ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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~銃声と硝煙の輪舞~
語り間
順を追って話そう。
黒峰重國はそう切り出した。
「小日向相馬が明確に動き出したのは、今から遡ること六年前になる」
「六、年前……」
「……何か心当たりでも?」
「い、いや、続けて」
僅かに乱れた少年の口調を読み解くように、揺れた心の内を見透かすように、真っ白になった眉の奥から老人は蓮を見ていたが、とくに気に留めずに言葉を続けた。
「初めはまっとうなものじゃった。雑誌に投稿された『フラクトライトの存在』、そこから学会を揺るがす最年少ノーベル物理学賞受賞者。じゃがその名誉を皮切りに、小日向相馬の存在は各国の軍事分野の技術顧問や開発リーダーといった、《世界の闇》に足を踏み入れた」
「でもそれっておかしくない?軍事って国の最高機密でしょ?いくらちょっと頭がいいからって、他国の人間をそこに配置するの?」
黒峰重國は思わず笑う。
今ことここにおいてまだあの男を、ちょっと頭がいい、なんてレベルで語る少年に、笑う。
「普通ならそうじゃろうな。現にアメリカはその最たるものじゃ。同盟国とはいえ、所詮は他国の人間。技術は自前でどうとでもなるから関わるな、と」
だが、と老人はそこで言う。
「蓮君、想像もしてみたまえ。小日向相馬。彼が技術提供をした国と自国、この間の武器の違いが火縄銃とアサルトライフルくらいに開けたら……どうする?」
「…………は?」
「過去、織田信長が隊を複数に分けて初めて成した火縄銃での連続射撃。それよりも精度の高い、さらに安定して連続して撃てる銃を歩兵単位で揃えられたら。さすがに大国と言えど、手のひらを返さざるを得なくなるとは思わんかね?」
黙りこくる少年に畳みかけるように老人は続ける。
「蓮君や。君の中の兄がどんなものだろうが、世界的に見て小日向相馬はその次元なんじゃよ。金の卵を産むニワトリやガチョウ、一国に一人。そんなレベルなのじゃ。片手間で誰も思いつかなかったような理論を提示し、それを基に現代では実現不可能と思われたモノを造り出す代替不可能な存在。行き詰っていたところに通りざまでブレイクスルーを引き起こしていくような存在」
テクノロジーとはその名であり、その名が選んだ者のみがテクノロジーの恩恵を享受することができる。
勝ち組となる。
そんな、いっそ神格化されつつもある研究者であり、探求者であり、開発者。
科学技術の提供者であり門番。
IT革命以来の技術的特異点。
例えば、と。
手元を操作した重國によって、壁に移るスクリーン映像が切り替わる。
映し出されたのは写真。戦車の砲弾のようなものや、長いクレーンのようなもの。他にも何のためかよくわからないような無骨な鉄の塊が映し出されていた。
「これは中東で反政府軍に提供された電磁パルス弾《Os#FFFF00》、通称エレクトロオーバー。高高度核爆発くらいでしか起こらん広範囲にわたる電磁パルスの散布を、この弾丸単体で半径五キロに撒き散らせる。この写真では戦車の榴弾じゃが、歩兵の持つRPGなどでも撃てるタイプもあった。これによって中東の紛争はかなり泥沼化したんじゃ」
こっちは、とマウスカーソルが動き、変な形の長いクレーンに移動する。
「ノルウェーで建設された、海上設置型マスドラバーじゃな。ほぼ山岳地帯であるノルウェーじゃが、海上から発射できるこの方式なら、いくらでも人工衛星だろうが大陸間弾道ミサイルだろうが撃てるじゃろう。現に近年におけるノルウェーの打ち上げ回数は異様じゃ。あまり注目されていないのは、途中で落ちた回数もまた多いからかもしれんがな」
他にも、と老人は続ける。
歩兵の運用が兵器のそれと同じレベルまで吊り上げられる駆動骨格。本来ならかなりの時間をかけて完成できるトーチカを即席で作り上げられる携帯要塞。さらにはオーストラリア軍で正式運用が秒読みとなっている艦載兵器、重粒子加速投射砲などなど。
