魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~風雪の忍と光の戦士~
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第三話 手合せ ―ファーストバトル―
「ありがとう、おにーちゃん! 楽しかった! また遊んでね!」
「おう! またな!」
「おねぇちゃんも!」
「……う、うん」
ブレイブデュエルの対戦を終え、手を振って去っていく小学生の男の子二人を、シミュレーターの前でやはり手を振って見送った疾風。そして……
「……おい、相手は小学生だぞ……」
「だ、だって……」
疾風の背中に隠れて、こっそりと小さく手を振っていた紗那。子供相手とはいえ、やはり人見知りは発動してしまうものらしい。
「戦闘中はそんな感じじゃないのに」
「そ、それは……プレイに集中してるか、ら……でも、やっぱり……」
「緊張するものは緊張する、ってか……」
コクッ、と頷く紗那。確かに疾風の言うように初めて会うプレイヤーともゲーム中必要なことは話すし、返答に時間がかかったりもしない。……口数の少なさは普段に輪をかけてすごいが……まさかそれも人見知りなせいでコミュニケーションを最小限にしようとしているためなのだろうか。とはいえ、それも性格的なものなのですぐに変えるのは難しい。ま、仕方ないだろうと疾風は息を吐き、休憩しようと紗那をフロアの一角に誘った。
「それにしても、便利な場所だよなーここ。コミュエリア、だっけか。ヘタなコンビニよりよっぽど品揃えもいいし、新しいのも結構あるし」
「……う、ん。やっぱりブレイブデュエルは人気コンテンツ、だし……その分待ち時間も長くなるから、ね。居心地のいい場所だから居やすい、よ。他のデュエリストのゲームも見られるから面白い、し……」
そうだなー、と疾風は紗那の言葉に頷き、ブラックコーヒーの缶を傾ける。疾風と紗那がブレイブデュエルのプレイヤー(デュエリストと呼ばれる)になってから一週間ほど。何度かの対戦を経て実戦経験を積み、デバイスとの連携にもすぐに慣れた彼らは順調に連勝していた。……が、ブレイブデュエルにはステージやルールにいくつものバリエーションが存在する。さらにデュエリストとそれらの組み合わせによって戦況や戦術も多様に変化するので、飽きることなく楽しいプレイを続けていた。
彼らが今いるのはステーションアズールの最上階、ブレイブデュエルフロアの一角にある“コミュエリア”と呼ばれる場所。軽食やドリンクの自販機が並ぶ、簡単に言ってしまえば休憩フロアだ。ブレイブデュエルはその人気とゲーム内容の特性上どうしても待ち時間が長くなってしまうため、その間時間を潰す場所として存在する場所である。
「そういや噂で聞いたんだけど、このブレイブデュエルが生み出された地……海鳴の施設ともなると、さらにコミュエリアも豪勢らしいな」
「う、ん。そうみたいだ、ね。ある場所だと、中でもカレーが絶品だと、か……」
「カ、カレー? ゲーセンで?」
「ううん、ゲームセンターじゃないみた、い。大きなショッピングモールみたいな場所の最上階に、ブレイブデュエルフロアがあるらしいん、だ。そこにはフードコートみたいに大きなコミュエリアがあるんだ、って……」
「へ、へー……さすが本場。スケールがでけぇな……」
さて。そんな風に雑談しながらシミュレーターの順番待ちをしていたのだが、ふと疾風はあることに思い当たった。
「……ん? そういや俺らって、組んだことはあってもガッツリ1対1で対戦したことってなくね?」
「……そういえば確か、に。ずっとリンク達と、スキルを試したりしてたか、ら……」
そう。ブレイブデュエルを始めてから現在に至るまで、プレイはもっぱら二人共同。相談しながらデッキを組んだり、実際に試してみたり、タッグデュエルをしたり……と、一緒に遊ぶことはあれど、真剣勝負をしたことというのはこれまで一度もなかったのだ。だからこそ、疾風はこう提案した。
「なぁ、やってみねぇか? お互いのことを知ってるからこそ、面白いって要素もあるだろうしさ」
「……お、お互いのことを知ってる、って……」
疾風の言い回しに赤面し、俯いた紗那。それを何かためらう理由があるのかと勘違いした疾風は少し考え、何かを思いついてニヤニヤしながら意地悪く言った。
「んじゃ、この勝負に負けた方が勝った方にコミュエリアで飲み物一個奢るってのはどうだ? まぁ? 格闘戦も射撃戦もできる俺とリラに死角はねぇけどなー」
あえて挑戦的な口調で煽ってみた疾風。とはいえ、いつも冷静な紗那のことだ。乗ってきたりはしないだろうと、冗談のつもりで言ったのだが……
