とある科学の傀儡師(エクスマキナ)
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第25話 プール掃除にて
前書き
今回も長めです
とある高速道路の橋の欄干に黒髪の女性が腰掛けていた。
耳にはイヤホンを入れ、音楽を聴いてリズムに乗っている。
黒いぶかぶかの服には袖が破かれたように不規則な切れ込みがあり、欄干の上で風に棚引いている。
どこからかの視線に気が付き、女性は耳からイヤホンを外した。
「どうも皆さん。お久しぶりですねフウエイです。いやー、このレベルアッパーという曲は良いものですね。昔に起きた事件からインスピレーションを受けたみたいです」
女性は欄干から飛び降りると印を結んで黒い砂を集めると、塊を造りその上に飛び乗った。
「皆さん、第1章の話はいかがでしたでしょうか?サソリ様の勇姿を見ることが出来て私は大満足でございます」
すっかり、綺麗にならされた橋の下に降り立ち、かつてここで起きた事故を思い出しているようにフウエイは目を閉じた。
風感じ、砂埃が混じる空気が鼻腔を刺激する。
少しだけ左脚が軋み、裾を持ち上げると木製の義足が姿を現わす。
さすりながらフウエイは、視線を戻した。
「これで第1章は終わりです。いよいよ第2章に物語は移行していきます......おっと」
左脚の義足をしまうとフウエイは、バランスを崩しそうになり、手を突いた。
「あはは、すみません。結構使ってますんで大分傷んでいるみたいですね」
フウエイは印を結ぶと周囲に散在している黒い砂、砂鉄を集めて掌で四角錐を造り、クルクルと回転させる。
すると、嬉しそうにニコニコと笑顔を見せた。
「その前に私の事を覚えてくれた方がいたようですね。私感激しちゃいました!私は第2章から本格的に本編に参戦する予定です」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、あっかんべーの体勢を取る。
さて、どのように出るんでしょうね?
フウエイは、黒い服のポケットから古めかしいカエルのキャラクターがプリントされたバッジを懐かしそうに眺めた。
バッジの裏には、漢字で「風影」と達筆な字で書かれている。
ひとしきり眺め終わるとポケットにしまう。
「さて、第2章に入る前にちょっとした話が入ります」
レベルアッパー事件が解決しましたが、その後の事後処理に追われる御坂様達。
そして、第1章でサソリ様が不良の男性に絡まれていた女性を助けていました。
しかし、その女性がサソリ様を見つけた事によりちょっとした騒動を引き起こしてしまいます。
今回は、そんなお話から始まります......
******
レベルアッパー事件が解決した翌日、御坂と白井は罰としてプールの掃除をさせられていた。
「ふー、あっづー」
今は7月の終わりに近い方。照り付ける容赦ない日差しに額の汗を拭いながらブラシでヌルヌルとしたプールの底を擦っていた。
木山を捕まえた
原子実験炉を守りました
レベルアッパー使用者が次々と意識を取り戻していきました
やったー!終わり
という事には残念ながらならない。
後始末というのがある訳で......
レベルアッパー使用者が全員無事に恢復したのを確認、レベルアッパーを回収するなどジャッジメントとしての処理が山積みの白井に付き合った為、御坂と白井は仲良く寮の門限をオーバーした。
そのため鋭い眼鏡を掛けた堅物の寮監の女性(絶賛婚期を逃し中)にこってり絞られた後にプール掃除を罰として課せられたのである。
「朝からやってもう昼過ぎだってのに、三割も終わっていないってどういう事!?あー、サソリが居れば寮監の目も幻で掻い潜れたかもしれなかったわ」
AIMバースト戦の後、サソリは強制的に病院に連れて行かれて入院を余儀なくされた。
左腕は傷こそ酷いものの、骨には異常がなく安静にしていれば長くても二週間程度の入院で済むとのこと。
まあ、脱走したこととあたし達が手助けをしたから担当看護師さんからカルテで叩かれる制裁を揃って受けましたが。
たぶん、もう一回脱走したら面会謝絶の軟禁状態になるんじゃないかしら
惜しい人をなくしたわ
このプール掃除終わる気がしないし
善意で戦ったのに、この仕打ちはないわ
朝からずっとプール掃除をしていたので前屈みのままで同じ姿勢だったので腰が痛む。
御坂は、背中に拳を持ってくると軽く叩きながら伸びをした。
御坂と一緒にプール掃除の罰を受けている白井は、ブツブツと独り言を呟きながらブラシの柄に力を込めている。
なにやら考え事をしているようだ。
白井!お前はオレのものだ
サソリが言い放った言葉が白井の頭を駆け巡っていた。
一体、どういう意味ですの?
