緋弾のアリア-諧調の担い手-
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あくる日の黄昏
第三話
時夜side
《小学校・多目的ホール》
AM:9時6分
小学校内の敷地に備え付けられた大規模の多目的ホール。
収容人数は最高でも1000人程の人間を収容出来る様に出来ている。
更に二階席もあり、学内の行事だけではなくコンサートホールの様に一般開放される事もある。
学校が高台に位置する為に緊急時の避難場所としても役割を持つ。
他にも施設としては有料だが小洒落たカフェテリアなどが完備されている。
とても小学校とは思えない設備の良さだと、今でも思う。
名のある有識者の母校で相当な金額の寄付金があるらしいとか。
「……ふぁ」
確か、入学案内のパンフレットにはそう書いてあったと、俺は頭の端からどうでも良い記憶を引き出す。
左手で頬杖を付き、思わず零れる欠伸をバレない様に噛み殺す。
二階席は天井が吹き抜けのガラス窓になっている。
その為、漏れる暖かな陽の光にまどろみに誘われそうになるのだ。
それは俺だけではないだろう、チラっと周囲を盗み見れば睡魔と闘っている子もちらほらと見える。
今現在、俺は学校の多目的ホールの二階席にいた。
いや、俺だけではない。この学校の全生徒がこのホールへと集結していた。
一階の演壇では、この学校の少し頭が残念な事になっている校長の姿が見える。
夏休み前の注意事項等を延々と話している。その脇に各学年の代表教諭が控えている。
他の教師は生徒の監視の役目をする為に、そこら辺に立って話を聞いている。
思うが、どの教育機関もこう云った堅苦しい話ばかりは長いな。世界が変わったとしてもそれは変わらない。
そんな事に力を注がないで、往来より問題になっているイジメ問題とかを何とかしろよ。
この学校でもイジメ問題があり、それが何事もなかったかの様に揉み消されている。
…俺の周囲でそう言った事が起これば、徹底して排除する。歪んでいると、そう思える。
この学校は言わば、社会に出る為のその縮図とも言える場所なのだ。
それを正すのが、この場の本来の在り方であろうに。
イジメを率先してやる人間、それを隠蔽する大人。それらは醜く、汚く歪んでいると思う。
「……寝るか」
小声でそう口の中で呟く。そうして瞳を閉じる。…嫌な事は、忘れるに限る。
マナを使い視力を強化して、校長の残念な頭毛を数える作業にも飽きてきた。
今日は一時間と少ししか寝てないからな。“夜練”―――夜間鍛錬。
家ではその鍛錬の事をそう訳す。一週間に一度行われる特別訓練。
夜の午前12時から明け方の5時まで行われる。
主に、スナイパー対策や夜間の視覚外からの攻撃に対処する為の訓練だ。
永遠神剣のおかげか、薄暗くは見えるのだが常に精神を張り巡らせなければならない。
故に、心身共に大幅な疲労感が半端ないのだ。
そして今日はその訓練明けの為に、ほぼ寝てない。だから、今の俺は既に疲労困憊状態だ。
本来ならば、土日などに行われるのだが、お父さんの都合が合わなかった為に昨日になった。
……もう、ゴールしてもいいよね?
心の中でそう誰にでもなく問い掛ける。
そうして、マナを操作して“認識阻害”の術式を俺自身に掛ける。
これで眠っていても周囲には俺は生真面目に話を聞いている“優秀な生徒”として見られる筈だ。
普段の俺の素行は可もなく不可もなく、普通だろう。
亮の様に、つまらない話を一々聞いているつもりは毛頭ない。
そんな思考も深淵へと沈んで行く―――が。
不意に、思考が覚醒させられる。異変に気付く。…認識阻害の術式が発動していない?
“何か”に術式への干渉が及ぼされた。今、ここでこれが出来るの存在は―――。
「……イリス?」
『はい、いい天気ですね時夜』
無駄に元気な機械音声が頭の中に響く。時夜は睡魔と戦いながら重い瞼を開けた。
(…あの、イリスさん?俺凄い眠いんだけど)
心の中でそう呟く。
だが、それを無視してイリスの言葉が続く。
『周辺地域の雲と風向、速度を元に計算した所、本日の天気は快晴。降雨確率はほぼ0パーセント、素敵な位の洗濯日和ですね。』
(……そうだね、洗濯日和だ)
力弱く、イリスの声に頷く。
…こんな中、干したての布団で昼寝が出来ると気持いいだろう。
(……暇なのか、イリス?)