「……いいよ」
「……お?」
思っていたよりも低い声で返事が返ってきて、疾風は目を瞬かせた。紗那が俯かせていた顔を上げると隠れていた目元が少し露わになり、鋭い眼光で射抜かれた気がして体を震わせた。
「私だって……負けないもん」
(あれ、こいつ意外と……)
「……行こ」
「は、はい」
と、なんとなく疾風が何かを感づいたのだが紗那は有無を言わせず立ち上がってシミュレーターへと向かい、疾風は慌ててその後を追いかけた。
【……マスター、どうかされましたか? 心なしか顔色が悪いように見受けられますが……】
「……リラ。俺……地雷踏んだかも」
【???】
若干顔が青くなっている様子の疾風に首を傾げつつ(傾げる首がないとツッコんではいけない)、とにかく戦闘態勢に入るリラ。今回の対戦フィールドは市街地。無数の高層ビルが立ち並ぶ、見晴らしの悪いステージだ。事実二人ともフィールドへのダイブは完了しているものの、まだ紗那の姿を見つけることができていない。
【……マスター、とにかく一度どこかのビルの屋上に降りて周囲を探索しましょう。このまま空中に留まっていてはいい的です】
「……あぁ、そうだな。んじゃ一番高いあそこにしよう、少なくとも上のビルから襲われることは防げるし」
ようやく疾風も気を取り直し、ステージの中央付近にある一番高いビルに降り立った。リラを構えつつ周囲を見回して、発見次第撃とうと紗那を探し始める。
「……とはいえ、有利不利は俺も紗那も似たようなもんだよな……こうビルが並んでちゃ視界が悪くて遠距離攻撃のターゲットは見つけにくいし……近距離戦でも接近するまでに迂回が必要そうだし」
【そうですね……とはいえ、射撃戦をする場合はこちらの方が不利でしょうか。ビルを遮蔽物にして奇襲されると厄介ですから】
「ま、そうなったら俺も接近戦に切り替えりゃいいだけだしな」
そう言いつつ、全方位をチェックし終えた疾風。が、紗那を発見することができない。さてどうするか……と、思案しつつ目を前後左右に配る。
「さってと……ん?」
ふと、疾風は自分の足元を見た。直上の太陽から降り注ぐ光で、影が伸びている。疾風の左前方に向かって、少し伸びて……
(……待て。太陽は真上なのになんで影が足元だけじゃなくて前に伸びて……!?)
「……!? やべっ!」
それに気づいた瞬間、疾風は即座に屋上の柵を蹴って思い切り前に飛んだ。直後、先ほどまで疾風がいた場所を光の風が走り抜け、ビルを垂直に貫いていった。
【マスター! 一体……!?】
「やられた! あいつ、俺たちが下に注意を向けてる間に上空に飛んで待ち伏せしてやがったんだ! ビルの屋上に俺たちが陣取るのを読んで……!」
【ということはあれは、紗那さんの突進攻撃……!?】
「たぶんな! 一瞬紗那の姿が見えた気がするし!」
言い合いながら、疾風は乱立するビル街を盾にするようにジグザグに飛行して紗那を撒こうとする。幸いその作戦は成功したようで、背後から彼女が追ってくる様子はなかった。ビルを背にして、一旦一息つく。
「……さて、どうしたもんかな」
【ファーストアタックを避けることはできました。あの攻撃の規模を見るに魔力消費も相応でしょうし、その点で言うならば一応こちらが有利ですが……】
「とはいえ状況は変わんねぇか。先に見つけた方が優位に立……」
【マスター、直上警戒!】
「は!?」
驚きつつも上を見ると、紗那が刀をこちらに向けて振り下ろしているところだった。疾風はすぐさまビルを蹴って回避し、銃口を向ける。が、紗那も急に方向転換をしてさらに疾風に向かってきた。
「なんだよ、やってくれたなオイ! あれは突進じゃなくて砲撃だったって訳かよ……!」
「…………」
言ってはみたものの特に答えてこないが、まぁ戦闘中の彼女ならばいつものことだ。気にせず疾風は両手の銃で魔力弾を回避される可能性のある、あらゆる方向に乱射する。とりあえず弾幕を張ろうとした疾風の考えは成功し、その内の一発が彼女の体に命中した。……が。
その瞬間、紗那の体が掻き消えた。
「……!? 分身!?」
【!! マスター、直下です!】
「クソ、囮かよ!!」
さっきのはやっぱ本物か、と疾風は舌打ちして振り向きざまにリラを縦に連結させる。すると二対のリラが合体し、一振りの両手剣へと変化した。ロングソードモードと呼ばれるリラの近接特化形態で、格闘戦における性能が上昇している。
「おぉ……らあ! “フォトンストライク”!」
疾風は一枚のスキルカードを使用し、その1メートル近い刀身を横に薙ぐように振るって紗那の突き攻撃、“ヴォーパルフラッシュ”を無理やり受け止めた。
「……へへっ、やるじゃんかよ紗那! 分身と本体で上下に挟み撃ちとはな!」