普通に考えれば告白とも取れる発言。
ま、ままままさか
サソリも私の事が......好き?
顔は真っ赤になるが口が軽く緩んでしまう。
男なんて馬鹿で愚かで頼りないと思っていましたに
そのどれにも当てはまらないサソリ
勇ましく、自分の身体を顧みずに私の事を守ってくれる殿方
今まで、お姉様に一方的な好意だけを与えてきましたのに......
今度は、サソリからこうも好意を向けられてしまいますと
困りましたわ
非常に困りましたわね
サソリの彼女になって、デートをしまして
親密になりまして、パネルアタックをして「YES NO 枕」を獲得したりなんかしまして(←!?)
タワシでもよろしくてよ!
「ねえ黒子!同じ所擦っても意味ないんじゃない?」
高速でブラシを一箇所集中で擦り、残像でプールの一部が霞んで見えない程になっている。
「は!」
既にペッカペカにプールの細かい凹凸までもが如実に出ている。
そのように御坂がブラシを杖代わりにして寄りかかると、ニヤッと笑った。
「サソリの事考えていたりしてね」
「な、何のことでしょうか?!お姉様!私があんなお子様に色香を感じるとでも?」
「いや、心配してるんじゃないかと思ったんだけどね......色香までは言ってないし」
「うっ!?」
御坂の顔が猫のように微笑んだ。
顔を真っ赤にしている白井の顔を覗き込む。
「さっさと付き合えば良いんじゃない?」
「そ、そんな事......ありえませんわ」
必死に御坂からの視線から逸そうと学園都市上空へ視線を飛ばす。
飛行機雲が通ってますの
あの飛行機の影の下は涼しいんでしょうかね?
普段、絶対に疑問に思わない事柄について考えて現実逃避。
白井は姿勢を正すと息を吸い込んで一気に早口で捲したてる。
「ま、まだそれなりに段階というものがありましてね。もし間違いがあったらどうしますの?そこがお姉様の甘い所と言いましょうか。女性同士では、大胆にいきますが、異性ならばそれなりに用意というものがありまして、私の魅力的なボディーでサソリを悩殺し、サソリが我慢出来ずに襲いかかってきた所では遅いんですわよ。ここは、慎重に慎重を重ねてまして......」
注(↑読まなくて良いです)
「早くしないと他の人に先越されるんじゃない?」
背筋をピンと伸ばし、演説している白井をやや下から見上げる姿勢で御坂が訊いた。
「んな!だ、誰が」
「さあね」
いつも揶揄われているので、ここぞとばかりにやり返す御坂。
******
レベルアッパーにより意識を失っていた佐天だったが、意識を取り戻し、病院の屋上から学園都市を眺めていた。
病院での入院着のままだ。
屋上のフェンスに手を掛けると、手から冷気が出てヒヤッと冷たい感覚が走る。
んー、なんかハッカを塗られたみたいにスースーする
これがあたしの能力?
ジッと手を見る。
夢の中で出逢った黒髪の女性って誰なんだろう?
サソリのお母さん?
