いが、リズがアスナを推薦した真の理由は一つだけだった。

 ――思う存分遊んでスッキリしてきなさい。

「俺もアスナなら大丈夫だと思う。むしろアスナ以外にゃ任せられない」

「そうですよ、ママ!」

「なら……私で、よければ」

 熱心に話したリズに加えてキリトやユイからも援護が飛び、アスナがリズのメッセージを受け取ったかどうかは分からないものの、スリーピング・ナイツのメンバーに向かって力強く頷いた。するとすぐさま、そんなアスナの手をユウキががっしりと握る。

「よければ、なんて! アスナがいれば百人力だよ! ね、みんな!」

「そうそう! 頼りになる女性リーダーって感じで!」

「はい。現リーダーが無理にツッコむから、ヒーラーが足りなくて困ってたんです」

「お、こりゃリーダー交代か?」

 ユウキからの熱烈な歓迎に、他のスリーピング・ナイツの面々も諸手をあげて賛成――どころか熱烈歓迎していて。ついでにギルドのリーダーまで、などという話にまでもつれ込んだところで、現リーダーことユウキが話題に入り込んだ。

「リーダーはボクだってば! じゃあアスナ、みんなで狩り行ってみよ、リーダー命令!」

「あ、ちょっ――」

 そして次の瞬間には、アスナの手を無理やり引っ張っていたユウキが、スリーピング・ナイツのメンバーごとリズベット武具店から消えていた。そんな恐るべき行動力とスピードに苦笑しながら、リズは困惑しながら連れられていった親友の無事を祈りつつ、変なことに巻き込んだことに心中で謝罪する。

「パーティーには入れませんけどー! 何かあったらー! 絶対力貸しますからー!」

 店の外からシリカが叫んでいるのを見て、リズも窓からユウキたちが出て行った方向を眺めてみると。メンバーは既に天空に飛翔しており、こちらに――というかシリカに手を振っている。何とか、まだ聞こえる位置ではあるらしい。

「ったく。嵐みたいな子ね……」

 スリーピング・ナイツのメンバーがいなくなったことで、各々が適当な相手との雑談――内容は大体、スリーピング・ナイツの解散が残念ということだったが――そうして呆れ顔で呟いていると、後ろからキリトが近づいてきていて。ユイを誰かしらに預けてきた彼は、どこか申しわけなさそうな顔をしていた。

「リズ。ありがとな、アスナを推薦してくれて」

「今度何か奢りなさいよ?」

 困ったように『エギルの店のジンジャーエールでいいか?』などと返してくるキリトに、『辛くて飲めないから却下』――などと返しながら。どうやらキリトも彼氏の名は伊達ではないのか、巧妙に隠しているにもかかわらず、アスナの様子が少し変だということには気づいていたらしく。……そうなると気になるわけで、『こっちの彼』はどうかしら――と、リズはチラリとショウキの方を見てみると、何やらレインと二人きりで話し込んでいた。

「……むぅ」

 こんな小さな何でもないことだろうと、少しだけ嫉妬を覚えてしまうことを自覚しながら。とりあえず割り込んで話に入ろうとした瞬間、突如としてレインの姿が忽然と消えていた。

「どうしたの?」

 予定とは違ったがショウキに話しかけたものの、彼本人もまるで分かっていない様子でいて。あまり平時には表情を表に出さない彼だったが、今回ばかりはハッキリと表情に疑問の色が浮かんでいた。

「様子が変だから話しかけてみたら、用事があるからって慌ててログアウトだ」

「ふーん……」

 どうしたか疑問に思わなくもなかったが、誰にだって急な用事の一つや二つはあるだろう。本人がいないところで確かめようもなく、リズはそれ以上気にしないことにして。ひとまず考えていたことのために、ストレージやメニューを開いて状況をチェックする。

「……どうした?」

「ほら、本格的にアインクラッド攻略するようになったら、いちいちここに集まってたら時間が無駄じゃない?」

 気になって覗き込んできたショウキについて、リズ自身が考えていたことを胸を張って説明する。確かにこのイグドラシル・シティは、浮遊城と地上を繋ぐ唯一の町であり、そのかいあって人通りは最も多い。ただし浮遊城に行くにあたっては、いちいち空中の転移門まで飛翔する必要があり、ここを攻略の活動拠点にするには不向きなことも確かだ。