そう、紗那の策はこうだった。疾風の直上まで移動してまず分身を作り、第一撃の突進攻撃、“フォースチャージ”で突っ込む。当たればそれはそれ、外した場合はそのまま地表まで行き、目立たないよう這うように移動しながら疾風を追跡する……その時に、分身も“同期して”移動させていたのだ。そして疾風の真下まで移動し終えた後に分身を彼にぶつけて注意をそちらに向け、自身が攻撃して仕留める。そういう作戦だったのだが……
「……疾風、だって……やっぱり一筋縄じゃいかないね」
「見破れた訳じゃない。最初の賭けはお前の勝ちさ」
完全に策に嵌められたよ、と苦笑して目を閉じた疾風。……が、次の瞬間疾風は目を見開き、獰猛に笑った。
「だが……だからってこのまま負けるつもりはねぇ!」
そのまま疾風はフォトンストライクの魔力を強めて爆発させ、その勢いで紗那から距離を取ってそのままビル群の中央付近まで飛ぶ。紗那も一旦ビルに手をついて勢いをつけ、弾かれたように疾風を追って飛び出した。
その様子を見た疾風はニヤリと笑ってその場に滞空しつつリラをガンブレードモードに戻し、トリガー部分でくるくると回して斬り払うように両手を広げて構えた。
疾風に追いついた紗那は彼から距離を取って滞空し、疾風の二刀に手数で対抗するために刀をツインダガーモードと呼ばれる二振りの短刀に変化させ、油断なく構えて彼の出方を見る。……が、その時妙な既視感を覚えて紗那は目を細めた。疾風の姿が、誰かにダブって見えたのだ。
(……あの姿……どこかで……)
バリアジャケットを翻して空に浮かぶ姿。両手に持った剣。余裕を感じさせる佇まい……
(あぁ、そうか。あの映像の男の子だ……)
そう。紗那がかつて見た……忘れることなどできるはずがない、彼女がこの世界に足を踏み入れるきっかけとなった動画。そこに映っていた二刀流の少年に、疾風が似ているように感じたのだ。彼と疾風とではバリアジャケットの色も正反対で、体格も、手にする刃の長さすらも違う。だというのに……
(……同じ二刀流だから、かな。似てるのかも、雰囲気が……)
縦横無尽に空を翔け、苛烈な戦闘を見せたあの二刀流の少年。疾風の戦いの激しさと戦闘スタイルが、彼を思い起こさせたのだろうか。……とはいえ、似ているのは偶然だ。気にしないようにしようと、紗那は改めて現状を確認する。
機先を制したとはいえ、有効打を与えることはできていない。しかも攻撃スキルやフェイクシルエットの維持等、かなり攻めに回ったので魔力もだいぶ使ってしまった。こうなっては、もう、勝てないかもしれない。そんな風に弱気になる心を……しかし紗那は、首を振って否定した。
(でも、だからって……)
「私だって、負けない。私は……一人で戦ってるんじゃないから」
紗那は確かな意志を持って、そう呟き……背負う相棒に、問いかける。
「ついてきてくれる? リンク」
【もちろんです】
言葉少なくも頼もしい返答に、紗那は笑って小さく頷き、刀を握り直した。
一拍置いて、二人は同時に接近して近接戦闘を開始した。二刀同士の接触は激しい火花を散らし、振り抜かれる刃の風を切る音が響き渡る。刃同士をぶつけ合い、二人はその場からまったく動かずに切り結ぶ。……だが、いつしかその均衡が崩れ始める。紗那が力で押され始めたのだ。
短刀モードだからこそスピードでは対抗できているとはいえ、リンクのダガーモードとリラのガンブレードモードでは刀身の重さが違い過ぎる。勢いに任せて撃ちかかられると弱かった。……だから。
「おうりゃ!」
「くぅっ!」
疾風が両手で叩き斬ろうとしてきたと同時、紗那はそれを短刀で防いでその勢いを利用し後ろに飛んだ。そのまま背中を向けてビルに向け逃げる紗那を、疾風はトリガーを引いて追撃した。その魔力弾の内いくつかが紗那を掠めるが決定打にはならず、進路を読んで撃ったつもりでもひらひらと舞うように避けられてしまう。焦れた疾風は銃を撃つのを左銃のみに変え、リラに指示した。
「リラ! 銃口のままの太さと威力でいい、右ガンに魔力チャージ! 精密射撃より薙ぎ払う方に目的変えるぞ!」
【了解! ……完了しました、どうぞ!】
「よっしゃ!」
リラの返答に、疾風は頷いて紗那に狙いを定める。視線の先では紗那がビルを蹴り、横に方向転換したところだった。疾風は彼女が蹴った場所よりも少し上の場所に背中を預け、体勢を安定させて紗那を撃とうと考えた。……が、その瞬間。
「リンクッ!」
【承知!】
紗那が叫ぶと同時、背中を預けた場所から黄色い光のリングが現れて疾風を拘束した。それは、“バインド”と呼ばれる拘束魔法だった。
「っ!? 設置型のバインド!?」
(そうか、ビルに触れたあの時に……!)
