ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第86話 一騎打ち
ヘルマン共和国は 大陸一の歴史、そして軍事力を持つ北方の大国。
初代元首《ザナゲス・ヘルマン》の伝説的な一騎打ち62連勝は最早、ヘルマンだけでなく、大陸中の伝説の1つとして語られている。
そんな豪傑が作り出したヘルマン共和国。それを守る軍隊、……黒騎士。
それらの屈強な騎士達は、現行ヘルマンの象徴だと言ってよく、その強さは大陸最強とも呼ばれいる漆黒の鎧を纏う騎士団。その土地柄とも呼べる大陸屈指の巨漢を包む漆黒の分厚く重い装甲は《ブラックナイツ》の異名で呼ばれており、それこそがヘルマン軍の主力になっているのだ。
そして、これまでのリーザスの解放戦。
人外であり、人類を遥かに凌ぐ力を持っている魔人の襲来と言う例外さえ除いたとしても、ヘルマンとの今までの戦い全て。
それの全てが序章とさえ思える。
相手の人数は100程度。その点 配備された人数を考え、更にサウス側に人員を割いた、と言うことも考慮しても1000程の兵士達はいる。
戦力差は約10倍に上るだろう。
数の暴力。兵力の差。それが相手よりも上回っていれば……絶対的優位に立てると言うことは、言うまでもない事実だ。だが、それを今まで覆し続けてきた事実は解放軍にとっては、戦力の差はセオリーでも何でもない。例え少数であっても、少数精鋭、強者が揃えば、戦況を覆す事だって出来るのだから。 歴史上の偉人達の武勲をみても判る事だった。
だが、今回の戦に関しては、また別だった。
リーザス最強 赤い死神《リック・アディスン》
異国の流浪の戦士 復讐の血刀《神無木 清十郎》
そして……、忘れてはならないのが、解放軍にて英雄と讃えられている1人。
アイスの町 冒険者 《ユーリ・ローランド》
英雄と称えると、彼は、ユーリは 少々気恥ずかしそうにし、首を横に振って否定するだろう。
好んで縦に振るもう1人英雄(大体のメンバーは否定をするけど、結果的には強ち的はずれでもない)ランスとは違う所だが、そこも魅力的と見る者達も多く、人望が厚く、皆が信頼している。
そして、決して忘れてはならないのが、カスタム解放軍のメンバー。
最大火力は間違いなく1,2を争うであろう魔法使い《魔想志津香》
間違いなく歴史にその名を残すであろう兵器を生み出し、これまで幾度となくカスタム解放軍を支え続けてきた《マリア・カスタード》
他にも、ヨークス姉妹、ラン、トマト……と、上げればキリが無い程の有能な人材が揃っている。
そして、カスタムの町の戦士ではなく、祖国を。リーザスを取り戻す為に立ち上がったリーザスの志士達。
主君を想い、後ろ足に引かれながらも、懸命に走り続け、結果 解放の先駆けの切欠となったリーザスの忍者《見当 かなみ》
リーザスの門番として、人々を見守り続け、そして磨き続けた強さを認められ、赤副将まで上り詰めた少女。……また あの笑顔を取り戻す為に、剣をとった《メナド・シセイ》
黒、白、赤、青。
全色が合わさった構成をしている精鋭、リーザス軍のメンバー。
そして、強い光の元に集まった者達。
色々と癖があるものの、実は義理堅い面も持ち合わせており、その懐には一体どんな物が入っていても不思議じゃないカスタムの変態シスター兼鬼才《ロゼ・カド》
シスターとしての鏡である。と口揃えて言われるであろう戦争を憂い、ALICE神に祈り続けるレッドの町のシスター《セル・カーチゴルフ》
AL教の総本山。カイズの町より偶然居合わせた司教見習い。無口であり表情に出にくいが、決して自分を曲げず、内に秘めた強い信念を持つ《クルックー・モフス》
負けられない想いの強さもそうだし、単純な戦力を考えても、間違いなく最強の布陣。この場にはいない間違いなく強者、英雄(疑)であるランスが不在とは言え、この最強の布陣には死角はない、とさえ思える配置は、サウス側へと向かった赤を除く、各将軍のお墨付きだ。
だが。
『うおおおおおおおっっ!!!!』
