お寺の怪
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2部分:第二章
第二章
「お金にはシビアですよ」
「そうなの」
「で、お金はどれだけで」
「これだけでどうかしら」
前以って札束を出してみせる。
「まず最初はこれだけで」
「これからも頂けるんですね」
「これが一日分よ」
続いてこう断る。
「明日は同じだけ支払うけれどどうかしら」
「ええ、それだけ出してくれるのならいいですよ」
ガイドも今度は屈託のない笑顔になる。今度はそうなったのだった。
「喜んで」
「そこには誰も寄らないのよね、それでもいいのね」
「お金の為なら例え火の中水の中」
どうにも随分とご都合主義的に話が変わっていた。しかし勝矢はそれは特に気には留めなかった。タイ人らしくていいと思っていたのだ。
「行きますよ」
「信頼してるわよ。それじゃあ」
「はいはい、それではこちらに」
「案内してくれるのね」
「途中まで」
ところがこう来たのだった。
「案内させて頂きますよ」
「最後までじゃないのね」
「それはまああれです」
にこにこと笑って勝矢に言ってきた。
「このラーマ、命あっての物種ですから」
「ああ、あんたの名前ラーマっていうのね」
「その通り」
さりげなく自分の名も伝える。
「いい名前でしょう」
「そうね。じゃあラーマさん」
「はいはい。途中までなら」
「お昼を食べたら追加料金よ」
「むっ!?」
追加料金と聞いたところでラーマの顔色が一変した。さらに明るいものになったのだ。見れば両目にお金のマークが浮かび上がっていた。バーツのそれだ。
「それは本当ですか!?」
「私は嘘はつかないわよ」
勝矢も心得たものでにこにこと笑って彼に囁く。
「ただし。条件があるのだけれど」
「ですが私もまあ」
「二倍よ」
笑ってさらに囁く勝矢だった。
「それでどうかしら」
「いや、日本人商売上手」
にこにこと笑って身体をあげてきた。
「誠意は受け取りました。それじゃあ」
「御願いするわね」
「実はいいお店を知ってるんですよ」
「食べ物ね」
「ええ。まずはそちらに入って」
好きなものも食わせて欲しいというのだ。さりげなく図々しいがやはり嫌味がない。
「ゆっくりとたっぷりと食べながらお話しましょう」
「可愛い男の子がいればいいわ」
勝矢も乗り気だった。さりげなく条件を出したうえでそれを認める。
「いるのかしら、美少年」
「何を仰るやら」
ラーマはまた笑って彼に言ってきた。
「タイは美少年の宝庫じゃありませんか。それは御存知でしょう?」
「まあそうね」
勝矢もにこにこと笑ってそれに頷く。実は彼も知っているのだ。タイは所謂ニューハーフや同性愛に対して非常に寛容でそうした趣味もよくある話なのだ。ある意味日本以上に。
「それじゃあそういうことで」
「はい、それでは」
こうしてその可愛い男の子のいるいいお店に向かいそこで細かい商談をしたうえで二人は店を出た。交渉は成功であり二人はにこにことした顔でバンコクの街を歩きつつ話をしていた。
「いや、やっぱり日本人はいいですね」
「そうかしら」
「親切で気前がいい」
タイではこう評判なのは事実だ。お人よしでカモにされているという一面はあるにしろ。
「だから私は日本人のガイドがメインですね」
「お金になるのね」
「しかも仕事し易いんですよ。かなり任せてくれますから」
「あまりああだこうだ言わないのは事実ね」
外国人に関してはだ。少なくとも勝矢はそうである。
「それぞれの国の文化があるから」
「そういうことです。私も最初日本人には随分戸惑いました」
「どういうことに?」
「あれです。生ものをやけに食べたがるのね」
「それはあるわね」
これは勝矢にもよくわかることだった。それを聞いてにやりとしていた。
「お刺身よね」
「お魚だって色々と食べるし」
「大体生ものが好きなのよ」
「私等が食べないような。それこそほら」
ここで道の猫を指差す。見ればシャム猫が鯛を食べていた。
「鯛ね」
「あんな猫の餌にしかならないような魚を美味しそうに食べるんですから」
「あれは猫の餌なの」
「他に何かあります?」
ラーマは首を傾げて勝矢に問う。
「というかあれは美味しいのですか?」
「最高よ」
にこりと笑っての返事だった。
「特にそのお刺身にしたらね」
「そうなんですか」
ラーマはまた首を傾げる。どうにも納得できないのがわかる。だが勝矢はそんな彼の戸惑いに構うことなくここで話を変えてきたのであった。
「それはそうとね」
「ええ」
「いい子だったわね」
「ええ、そうでしょ」
勝矢のスケベそうな笑顔に応えて彼もそうした顔になっていた。
「いや、最初見た時は私も驚きまして」
「美少年よねえ。惚れ惚れしちゃったわ」
勝矢は自分の両頬にその両手を添えていた。恋する顔になっていた。
「肌は黒くてそれでいて細やかで」
「顔立ちもいいでしょ」
「最高よ。ハンサムで」
やや古い表現をあえて使う。
「仕事が終わったらあの子にアタックよ」
「日本人はそういうの好きですね」
「男の子が?」
「ええ。そういう人もよく見ます」
顔が少し真面目になっていた。
「それには驚きませんが」
「日本では昔からこういうことがあったからね」
「そうらしいですね」
「そうよ。男が男を好きになってもいいじゃない」
勝矢の偽らざる本音でもある。
「そこんところどうかしら」
「別にいいと思いますよ」
ラーマもそれは特に否定しない。二人の足は何時しか人気のない場所に向かっていた。それまで普通のバンコクの住宅地だったのが次第に人影が少なくなり。目の前の大分向こうに古ぼけた寺が見えてきていた。しかし二人はその話に夢中でまだそちらには顔を向けてはいない。
「それも」
「タイではいいのね」
「日本でもですよね」
「そうよ」
またラーマに答える。
「そうなのだけれど」
「何かありますか?」
「変な目で見られるのは確かね」
こう言ってぼやくのだった。
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