出るわ出るわ、死の商人も裸足で逃げ出すような《戦歴》が、そこにはあった。
群れでではなく、単体で既存の戦術戦略を新たに見直さないといけないレベルの兵器が陳列されている。
「とはいえ、無論鉄臭くないモノも存在しておるよ。表世界での業績の大半がそれじゃ。三種類のエイズに対する新薬の開発、人の流れに干渉することによって犯罪や事故率が軽減する都市モデル理論の構築……珍しいもので言えば、現場の遺留品の表面についた僅かな傷をレコードのように読み取って当時の状況をデジタルに再現する技術、なんてものもあったな」
「…………シゲさん」
黒峰重國は気付かない。
ほんの少し、気付かないほど微量ながら車椅子に座る少年の肩が強張っていることに。
「兄ちゃんは……小日向相馬は、何をやろうとしているの?」
「ふむ、重要なのはそこじゃな。死の商人が武器を売るのは金が欲しいからじゃ。だが、彼奴の場合それは当てはまらん」
「何で?」
「桁の違いじゃよ。メジャーリーガーが年間何億でスカウトされると思う?それを同時に受けるようなものじゃ。冗談抜きで世界に流通している総紙幣のパーセンテージに載るくらいには金を持っておるだろうよ」
「……………………」
一瞬少年は、それならもっと仕送り多くしてくれてもいいのに、と思ったが黙っていた。
代わりに
「なら、それ以外の目的か」
「おそらくな。実際、小日向相馬が協力、提携した国家には明らかな意図が感じられる」
スクリーンが変転する。
現れたのは世界地図。だが、ところどころの国が赤く塗り潰されていた。
「赤い国が、彼奴が直接的であれ間接的であれ技術提供した国じゃ。さて蓮君や。この図を見て、どう思う?」
「……ヨーロッパ辺りを除いて、先進大国が軒並みない?」
警戒色である赤に塗り潰された国は全世界的に散らばっている。だが、世界の中心といっていいアメリカやロシア、中国にはマーカーがついていなかった。
「その通りじゃ。アメリカ、ロシア、中国、そして日本。EU界隈を除いてヤツの軍事介入はほとんどない。……まぁ正確に言えば、アメリカにせっつかれて、イージス艦に積む新しい戦略AI開発プロジェクトに関わっているという情報も入っているが、これは除外してもいいじゃろうな」
「何で?戦略AIなんて、かなり兵器って印象受けるけど」
「キューバは知っておるか?世界で合衆国に一番近い反米国家じゃ。最近でこそ改善されてきたが、いずれにしてもアメリカ側からすれば要監視対象なのは変わらんじゃろうな」
「はぁ…きゅーば」
車椅子関連の事情で学校にも満足に行けていない少年はのんきに生返事を返す。
正直世界地図さえ満足に覚えてないのに、いちいち国家間のギスギス関係などチェックしている訳がない。まだまだ政治には興味が出ないお年頃なのだ。
―――闘牛で有名なトコかな?
それはスペイン。
「そこがどうかしたの?」
「ここでも小日向相馬は兵器開発を行っておってな。開発コード《Os#7FFFD4》、通称はサルガッソー。有名なバミューダトライアングルの真実とも呼ばれている説をそのまま兵器転用したようなモノじゃ。莫大な量の気泡を発生させる子弾を本弾から大量に海中にバラ撒き、海上を通る船を支える浮力を無力化する……言うなれば多少インテリぶった機雷のようなものじゃよ。まんまと発動すれば、船の墓場が出来上がるじゃろうな」
「そうか、さっきのアメリカで開発されたAIを積んでても……」
「対艦兵器じゃからなぁ。しかも当たらなければいい従来の機雷と違って広範囲ときておる。下手すればキューバのある大西洋側全ての港が使い物にならなくなるかもしれん。そうなれば彼奴が積極的に関わっているヨーロッパへの軍事介入手段の一つが潰れたことになる」
そこで老人は言葉を切り、煙管を吸って紫煙を吐き出す。
甘い香りが鼻腔を刺激するが、それをほとんど意識せずに蓮は頭をフル回転させていた。
次世代兵器を造り出す金のニワトリ。
先進大国への意図的な技術提供の断絶。
それによって先進国はどう思う?