決して止むることない怒涛の進撃。
幾度となく矢を浴びせ、チューリップの砲撃を喰らわせ、それでも 速度は落ちない。
「ちっ…!! 煉獄・斬光閃!」
ユーリは、そんな中でも、確実に仕留めていく。その巨躯、そして重い鎧。それに対しての攻めのセオリーは下半身。自重を支えきれずに転倒させ、後続をも巻き込む。剣士でありながら、遠距離技を得意とする《煉獄・斬光閃》を多様し、幾度となく沈めたというのに、相手は、まるで痛みを感じないのか、骨が折れても、肉が裂けても、立ち続けているのだ。
相手の精神が肉体を凌駕しつつある。
「バイ・ラ・ウェイ!!」
リックも、目にも止まらぬ斬撃、剣閃を繰り出し、押し返そうとする。だが、死神を前にしたら、死神と刃を交えたら、ただただ死神の前に死体が積み上がるだけ。防ぐ術はない、とヘルマン側にも噂されており、畏怖されているリーザスの死神を前にしても、萎縮する事なく、前進をやめない。
「……フンッ、犠血・螺旋牙!」
四方八方からの矢に加え、ヘルマン側の魔法兵の攻撃、接近された槍部隊の攻撃。負傷を少なからず負いつつあるのだが、それこそがこの男、清十郎の真骨頂。流れ出た血液を自在に操作。己に血を流させた者達への報復の刃を放つ。名の通り螺旋状に伸び続ける刃は、広範囲に巻き込みながら刻んでいくが、肉を切らせて骨を絶つ、と言うのを体現し続けていく。
止むこと無き黒の進撃。
だが、不死身である、と言う訳ではない。血を流しすぎれば止まる。それでも、止まる事がないのは、その3人を最小限度の兵力で抑えつつ、周囲へと散開しているからだ。
3人を討つ事はできなくとも、穴はある。ここまで気持ちを入れている戦場でも冷静さを完全には忘れていないのも驚嘆だ。
「ぐっ……、本物のブラックナイツ、ってやつだな……。まさか、あいつらが止められるなんてな……ッ」
自分が率いている部隊の旗色が明らかに悪くなりつつあるミリは歯軋りをしていた。
最大の誤算は、明らかにユーリやリック、清十郎達が止められている、と言う面だろう。
「まさに、少数精鋭。ひとりひとりが強いし、入れ込み具合も、これまでとは全然違う。………ったく、レッドでは赤の軍、今度は黒騎士かよ。どんだけ面倒なんだよ」
「無駄口叩く暇、あるの?」
「叩いてないと、やってられねぇんでな!」
背中合わせになるのは、志津香だ。
後衛の位置に配置されていたのだが、圧されつつある味方を見て、更に魔法兵達の姿も見て、前線近くにまで上がってきたのだ。決して熱くなった訳ではなく、戦況を見ての判断である。
「敵っ、数、多すぎだって、こ、このっ! デビルビーム……! デビル、ビーム!!」
「アテンちゃん、が、がんばってーっっ!! ジュリア、アテンちゃんの、背中、頑張るっ!」
「背中頑張るってなに!? せめて、守る、って言って!」
アテンとジュリアのコンビも旗色が悪そうだ。
アテンの魔法で何とか接近を防いでいるが、それでも突破された数が多い為、攻撃範囲が絞られてしまったのだ。何とか、ジュリアも頑張って? いる様だが、それでも相手が悪いと言える。
「マリア! もっと、撃って!!」
「マリアさーーんっ、ちょっときつすぎですかねーー!! よろしくですーー!!」
ランとトマトが援護の声をあげるのだが、マリアも、勢いに舌を巻いてしまっていた。
「っ~~!! 何て連中なのよっ、チューリップが直撃してる、っていうのに、気にせずに向かってくるのよ! こんなの、これまでに無かったわよっ」
マリア達のチューリップ砲撃部隊も驚き目を見開いているのだ。
因みにマリアの最大最強の兵器チューリップ3号は、最前線に配備。ユーリ達よりも前に配備し、敵の進撃を見た通り壁となって、防ぎ続けている。人間である以上、鉄の塊、戦車相手に押し返す真似は出来る筈もなく、徹底的に回避しつつも、小撃を織り交ぜ続け、的を絞らせない戦術をとっている。
実に効果的、効率よく、最大火力を防いでいる、戦術には脱帽だろう。
そして、ユーリ達のいる前線に戻ろう。
「……む」