結局、確認出来なかったけど
でも、微睡みながらもサソリが助けてくれた自覚はあった。
とてつもない怪物に挑み、傷だらけになりながらも倒した赤い髪の少年のシルエット。
サソリが助けてくれた
ううん、サソリだけじゃない
あたしを助けると公言してくれた親友の初春。
御坂さんに白井さん。
すると慌て階段を駆け上がってくる音が聴こえ、振り返る。
扉が力強く開けられて、初春が息を切らしながら安堵したように深い息を吐いた。
佐天は、手をあげて初春にフランクに挨拶をした。
「やあ、初春」
「やあじゃないですよ!病室にいないから探したじゃないですかっ!起き上がって大丈夫なんですから?どっか痛かったり吐き気がするとか......」
「アハハ、ちょっと眠ってただけだもん。すっかり元通りよ」
佐天は、自分の腕を見つめた。
手から僅かに漏れている冷気。
「それに何か得られたかもだし」
少しだけ胸を張る。
「で、でも安静にしていませんと」
「大丈夫よ。すぐに部屋に戻るから」
「「佐天さん!」」
初春より遅れること2分程、御坂と白井も屋上に走ってきた。
「御坂さん!白井さん!」
元気そうに初春と会話をしている佐天の姿に二人揃ってホッとした。
やってきた初春と御坂、白井の姿を見ると制服は汚れ、傷だらけで包帯を巻いているのに気がついた。
「......!」
佐天は、哀しげに前に傾けて長い黒髪で顔を覆う。
あたしのせいだ
あたしが倒れたから初春達に
包帯だらけの身体に佐天の心はグサッときたらしい。
「ありがとうございました。あたしの身勝手で」
佐天は頭を下げた。御坂達は顔を見合わせて、元気の無くなった佐天に更に心配してしまう。
「いいから頭を上げてください!」
「つまんない事にこだわって、内緒でズルして......みんなを危険な目に合わせて」
後悔の渦に入った佐天に初春がギュッ抱き締めた。
「大丈夫ですよ佐天さん.....,佐天さん......良かったです。もう会えないかと思って不安だったんですからぁぁ!」
初春の目から涙が溢れ出てきた。
一時は、引き裂かれる恐怖に対する涙から歓喜の涙へと変わり、初春は佐天の着ている病院着に顔を押し付けてしゃくりを上げている。
「ちょっ!!初春、力が強いって!」
「良かったですぅぅー!」
初春の抱き締めに掛かる力が段々強くなり、佐天の復活したての身体をキリキリ締め上げる。
「一件落着ですわね」
「そうね。あとはサソリの身体が心配だわ」
「えっ?」
佐天の身体がピクッと反応した。
「そうですわね。私がしっかりしていれば」
サソリに幻術を掛けられたことを思い出す。正気に戻った時は全てが終わっていて、サソリは病院へ強制送還されていた。
万華鏡写輪眼の能力はサソリが居た忍の世界でも随一であるから、白井が幻術に掛かるのは仕方ないことではあるが。
腕から血を流しながらも懸命に立ち上がり、戦いに身を投じる。
白井より少し背が高いだけで、特別体格が良いとかでなく、どちらかと言えば華奢な身体に信じ難い程の重しを背負っているかのような背中。
寂しさ、消え入りそうは後ろ姿に我慢出来ずに白井はサソリの前に出ていた。
結果として、サソリの負荷を大きくしただけで自分では何も成し遂げていないように感じた。
「さ、サソリがどうかしたんですか!?」
初春に締め上げられながら、佐天が目を見開きながら訊いた。
「あ、えっと......ちょっと無茶をしてケガをしたのよ」
あまり詳細に話さない。余計な心配はかけたくないし、何よりサソリ自身がそれを望んでいない気がした。
「そうですか......サソリも」
初春に御坂さん、白井さん、サソリ
みんながあたしが眠っている間に何が起きたのか分からない
けど、みんなが居て、頑張ったからあたしが目覚めることができた
期待を裏切ったのに、ズルをして能力を手に入れようとした自分を責めることもしない
夢の中で仮面を被った自分が言っていた事。
なんて自分勝手な女の子なんだろうね
何も出来ないクセに
周りに迷惑ばかり掛けて
きっと軽蔑しているんじゃない?