「名付けて出張・リズベット武具店、よ!」

「そのまんまだな」

「……うっさい!」

 出張というか二号店というか販売所というか。とにかく一時的な事業拡大ということで、浮遊城の中にもう一つのリズベット武具店を置く。新たな層の解放やシャムロックのこともあり、ここのところ随分と黒字経営なのも効いている。

「アスナを焚きつけたんだから、あたしもこんくらいはしないとね。じゃ……リーファ、ちょっと付いてきてくれる?」

「わたし? アインクラッドの中じゃ、他のみんながいいんじゃ……」

「ALOのベテランの意見が聞きたいの!」

 躊躇するリーファの背中を無理やり押しながら、リズもまた自身の店の外に足を踏み入れた。暇なのか付いて来そうなメンバーもいたが、そんな大所帯になるのもはばかられるので、それは謹んで遠慮してもらうことにして。

「それじゃショウキ、店番頼むわよー!」

 適当に手を振ってみせている彼に店を任せながら、リズはしょうがないなぁ、という表情をしたリーファとともに空中に躍り出る。目指すは浮遊城に入るための空中に浮遊する転移門であり、そこそこの速さのスピードで二人の妖精は飛翔していく。

「それにしても解散かぁ……せっかく仲良くなれたのに」

「まあまあ。誰だって事情はあるわよ」

「それは分かるけど……」

 やはり突如として告げられた解散に納得がいかないのか、飛翔しながらリーファは不満げな表情を見せる。リズにもそんな残念な気持ちはもちろんあるが、かといって解散するな、などと言えるわけもなく。

「笑って見送って、またおいで、って言ってやりましょ。その為にも、フロアボスに勝たせてやらないと」

「そうなると……やっぱりシャムロックがなぁ……」

 もはや名実ともに最大勢力となった、あのセブンが率いるギルド《シャムロック》。メンバーを集めるのに手っ取り早いからか、彼らはフロアボス攻略を熱心に進めていた。いつだか自分がショウキに言ったことのある台詞だが、やはりセブンという一人の偶像が攻略する、という図式が受けるのか――

「……ん?」

 ――というところまで考えたところで、リズはある事実に気づくことになった。先の二十二層攻略戦の自分たちとのように、他のギルドや領と攻略することもあったが――今までのフロアボスは、全てセブンが率いて倒している。

 最大勢力となるほどのメンバーを集めて、黒鉄宮に毎度のように名を刻み、そして彼女は。アイドルのセブンとしてではなく、VR研究者である七色・アルシャービンは何を考えているのだろうか……?

「リズさん?」

「……ううん、ちょっと考え事。シャムロック以外にも、各領も今はアインクラッドに来てるしねぇ」

 特に攻略に熱心なサラマンダー領、シルフ領、ケットシー領といったところか。擁するプレイヤー最大数の名はシャムロックに譲ったものの、幹部ともなればどのプレイヤーたちも旧ALOからの生え抜きだ。しかしてシルフ領の話題になった時、少しだけリーファの顔に影が差した。

「その……レコンから聞いた、あんまり言わないで欲しいことなんだけど」

 少し迷ったようではあるものの、リーファは言いにくそうに、シルフ領に属する友人ことレコンの話題を出して。多分レコンも話す時に『リーファちゃんだから話すけど』――などと前置きしただろうけれど、リズも気になることは気になるので、特にそのことには触れないようにして。

「最近、シルフ領であるPK集団が流行ってるの」

「そりゃまた……命知らずね」

 リズがそんなすっとんきょうな反応を返した理由は、個人的にも彼女と進行があるシルフ領の領主、サクヤの存在によることが大きい。彼女なら領内でPKがあれば、即刻討伐隊などを編成しそうなものだが。

「うん。サクヤも領騎士から討伐隊編成したんだけど……返り討ちにあったって」

「返り討ち!?」

 シルフ領に属する騎士と言えば、かの旧ALOにおいて世界樹攻略戦の際に、大きな力となってくれたメンバーだ。リズ自身は諸事情により、攻略戦の最中で抜けたものの――思い出したくもない――その強さは目の当たりにしていた。まさかPK集団などにやられる連中ではないと。