「ヘルマン第3軍 中隊長 《サレ・カーツ》。ヘルマンの為に、祖国の為に」
清十郎の前に立つのは、ヘルマンの中隊長。
黒い兜を脱ぎ捨て、急所を晒す様な行為をし、巨大な剣、野太刀を構えた。
その姿を見た清十郎は、その男に武人としての誇りの高さも確かに見えた。
少なくとも、今までで最強の相手だという事も。
「面白い。……神無木清十郎、参る!」
「おおおおっっ!!!」
2人の男の気迫、そして 2本の剣とその長刀が交錯し、火花を生んだ。
退け続ければ、それを討たんとする強者も現れる。
「ヘルマン第3軍 大隊長 《ガイヤス・ヤスト》。……死神よ、お相手願う!!」
現れたのは、トーマの片腕、大隊長。
その腕の強さは、リック自身もよく知っている。心技体を兼ね備えた騎士であり、トーマに続き、その名は轟いているのだから。
「……赤将リック。我らが目指す場所、それはこの先にある。押し通らせてもらう!」
決して驕らない、人数で勝っているとは思わない。
隙を見せたら、一気に持っていかれるのは、長く戦場を経験しているリックには、痛い程判っているからだ。
「オオオオオオオオオッッ!!!! ヘルマンの為、トーマ将軍の為に!!」
「ウラアアアア!!!!」
赤い剣、バイロードが戦場に輝き、そして ガイヤスの愛刀《長光》が その気迫と共に、火花を散らせるのだった。
最前線を支える2人が、今までとは一味違う相手。強敵と相対した事は、ユーリにも感じられた。気迫が離れていても、伝わってくるからだ。
それは、味方のものだけじゃなく、敵側の方からもだ。
「(オレ達は、……何と戦ってる?)」
それは、ユーリが戦闘の最中に過ぎった疑問だった。
これまでは、紛れもなく侵略者を叩き出す為に戦い続けた。
相手は友の国を襲い、そして 現在では自国とも言える自由都市にまで攻め入ってきた。
敵国
それは、間違いなく敵だ。例え 友と呼べる者が、ヘルマン側にいたとしても、躊躇してはならない。すれば、迷えば、……大切な人が奪われ、踏み躙られ、蹂躙されるかもしれないのだから。
勝てば官軍の世の中。
世界一豊かとされてきたリーザス国では、長らく忘れられた事ではあるものの、世界の根幹は変わっていない。
そして、敗れたら最後。……悲惨な運命しか待っていないだろう。敵を称え、敗者に尊厳を、と一部で謳った所で、それが全員の意思疎通である訳がない。弱者が蹂躙され続ける姿は長らく見続けてきたのだから。平和な国だったリーザスでも、それは見続けてきたのだから。
だから、戦う事に戸惑い等はない。そんな隙を見せる程若輩者でもない。……大陸を渡り歩いてきたのは伊達ではない。
だが、それでも戦う事以外に、考える事は出来る。敵は全て殺す。それを、躊躇わない、のではなく、……全ての可能性を捨てないと言う意味だ。戦国時代真っ只中であるJAPANでも、それは経験をしてきた事だった。
「(が……)」
ユーリは剣を振るい続けた。
疑問は払拭されないが、黒騎士達は、命尽きるまで決して止まらない、と言うことだけは判っていたからだ。
「ヘルマンの誇りに賭けて! 貴様を討つ!!」
「おおおおおっっっ!!!」
重厚な鎧に身を包まれていると言うのにも関わらず、素早い動きで迫ってくる黒騎士達。
「……冒険者として、剣士として、……いや 1人の男として……、相手をしよう! 全てを受け止め、そして意思を砕いてやる。いくらでも、かかってこい!」
ユーリは、剣に煉獄を迸らせた。
柄から、鋒に至るまで、迸らせた煉獄は、ユーリの妃円の剣を 漆黒の剣へと変化させた。
その剣から、そしてユーリから 圧倒的な殺気が迸る。そして、それを剣へと宿らせる程の気迫、威圧。それを正面から受けた黒騎士達だったが、一瞬たじろいだものの、手を止めること無く、襲いかかってきたのだった。
そして、最前線から少し離れた場所では、漸く数の利が効いてきたのだろう。
要であると言っていい最高戦力達が不在であっても、盛り返しだしたのだ。
