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或る皇国将校の回想録

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第四部五将家の戦争
  第六十一話 馬堂の手管

皇紀五百六十八年八月一日 午前第六刻 蔵原市周辺駐屯域
独立混成第十四聯隊 首席幕僚 大辺秀高少佐


「聯隊長殿、兵の休養についてですがこのように行おうかと」
 温かい食事、蔵原から嗜好品の購入等についてだ。
「嗜好品の調達については俺からも多少は金を出す、三蔵屋に馬堂家名義で金を引き出してくれ」

「はい、聯隊長殿」
 米山が書き留めた覚書に捺印をし、兵站幕僚に渡す、後は彼と主計大尉が上手く回すだろう。
「再編と補充の申請についてですが、こちらは駒州に提出する補充の要請書です。そして第二大隊の再編案についても附記しております」
「第二大隊はこちらで本部直轄の鋭兵中隊と共に連隊本部の護衛に専念してもらうとしよう。他の大隊は各大隊長の裁量に任せる。補充については各級指揮官から了承を得ているのならこれで承認する」
 人務幕僚の起案書に修正を入れ、捺印する。
「はい、聯隊長殿」

「合流する部隊はどうなっている?」

「工兵大隊と輜重部隊、内王道と皇龍道から蔵原に物資が集積されております。工兵大隊を六芒郭の応急改修にあて、六芒郭―蔵原間の後方連絡線を確保する事が我々に与えられた仕事です。
工兵大隊と輜重隊第一陣から“新城支隊”から重傷者の後送等、再編成を含めて本格的な籠城準備が始まります」

「となると第一陣が一番危険か」
「はい、新城支隊の状況確認等もありますので、我々も一時的に六芒郭を間借りした方がよいかと思います」
大辺が手渡した起案書に目を通し、捺印する
「そうだな‥‥‥往復は大隊をあてればいい、そもそもこの部隊を指名したのは聯隊単位の独立戦闘力、まぁそういうことだろうね」

「〈帝国〉軍の動きが鈍ったと言えど何時再び動き出すか分からないですからね――導術警戒を行っても工兵大隊を逃がすには遅滞戦闘が必要となる――」
 大辺も戦塵にまみれてもなお血色の薄い顎を指でなぞった。
「その場合は新城支隊との連携が不可欠になる――〈帝国〉軍の行動把握、六芒郭の補修・新城支隊の再編成の進捗管理、補給物資を含めた備蓄状況の確認、やらなければならない事は無数にありますな」
 新城支隊の一番懸案事項は寄せ集めである事だ。大多数は泉川からの脱出時に脱落した龍州軍や近衛総軍の部隊である、六芒郭の残置部隊もいるが、それも新兵訓練用の部隊であった。まともな戦力として数えることは難しいだろう。
「“聯隊長”としての仕事がこれ‥‥‥俺個人としては“馬堂”の仕事もある」
 豊久は眼を覆い、瞼を揉み解し始めた
「なぜ六芒郭なのか、なぜ御育預殿をよりによって指名したのか。
父上はいったい何を考えているのやら‥‥‥」

「御育預殿か絡むという事はなにか大きな変事がまつりごとの面であったのでしょう」

「そうだ、結局のところ厄介事の中心にいるのは我が主家の御育預殿だよ。
あの野郎、地獄に突き進みやがる癖に自分の足元に何があるか知り尽くして無視をしやがる。
だから誰も彼もが引き釣り回されるんだ」
 豊久は天を仰ぎ、深い、深い笑みを浮かべながら嘆いた。
「あぁもう、アイツの所為でいつも何もかもが滅茶苦茶だ!」

「最近はあまり人の事言えない気がしますな」

「うるさいな、俺は悪くないよ、周りが悪いの」
 連隊長と首席幕僚が常の掛け合いを続けながら判子押しと差し戻しを始めようとするが

「兵站幕僚、入ります。すみません、聯隊長殿に兵部省より使者が来ております!」
 先ほど輜重部隊に指示を出しに出たはずの兵站幕僚が大天幕にとんぼ返りしてきた。
「は?兵部省‥‥‥?」




