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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第七十話 暗雲(その1)

■ 帝国暦486年9月20日 兵站統括部第三局 ウルリッヒ・ケスラー


兵站統括部に行くと、ヴァレンシュタイン中将は外出したと言う。不思議な事はフィッツシモンズ少佐が居た事だ。何時戻ってくるのか確認すると、先ほど連絡があったので、もう直ぐ戻ってくるという。私とロイエンタール少将は応接室で待たせてもらうことにした。

それ程待つことも無く、中将が応接室に入ってきた。
「申し訳ありません。お待たせしたようです」
「いえ、こちらが勝手に押しかけただけです。気にしないでください」
疲れているのだろうか。ヴァレンシュタイン中将の表情に精彩が無い。

「実は中将にお聞きしたい事があるのですが」
「なんでしょう、ケスラー少将」
「今回新規に編制された二個艦隊ですが、あれはどういう意味でしょう?」
「……何の意味もありませんよ。実力のある指揮官に機会を与えただけです」
中将は少し苦笑して答えた。簡単には答えてくれないか。

「正直に答えていただけませんか、あれはミューゼル提督を切り捨てるための準備なのではありませんか?」
ロイエンタール少将が問いかけると中将はまた苦笑した。
「違います。そんな事はありません」
私とロイエンタール少将は顔を見合わせた。なかなか本心は話してもらえないようだ。

「中将がミューゼル提督に対し怒っておられるのは良くわかります。確かに今回のミューゼル提督のなされようは誰が見てもおかしい事です。そのせいで中将はもう少しで命を落とすところだった」
「……」

「しかし小官はお二人が協力するのが軍のために一番良いことだと思っているのです。正直に話していただけませんか。何とかお二人の間を取り持ちたいのです」
「……」

私は誠意を込めて中将を説得にかかった。しかし中将は何の感銘も受けなかったようだ。しばらく沈黙した後、おもむろに切り出した。
「私は正直に話しています。ミューゼル提督を排除するなどと言う事は有りません」
「しかし」
「無いのです!」

遮るように出されたヴァレンシュタイン中将の強い言葉に私は思わず彼の顔を見詰めた。中将はやるせなさそうな表情をしている。私は何か勘違いをしていたのか? 思わずロイエンタール少将の顔を見る。彼も同じ思いなのだろう、困惑した表情で私を見ていた。

「ミューゼル提督を排除するなどありません。……これは未だ他言してもらっては困りますが、今度の戦いで勝利を得れば、ミューゼル提督は上級大将に昇進し宇宙艦隊副司令長官に就任する事になります」
宇宙艦隊副司令長官……

「今回新たに編制した二個艦隊を構成する司令官達は、宇宙艦隊副司令長官の指揮下に入るでしょう。私もその指揮下に入る事になるかもしれません」
「……」

「排除されるのは私のほうになりそうです」
ヴァレンシュタイン中将が暗い笑みを浮かべて自嘲する。私は何も言う事が出来ない。ただ、彼の顔を黙ってみているだけだ。

「ある時期が来たら退役するつもりですが、そう遠い事ではないでしょう。私は未だ死にたくありません」
「……」
ヴァレンシュタイン中将はミューゼル提督を信じていない。

いやむしろ危険だと考えている。それが間違いだと言いきれるだろうか? 結局私がしようとしたことはなんだったのだろう。勘違いをした挙句、彼の心を傷つけただけか。 先程からの彼のやるせなげな表情が思い浮かぶ。

「他に何かお話がありますか?」
ヴァレンシュタイン中将の言葉に、われに返った。
「いえ、ありません」
「そうですか、ではこれで失礼しますが?」

「有難うございました」
ヴァレンシュタイン中将は席から立ち上がった後、少し考えてロイエンタール少将に話しかけた。
「ロイエンタール少将、あの件を気に病むのは止めて下さい。少将は軍人としての本分を尽くせば良いんです」