「オラァ! いつまでも、やらせるな! 相手は図体がでかいんだ、機動性、小回りを活かせ! 連中に1対1で勝てねぇんなら、3人がかりでも押し返せ!」
ミリの指示が飛ぶ。
「ぐ……! アイツが将か! ファイアーレーザー!!」
後方から見て悟った魔法兵。
的確な指示を出し続けているミリを狙った魔法が飛んだ。一直線上にミリへと向かって射抜かれたファイヤーレーザーは、上手く敵味方の隙間を縫って、ミリにまで迫ってくる。
「ちっ……!! (今、あれもらったら……!!?)」
持病が疼きつつある現状。
声を張り上げ、自分を奮い立たせ、誤魔化してきたのだが、それでも体力面の衰えは出てきてしまう。だからこそ、全ての攻撃をせめて直撃だけは避けていたのだが、魔法だけはどうしようもない。戦士にとっては必ず当たる理不尽な力であるからだ。
覚悟を決め、イチかバチか堪えようとしたその時。
「させないわよ! 火爆破!」
ミリの行く手に、炎を迸らせ、ファイヤーレーダーを相殺させた。
まるで、炎の壁、盾となっている火爆破は、ファイアーレーザーよりも直線上、1点の威力は劣るものの、範囲攻撃としては、圧倒的に火爆破のほうが上だ。
そして、何よりも、その魔法の強さは、使い手の魔力に比例するのは当然であり、例え、分類上では、ファイアーレーダーに劣っていたとしても、勝る事だってあり得る。
今回は、完全にファイアーレーダーを遮った。
カスタム一の魔法使い、志津香だからこその芸当だ。
「さんきゅー、助かってぜ。志津香」
「いいの。前、頼んだわよ?」
「ああ。格好いいじゃねぇか。志津香。惚れちまいそうだぜ。助けてくれた礼に、今度抱かせてやるよ」
「……バカ言ってんじゃないわよ。でも、言うだけの余裕はあるみたいね」
志津香は、一瞬だけ、とはいえ ミリの表情が苦しい物に代わる所を見た気がした。だからこそ、慌てて魔法を放ち、何とか防ぐ事ができたのだ。だが、防ぎ切った後のミリは、いつも通りのミリだから、何処か安心した。
戦場だからこそ、アドレナリンが出た事、そして 注意力がいつも通り、以上であるとは言えなかった為、志津香も ミリに関しては見抜く事が出来なかった様だ。
「っへへーん。あったりまえじゃねぇか! オレは、生き延びて、ユーリのやつを抱く、っていう最終目標があるんだってね!」
「っっ……! な、何を馬鹿な事を!」
「お? 自分の事より、やっぱり気になるか?」
「……ファイアーレーザー!!」
「どあああっ!!」
まさかの志津香からの攻撃!? と、一瞬ビビったミリだったが、それは杞憂に終わる。ミリの近くにまで接近していた魔物使いが放った《オッズ》に直撃し、撃退していたから。
「ひぇぇ、こええ、こええ」
「これに懲りたら、気を抜くんじゃないわよ!」
志津香は、そう言いつつ、離れていく。ミリにとって怖かったのは、オッズではなく……、志津香が放った魔法なのだが、それはおいておこう。
まだまだ、乱戦は終わっていないからだ。
「あいよ、っと! ………別にフザけた訳じゃねぇんだがなーっ。オレたちゃ、ある意味じゃライバルなんだぜーっと!」
ミリは軽く笑い、再び剣を強く握り締めるのだった。
チューリップ砲撃部隊の方にまで下がったのはアテンとジュリアだ。
あまりに、前に出て行き過ぎた為であり、リーザス軍達が下がらせた。……彼女達はまだ幼さが残る少女だからこそ、男としての意地が出たのだろう。
「ふ、ふぅ……あんまし、無茶はできないわよ。わたしの魔力だって、限りはあるんだし、あの変な魔物と闘った時に、結構消費したんだし……」
「ジュリアが、いたいのいたいのとんでけー、してあげるねー!」
「って、あんた、神魔法使えるの?」
「使えないよー!」
「自信満々に言うな!」
珍妙なやり取りをしつつも、しっかりと加勢はしている。後衛として、魔法を休みながらも放ち、ジュリアも 本人曰く『ヘソクリ』で貯めたなけなしのアイテムを奮った様で、十分にサポートに回る事が出来ていた。
一応、剣士としての心得があるのだろうか、剣術っぽいのは使えるらしいが……、相手が悪かった、と言う事だろうか?