初春も御坂さんも白井さん、サソリも
今はその言葉を打ち消す材料が揃っていた。
妙に嬉しくて、自分がいかに弱いのかを知らしめられ、悔しさにポトポトと涙が溢れていく。
「えっぐ、えっぐ......ありがとう...... あり......がとう」
「佐天さん?!」
初春を優しく抱きしめ返した。
ずっと会えないと思っていたのは初春だけではない。
佐天だってその恐怖を味わった。
世界に拒絶され、少しの能力開花に喜んだら絶望に叩き落とされる。
でも、叩き落とされても助けてくれる人は必ず居てくれる。
初春、御坂さん、白井さん、サソリ
そして......サソリのお母さん
「怖かっよぉぉぉ!ゔいばる!もう会えないがど思っだよぉぉぉぉ!」
嗚咽を上げながら佐天は子供のように泣き出した。
迷子になって、暗くなっていく道を懸命に走りながら帰り道を必死で探している。
そこで懐中電灯を照らした初春達が見つけてくれた。
「おかえりなさい!佐天さん!」
息を切らしながら懐中電灯を照らす初春。
ホッとしたように微笑む御坂さん。
汚れながらも、ボロボロになりながらも学園都市の治安を守っている白井さん。
後ろで、面倒そうに頭を掻いているサソリ。
「ただいま!」
******
学園都市のビルの屋上に白と黒の半身のような姿をした奇妙な男が二人立っていた。
一方は石膏を掛けられたかのように真っ白な体表をしており、もう一方は夏場の日差しを受けた影のように真っ黒な色をした身体をしている。
どちらも不気味に光る黄色の眼を持っていて、顔の半分が火傷して癒着しくっ付いたようになっていた。
「失敗したね。任せろと言ってたのに格好悪いね」
「黙レ!邪魔サエ入ラナケレバ......」
白い半身が鋭利に尖った歯を揺らしながらケタケタと笑った。
その言葉に黒い半身は、耳まで裂けた口を震わしながら反論する。
「あははは、負け惜しみって奴?」
「......何故、コノ世界ニサソリガ居ル?」
「死んだはずだよね。どうする始末しちゃう?」
「イヤ、眼ノ事ヲ考エルト、迂闊ニ手ガ出セン」
サソリに開眼した新たな脅威
万華鏡写輪眼という存在に直面しながらも黒と白の半身は、沈み色味が落ちていく学園都市を眺めた。
「じゃあ、僕らの負けかな。復活には心の闇が必要だけど」
「ヤリヨウハ幾ラデモアル......行クゾ」
この世界は絶望に包まれている。
深い絶望は、必ず闇を生む。
白い半身と黒い半身は互いくっ付き一人の人間の形に近くなる。
肩下からトゲが飛び出して、大きな口を形成し二者を飲み込もうとする寸前で止まった。
それは、獲物を待つ食虫植物のように見えた。
「じゃあ、今度は僕の番だね。どんな感じで追い詰めようかな」
「遊ビジャナイ......真面目ニヤレ」
サソリが所属していた「暁」のメンバー「ゼツ」は学園都市のビルの中へとすり抜けるように沈んで行った。
******
佐天さんと再会してから翌日、御坂達は上記のようにプール掃除を罰として課せられていた。
そこへ。
「あら、どなたかいらっしゃって?......白井さん?何をなさってますの?」
フワフワと癖っ毛のある学校指定の水着を着用している女性が上着を着て、バッグを肩に掛けている。
もう一人は黒髪のストレートだ。
「あら」
白井は、振り返りながら見覚えのある顔にへなっと力を抜く。
「見ての通りのプール掃除ですわ」
「まあ、なぜ貴方が?」
「門限を破った罰ですのー」
「それはお気の毒ですわね」
黒髪ストレートの女性が苦笑いを浮かべた。
常盤大中学は学園都市でも屈指のお嬢様学校として知られ、立ち振る舞いや言葉の節々から上品さが出ている。
「そういう貴方達は?」
プール底から白井が逆に聞き返す。
「わたくし達は水泳部ですので濾過タンクの点検を。一年生の役割なのです」
御坂は、スクール水着を見やる。
黒子のクラスメイトみたいね
......て事は年下かぁ
発育がよろしくって結構ですな
スクール水着から少しだけ自己主張をする胸を見ながらムッとしかめっ面をした。
「あのー、お訪ねしたいことがあるんですけど」
クセっ毛のある女性が屈んで御坂に向けて手を挙げた。
!!?
