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ソードアート・オンライン~隻腕の大剣使い~

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第36話黄昏た夕空の上で

 
前書き
アインクラッド編、完結 

 
フェニックス、という名前を知っているだろうか。それは不死鳥とも呼ばれ、死を迎えて灰となり、新たな生を迎える鳥。死んでは蘇り、死んでは蘇りを繰り返す美しい幻想の生き物。
今この場所にも、一度限りの蘇生を迎えた不死鳥がいる。いや、その者は不死鳥ではない。永遠の命を持つ怪物でもない。鉄で造られ、全100の階層に構成された異形の浮游城、アインクラッド。その節目である第75層の王がいた空間で、この浮游城全体の、この世界の神に心の臓を貫かれた少年。空想上で最も強いと呼ばれる獣、竜の名を持つ少年ーーーライリュウ。《隻腕のドラゴン》、または《隻竜》の異名を持つ竜の剣士である。

「《聖夜の輝石》・・・!」

「当たりィィィィ!」

死後10秒以内の間のみ、死者蘇生を可能とする《聖夜の輝石》。それはキリスト教誕生の日を祝う聖なる夜、この城のとあるモミの木に舞い降りる赤き衣を纏う巨大な傀儡を撃破し、奪う事で手中に納める贈り物。それを手にした《黒の剣士》から親友の《隻竜》へ、《隻竜》から妹の《竜の巫女》へ、そして《竜の巫女》から《黒の剣士》へと渡り、死滅したはずの《隻竜》に生命の息吹きを吹き込んだ奇跡ーーー否、輝石である。
竜の翼(ドラゴンビート)》の名を持つ大剣を構え、振り上げる先に立つのは世界の神。攻防自在の剣と盾を誇る《神聖剣》ーーー茅場晶彦。鋭く巨大な《ドラゴンビート》の斬撃を防ごうと《神聖剣》の盾を構えーーー逆に弾かれる。死の間際まで少年が振るっていた青眼の悪魔の剣をも軽々と防ぎ、最後の一突きで粉砕させた盾が、竜の翼に押し負けた。剣を振るう強さが先ほどよりも強かったのか、否、全く変わらない。茅場の踏み込みが甘かったのか、否、盾の構え、体勢、踏み込み全て完璧だった。それなら何故弾かれたのか。それは、少年の剣がーーー

「《ドラゴンビート・巨人の信念(ギガントエディション)》!!これはオレの仲間、《リトルギガント》たちの武器(タマシイ)が込められた剣だ!!」

この世界に命を奪われた親友たちの力ーーー武器(タマシイ)が込められているから。その剣を手にしたのは、《黒の剣士》キリトとの決闘の後まで時を遡るーーー

回想、第48層・《リンダース》

『リズさーん!いるかー?』

『ライリュウ!あんたこれからボス戦でしょ!?武器の手入れはもうやってあげたし・・・』

『いやー、ちょっと頼みたい事があってさ・・・コレを《ドラゴンビート》に使ってほしいんだ』

『コレ・・・《リトルギガント》の?おまけにミラの《刀》まで・・・』

『コイツらと一緒に戦いたいんだ。頼む』

『・・・分かったわ。すぐ済ませるからちょっと待ってて』

腕利きの鍛冶屋、リズベットの手によって《リトルギガント》の武器で強化された剣。それが《ドラゴンビート・巨人の信念(ギガントエディション)》。彼は一人じゃない。仲間と共に戦っている。

現在、第75層・《迷宮区塔ボス部屋》

「仲間の魂・・・なるほど、手強いな」

茅場晶彦は《リトルギガント》を知らない。彼らは当時、決して強いギルドではなかった。規模はライリュウを含めて6人の小規模のギルド。途中から加入したライリュウに攻略組に鍛えられ、殺人集団によって帰らぬ存在となった。実力では強くはなかったーーーだが、実力よりも強い物がある。それは全力で生きようとした、全力で戦ってきたーーー信念と魂。想いはいかなる剛や武をも超越する力となる。

「驚くのはまだ早すぎるぜ・・・?」

ライリュウはまだ隠している。巨人の信念(ギガントエディション)の真の力を。
彼は剣を真っ直ぐ茅場に向け、自分の顔の横に鍔が重なるように構えた。あれは突きの構え。そんな物を見せたら次の攻撃が先読み出来てしまう。盾を前に構えるか、カウンターで逆に剣で胸を貫くか、それ以前に避けるか、様々な対応を考える事が出来る。ライリュウはその体勢で剣に青白いライトエフェクトを灯す。あれは茅場が作ったソードスキルの構え。だが、あれは《両手剣》のソードスキルではなくーーー

「《ヴォーパル・ストライク》!!」

「何ッ!?」

《片手剣》突進系ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。あれは《両手剣》では発動する事が出来ないはずの技。茅場はそれに驚き反応が遅れ、右脇腹を大きく斬り裂かれた。これはまさにイレギュラーな事態なのであろう。だがイレギュラーとはいえソードスキル、硬直しない訳がない。この隙に攻撃を仕掛けようと茅場はライリュウへ向き直ったがーーー《クナイ》のようにこちらへ真っ直ぐ投げられた《ドラゴンビート・巨人の信念(ギガントエディション)》の接近に気付く。

