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紫煙に君を思い出す

作者:相生
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紫煙に君を思い出す

 
前書き
珍しく、二人は前世では結ばれなかった設定にしました。 

 


沖田は電車に揺られながら目の前を漂う紫煙をぼんやりと眺める。
(あの人も良く吸ってたなァ。身体に悪ィからやめろっつっても聞かねェし……銘柄、何だったっけ)
あの人というのは沖田が夢の中で必ず会う人物の事だ。不眠症故に短い睡眠時間に繰り返し見る夢は、まるで朧げな遠い記憶のようだと沖田は思う。
(……嗚呼、希矢素絶とマヨボロ、だったなァ)
銘柄を間違えてボコボコにされた奴いたな等とどうでもいい事を思い出して苦笑する。沖田は夢の中でタバコを吸うその横顔を眺めるのがどうしようもなく好きだった。常に勝ち気な印象を与える意志の強い眼差しが何処か遠くを見ているような時が稀にあって、その切なげな眼差しにどうしようもなく心惹かれた。
 沖田はあくまでも夢の中の事だと理解してはいるが、あの人は現実にいるのではないかと考えていた。ただの夢にしてはあまりにも現実味を帯びた感覚を思い出して手を握り締める。

 ーー返り血の生温かい感触や斬られた傷の痛みまで、酷く鮮明に思い出せる。

(ただの夢、じゃねェよなァ……)
 傷付いた沖田を見て無表情のまま悲しんでいたあの人を思い出す。あの人が沖田の事をとても大事に思ってくれていたと確信しているのは、自分が傷付くより沖田が傷付く事を極端に嫌っていて、その度に良く叱られていたのを何度も夢に見たからだ。
 沖田が考え込んでいる内に電車は目的の駅に到着し、降り始める客の緩い流れに乗ってホームに降りる。平日の朝のラッシュ時ほどではないが、連休という事もあって結構な人数が電車の乗り降りをしたりホームを移動したりと忙しなく動いている。服装からしてそのほとんどが観光客のようだ。沖田も例外ではなく、胸に大きな文字で「S」と描かれた青いTシャツにGパンというラフな格好に軽めの黄色いリュックサックを背負っている。
 リュックサックのポケットから折り畳んだ地図を取り出し、目的地の場所を確認する。その場所は思っていたよりも遠く、少しうんざりした気分になる。バス代やタクシー代ももったいないので選択肢は徒歩しかない。
 溜め息を吐いて歩き出そうとした時だった。
 ドンッ!
 大きな衝撃と同時に後ろに倒れ、派手に尻餅を突く。誰かとぶつかってしまったようだ。地図はぶつかった時に手から離れ、風に吹かれて線路の上に飛んでいってしまった。
「テメェッ、何ボケッと突っ立ってん……あァ?!」
 頭上から怒声が聞こえたかと思えば中途半端に終わり、不思議に思って顔を上げて絶句した。

「……総悟?」

 初対面だが見慣れた瞳孔開き気味の青色の瞳を見開いて驚いた表情を浮かべながら不安そうな弱々しい声で名前を呼ばれ、沖田は未知の感情に襲われて更に困惑する。
(いきなりそんな声で呼ぶなんて反則だろィ……)
 目の前で固まってしまって動かない人物を見据えたまま立ち上がって服に着いた埃を払う。地図はもう諦める事にする。観光よりも大きな目的ができた。
「あー……ちょっとそこの喫茶店にでも入りやせん? ここじゃ話しにくいんで。ね、土方さん?」
 駅前に喫茶店がある事を思い出し、困惑を悟られないように押し隠しながら誘うと戸惑いながらも了承されて少しだけ気持ちが落ち着いた。




 二人は喫茶店の一番奥にある小さなテーブルに座って約一時間程話し込んでいた。
 お互いに初対面ではない気がする事。その証拠に名前を知っていた事。朧気ながら共通した記憶がある事。土方の方がより明確な記憶があり、ずっと探していた事ーー二人が、両想いだった事。しかし立場を考えて結ばれる事ができなかった事。
 偶然の一致だけでは説明しきれない“夢”と共通する相手の話に、沖田は喜びと同時にどうしようもない焦燥感を覚えていた。
(このままこの人と別れたら、二度と会えねーんじゃねーか……?)
 夢の中の二人は結ばれなかった。今この縁を手放したらまた結ばれないんじゃないか、と。そう考えていた。
「……それで、アンタはどうしたいんですかィ?」
 相手も同じ気持ちを抱えている事を願いつつ、できるだけ穏やかな声で尋ねる。
「俺は……そういうお前はどうなんだよ。信じてくれんのか?」
「信じますよ、他でもねェアンタの言う事だからねィ。俺はアンタの気持ちが知りてぇんですが?」
「俺は……お前が嫌じゃねーって言うんなら……」
 土方は僅かに目を泳がせた後、俯いて沖田の問い掛けに中途半端な返答をする。語尾は小声になって聞き取りにくかったが、沖田にはしっかりと聞こえた。
「アンタ相変わらずですねェ。自分の気持ちは後回し、真選組や俺の事を最優先にして……少しはワガママ言ったって罰は当たりませんぜ? 今は立場なんざ忘れていいんでさァ」
 拒否されたりしないかと内心ドキドキしながらテーブルの上に置かれた土方の手を上から覆うようにして握る。すると土方は驚いて顔を上げ、拒否はしなかったが頬を赤く染めて戸惑いの様子を見せた。沖田にはその様子が非常に愛しく思えて今度は少し大胆に指を絡めてみた。
「そ、総悟……?! 此処喫茶店……!!」
「シーッ……今は周りに客もいねーし、誰も見てやせん」
 驚いて声を上げる土方に人差し指を立てて唇に当て、大丈夫だと言い聞かせる。それでもキョロキョロと周りを見回す土方に苦笑して痛くない程度に手に力を込める。意外にも握り返されて今度は沖田が目を見開く番だった。
「……俺の事、まだ好きか?」
 不安げに揺れる青色と目が合う。珍しく気弱になっているらしい土方をますます愛しくなり、まっすぐに見つめながら穏やかに目を細めると土方の頬の赤みが増した。