「何でも対人戦に凄い慣れてる様子で……しかも、魔法を無効化する、とか何とか」

 ここらへんはレコンも調べてるみたいだったけど――と、リーファの言葉は終わり。リズは素早く魔法無効化スキルなど持っていた武器を脳内検索するが、そんなスキル自体を初めて聞いたのとともに、魔法戦に慣れた旧ALOプレイヤーにはキツい縛りだと納得する。

「広まるのも時間の問題ね、そりゃ」

 確かに、出来ることなら隠したいスキャンダルではあったが、まさかシルフ領の精鋭が遅れを取った――などという大ニュースが隠せる訳もなく。リーファも当然それは分かっていて、友人もいるシルフ領に苦笑ていると……

「――――」

 ――フィールドの空気が変わる。気配や空気などと言うとショウキが得意とする世界だが、リズにリーファとてベテランのVRプレイヤーだ。周囲を纏う雰囲気やこちらに向けられる気配など、スキルを使わずとも何となくは察知出来る。

「……リーファが変な話するからよ」

「じゃあレコンのせいね……!」

 お互いに軽口を叩きながら背中合わせで止まり、二人は自身の得物たるメイスと長剣をストレージから手に加える。今し方までいたイグドラシル・シティと、目的地たるアインクラッドの間の最短空路に、モンスターが現れる箇所は存在しない。

 ともすれば、話題となっていたプレイヤーキラー。敵は自分たちと同じ妖精であることに間違いはなく、一気に転移門まで飛翔してもよかったが、転移中は無防備という厄介な特色までSAOから引き継いでおり。転移する瞬間に大魔法を放たれては、目も当てられない事態になるのは火を見るより明らかだ。

「…………」

 敵の姿は見えない。ただし敵は確実にいる。その矛盾した事態に対し、レコンのような《透明化》の魔法でも使っているのか――とは推測出来るものの、斥候役をそれぞれショウキとレコンに丸投げしてきたリズとリーファには、相手が接近してくる以外にその魔法を見抜く術はない。

「……帰ったら謝っとくわ」

「……わたしも、今度会ったら」

 こんなことなら覚えておけばよかった――と、恐らくは果たされることのない約束を呟きながら、二人が反省しだした頃合いに。鎖が鳴るような金属音とともに、遂に気配が動きだすと、反射的にリズはその方向にメイスを叩きつけた。

「……は!?」

 ――するとリズのメイスに鎖鎌が巻き付いていき、しっかりと結びついてメイスを使用不能とする。近づいてきた金属音は比喩ではなく、少し離れた場所にフード姿の妖精が、鎖鎌の持ち手を持っていた。

「くっ……この!」

「リズさ……ッ!」

 結び目はキツくて簡単にはほどけず、リズとフード姿の男のメイスの引っ張り合いになるが、筋力値が拮抗しているのか動かない。ならばとリーファが鎖を切ろうとしたその時、何もなかった空間からゆらりともう一人の妖精が現れる。

「せやっ!」

 フード姿――PK集団の一員だと瞬時に判断したリーファは、現れた顔を見せない妖精へと長剣を振るう。頭の先から真っ二つにするような、高速の唐竹割りにフード妖精の動きは止まり、右腕で剣を受け止めるかのような動作を取る。

「えっ……?」

 何も持っていない腕を盾にしようが、リーファの剣は腕ごと全てを切り裂く。構わず面を取りに行くリーファだったが、長剣を通して感じた感触は鋼鉄。全身を隠すフードの為に気づけなかったが、フード妖精の右腕には鋼鉄のトンファーが握られており、もう片腕はキツく握り締められ

「っ――!」

「リーファ!」

 上段を振り下ろして無防備となったリーファの腹に、トンファーを持ったフード妖精のパンチが炸裂し、たまらずリーファは吹き飛ばされる。そして今度はお前の番だとばかりに、鎖鎌で動きを封じられたリズに対して、トンファー持ちが素早く迫る。