マズイ口に出ていたかしら?
ゴホンゴホンと白白しい咳払いをした。
「赤い髪で黒服を着た男性を知りません?」
「赤い髪に黒服?知らないわね。SPの人?黒子は?」
「知りませんわ」
「そうですか......全く手掛かりがありませんね......」
シュンと涙目になるクセっ毛のある女性。
露骨に落ち込む女性に御坂は、小動物感を覚える。
「どしたの?」
御坂がブラシを持ち上げて腰元に当てる。プールサイドに腰を下ろしている黒髪の女性が代わりに答えた。
「数日前に素行のよろしく無い男性に絡まれていた所をその赤い髪の男性が助けてくれたみたいでして......わたくしはその場にいなかったので詳しくは分かりませんが、お礼を言いたいそうですわ」
へぇー、この学園都市にそんな骨のある男がいるのね
まあ、知り合いでいないことはないが
髪がツンツンとした奴とか
余計な気遣いばかりするアイツとか
電撃を打ち消すアイツとか
かわいい後輩が困っているなら先輩として助けないわけにはいかないわね
「もう少し詳しく特徴を」
「はい......」
助けてくれた赤い髪の男性の特徴
燃えるように赤い髪
ブカブカの黒い服。赤いまだら模様がプリントされていた
巡回ロボットを落として助けてくれた
「歳はどのくらい?」
「わたくしと同じくらいか少し上に見えましたわ」
てことは中学生くらいか
ツンツン頭のアイツじゃなさそうね
中学生でそんな奴は知らないわー
「お姉様!お姉様!」
「ん?どうしたの黒子?」
背後から白井が御坂の背中に伸びている裾を掴んで引っ張っている。
何かに気づいたかのように顔を引きつらせている。
「ひ、ひょっとしますと......サソリではないかと」
............
えっ!?
ま、まさか!
もう一回、特徴を整理してみる。
赤い髪
ブカブカの黒い服
当てはまっている
サソリなら全部合うわ
掃除の時にかいた汗ではない、汗が頬を伝う。
「ちょっと乱暴な口調じゃなかった?」
「そうでしょうか......すみません、少し驚きましたのであんまり覚えてませんが......名前も告げずに走り去っていきましたの」
「えっと、一人だけ心当たりがあるわ」
御坂がおそるおそる言った。
「まあ、知っているんですか?」
女性は涙を拭いて、両手をポンと叩いた。
うーむ、驚きの仕草も完璧なお嬢様だ。
「うんまあ、あたし達の知り合いに居る感じね。そんな特徴を持っているのは」
「その方は、今どちらに?」
「えっと、ちょっとケガして入院しているわ。でも、そんな事をやるタイプだったかしらね」
指を顎に持ってきて、考える素振りを見せる。
女性の血の気が引いた。
御坂の肩を掴むとブンブンと前後に揺する。
「ケガですか!その、大丈夫でしょうか?」
「だ、だだ大丈夫よ!落ち着いて」
ハッとしたように御坂から手を離してペコペコと頭を下げる。
「うう、以外にタフな奴だから。今日にも見舞いに行きたいけどプール掃除がね」
「良かった......ですわ」
ホッとしながらも恋する女性のように頬を赤らめている。
かわいいじゃないの
うわー、少女コミックの主人公みたいだわ
ふわふわとしていて、なんつーか守ってあげたくなる姿や態度ね
常盤大中学のプールは、水泳の授業だけでなく能力測定の緩衝材としても使用しているので普通の一般的なプールより1.5倍大きい容積を持っていた。
ため息を吐きながら、ブラシに体重を掛ける。
「これが終われば行けるんだけどね。案内したいけどゴメン」
「掃除ですね!まかせてください」
水流操作の能力で水の渦巻きを作るとプールの底を綺麗にしていく。
「わースゴイ。みるみるキレイになってく」
「わたくしの能力水流操作系なんです。水泳部じゃ珍しくないんですけど」