『あ、バレました?実は、昨日から計算領域が無駄に余っているんですよ』
(……そんな所だと思ったよ)
思わず、心中で溜息を洩らす。昨日の夜錬にはイリスは参加していない。
その為に、人間で言う所の体力を持て余しているのだ。
(…しょうがないな、話に付き合ってやるよ)
『ええ、ありがとうございます』
イリスのせいで、眠いのだが眠れなくなってしまった。
きっともう一度、術式を発動してもイリスに防止され、止められる事だろう。
…寝たくても、寝れない。社会的に死ぬ。
そう考えると、寝不足の気だるさも吹き飛んでしまった。
「……ふぁあ」
欠伸を噛み殺して、視線を眼下の壇上に向ける。
「寝むそうだね、大丈夫?」
「んっ…ああ、大丈夫だ」
不意に前の席に座っていた少女に小声で話し掛けられた。
周囲の教師はこちらには気付いていない。
「少し顔色も悪いし、ちゃんと睡眠とってるの?」
「…まぁ、ちょっとした寝不足だから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな、セリカ」
俺と同じく色素薄い髪をして、それを一つに束ねた華奢な身体つきの少女。
秋月セリカ。俺の同級生で、クラスメートだ。俺の狭い交友関係の内の一人でもある。
だが彼女は俺とは対極的で、その持前の明るさと人の良さでクラスでも人気者。
そして、上級生や下級生にも顔が広い。まぁ、極度の方向音痴なのが玉に瑕だけれど。
後は、周りの人は知らないが超能力者だという事だ。
前に、学園の裏庭で傷付いた野生動物を治癒の能力で治していた所を目撃した事がある。
「無理そうなら言ってね。先生に言って、保健室に行ける様にしてもらうから」
「まぁ、大丈夫だから。気遣いは貰っておくよ」
あまり、細々とした会話でも気付かれる可能性もある。その為に、俺は早々に話を切り上げた。
そうして、心配そうな面持ちをして、渋々といった感じで校長の話に戻るセリカ。
それを尻目に俺はイリスとの会話に戻る。
睡魔と戦いながら、俺は意識を毅然と保つのだった。
1
「…やっと、終わったか」
げんなりと、そう呟く。皆が椅子を立ち上がるも、俺はそこを動けずにいた。
真っ白と灰の様に燃え尽きていた。
イリスとの会話の途中。
襲い掛かり、着々とこちらの意識を睡魔が侵食していく為に、理性を保つのが大変であった。
「―――時夜くん」
「……んっ?」
呼び掛けられたが、一瞬反応が遅れた。
俺はワンテンポ遅れて、声の方向に振り返る。
「大丈夫なの、時夜くん?」
「ずっと、体調悪そうにしてたよね?…顔も少し青白いし」
そこには心配そうな面持ちをしている、幼馴染み二人の姿があった。
「…大丈夫だよ、ちょっとした寝不足だからさ」
笑みを浮かべて、立ち上がろうとするが…。
「―――わっと」
「危ない!」
バランスを崩しそうになり、亮に抱き止められる。
「…悪い、亮。」
「大丈夫だよ、時夜くん」
俺の方が身長が低い為に、自然と上目遣いとなる。
それに亮は、爽やかな笑みを浮かべる。
その光景を見ていた周囲の女子から歓声が上がる。耳を澄ませれば…。
「これはもう、不知火くん×倉橋くんで今年の夏のカップリングは決まりね!」
「良い小説のネタになるわ!」
『いえ、ここは敢えて亮くん×時夜もありですね』
等と、腐めいた言動が聞こえてくる。…婦女子怖い。
俺はそれを耳にして、すぐさま危ない足取りで亮から離れる。
というかイリス、何周囲に聞こえないからって言ってるんだよ。俺にそっちの趣味は毛頭ない。
「……うっ」
考えただけで、悪寒が背筋を通っていく。
背筋がぞわぞわ…とする。
「大丈夫、時夜くん?」
「いや、大丈夫だよ。……セリカ」
亮は善意でそう言ってくれているが、先程の腐女子どもの会話で意識してしまう。
少し距離を取って、近くにいたセリカに声を掛ける。
「何、時夜くん?やっぱり、具合悪くなっちゃった?」
「…ああ、保健室まで連れてってくれるか」
「うん、分かったよ。文ちゃん、時夜くん保健室連れて行くから、先生に言っておいてくれるかな?」
「分かったよー」
そうして、セリカに連れられてホールを後にする俺。
2
俺は後から後悔する事になる。
意識が朧気な為に忘れていたのだ、セリカが根っからの方向音痴だと。
「…それで、ここは何処なんだセリカ?」
「……あははっ…ごめんなさい時夜くん」
苦笑いを浮べるセリカ。少しの間意識を飛ばしていたら、見知らぬ場所に存在していた。
学校内の敷地なのだが、どの棟の校舎なのだろうか?聞こうにも、どの教室ももうホームルーム中。
当然の様に、人も通りかからない。
この学校には校舎が敷地内に三つ存在している。
少なくとも、一年生から二年生が在籍している俺達の校舎ではない。
セリカを選んだのは、明らかな人選ミスだった。
「…帰るか、セリカ。」
少しの間まどろんでいた為に、体調は幾分か回復した。
俺だけ保健室に行っても、今度はセリカが帰り道で迷子になるだろう。
この学校は無駄に敷地が広いのだ。迷子を探すとなると、かなりの時間を消費する。
前にも、迷子になったセリカを探すのに手間取った覚えがある。
まぁ、裏技で使ってマナを使って場所を特定したけれど。
セリカは自分が迷子になったと言う事実を納得しない、故に性質が悪い。
「……でも、時夜くん具合は大丈夫なの?」
「まぁ…まだ少し眠たいけど、学校終ったら今日は速攻で寝るから大丈夫だよ」
軽く、心の中で溜め息を吐く。
…今日は厄日か何かなのかな、何だか精神的にかなり疲れたよ…パトラッシュ。
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