周囲の国の軍備レベルが急速に自国と離れていくと知ったら?
「…………………………まさか」
行きついた恐ろしい考えに、思わず唇の合間から呻き声が漏れた。
認めたくない。だが、認めざるを得ない。
それほどまでに、《露骨》だった。
「戦争……?」
「そこまで短絡的に行くかどうかはわからんが、このまま順当に行けば二年後辺りには笑い話では話せなくなるかもしれんな。それほどまでに、完全に蚊帳の外に置かれている中露と他先進国家間の軋みが激しい。まぁ今まで技術の壁という越したくても越せないモノで押さえつけられていた反動かもしれんがのぉ」
眩暈が起こりそうな言葉だった。
戦争という現実離れした単語そのものにではない。それを起こそうとしているのが身内であるという事実に頭を抱えそうになり、またそれを為そうとしているのが『あの』兄であるという事実にどこか納得してしまう自分がいることに顔を覆いたくなった。
「兄ちゃんは、何でそんなことを……」
「問題はそこじゃ。金が欲しい訳でもない、技術をひけらかすような幼稚な人格構成もしておらん。ただ全てを大戦のために捧げておる。ならばなぜ、彼奴は戦争を起こしたがっておるんじゃ?デメリットしかなかろうに……」
老人の言葉の後半はもう、自分自身に問いかけたような言葉だった。
カコォン、と響く鹿威しの音が響き渡る。
「実際、公安のチヨダとかはもう動き出しておる。ロシアや中国もとっくに動き出しておろう。大国2つを相手取って、ヤツに利することは……?」
今、肉親が指名手配されているという不穏極まりないワードを聞いた気がするが、そこはもうスルーする方向にするとして、車椅子の少年はこほんと咳払いひとつして思考に没頭しそうになっている重國を引っ張り戻す。
「と、とにかく、兄ちゃんが戦争を起こそうとしているのは分かったよ」
この場合、この情報の真偽はあまり関係ない。
ここまで《深い》情報へ潜れるツテを持っていない少年には、正しい情報を手に入れることすらできないし、確かめることもできない。
だが蓮はそこを、眼前の老人を信じるという形で無視した。
そして
「――――で、本題は?」
問いかける。
ニィ、と。
音もなく老人の口が裂ける。それはまるで、歳経た獣がのそりと動き出したような凄みがあった。
手が伸びる。
ゆったりとした甚平の懐を探る腕が取り出したのは、一見ルービックキューブを一回り小さくしたような立方体だった。
ツヤのないマットブラック塗装された表面は、よく見ると線が走っており、その内部からうっすらと放たれる青い光を透過していた。
どこか神秘的な引力を放つその小さなハコは、音もなく畳の上に置かれた。
「……これは?」
「ダミー・レコード」
眉根を寄せながらその物体を眺める蓮の問いは短い単語で返された。
「不死への切符じゃ」
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「急に加速し始めたな話が……」
なべさん「まぁ、今までお兄様の話が全然出て来なかったからね。ちらほらとは出てたけど、輪郭をぼかしてたし」
レン「ここに至って、よーやくはっきりしてきたって?」
なべさん「うむ。それでも、まだ戦争の先に何したいの?っていう根本的なトコが分かってないから、中途半端感はぬぐえないんだけどね」
レン「話の規模がデカくなってきた……」
なべさん「逆に聞くけど、何でデカくならないと思っていた?」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
――To be continued――
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