ほー、これはまた便利な能力を持っていることで
んっ!これは......早く終わるチャンスかしら
御坂の頭に策が浮かぶ。
「良かったですね湾内さん」
「はい」
ニコニコと友人に笑い掛ける黒髪の女性。
「あっ!わたくしったら自己紹介もせず......わたくしは湾内絹保(わんないきぬほ)と言います」
フワフワとしたクセっ毛の女性の湾内が自己紹介をした。
「わたくしは、泡浮万彬(あわつきまあや)ですわ」
黒髪ストレートの女性、泡浮も同じく。
プールサイドに優雅に座っている泡浮の隣に白井が腕を縁に掛けて、凭れかかる。
「にしてもサソリがそんな事をするなんて」
「サソリさんって云うのですか?その方」
「そうですのよ」
力なくプールサイドにおでこをくっ付ける。
ジリジリ焼けるように背中に付着した水分が熱を持っていくのを感じる。
「変わったお名前をしてますね」
「いえ、貴方もですわよ」
顔をグイッと持ち上げた白井。
ニコニコと笑顔で白井に微笑んでいる泡浮。白井の言っている意味が分からずに首を傾げていた。
「湾内さんは、そのサソリさんに助けらた日の事を嬉しそうに話していましたわ。運命の王子様と」
白井の上げかかった頭がプールサイドに激突する。
「!?お、王子様ですの!!」
「はい、昔に読んだ絵本の白馬の王子様にそっくりだそうです」
白馬ー!?
そんなバカな!
しかしですわ
こ、この展開は「ライバル」出現ですの!
白井は、御坂と一緒に談笑している湾内に注がれた。
ふ、まあ
サソリは、王子様とは程遠いデリカシー皆無のお子ちゃまですから
実際に会えば、幻滅するに決まっていますわ
第一、助けたのがサソリだって確証があるわけではありませんし
赤い髪に黒い服を着た人ならこの学園都市に掃いて捨てるほど居ますわ
でも、まだ直接会わせるには抵抗が......
「すみません。点検簿を先生に提出しなくてはいけないのですけど、それが済んだらお手伝いさせていただけませんか?」
御坂と話しをしていた湾内がまたしてもペコペコ頭を下げている。
「でもあたし達の仕事だしねー」
ここで一旦引くのが鉄則。
「させてください!その方に会うためですので」
来た来た......
「ありがとう!!すっごく助かるわー」
湾内の手を握って、嬉しそうに振る舞う御坂。
湾内が泡浮の元に戻ると、自分の仕事をしに鼻歌交じりで建物の中に消えていった。
「それでは、また後程ー」
御坂は笑顔で見送る。点検簿のチェックくらい待つわよ。
ブラシを片手に、御坂がプールサイドに腰掛けた。
「やー、ありがたいわね。アレなら10分も掛からないかも。サソリのおかげね」
ジリジリと白井が縁から横滑りをして御坂の隣にやってきた。
「お姉様!本当にサソリに会わせるんですの」
「お礼が言いたいから良いんじゃない」
「本当にサソリが助けたとでも」
「そう言われると弱いわね。不良から女の子を助けるようなシチュエーションをサソリがするなんてイメージできないわ」
へい子猫ちゃん
お困りかい
やめたまえ、彼女が嫌がっているじゃないか
はは、名乗るほどのものではない
ではさらば
試しに想像してみるが、少々の悪意(イタズラ心)から普段のサソリとは程遠い人物像だ。
「巡回ロボットを落としたってのも気になるわね」
「案外、そこが鍵になるかと」
数十分後に戻ってきた湾内と泡浮。
湾内さんの水流操作でみるみるプールは磨き上げられていった。
まさか、このときに会った湾内さんがサソリを史上最も追い詰めることになろうとは......
御坂と白井は夢にも考えていなかった。
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