最近刀を握り始めたような自分では、戦い慣れているかのような疾風に接近戦では敵わない。紗那はそれをよくわかっていた。だからこそ彼女は無理に近接格闘で決着をつけようとはしなかったのだ。ビルを手で押して勢いをつけたように見せかけて壁にバインドを設置し、疾風を誘い込み、位置を固定させ、そして……
「てやぁあああああっ!!!」
拘束を外そうともがいてももう遅かった。紗那は裂帛の気合を持って短刀から姿を戻した刀を横に振り抜き、その光の斬撃、“グリームスラッシュ”が疾風を両断した。
「へー、紗那って苦いの苦手なのか」
「……う、うん」
デュエル後。二人は再びコミュエリアにやってきていた。先ほどの賭けが紗那の勝ちという結果になったので、約束通り疾風が紗那にドリンクを奢ることにしたのだ。自販機の前にやってきて、振り返る。
「で、どれがいい?」
「そこ、の……ミルクティー、で」
「あいよー」
紗那のリクエスト通りホットのミルクティーを購入し、彼女に手渡す。ついでに自分の分のコーヒーも購入し、空いている席に二人向き合って座る。が、何やら紗那はもじもじしてなかなか缶を開けようとはしなかった。
「なんだよ、お前が勝ったのに。なんで気後れしてんのさ。戦闘前とか戦闘中の覇気はどこ行ったんだよ?」
「だ、だって……あれは……」
そう呟くも、すぐに俯いて口を噤んでしまう紗那。もっとも疾風にはだいたいの予想がついていたのだが。大方、戦闘中は熱くなっていたものの、戦いが終わって冷静になったところで我に返り、普段の自分らしくない行動をしたことに気付いて恥ずかしくなってしまったのだろう。……ということは……
「それにしてもさ。お前って……」
「……?」
首を傾げる紗那を見て、疾風は彼女の新たな一面を見つけたとニヤニヤしながらバッサリと言った。
「……意外と負けず嫌いなのな」
「そっ、そんなこと……!」
「ないとは言わせねぇぜ、あんだけ全力で俺を叩き潰しに来たくせに」
「う……うぅー……」
とっさに否定しようとはしたものの、ぐうの音も出ずに唸る紗那。誤魔化すように缶を開けて一口飲み……拗ねたような口調で、ボソッと呟いた。
「……疾風のいぢわる……」
「はははっ。そうそう。そうやってりゃいいじゃんか。ゲームの時くらい、本性出してもいいんだぜ?」
「……本性、なんて……」
「だってお前、ブレイブデュエルはゲームだぜ? 自分の感じるまま、やりたいようにやればいいじゃんか」
「……でも……」
疾風に言われるも、口ごもる紗那。まぁ今までずっと素の自分を隠してきたのだ、抵抗があるのは当然だろう。それに内気な紗那のことだ、楽しみという感情を表に出すことにも抵抗があったであろう。
(……でもまぁ、一緒に遊んでんだからせっかくならめいいっぱい楽しんでほしいし……)
「抑える必要なんかねぇよ。今この場にいるのは、同じゲームを一緒に遊んでる仲間ばっかりなんだ。どんなにテンションが上がったって、おかしいと思う奴なんかいないって」
「……そう、かな……」
そう言って紗那は、シミュレーターのある方向を見た。子供から大人までたくさんの人々がいて、盛り上がっていて……どの顔も、笑顔だった。勝負に勝ったのか、シミュレーターから出てきて飛び上がって喜んでいる子供と大人のペアがいたが、どこにもそれをバカにするような顔はなく、楽しげに見守る人々のみだった。
「……そう、だよね……」
それを見て紗那は小さく微笑み、頷いた。自分も彼らのように、喜びを表に出すようにしてみようか、と……そちらの方が楽しそうに見えたのだ。
「うん、わかった。少しずつ、だけど……頑張ってみるね」
「おう。……ともあれ、次は絶対にリベンジしてやっかんな。覚悟しとけ」
「……そうはいかないよ。私だって……負けないから」
そう言う紗那の口元は……疾風が初めて見る、好戦的で、しかしとても楽しそうな笑みに彩られていた。
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