悪ふざけ
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1部分:第一章
第一章
悪ふざけ
この時高橋蒔絵は悩んでいた。どうするべきかと。
「困ったわね」
深刻な問題だった。彼女にとっては。これは適齢期の女性にとっては誰にもある問題でありこれをどうするかで人生が大きく変わるのである。
それは何か、お見合いである。これで結婚するかどうか、そして相手によって大きく変わる。一か八か、鬼が出るか蛇が出るか、それによって人生が決まる。だからこそ深刻に悩んでいた。
これで乗り気ならまた違う。だが彼女は乗り気ではない。嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
断りたかった。結婚なぞしたくはなかった。別に彼氏がいるわけでもない。一年前に喧嘩して別れたきりだ。それから男と付き合ったことはない。これで酔っ払って朝起きたらベッドの隣に見知らぬ男がいれば面白いのであろうが生憎そうしたこともなかった。彼女はこの一年ずっと一人であり相手も見つからなかった。すると親戚のやたらと耳の早いおばさんが彼女に声をかけてきたのだ。
「あんた、最近彼氏もいないんだってね?」
「まあそうだけど」
休日急に家にやって来てケーキを食べながら話がはじまった。ここで出されたケーキが蒔絵の好きなモンブランであったというのはそもそもここに含むものがあったのだろう。
「でさあ」
「うん」
蒔絵はその日本人離れした二重の目をパチクリとさせた。実は彼女は美人である。背は普通位で色は白く、白人と言われても通用する。髪は黒く肩で揃えている。スタイルはさして目立つ程いいというわけではないが悪くはない。特徴的なのはその目であり、黒く大きい。ぱっちりとした目なのである。彼女と付き合う男は皆最初にその目が好きになったと言う程である。
「あんたもそろそろね」
その言葉を聞いた蒔絵は心の中でまさか、と呟いた。この言葉を聞いて嫌な予感がしたのだ。
「相手がいたらどうかしら」
(やっぱり)
それを聞いて内心舌打ちした。予想通りであった。
「と思ってるんだけど」
おばさんは更に言葉を続けた。
「どうかしら」
「はあ」
「嫌なの?」
蒔絵が乗り気でないのを見抜いて責めてきた。
「おばさん言っとくけどね」
「うん」
こうなっては向こうのペースだ。相手は見合い相手を見つけてきて結婚させるのが生きがいなのだ。蒔絵の相手になるような人ではなかった。彼女はあれよこれよという間にそのペースに巻き込まれていた。
「あんたの歳にはもう子供がいたのよ」
これは決まり文句であった。二年前にも言われた。また実際に子供がいたのだからさらに始末が悪い。事実は嘘よりも説得力がある。この場合は特に。
「だから言うけどね」
「ええ」
完全に向こうのペースだ。言葉に頷くだけである。
「結婚は早い方がいいの」
「そうなの」
とりあえずケーキを口に入れる。
「だってねえ、これからすぐ歳とっちゃうのよ」
「うん」
モンブランの甘みも何処へやら。味気ないものとなっていた。
「それ考えるともう身を固めておいた方がいいわよ」
「けれど今は」
話の勢いが止まったところでとりあえず反撃を言ってみた。
「あまり」
「もう一年も彼氏いないんでしょ?」
「まあそうだけど」
流石に耳が早い。それを知っているから見合いの話を持って来たのだろうが見事な早さだった。
「まあ一度会ってみなさいって。悪い人じゃないし」
「悪い人じゃないの?」
ここで蒔絵は迂闊な一言を言ってしまった。これを言ったらもう相手のペースにはまっていくばかりだというのに。迂闊な一言であった。
「だって私が見たんだもの」
おばさんはその巨乳というよりは単に太っているだけの胸を大きく前に突き出して答えた。蒔絵はその胸を見て自分もそのうちこうなってしまうのだろうかと心配になった。
「間違いないわよ」
「そうなの」
「そうよ。まあ大学はそこそこだけどね」
「ええ」
今度は身を乗り出してきた。蒔絵も知らず知らずのうちに身を乗り出してしまっていた。
「背も高くてね」
「ふんふん」
実は彼女は背の高いのがタイプなのだ。自分の背は大人の女としては普通だが付き合う相手には背を求めてしまうのだ。といっても自分より高ければそれでいいという感じなのだが。
「男前なのよ。写真見る?」
「まあ見るだけなら」
乗り気なのを隠して言う。
「見てみようかな」
「わかったわ、それじゃ」
おばさんはそれを受けて写真を出してきた。
「この人なんだけど」
「この人?」
「そうよ。学生時代はサッカーをやってたらしくて」
「サッカー」
彼女は野球とサッカー両方好きである。野球はロッテ、サッカーは柏だ。特に千葉に思い入れがあるというわけではないがこの二つのチームが好きなのだ。
「今でもスポーツが好きでスラッとしててね」
「それでどんな人なの?」
またむざむざとおばさんの術中に入ってしまっていた。
「見たい?」
「ええ」
おばさんはその言葉を聞いて心の中で会心の笑みを浮かべた。
「じゃあお見合いする?」
「その前に写真見せてよ」
「駄目よ、お見合いしないのなら見る必要ないでしょ」
「ここまで話引っ張ってそれはないじゃない」
口を尖らせて不平を述べる。
「意地悪」
「知らなかったの?私は意地悪なのよ」
居直ってきた。
「見たければお見合いする。どう?」
「つまり結婚しろってことなの?」
「そんなことまで言ってないでしょ。とにかくどうするの?」
言ってはいるが何時の間にかはぐらかしていた。そのうえでまた問う。
「お見合いするの?しないの?」
それからまた言う。
「写真見るの?見ないの?」
「うう・・・・・・」
辛い二択だった。だが彼女はここで思いなおした。
(待てよ)
と。心の中で呟いた。
受けると言っても正式に結婚まで話を持って行かなければいいのだ。断られればそれでいいのだ。話はそれで済む。彼女はそうすることにした。
「見るわ」
意を決してこう答えた。当然そこにはもう一つの意味も含まれていた。
「見るのね」
「ええ」
おばさんはそれを聞いてあえて尋ねてきた。蒔絵はそれに頷いた。
「だから。写真見せて」
「わかったわ。これよ」
お見合い写真を取り出してそれを見せる。こうして彼女はあえておばさんの狡猾な罠にはまったのであった。
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