| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十二話 新人事(その2)

帝国暦487年  4月 4日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「それにしても無事暮らしておりますは良かったな、ミッターマイヤー」
「俺はそんな事を言ったのか、ロイエンタール。緊張して何を言ったか良く分からなかった」
応接室に笑い声が上がり、ミッターマイヤーが照れている。話題を変えた方が良いと思ったのは俺だけではない様だ。

「ところでフェザーンからは反乱軍からの情報が入らなかったと聞きましたが……」
一頻りミッターマイヤーを冷やかした後、ケスラーが公に問いかけた。皆も笑いを収め二人を見ている。フェザーンの件は俺も訊きたかった事だ。

「普通はフェザーンから自由惑星同盟軍の情報が入ります。そして同盟軍には帝国軍の情報が行く。しかし今回は同盟軍の情報が入ってきませんでした。どうやらフェザーンは故意に情報を止めたようです」
公の答えに皆が顔を見合わせた。

「帝国の敗北を望んだ、そういう事ですか」
「そうです、ケスラー少将。ここ最近帝国軍は優勢に戦いを進めている。帝国と同盟の勢力均衡を望んでいるフェザーンとしてはこれ以上同盟が敗れると均衡が崩れかねない、危険だ、そう考えたのでしょう」

淡々とした口調、穏やかな表情だが内容は重大だ。皆厳しい顔をして考え込んでいる。そんな我々を見て公がクスッと笑った。
「勝つほどに勝つための条件は厳しくなっていく、そんなところでしょう。どんなゲームでもそうです。現実も同じですね」

皆が笑った。僅かだが部屋の空気がまた和んだ。公とミュラーが昔よくやったゲームの名前を出すとロイエンタール、ミッターマイヤーも“あれは楽しかった”と言い出した。ケスラーとシュタインメッツが頷いているところを見ると二人もやった事が有るのだろう。俺は無い、多分キルヒアイスも無いだろう、今度キルヒアイスと試してみるか……。

ゲームの話が終わるとシュタインメッツが公に問いかけた。
「今回の件、偶然という事は有りませんか」
「いや、それは有りませんね、シュタインメッツ大佐。今回の出兵は帝国側の事情で行われたものでした。特に出兵情報の秘匿もしていません。フェザーンは苦労することなく出兵情報を得、同盟軍に伝えたはずです。当然ですが同盟軍は我々を迎撃するために出兵する事になる。フェザーンがそれを知る事が出来なかったとは思えません。まして今回同盟は五万隻近い大軍を動かしています……」
皆が頷いている、俺も同感だ。

「一部の艦隊の動員を秘匿することは出来ても全てを隠蔽するのは無理です。明らかに故意、ですね」
公の言葉に何人かが“うーん”と唸り声を上げた。公の言う通り全てを隠蔽するなど無理だ。しかし、一部の兵力の隠蔽なら可能だろう、という事は……。

「フェザーンに抗議はしたのですか?」
「いや、していないよ、ナイトハルト。無駄だからね」
「無駄?」
「気付かなかった、同盟軍が密かに艦隊を動かした。言い訳は幾らでも有る」
公の言葉に皆が苦笑を浮かべた。

「これから先、正しい情報が送られてくることも有るでしょう。しかし帝国と同盟の均衡が崩れつつある、フェザーンがそう考えている限りフェザーンから送られてくる情報を信用する事は危険です。鵜呑みにすると何処かで痛い目を見る事になる。」
「……」

やはり公もそれを考えたか……。これから先、何度かは正しい情報が送られてくるだろう。そうやってこちらを油断させる。その上で一部の艦隊を故意に秘匿してこちらに情報を流す……。特に反乱軍が動員を伏せた場合が危険だ。その秘匿した艦隊が別働隊として現れ勝敗を決する事は十分に有り得る。

皆が口を噤んだがややあってケスラーが口を開いた。
「敵の戦力が分からない状況で戦う事を強いられるという事ですか……。結構厳しいですな」

ケスラーの声は深刻な響きを帯びている。そして皆が厳しい表情をしていた。多分俺も同じだろう。反乱軍はこちらの戦力を知っている。それに引き替えこちらは反乱軍の戦力を知らない。目隠しをされたまま戦うようなものだ。

「今回の戦い、ワルキューレにはかなり無理をさせました。しかしこれからはそういう戦いが増えるかもしれません。何らかの対策を考えないと……」
「なるほど。……索敵を専門とするワルキューレの部隊、軽空母が必要かもしれない、或いは機体そのものも索敵に特化するべきか……」
俺の言葉に皆が頷いている。

「ミューゼル提督の言うとおりですね。戦闘詳報には提督が言った事と同じ事を書きました。大公から聞いたのですが帝国軍三長官もこの件については非常に危険視しているようです。或いは既に何らかの手を打っているのかもしれません、確認してみましょう」

公がココアを一口飲んで顔を顰めた。どうやら冷めてきたらしい。俺のコーヒーも温くなっている。それにしても俺が言った事と同じ事を戦闘詳報に書いたか。考える事は皆同じだな。問題は上層部に受け入れられるかだが……。