「はい、では回復します」
そんな2人の傍で、回復魔法をかけたのはクルックーだ。
いつの間にか、2人の傍に来ていたらしく、回復が必要だという事で、素早く神魔法を使った。
「わーい、ありがとー」
「ん……、助かったわ。ありがと」
ジュリアは、元気になった様で、はしゃぎつつ、援護? をしに向かう。残ったアテンは、改めてクルックーに礼を言うが。
「いえ、当然の様に使っただけです。仲間ですから」
クルックーは表情を殆ど変えず、そうとだけ言っていた。
「(……誰かの請け売りっぽいわね………)」
表情は変わらないものの、それでも微かに微笑んだ気がしたクルックーを見て、アテンはそう察する。……間違えていないから、アテンも中々に鋭い。
「では、失礼します。他にいかないといけないので」
「あ、ええ。ありがとう。でも、大丈夫? アンタも、実力はあるみたいだけど、本職が前衛って訳じゃないんだし。あんまり無理無茶はしない方がいいわよ」
「………」
クルックーは、一瞬だけ立ち止まり、そして 直ぐに振り返った。
「約束しましたので。私の目の届く範囲で、出来る範囲で、必ず守れる者は守る、と。無理だけはするなとも言われてますが、まだ無理はしてません」
淀みなく応えるクルックー。変わらない表情だが何処か誇らしく、胸を張っている様にも見えた。
「………それって、ひょっとしてだけど、ユーリの事?」
「はい、そのとおりです」
「……成る程。納得」
クルックーは、そのまま次へと向かい、アテンは軽くため息を吐いていた。
確かに、他者を惹きつける魅力が彼にはある、と言う事は この短い期間で判った。人の上に立つ器であると言う事も同様に、だ。
だが……そう、彼は言うならば……。
「天然たらし、って訳。天然ジゴロ? ……あ~んな顔しといて………」
ぼそっ、と呟くアテン。
まず、間違いなく 彼は今戦闘中だけど『くしゅんっ!』とくしゃみをしているだろうなぁ、と、楽観的な事をアテンは思いつつも。
「ええぃ! さっさと終わらせてよ!!」
これまでにない強敵達を前に、皆を導く男に向かって、檄を飛ばすのだった。
そして、徐々に戦線が傾き出してきた時。
「どうにか、どうにかなりそう、かな……。最初は、どうなるかと思ったけど……」
かなみは、肩で息をしつつ、忍者刀を構え直した。
味方の負傷者は、明らかに敵側よりも多いのだが、敵側の方が圧倒的に少ないと言う事もある為だった。
「うん……。奇襲された時は、本当に危なかったし、敵側も、これまでに無い程、気合が入ってて、凄く強かったけど……、それでも何とか」
後ろで倒れている黒騎士達を見て、メナドはそう呟く。
祖国を奪った者達である。……憎しみさえある相手の筈なのだが、想いの強さを肌で感じた為か、何処か、メナドは憎みきれずにいた。
レッドの町の様に、これまでの経緯を含めたヘルマン側の印象は圧倒的に悪い筈なのにも関わらず、それらが払拭されかねなかったのだ。
一武人として、騎士としての誇りの高さを、メナドも感じたのだ。
だが、決して迷う訳にはいかない。負けられないのは、こちら側も同じなのだから。
「よし……、早く ユーリさん達の所へ……、向こうはこっちの比じゃない位の激戦区の筈だから……っ」
かなみは、気を入れなおし、間違いなく自分たちよりも遥かに激しい戦いを繰り広げているであろう、ユーリ達の方を見たその時だった。
どごぉぉ! と言う、地を揺らす様な轟音が辺に響いた。
それは、まだ戦闘は終わっていなく、戦っている者達もいたが、殆ど全員が相手から目を離し、震源地を見てしまう程の衝撃だった。
「…………えっ?」
「な、なに……? 突然、爆発……?」
かなみやメナドの2人もそれは例外ではない。
そして、志津香やマリア達も駆け寄ってきた。
「最前線の方ッ!?」
志津香が叫ぶ。
その視線の先には、徐々に戦線をあげていた解放軍の一部隊が、まとめて吹き飛ばされている、と言う衝撃シーンだった。そして マリアも。
「ちょっ、あ、あれ、3号がいる方じゃない! 明らかに、3号の砲撃音じゃないわよぉ!?」
「そ、それに、あれは……、誰? なんだか、やたら大きいのが……!」
それは遠間からでも判る程の巨躯。
