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北京の怪物

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1部分:第一章


第一章

                   北京の怪物
 今北京では一つの噂話があがっていた。それは本来共産主義国家では有り得ないことだった。
「嘘だろ!?」
「いや、本当らしい」
 市民達は集まればその話をする。誰もがその話を聞いて有り得ないと思いつつも心の何処かで信じていた。
「まさか本当にそんなことが」
「けれど本当らしいんだ」
 ここで常に本当であるということが強調される。本当かどうかわからないがこうした噂話の常でいつも本当のことにされてしまうのである。
「見た奴もいる」
「そうなのか」
 それを聞くと本当だと思ってしまう。何時でも何処でも噂話とはそういうものである。
「真夜中に道にゴミを捨てると」
「出るのか」
「それもかなりおっかない奴らしいぞ」
 彼等は震える声で言う。まるで江戸川乱歩の小説で二十面相の変装が街に出た時のようだがここは北京だ。だがそっくりそのままの感じになっていた。
「口が耳まで裂けていて」
「耳までか」
「風の様に速く走って来るらしい」
 こうも言われる。
「そしてゴミを捨てた奴を」
「食ってしまうのか」
「そうさ、それも頭からバリバリとな」
 どうしてもこうした存在は人を食ってしまうものだ。それも非常識な能力を備えているのだがここでもそれは全く同じであった。しかも姿まで同じようなものだ。
「その場で食ってしまうらしい」
「それで食われた奴は?」
「酔っ払いとか乞食とかが随分やられているらしい」
 あくまでらしいであるが。犠牲者が出るとこれまた話に信憑性があるとされる。
「だからだ。いるのは間違いないぞ」
「おっかない話だな」
 人々はそう結論付ける。
「この街にそんなのがいるなんて」
「だからだ。夜道には気をつけろよ」
 全く別の意味で皆が使う言葉が述べられる。
「いいな」
「そうだな」
 市民達はそんな話を家の中でも会社や学校の中でも外でも挙句にはネットでも話をしていた。電話でもそうであるし警官達もまさかと思っていたがどうしようもなかった。噂を消そうにもこれは別に政府が神経を尖らせる類の話ではないしそもそも実際に何かがいるようなのだ。だから彼等もかえって迂闊に動けなかったのだ。
「しかし。本当にいるのかね」
 そのうえで皆こうも考える。しかし本当に食べられては元も子もないので実際に試してみようという人間はいなかった。少なくとも今までは。
「いないかも知れないな」
 一人位はこう考えるものだが今ここにその一人が出た。彼の名を王建国という。北京のある大学に通う大学生だ。趣味は読書と音楽鑑賞というごく普通の若者だ。髪は黒く中肉中背である。外見は穏やかでここもごく普通の若者であった。
 その彼がこう考えるようになったのは悪意も何もあったのではない。好奇心からだ。だがこの好奇心が曲者だったというわけなのだ。
 
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