「こんの……」

 鎖鎌に繋がれた武器を捨てるか、それともトンファー持ちになすすべもなくやられるか――そんな嫌らしい二択をちらつかせながら、フードで隠しきれない嫌らしい笑みを見せる敵に、リズは自然と悪態をついてしまう。

「リズさん!」

 ただし悪態をつくだけではなく。殴打で吹き飛んだリーファが放ったカマイタチが、鎖鎌の鎖を中ほどから断ち切ったことにより、リズとメイスは完全に自由となり。

「……ナメんじゃないわよ!」

 力の限り振りかぶったメイスが、無防備に接近していたトンファー持ちへ、不意打ち気味に叩きつけられた。それでもトンファーでガードしてはみせたが、リーファの剣とはまた違う特性の打撃攻撃に、たまらずトンファーは砕かれコントロールを失い落下していく。

「さっきの分っ!」

 ただしそのフード妖精には、そのまま落下することすら許されず。たまらず意識を朦朧とさせながら落下していくところを、コントロールを取り戻したリーファによる、彼女得意の高速飛翔からの一太刀が叩き込まれる。吹き飛ばされた位置から勢いをつけたこともあり、その一撃はあっさりとトンファー持ちをポリゴン片と化した。

「どんなもん、よ……?」

 メイスをクルクルと回して鎖鎌持ちの妖精に向けるリズだったが、力を失ってガクリと膝をつく――大地はなく、途端に動きが鈍っていく。軽度ではあるが、この症状には覚えしかなく。

「麻痺毒……いつのまに……!?」

「そこっ!」

 プレイヤーの動きを極端に鈍らせる麻痺毒。気づかぬ間に軽度ではあるがリズは状態異常とされ、周囲を見渡したリーファは素早く空中を切り裂くと、光によって隠蔽されたクナイが真っ二つとなった。

「次は……!」

「あら。そっちの剣士はなかなかやるのね」

 リーファが今度はどこから来るか警戒していると。鎖鎌を持ったフード妖精の隣に、先程リーファが断ち切ったクナイと同じものをペンのようにクルクルと手で回す、同じくフードを目深に被った妖精の姿があった。ハスキーな高音が響くその声は、明らかに女性プレイヤーのもので。

「女の子ならお友達になりたいとこだけど……まあ無理よね……」

「そ、そうだリズさん! ヒール!」

 軽度な麻痺を直すヒールならリーファにも使える。長剣を二人のフード妖精に構えて威嚇しながら、リーファは出来うる限り早口で呪文を唱えていき、それをフード妖精は邪魔することなく眺めていた。ただしニヤニヤとした笑みが、やはりフードの奥で隠しきれずにいて。

「スー・フィッラ・ヘイ――!?」

 ヒールの呪文が完成する直後。リーファの周囲に浮かんでいた呪文の文字が、瞬間的に粉々に砕け散っていた。そんな見たこともない状況に、リーファは素早く先程のリズとの話を思い出す。

 魔法無効化――

「あなたはシルフの人たちより手強いかしら?」

 ――シルフ領で活動していたPK集団。ペン回しをしていたクナイを射出し、リーファは思うように動けないリズを守るように立ちはだかりながら、こちらに銃弾のように向かってくるクナイを切り裂いた。

「それそれそれっ!」

 ただしその隙に女性のフード妖精の接近を許し、フードに隠していた忍刀がリーファへと迫る。軽い女性プレイヤーの声とは対照的に、死角から死角へと鋭い連撃が放たれる。リズを守ることにより動けないリーファは、得意の高速戦による剣術を活かせず、魔法を使うことも出来ずに防戦一方となる。

「このままじゃ……っ!」

 ついに口から苦悶の声が出たリーファに追撃が放たれ、忍刀が首筋に迫り来る――より早く、フード妖精の前にいたシルフの妖精は、瞬時にレプラコーンとなっていた。

 そこには、青い鱗に覆われた小竜が飛んでいて。

「スイッチ!」

 長剣を弾かれて怯んだリーファを押しのけて、麻痺毒に冒されていた筈のリズが前に出る。完璧なタイミング――と思いながら振るわれたメイスだったが、女性のフード妖精には避けられてしまう。ただしそのまま離れていき、全員の近接武器の射程圏から離脱する。