「クッ!!」

それをギリギリ盾で跳ね返したが、ライリュウがそれを空中でキャッチし、《チャクラム》のように投げる。それは盾に触れる事もなく、剣を握る茅場の右腕を斬り落とす。

「どういう事だこれは・・・!」

「"想いはいかなる剛や武を超越する力となる"・・・それこそ、神様(アンタ)が作ったシステムなんざ完全に無視出来るくらいになァァァァァァ!!」

未だに今起きている状況を信じられずにいる茅場に、ライリュウは斬り掛かる。その一撃は全てを断ち斬る侍の剣ーーー《刀》。《刀》単発系ソードスキル《辻風》。その一撃、一斬は茅場の盾を一刀両断し、強固な壁を光を破片と化した。

「オレが今まで放った技は、全て仲間たちの・・・《リトルギガント》の力だ!!」

《ヴォーパル・ストライク》は明石翼の、《クナイ》のような投剣は河村亜利沙の、《チャクラム》の軌道は雨宮かんなの、《辻風》は妹、神鳴未来の力。ライリュウは《神聖剣》の剣と盾、両方を失った茅場に急接近し、最後の一撃ーーー

「これで終わりだァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

霧島弾の力、《槍》突進系ソードスキル《フェイタル・スラスト》を放ちーーー茅場の心臓を貫いた。

「・・・見事だ、ライリュウくん。私の・・・負けだ」

茅場晶彦は自分を貫いたライリュウを見て、どこか清々しそうに敗北を認めた。とても満足そうな顔でーーー

「・・・オレの名はライリュウじゃねぇ」

茅場晶彦に呼ばれた名前を、ライリュウは否定する。そして、顔をあげたライリュウは言葉を繋ぐーーー

「オレの名前は《隻腕のドラゴン》ライリュウじゃねぇ。アンタの世界を壊した《小さな巨人》、神鳴竜だ・・・!!」

このセリフ機に、この世界の神はーーー茅場晶彦は光欠片となり、世界から消滅した。
そしてーーー

【11月7日14時55分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました・・・】

アインクラッド中にアナウンスが流れ、全プレイヤーにゲームのクリアが報じられたーーー




******




ゲームをクリアした少年、神鳴竜は目を開いた。そこはまさしく、黄昏た夕空の上。彼はそのーーー空に立っていた。

「ここは・・・」

彼は自分が立っている場所がどこなのか確認しようと、右手でシステムウィンドウを開いた。そこに表示されていたのはーーー

【最終フェイズ実行中、54%】

これは何を示しているのだろうか。彼にもそれは分からないだろうーーー

「竜兄!」

「!?」

突然、自分を兄と呼ぶ声が聞こえた。その声の主は最も自分と近い存在。その声の聞こえた方へ振り向くとーーー

「未来!?」

神鳴竜の妹、周りの人間からミラと呼ばれていた少女、神鳴未来。第47層の自宅で帰りを待っていた妹が、自分の目の前にいる。その妹は兄である竜に駆け寄り、抱擁を交わした。

「終わったんだね・・・」

「あぁ、終わったよ。ところでここはどこだ・・・?」

抱き合った兄妹は戦いが終わったことに喜び、兄は喜びつつも自分たちが今立っている場所に対する疑問をぶつけるがーーー自分たちよりも遥か下に浮かぶ浮游城を眺めて、現状を把握した。その浮游城アインクラッドは、ボロボロと外装の下の部分から崩れ初めている。

「中々に絶景だな・・・」

『!?』

二人の他に誰か、男性の声が聞こえた。その声の主は彼らのすぐ側にいた。それは今まで彼らがいたあの城の世界観とはかなりかけ離れた研究者の白衣を着た男、彼らをあの城に閉じ込めた張本人ーーー

「茅場晶彦・・・!!」

茅場晶彦ーーー《ソードアート・オンライン》というデスゲームを開発し、つい先ほど神鳴竜に心臓を貫かれた男。

「現在、アーガス本社地下5階に設置されたSAOメインフレームの全記録装置で、データの完全消去を行っている。あと10分ほどで、この世界の何もかもが消滅するだろう」

SAOーーー《ソードアート・オンライン》休まずを動かしていたアーガス本社の地下5階、そこに設置された装置でデータで出来たこの世界の全てが消滅する。つまりあの城は完全に崩れ落ちるという事。ただ、気掛かりなのは他にあるーーー

「あそこにいた人達はどうなったの?」

あの城にいた全SAOプレイヤー達。あの城が崩れ落ちれば、それと同時に全プレイヤーがこの空から落ちる。だが、このような人道から外れた行為を行ったこの男も、そこまで考えていない訳ではない。

「心配には及ばない。先ほど、生き残った全プレイヤー6147人のログアウトが完了した」

自発的ログアウトが出来なかったプレイヤー達は無事にSAOから解き放たれ、現実世界に帰還した。それは安心出来たが、ライリュウは今まで死んでいったプレイヤー達を思い浮かべていた。