ヘルマンの巨体が、更に可愛く見えるかの様に、その近くでいる黒騎士と比較しても、圧倒的に巨体。それが、とてつもない速度で動いている。
「ぐぅぅおおおおおおおおおお!!!」
地に響く雄叫び。
その雄叫びと同時に、鋼の黒騎士が、突撃を再び開始していた。
およそ、人間とは思われぬ巨躯を、鉄の塊と見紛うばかりの大鎧で完全に覆い、自身の体重と大鎧の重量、その質量を苦もなく操り、ただただ前へと進み続ける。
「う、ぐああああっ!!」
「くっ……、ぎゃあああああっっっ!!」
戦鎚を振るいながら突進を続けるのは、《トーマ》
人類最強と称される男が遂にベールを脱ぎ、遂に進撃を開始したのだった。
その衝撃は、当然ながら ヘルマンの強者と刃を交え、まだ決着を付ける事が出来ていない、清十郎やリックにも伝わっていた。
「……あれが、人類最強、か」
「トーマ……!」
自然に、互いが背中を合わせ、背後を守り合う様に戦う体勢になっていた。
それば、中隊長、大隊長の2人。サレ・カーツ、ガイヤス・ヤスト。その2人のコンビネーションも決して侮れる訳もなく、彼らにとっての最後の希望であり、そして 最高の味方である《トーマ・リプトン》が傍で戦ってくれているから、更に強くなれるのだ。
信頼できる男がそばにいる。だからこそ、強くなれる。
それは、ヘルマン側も同じなのだ。
「将軍が来たぞぉぉぉ!!」
「動き出した、我らが将軍は、人類最強だ! 誰にも倒せん! さぁァ、お前ら! 一気に押し戻せぇぇぇ!!」
押し戻されつつある戦線、常に張り詰めているゆえに、殆ど見えることはなく、リーザス側にも悟られていなかったが、僅かながらに、士気が落ちかけたのだ。
それを再び鼓舞したガイヤスとサレ。
目に再び力強さが戻り、トーマの進撃に合わせて、声を振るい上げた。
「ちぃ……!!」
「いかんっ!」
清十郎とリックも慌てて、いかせまいとするのだが。
「お前らの相手は、オレ達だ」
「……とことんまで付き合ってもらうぞ、死神、鬼!」
2人の前に立つガイヤスとサレは、不敵の笑みを浮かべていた。
『命賭しても、此処から動かない。……この先には行かせない』
生命の壁となって、2人の前に立ちはだかったのだ。
客観的に見ても、リック、清十郎とガイヤス、サレの力量は、明らかにリックと清十郎側が上回っている。それが証拠に、致命傷こそ防いでいるものの、傷の数が違う。流している血の量が明らかに違うのだ。
なのに、それでも倒しきれない。圧しきれない。
「生命を武器とし、死を恐れず向かってくる者は強い。こいつら、いや この男達は……武士だ」
「……同感、です」
最大級の賛辞の言葉。そして、敬意を示す2人だったが、今はそれどころではない。この二人よりも圧倒的に強い男が、暴れているのだから。たった1人で、戦況をひっくり返す程の男が、暴れているのだから。
「清十郎殿!」
「ああ!」
2人も、己の生命を賭ける。
この相手の後ろに、更に強い者が、あの人類最強と称される男がいると言う事実が、無意識に、彼らにセーブをかけていた。少しでも体力を温存する為に。だが、その認識は、無意識にとは言え、甘かったと言わざるを得ない。
これ以上は、侮辱になる。……敵ながら天晴な相手に。
「赤将リック」
「神無木清十郎」
2人は改めて、名を名乗る。
その目は、一直線。ガイヤスとサレしか見ていない。 ガイヤスとサレもそのことには充分気づいており、ただただ、笑っていた。
「ヘルマン第3軍中隊長 サレ・カーツ」
「ヘルマン第3軍大隊長 ガイヤス・ヤスト」
トーマが放つ大地への衝撃、ヘルマン軍、リーザス解放軍の轟き渡る喧騒。それらが嘘の様に、静まり返った感覚がした、その刹那。
「いざ」
「尋常に……!」
「「「「勝負!!!」」」」
互いの力量の全てを、生命の全てを武器と変え、4人の男たちはぶつかりあったのだった。
自らの部下たちの信念。想い。その全てを背負って、人類最強の男は、進撃を続ける。
その巨大な戦鎚の一振るいで、リーザス解放軍の2人、3人はまとめて吹き飛ばし、更に開いする矢は、身にまとっている重装甲が弾き返した。
「儂は、トーマ! トーマ・リプトン! この皺首、横着せずに取りに来い!!」
一切合切をものともせず、鋼鉄の巨人は只管に、突撃し続けた。
