犬の仕返し
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1部分:第一章
第一章
犬の仕返し
宮脇真一郎は中学校に自転車で通っている。田舎の学校で辺りは田んぼだらけでそののどかな中をいつも通っているのである。
学校まで彼はいつも一人だ。一人の方が気楽だと思ってもいる。この日もスポーツ刈りの頭に白い学校のヘルメットを被ってその自転車に乗っていた。のんびりと自転車を走らせていると目の前に犬がいた。
白っぽい茶色の毛を持つ犬だった。やたらでかく舌を出してへっへっ、としている。よく見れば彼の家の近所の高坂さんの飼い犬であるメケであった。もう十年以上生きているかなり高齢の犬である。
「おい、メケ」
彼は自転車を進ませながらそのメケに声をかけた。メケは何とこちらに横顔を見せて道の真ん中に座り込んでいるのである。実に邪魔であった。
「どいてくれないか?」
だがメケはどくつもりはなかった。相変わらずそこに座ってへっへっ、としている。それだけである。
「どかないのかよ。困った奴だな」
仕方なく彼がどくことにした。不満だが犬を轢くわけにはいかないのでそうするしかなかったのである。ところが。
よけそこねてしまった。それでメケの尻尾を轢いてしまったのだ。見ればその尻尾もかなり大きく長い。そんなものを道にやっているからこうなったのだがそれでもメケは鳴いた。
「ギャン!」
「あっ、御免」
真一郎は咄嗟に謝った。しかしその時だった。
「何をする!」
「えっ!?」
何とメケが喋ったのだ。キッとこちらを向いて怒った顔をしている。
「痛いだろうが、真一郎」
「痛いって御前、何で」
「!?どうした!?」
メケは驚く彼に対して言う。彼が驚いているのがわからないといった様子であった。
「俺の顔に何かついているのか?」
「どうしたもこうしたもないだろっ」
真一郎は自転車を停めていた。そうしてそこからメケに対して言うのであった。自転車には乗ったままである。
「何で御前」
「話せることがか」
「そうだよ、一体どういうことなんだよ」
「何でもないことだ」
メケにとってはそうであるらしい。彼は平然としていた。
「言いたいのはあれだろう?俺が今話していることだな」
「そうだよ」
それ以外の何があるというんだ、真一郎はそう言いたかった。
「何で犬が人間の言葉を」
「俺はもう十二年生きているんだぞ」
これがメケの言い分であった。
「話せて当然だろ。字は書けないがな」
「そんなのが理由になるのかよ」
「なるっ」
メケは胸を張って強引に言ってきた。
「充分にな」
「それでなったら凄いぞ」
真一郎はメケのその居直りめいた言葉に戸惑い呆れながらもそう言葉を返した。
「何でそんなふうに」
「生きているってことはそれだけのものがあるんだ」
メケはまた真一郎に述べた。
「だからだ。わかったな」
「わからないよ」
真一郎は口を波線にさせて述べた。
「全然な」
「やれやれ、強情な奴だ」
メケはそんな真一郎の言葉を聞いて呆れてみせた。前足を人間の手のように動かして肩をすくめてみせたのである。不自然ではあるが人間めいた動きであった。
「そんな奴だとは思わなかったよ」
「思う思わないは勝手だよ」
真一郎はまたメケに反論した。
「メケのな」
「じゃあ俺が話せることは納得しないのか」
「するわけないじゃないか」
結構ムキになって言い返した。
「どうして納得できるんだよ、そんなことが」
「じゃあもう一つ見せてやる」
メケはここでまた言うのだった。
「面白いものをな」
「面白いもの?」
「そうだよ、今御前俺の尻尾踏んだよな」
メケはそこを抗議してきた。
「それは覚えているよな」
「うん、御免」
真一郎もそれは覚えている。だから彼に謝罪した。
「悪気はなかったけれど」
「だから極端にはしないさ」
メケもそれはわかっている。だがどうしても仕返しをしたいというのがまじまじとわかる。彼とて尻尾を自転車で踏まれてはかなり痛いのである。
「少しな。痛い目に遭ってもらうぞ」
「痛い目って?」
「立ってみろ」
そう真一郎に告げる。
「そうしたら俺が生きて言葉を喋れるようになったこともわかるからな」
「それでわかるとは思えないけれど」
「いいから犬の話は聞け」
人の話と表現しないのがミソであった。メケは犬だからだ。人間の言葉を話して人間めいた仕草をしてもやっぱり彼は犬なのだ。
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