「……本分ですか」
「ええ。勝つことと部下を一人でも多く連れ帰ることです」
「……御教示有難うございます。本分を尽くす事に尽力しましょう」

言葉に力強さがある。あの事件以来鬱屈していた彼もようやく吹っ切れたようだ。ヴァレンシュタイン中将もそれを感じたのだろう。柔らかく微笑むと応接室を出て行った。



兵站統括部を出た後、ロイエンタール少将に気になったことを話してみた。
「ヴァレンシュタイン中将にとって今回の件は不本意だったと思うが」
「そうですね……。小官はあの艦隊は当初ミューゼル提督を排除するためのものだったと考えています」

「私もそう思う。しかし何らかの理由があってそれが出来なくなった。そしてミューゼル提督が宇宙艦隊副司令長官になる事になった。そういうことだろう」
一体何が有ったのか?

おそらく中将と元帥の間で何らかの話し合いが有ったに違いない。中将はミューゼル提督を排除しようとしたが、元帥はミューゼル提督を宇宙艦隊副司令長官にと考えた。そして中将もそれに従った、そういうことだろう。

「ミューゼル提督の指揮下に入るとはどういうことでしょう? ミュッケンベルガー元帥の指揮下から外れると言う事でしょうか」
「……その辺もよくわからない」
元帥との話し合いの中でそれも決まったのだろう。しかし一体何故?

「中将はいずれ退役すると言っていましたが?」
「……」
「どう思います」
「難しいだろうな、周囲がそれを許すだろうか?」

幸か不幸か、彼は大きすぎる。彼個人の思いで行動できるほど、自由が有るだろうか? 公人としての立場がそれを許さないのではないだろうか。



■ 宇宙暦795年10月5日   自由惑星同盟統合作戦本部 ヤン・ウェンリー

シトレ本部長より、統合作戦本部への出頭を命じられた。おそらくは宇宙艦隊の状況を教えろと言う事だろう。気の重いことだ。執務室へ行くと早速質問してきた。
「准将、どうかね、そちらの状況は」

「はっきり言って最悪ですね」
私はソファーに座りながら本部長に答えた。既にキャゼルヌ先輩には何度か言っている。本部長も承知のはずだ。

「新司令長官は体面を気にするあまり、ビュコック提督やウランフ、ボロディン提督等の実力、人望の有る提督と全然上手くいっていません。その一方でトリューニヒト委員長に近づきたい連中がドーソン司令長官に擦り寄っています」

「それで」
本部長が溜息をつきながら先を促す。
「今度の戦いでも第五、第十、第十二は動員しないようです。もし彼らの力で勝ってしまうと自分の地位を脅かすと思っているようですね」

「それで、君はどうなんだ」
「一番最初に嫌われました。本部長のスパイだと思っているようです」
本部長は思わず目を閉じた。しかし、辛い思いをしているのはこちらだ。
「最悪だな」
「ですから、そう申し上げています」

「勝てるかね」
「司令部では勝てると見ています」
「その根拠は」
「新編成の二個艦隊です。役に立たないと思っています。寄せ集めだと」
帝国では新規に二個艦隊を編制した。それが司令部の楽観視に繋がっている。

「君はどう思っている」
「ありえないでしょう」
「安心したよ。君まで楽観視していなくて」
本当に安心しているのだろうか、そんな気持ちにさせる口調だった。

「どういうことです」
「フェザーンの駐在弁務官事務所から報告があった。その二個艦隊はかなり厳しい訓練をしているらしい」

「精鋭ですか」
「そうだろうな」
やれやれだな。生きて帰れるだろうか。本部長も気が重そうだ。

「何とか勝って欲しい、と言うのは無理かな」
「難しいですね」
そんなすがるような眼をされても無理です、本部長。

「せめて深手を負わないようにして欲しいのだが……」
「……難しいです」
「君は愛想の欠片も無いな」
「出来ないものは出来ないとしか言えません。これで勝てるなら奇跡に近いですよ」

本部長はまた溜息をついた。溜息をつきたいのはこちらも同じだ。今度の戦いは酷い事になりそうだ。前任者のロボス司令長官の方が未だましだった。いつから同盟はこんな酷い国になったのだろう……。

 
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