「お会いになるのですか?」
「明日、会うことになっています」
多分、今後の体制についての相談だろう。元帥、宇宙艦隊副司令長官か……。ミュッケンベルガー元帥との分担はどうなるのか、気になるところだ。

索敵の件も話に出るだろうな。ブラウンシュバイク公からの提言ともなれば帝国軍三長官も無視は出来ないはずだ。索敵の件、軍の動きは結構速くなりそうだ。悪くない、軍事に明るい人物が宮中の実力者と言うのは悪くない。

「ところでフォルセティは如何ですか」
つらつらと考えているとミッターマイヤーが公に話しかけていた。公の旗艦についてだ。
「良い艦ですよ、なかなか使い心地が良い。これから使い慣れればもっと愛着がわくでしょうね」

公が嬉しそうにフォルセティについて語っている。物に拘らない公にしては珍しい事だ、少し可笑しかった。フォルセティか、新造艦ではあるが意外に地味な艦を選んだなと思った。派手な事を嫌う公らしいとは言えるだろう。確か同形艦が出来ていると聞いたが……。

「ミューゼル提督のブリュンヒルトは如何です」
「気に入っています、これ以上の艦は無いと思っています」
胸を張って言っていた。他人の事は言えないな。どうやら俺は既にブリュンヒルトに愛着を持っているらしい。言い終わってから苦笑していた。

「羨ましいですな、我々も早く乗艦を頂けるようになりたいものです」
ロイエンタールの言葉にミッターマイヤー、ミュラーが頷く。ケスラー、シュタインメッツも頷いている。艦隊司令官になって乗艦を貰う、軍人としての夢だな。

「直ぐに貰えますよ。どんな艦が来るか、楽しみですね」
直ぐに貰える、出兵も武勲を立てる場も有るという事だろう。公の言葉に皆が嬉しそうに頷いた。そしてそれぞれに艦の好みを言い出す。“速度の有る艦が良い”、“いや防御に優れた艦が良い”、“自分は攻撃力が大きい艦が好みだ”、楽しい時間だ。

「反乱軍の宇宙艦隊司令長官ですが……」
ロイエンタールが公に問いかけたのは、一頻り未来の乗艦の好みについて話した後だった。

「クブルスリーという人物が就任しましたが何かご存知ですか? あまり聞き覚えのない名前なのですが……」
そうなのだ、聞き覚えがない。反乱軍の指揮官で帝国まで知られている人物と言えばシトレ、ロボス、ビュコック、ボロディン、ウランフだろう。その内ロボスは既に第一線を退いている。

前任者のドーソンも知らなかったが今回のクブルスリーも馴染みが無い。一体どんな男なのか……。公も少し首を傾げ考えるそぶりをしている。この手の事は公が詳しいと言うのはミュラーの意見だったが……。
「……そう言えばあまり聞かない名前ですね」
「ええ、それで我々もちょっと困惑しているのですが……」

ケスラーの言葉に公も頷いている。
「たしか第一艦隊の司令官をしていたはずです。第一艦隊は首都警備、国内治安が任務ですからね、もっぱら海賊討伐と航路の安全確保を行っていたはずです。前線にはあまり出ることが無かったのはその所為でしょう」
「なるほど」
ケスラーが相槌を打ちながら俺に視線を向けてきたので頷いた。なるほど、前線指揮官として聞き覚えがないのはその所為か。

「無能ではないはずですよ、第一艦隊は首都警備をしているのですから。少なくとも前任者のドーソン大将よりは上のはずです。ただどういった用兵家なのか、癖などは分かりませんね。用心した方が良いでしょう」
そう言うと公はまたココアを一口飲んで顔を顰めた。



帝国暦487年  4月 5日  オーディン  軍務省 尚書室  エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク



「御苦労だったな、ブラウンシュバイク公。悪条件にもかかわらず勝利を得た事は見事だ」
「有難うございます」
軍務尚書の労いに答えると帝国軍三長官が満足そうに頷いた。

尚書室には帝国軍三長官が揃っている。いや三人並ぶと迫力有るし威圧感もあるけど何と言ってもあくどさもパワーアップだわ。偉くなるにはそういう悪の部分も必要って事か。素直に感心した。俺みたいな素直で心優しい平凡な人間には無理だな。

「フェザーンは何か言ってきたのでしょうか」
「うむ、レムシャイド伯から連絡があったそうだ。今回の件はミスだったと言っているらしい。伝えたと思い込んでいたと」
ルビンスキーってやつは悪知恵だけじゃなくユーモアのセンスも有るな。ミュッケンベルガーの答えに思わず笑ってしまった。俺だけじゃない三長官も笑っている。ミュッケンベルガーが言葉を続けた。

「卿の事を褒めていたそうだ。流石はブラウンシュバイク公、情報が無いにもかかわらず勝利を得るとはお見事、とな」
今回は挨拶程度、次はもっと別な手で来る、そんなところだな、気を付けないと……。