「な、なんだこいつ……! で、でたらめだ! みんな、みんなでろ! みんなでかかれぇ!!」
完全に心を折られかけたのだが、辛うじて、踏みとどまると、仲間たちと連携し、一気呵成に躍り出ようとしたのだが。
「ワハハハハハ!! ぬるい、ぬるいぞ!!」
トーマは、まるでものともしなかった。
腰の装甲から、その身体程ある長い刀身を持つ長剣を引き抜き、受けようとした兵士の槍ごと、頭蓋をたたきつぶしたのだ。
一息する間もなく、絶命した兵士と、更に追撃をせんと飛びかかった兵士たちを戦鎚《グラ・ニュゲト》で吹き飛ばした。
凡そ、人間を殴る様な音ではない。如何に鎧を着ているとはいえ、金属が破裂したかの様な轟音は、異常の一言だった。
「こ、この………っ……!!!」
そんな中でも、リーザスの兵士が1人、奇跡的に、トーマの懐に潜り込むのだが、己の手に持つ、槍を届かせるよりも遥かに早く、重厚な膝が跳ね上がり、ずがぁっ! と言う鈍い音と共に、鎧諸共、臓腑を破壊した。
「か………か、ぅっ……」
あまりの痛みに、強すぎる痛みゆえにショック症状を起こし、そのまま倒れてしまう。
トーマの動きのひとつひとつが、触れなば、一撃で絶命せんばかりの、戦場を蹂躙する剛勇だった。
……少なくとも、リーザスの兵士たちには、そう、見えた。
「くっ……! に、人間じゃない……! 白兵戦は、ダメだ……、だ、だれか……!」
そう言った瞬間、だった。まるで狙っていた、待っていた、と言わんばかりに、マリアのチューリップの砲撃が、トーマの方に飛来した。
……が。
「……………甘いわァァッ!!」
確実に、直撃をしている筈だった。
なのに……。
「そ、そんな……、うそ、うそでしょ……? 砲弾を、拳、で……?」
この遠間でも、確かに見えた。トーマは、巨大な手甲に包まれた裏拳が唸りを上げて、砲撃を叩き落としたのだ。
それを、唖然として見つめるマリア。
「しっかりしろ! マリア!」
「は……、ふぇ、ふぇりす……、さん」
放心仕掛けているマリアに喝を入れたのは、空から降りてきたフェリスだった。
「私が、空から魔法で何とか抑えてみる。その隙に、あの戦車でなんとかしろ!」
フェリスは、そう短く伝えると、翅を広げ……、人間では絶対に届かないであろう高さにまで上ると。
「ったく……! あれでも人間かよ!! 良かった、ランスのバカが、私を呼んでなくてっ……!!」
ランスが呼んでいたら、てきとーに、『つっこめ』フェリスは愚痴をこぼしながらも、両の手に魔力を集中させた。
志津香にも手伝ってもらえたら更に威力が上がるかもしれないが、射程外からの強装弾を撃てる自分でなければ危険だ。志津香自身も今は敵を相手にしている為、手が離せないのも幸いした。
彼女の性格であれば、構わず突っ込んできそうだから。
「……アイツにとって、志津香は。大切な人間、だからな」
それは無意識だった。無意識に、魔法を詠唱している間に、無意識に思ったことが口に出たことを、この時のフェリスは気づいていなかった。
「くらえ!! デビルビームΩ!!」
渾身の暗黒の波動を撃ち放った。
詠唱に時間をかけていては、トーマに先に、行動をされてしまうだろう。最速で唱えられて、更に最強なのが、この《デビルビームΩ》なのだ。
……が。
「それも、ぬるい! 甘いわぁァァァァ!!!」
トーマは、戦鎚グラ・ニュゲトを、フェリスの魔法が届く前に、高々と天に突き上げると。
「秘剣――――――――骸斬衝!!」
渾身の力で、大地に叩きつけた。
常軌を逸したその一撃は、大地を割り、まるで大爆発が起こったかの様に抉った。
その飛び散った大地の破片。……いや、破片と言うよりは岩そのものだ。まるで、その岩が弾丸にでもなったかの様に、全方向へと飛び散る。
「なっ……!?」
「きゃ、きゃあああっっ!!」
完全に、砲撃準備を整え、フェリスの攻撃と同時に、チューリップ3号の砲撃を加えようとしたのだが……、その岩がチューリップに命中。そして 更に神業だと言えるだろう、そのチューリップの砲身に、岩が飛び込み、内部で暴発させたのだ。
「くっ、カスミ……!! がああっっ!!?」
飛び散った岩、岩の散弾が齎す攻撃範囲は驚嘆。