「好き、じゃなくて愛してる、ですぜ」

 身を乗り出して耳元でそう囁くと、今度は耳までもが林檎のように真っ赤に染まった。土方はそれを見られまいと必死に顔を逸らすものの、沖田からは全部丸見えだ。椅子に座り直しても手は指を絡めたまま離さない。
「……そう、か。と、ところでお前は今何やってんだ?」
 慌てて誤魔化しに掛かる土方をおかしく思いながらも新たな一面が見られたようで嬉しくなる。
(こんな顔、夢ん中じゃ見られなかったからねィ……)
 こんな甘いやり取りも初めてした。立場を考える必要がない事がこんなにも幸せだなんて、沖田は知らなかった。恐らくそれは土方も同じ。
「高校卒業したばっかなんでバイトしてますぜ。大学行く気もねーですし」
「お前なァ……それじゃいつか行き詰まるぞ。せめて働くか大学行けよ」
「どっちも嫌でィ。じゃあ、土方さんが食わせて下せぇよ」
 ねェ、とわざと甘えるような声を出しつつ小首を傾げて畳み掛ける。土方が何だかんだで沖田の頼み事に弱い事は知っている。
「う……いきなりヒモ宣言かよ……つーかずりィぞ総悟」
 土方は額に空いている手を当てて考え込んでしまうが、暫くして「今回は特別だからな!」と半ば吐き捨てるように了承した。それを見た沖田は内心でほくそ笑む。
(これで土方さんを誰にも盗られずに傍にいられまさァ)
 沖田が家にいれば彼女もできないだろう、そう考えての事だった。
「あ、勿論彼女なんていやせんよね?」
「当たり前だろ……探してたんだから。テメーはどうなんだよ、彼女いんのか」
 土方はムッとしたように眉をひそめる。
「いる訳ねーだろィ、毎晩誰かさんの夢見て忘れられなかったんですぜ? イケメンなのに彼女どころか恋人いない歴十八年、しっかり責任とって下せェ」
「イケメンって自分で言うのかよ。確かに面だけは良いから否定はしねェけど」
「面だけは余計でさァ」
 わざと拗ねてみせると、土方は困った表情を浮かべた後看板メニューの特製オムライスと山盛りフルーツパフェを注文した。やはり沖田にはとことん甘いようだ。沖田にとってはとても扱いやすく、また、特別扱いされている事が堪らなく嬉しいと心から思う。
 ふとある事に気付いて土方を見る。
「タバコ吸わねーんで? ここ、喫煙OKみてぇですぜ」
「あ、嗚呼……そうなのか。この店は初めて入ったから知らなかった」
 喫煙できる事を教えられると、土方は絡めた指を解いて少しだけ嬉しそうな顔でタバコとライターをポケットから取り出す。タバコをくわえて火を点けようとしたところで沖田がそのライターを奪って代わりに火を点けてやると、鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜け面の後に「……ん」とだけ呟いて照れ臭そうにフイッとそっぽを向いてタバコを吸い始めるものだからこれがまた可愛くて堪らないと沖田は思う。大の男に小動物的な可愛さを見出だしてしまう辺りかなりの重症だとも。
「タバコの煙見る度にアンタの事思い出してたんですぜ? 俺って案外健気でしょう?」
「ハッ……どうだか」
 口では憎まれ口を叩いているが頬は赤く染まっていて、本音を沖田に知らせるには充分だった。もう一度手を握るためにタバコを持っていない方の手を掴めば動揺しながらもやはり握り返してくる。

「もう二度と離してやりやせんぜ」

「……ッ!」







紫煙に君を思い出す







 この縁を、結んだこの手を、二度と離さない。沖田はそう心に誓って土方に宣言した。



END.
 
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