「死んだ連中は・・・今までに死んだ4000人はどうなったんだ?」

「彼らの意識は返ってこない。死者が消え去るのはどこの世界でも一緒さ・・・例外はあったようだがな」

今までに死んでいったプレイヤー達はもう目覚める事はない、それは分かりきっていた事だった。それでも、竜は少し期待していた。実は彼らは生きていて、自分達の帰りを待っているのではないかと。だが茅場が最後に言った「例外」という言葉に、引っ掛かりを感じた。きっとそれを問いただしても答えるつもりはないのだろう。

「何で・・・何で、こんな事したんだ?」

「何故・・・か」

竜は茅場に質問した。何故《ナーヴギア》、および《ソードアート・オンライン》を開発し、ゲームオーバー=死のデスゲームを開始したのか。彼はどうして、4000人の死者を出したのかーーー

「私も長い間忘れていたよ。何故だろうな・・・フルダイブ環境システムの開発を始めた時、いや、その遥か以前からあの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を造り出す事だけを欲して生きてきた」

彼はーーー現実世界を越えたかっただけだったのかもしれない。巨大の敵を打ち倒し、剣を交え己を高める世界が欲しかっただけだったのかもしれない。そんな仮想世界は間違いなく現実世界を超越出来ただろう。ただ、彼はその方法をーーー間違えてしまった。

「そして私は・・・私の世界の法則をも越える物を見る事が出来た。空に浮かぶ鋼鉄の城に私が取り憑かれたのは、何歳の頃だったかな・・・この地上から飛び立って、あの城へ行きたい。長い長い間、それが私の唯一の欲求だった」

あの浮游城アインクラッドは、自分が幾つの時だったのか忘れるほど茅場が幼かった時から、描かれていた仮想(ユメ)だったのだろう。大地に立っていては届かないあの浮游城へ行きたい。彼はそれだけーーー世界を広げたかったのだろう。

「私はねぇライリュウくん、まだ信じているのだよ。どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと・・・」

「・・・あぁ、そうだといいな」

世界は境界線が重なって出来ている。自分達が当たり前だと思っている世界、ありえないと思っている世界、そんないくつもの世界が重なって出来ている。そのいくつもの世界の一つに、あの浮游城がある事をーーー茅場晶彦は信じている。
今現在、崩れている浮游城の外装はただのデータとなり、消え初めている。境界線の重なった世界に、茅場が新たに生み出し、重ねた世界の一つが今ーーー崩壊を進めている。

「言い忘れていたが・・・」

茅場は世界が消える前に、彼らに伝えなければいけない事を思い出した。それはーーー

「ゲームクリアおめでとう。ミラくん、そして・・・神鳴竜くん」

ゲームクリアの祝いの言葉。ゲームマスターとして、これだけは絶対に伝えなければいけない。茅場が竜の名を知っている事に未来は一瞬驚いたが、兄ならきっとそうするだろうと、妹として彼を支えていた彼女は分かっただろう。

「さて、私はそろそろ行くよ・・・」

茅場は別れの挨拶を言い、神鳴兄妹が見届けた頃にはもうーーー茅場晶彦という男は、煙のように消えていた。

「ねぇ、竜兄・・・」

「ん?」

「ログアウトするまで・・・甘えさせて?」

「・・・いいよ」

茅場晶彦が消えた後、妹の未来の頼みを兄の竜は聞き、見えない床のような所に足をぶら下げて座りだした。未来は竜の身体に体重を掛け、肩に頭をのせた。

「・・・キリトくんとアスナさん、やっぱり向こうで付き合ったりするのかな?」

「そりゃそうだろ。あの二人がゲームの中だけの関係で終わらせると思うか?むしろ人目に憚らずイチャイチャしそうな奴らだぞ」

「ありえる!・・・あ!それあたし達のパパとママにそっくりじゃない!?」

「あぁ~そういえば・・・何かデジャブみてぇなモン感じると思ったら身内かよ。どこにでもいるんだな」

「そういえばパパとママ、元気にしてるかな?」

「元気だろ。むしろオレ達の病室でイチャイチャしてんじゃねぇの?」

「だよね~!」

それから他愛もない兄妹の会話は続き、もうすぐ世界が終わる時が迫っている。

「・・・オレ、翼や弾やかんなに亜利沙、どうしてか分かんないけど・・・みんながオレ達をどこかで見てる気がするんだ」

「・・・そうだね」

「だからさ・・・一生懸命笑って、教えてやろうぜ?「心配すんな」・・・ってな」

「うん・・・「あたし達はもう、大丈夫」ってね」

かつて死んでいった友は、きっとどこかで彼ら兄妹を見守っている。そう思うからーーー安心してもらおう。そう決意を固めた兄妹であった。
笑い合った兄妹は再び抱擁を交わし、崩れ去る浮游城から発せられた光を浴び、この世界から消えたーーー




















だが、悲劇はまだ続いていた。
 
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