一部の戦士を除けば、絶対的な死角の1つである、といわれてきた頭上。フェリスがいた上空にまで、散弾が届き、彼女の翅を穿ったのだ。
「ふぇ、フェリスさん! それに、カスミ!!」
マリアが叫ぶが、フェリスの落下は止まらない。
そして、その場所もトーマの完全な間合い。手が出せないのだ。
「これで、《砲》やらいう飛び道具。そして、人外である悪魔の使役、それらは使えまい――ここまでだ、リーザスの解放軍どもよ!」
高らかに戦鎚を掲げるトーマ。
士気も最高潮だった。
トーマは、天を仰いだ。
そして、ニヤリ、と嗤うと。
「今日は、死ぬにはいい日だ……!」
そう、ポツリと呟いたその時だった。
突如、トーマの前に、1本の剣が落ちてきた。
いや、違う。……落ちてきた、と言うよりは、飛来し、突き刺さった、と言う表現が正しいだろう。 ざしゅっ! と言う音がしたと思ったその時だ。
落下するフェリスを受け止める者がいた。いつの間にか、トーマの前に立つ者がいたのだ。
「………………」
風に靡く漆黒の髪。
そして、纏うは暗黒とも呼べる殺気の塊、《煉獄》
大地に突き刺した影響で、発生した砂埃がやがて消え、その姿を完全に捉えることができたと同時にだった。
トーマのその地の底から響いてくるかの様な豪快ともされる声量に負けない程の轟音が、周囲に迸る。
『お前らァァ!! これ以上手を出すな!!!!!』
轟ッ!! と空気の壁、いや違う声の壁が、周囲にいる兵士たち全員の耳を叩いた。
さしのトーマも言っている意味が判らなかった。
だが、その目にも見えない程の速度で、気づかない間に割り込んできた男の姿を見て、トーマは、冷静に、慎重になった様だ
その声は、勢いづくヘルマンの騎士達を、そして リーザスの解放軍の動きも止めた。
「志津香、フェリスを頼む」
受け止めたフェリスを、すぐそばにまで駆けつけていた志津香に託した。
フェリスは、気を失っている様だが、生命に別状は無さそうなのは、見て判った。翅にかなりの傷、そして 魔法を放つ為に、手を突き出していたからだろう、両の手にもひどい傷を受けてはいたが、頭部、胴体部は比較的無傷だったからだ。
「ゆ、ゆぅ……?」
志津香は、ゆっくりと男の名を呼んだ。
そう――男の名は、ユーリ・ローランド。
目のもとまらぬ速度で、トーマに、……人類最強の男の前に立ったのだった。
フェリスを志津香に託すと、ユーリは、トーマの目を見据えて、言った。
「――……此処からは、無駄な犠牲を出したくはない。……だから、一騎打ちだ、トーマ」
両手に迸らせるのは、煉獄の気。
そして、両手に剣を持ち、構えるのは、ユーリのもう一つの戦闘スタイル《二刀流》。
「この戦、オレとお前で―――決着をつけよう」
構えた瞬間に、そのトーマの巨体が揺れた。
「ぐふ、ぐははははは! ――面白い、受けてやるぞ! 小童!」
笑みを浮かべるトーマ。
回りはまだ、状況を理解しきれていない者が殆どだが、2人の意思により。
《戦争》から、《一騎打ち》へと、展開を変えたのだった。
~人物紹介~
□ サレ・カーツ(ゲスト)
Lv27/31
技量 剣戦闘Lv1 統率Lv0
ヘルマン第3軍 中隊長を務める男。
ヘルマンの片田舎から、腕っ節1本だけで、中隊長に上り詰めてきた男であり、その切欠は、村を襲う魔物の討伐をしていた際に軍関係者の目に止まり、スカウトの形となった。トーマのことを心の底から尊敬し、生命を捧げることをも惜しまない精神を持ち合わせているのだが、生まれて初めて、最初に敵わなかった男、敗れてしまった男、トーマの腹心であるガイヤスのことも尊敬している。
以後は、研鑽を積み、ガイヤスと肩を並べて戦えるまでに成長を遂げた。
名前は、テイルズシリーズ 「テイルズオブグレイセス、リバース」より、一部ずつ抜擢。
~武器紹介~
□ グラ・ニュゲト
人類最強と称される男、トーマが愛用する戦鎚。
その硬度は、この世界で最も硬いとされている鉄鉱石《カッチン鉱》で精製されている為、非常に硬く、壊れにくい。が、その硬さに比例するかの様に、重量は非常に重く通常の者(軍人)であれば、持つことさえ叶わない。
名前は「ワンピース」より、一部ずつ抜擢
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