もっとも気を付けるのはルビンスキー、お前も同様だ。喧嘩売ったのはそっちだという事を忘れるなよ、黒狐。何時か毛皮を剥いでマフラーにしてやる。フェザーン製の品は評判良いからな、エリザベートも喜ぶだろう。

「戦闘詳報は読ませてもらった」
「はっ」
そんな苦い表情をするなよ、シュタインホフ。この面子で戦闘詳報って言うと例のイゼルローン要塞の並行追撃を思い出すんだよな。多分シュタインホフも同感なんだろう。なんか嫌な感じだ、あの一件で俺の人生は狂ったからな。

「兵力が少ないという事もあったが大分索敵に苦労しているな」
「はい」
「フェザーンの情報が当てにならないとすれば現場にて情報収集せざるを得ん。索敵に力を入れざるを得ないという事は分かる。軍務尚書、司令長官も同意見だ」

シュタインホフの言葉にエーレンベルク、ミュッケンベルガーが頷いている。
「では」
「うむ、卿の提言を全面的に受け入れる方向で進めている。ただ、新型索敵機の開発には時間がかかるだろう。しばらくはワルキューレによる索敵部隊の編制、軽空母の建造で対応するしかない」

十分だ。俺だって今すぐ新型索敵機が開発されて配属されるなんて考えてはいない。軍が動き出したという事で問題は無い。次の戦いが何時になるか分からないがそれまでにはある程度の索敵用の部隊が編成されているだろう。それだけでも十分に違う。

エーレンベルクが咳払いをした、どうやら話が変わるらしい。俺が宇宙艦隊副司令長官になる件だな。ミュッケンベルガーとの分担をどうするか……。俺は文字通り副司令長官で良いんだけどな、艦隊を二つに分ける必要は無いと思うんだが……。

「ところで今回の勝利で卿は帝国元帥、宇宙艦隊司令長官に昇進する事になった」
「……失礼ですが副司令長官では有りませんか」
帝国軍三長官が顔を見合わせた。あれれ、だな。どうも間違いではないらしいが、俺は何も聞いていないぞ。何が起きた? ミュッケンベルガーはどうなるんだ?

「ヴァレンシュタイン、いや、ブラウンシュバイク公」
「はい」
「公は宇宙艦隊司令長官に就任する、間違いではない」
「……」
「実は私は心臓に異常が有る、狭心症だ」
「まさか……」

まさかだろ……、なんかの冗談だ。呆然としてミュッケンベルガーを、エーレンベルク、シュタインホフに視線を向けたが誰一人俺の視線に応えてくれない。ミュッケンベルガーは笑みを他の二人は沈痛な表情をしている。

「先日も発作を起こした。もはや最前線で指揮を執るのは不可能だ。あとは公に頼むしかない……」
「……」
「そんな顔をするな。私には公がいる、何の心配もなく辞める事が出来るのだ。喜ぶべき事だろう。ただ残念なのは副司令長官となった公と共に戦う事が出来なかった事だけだ」
「閣下……」

ミュッケンベルガーが笑みを浮かべている。戦う男の笑みじゃない、何処にも覇気が、威厳が無いのだ。優しくて穏やかでまるで春の陽だまりのような暖かさを湛えている。以前はこんな笑顔を浮かべる男じゃなかった……。

艦隊決戦を望んでいた、勝利を得る事は難しくなかった。実際にアスターテ星域の会戦ではフリードリヒ四世さえ倒れなければ同盟軍に止めをさせたのだ。そうなれば帝国史上最高の宇宙艦隊司令長官、そう呼ばれてもおかしくなかった。勝って、勝って、勝ち続けて、それでももう一歩、あともう一歩が届かなかった。実力が届かなかったのではない、運がこの男になびかなかった。勝ち運に恵まれなかった……。

無念だっただろう……。実力が無かったのなら諦めもつく、しかし実力以外の所で諦めなければならないとは……。運命を呪い絶望に喘いだに違いない、この笑顔を浮かべるまでにどれだけ苦しんだか……、俺にはとてもミュッケンベルガーを正面から見る事など出来ない、嗚咽が漏れた。泣くな、涙だけは零すんじゃない。

「後を頼むぞ、ブラウンシュバイク公」
「は、はい」
「内乱を防ぐためとはいえブラウンシュバイク公爵家の養子になったのは不本意な事であっただろう。そして本来なら公を助けるべき私が公に全てを押付け退くことになった……。済まぬ、公には苦労をかける……」

涙が零れそうになるのを懸命に堪えた。
「何を言われます、苦労をかけさせられるのは慣れております」
「そうか……、慣れているか……、確かにそうだな。公には苦労をかけてきた」
俺の憎まれ口にもミュッケンベルガーは優しく笑う。

ミュッケンベルガーが俺の方にゆっくりと近づいてきた。長身の元帥が両手で俺の肩を掴む。
「頼むぞ、ブラウンシュバイク公」
「はい」
涙が零れた……。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