「スイッチ? ……フフ、今のが、っと!」

「ええい!」

「ルクス!」

 スイッチについて鼻で笑っていた女性のフード妖精に、突如として現れたルクスがその二刀を振るうものの、あっさりと空中で回転してみせながら避けられる。とはいえルクスも無理に追撃することはなく、リズにリーファがいる場所へ合流した。

「リズさんリーファさん、大丈夫ですか!?」

「確かに大丈夫じゃなかったけど……あんたたち、どうしていんのよ」

 さらに猫妖精――もといシリカも合流し、先に戦っていた二人を庇うようにしながら、油断なく武器を構えた。先程の麻痺毒を回復することが出来たのは、先んじて飛翔してきたピナのヒールブレスだったため、助けられたことは確かだったが。彼女たちはイグドラシル・シティの、リズベット武具店にいたはずなのに。

「ショウキさんに、何か嫌な予感するから頼むって言われまして!」

「来てみたら襲われていてね」

「……超能力者かっての、あいつ」

「……リズさん、顔がニヤケてますよ?」

 ピナにヒールブレスのお礼と、リーファにうっさいと文句を言いながら――リズは周囲を探索する。元々が隠れていた敵たちだ、こちらの人数が増えたことで姿を現すやも……と思ったが、そんな様子は特になく。

「どうしますリーダー殿ぉ」

「そうね……数も不利だし、一旦逃げましょうか」

 ずっと見物を決め込んでいた鎖鎌のフード妖精と、リーダーと呼ばれた女性が白々しく会話をした後、さっさとイグドラシル・シティへと落ちていく。

「待っ――」

「止めときなさいルクス。あいつら全員、高レベルの《隠蔽》持ち。あたしたちじゃ見つけられないわ」

 もしも仲間がいたら最悪返り討ちよ――と付け加えて、追撃しようとするルクスを引き止めながら。ルクスが追撃を諦めるのを横目で確認しながら、リズは手元に残った金属片を調べていた。

「何ですか、それ?」

「敵のリーダーが使ってたクナイ……を、リーファが真っ二つにした残骸よ」

 まるで芸術のように綺麗に真ん中から真っ二つにされており、ポリゴン片となって消滅していないのが奇跡のようだ。一応は《鑑定》スキルでもって調べてはみるものの、あまり有力な情報を得ることは出来なかった。塗られた麻痺毒と太陽光に消えるための塗装、さらに極端な軽量化――と、触りのステータス程度だ。

「わざわざクナイなんて作る趣味の悪い奴が、あいつ以外にいたとはねぇ。……ごめんリーファ、足手まといになっちゃって」

「ううん。リズさんがいなくちゃ私も危なかったし……凄く連中、人とやりなれてる感じだった」

 リーファの言うことには、リズとしても全面的に同意だった。新生してPvP要素が減ったこのALOにおいて、あれだけの練度を持ったPK集団は珍しい。しかもフード姿で身バレも防ぐ徹底ぶりで、スイッチについても詳しいと見えるリーダーの言動。

「……それより、シリカにルクス。ありがとね、危なかったわ」

「お礼ならショウキさんに、ね。……ところでそのクナイ、ちょっと見せてくれないか?」

 ピンチを脱したというのに緊張感のある面もちのまま、ルクスの視界はリズの手の中にあるクナイの残骸を見据えていた。そんなルクスの様子を不信げに思いながらも、リズは消滅寸前だからもうすぐ消えるわ、という注釈つきでルクスに渡す。

「…………」

「……ルクス、何か知ってるの?」

 目を細めてクナイの残骸を見るルクスに、先程まで戦っていたからか気になるリーファが問いかける。

「……ううん。気のせいだった、みたいだ」

 ――薄くみんなに笑いかけるルクスの手の中で、クナイの残骸は今度こそポリゴン片となり消滅していった。
 
 

 
後書き
シナリオ進行中、気分は同時攻略。ロストソングやガールズ・オプスなどの外伝作品を知らない方でも楽しめるように書いていくつもりですが、分かりにくいようでしたら一言、ええ。
 
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