「山崎、なにやっているんだ貴様」
 豊久がにらみつける先にいるのは黒い洋装を纏った男が居た。軍装ではないがその振る舞いはそこらの新兵よりも陸軍の匂いが染みついている。
それも当然であった。彼は馬堂家の警護班長であり退役する前は憲兵曹長として軍内の揉め事を片端から潰していた手練れである。


「お久しぶりです、若様」

「兵部省の使者と聞いているが?」
 豊久は苦虫をつぶしたような顔で言った。

「はい、私はあくまで物のついでで便乗させていただいた若殿様の伝言役でございます。兵部省の御仁は西津閣下のところに向かっています。若殿様が私費で購入したものを兵部省経由で駒州鎮台に寄贈したという形で便乗させていただきました」

「便乗?……それが?」
 八頭仕立ての大型荷馬車が二台も来ている。つまりは十四石(トン)もの大荷物が積まれている。

「はい、若殿様からの私的な援助品です。ぜひお役に立ててほしいと」
山崎が合図をすると控えてた若い衆が包みを一つ差し出した。

「これは‥‥‥」

「蓬羽兵商が開発した新世代歩兵銃の雛形でございます。”蓬羽試作六四式鋭兵銃” と申します」

「前に一度聞いたことがあるな‥‥‥もう完成させたのか」
 あれを聞いたのは何時だったか、故国に帰ってきた日だ。なんとも馬鹿げた事に家族団らんの場で新式銃の話をしていたのだ。
「‥‥‥ふむ。何丁ある?」

「現時点で六百丁、弾薬は一丁あたり四百発です、その他消耗が早い部品と若様の私物をいくらか」

「ふぅんどれどれ――ドライゼ……?いや違う、どうでも良い、比べるだけ無駄。紙薬莢………後装式であることが重要。改善の余地はある‥‥‥無いわけがない‥‥‥」

「その槓桿――てこを押し込んでみてください」
 かちり、と音がして銃身の正中線上の蓋が開いた。

「成程、ここに装填するのか――空打ちしても壊れないよな」
 山崎が頷いた事を確かめ引き金を引く。打針が叩槌に叩かれ、腔内に突き出すのを目視する。

「弾殻は?」
「紙を樹脂で固めたものとなっております」


「耐久性は?この打針の劣化が問題だったと聞いていたが」
「若い者に部品――打針を交換する必要が出るまで試させましたがおおよそ八十発までは問題ありません。蓬羽では二百発まで試して問題がなかったとのことです」

「完璧だ、山崎。大変結構!‥‥‥前線で使う物なければね」
 前線で使うのならばどれほどの性能があろうと頑丈で蛮用に耐えなければ話にならない。
 からくりが煤だの泥だので動かなくなるようではまだ今までの前装式の方がマシだったという話になりかねない。


「はい、その所を若様に試していただきたいとの事です。蓬羽の奥方様からもよろしくお伝えくださいとの事です」

「蓬羽が?まぁ実際に使ってからか――杉谷!杉谷小隊長おるか!」

「おります、聯隊長殿」
 本部護衛中隊の内、杉谷が小隊長を務める第一小隊は聯隊長が本部を離れる際、常に護衛役として一個分隊を配置している。
このように彼自身が直接同行していることも多い。
「分かっているな?」

「これですね?‥‥随分と変わっていますね、弾と玉薬を紙で‥‥成程。絡繰頼りとなると少々不安ですな」
 杉谷もまた装填方法に興味を抱いた。
「これを扱うのならば、兵のやり方もまた変わってきますね‥‥‥面白いがひどく手間がかかりますよ」
 今までの〈大協約〉世界における銃兵教育の根幹――すなわち素早い装填方法、撃つときに何に気を配るべきか――をまったく別の物に代えてしまう物だ。
 つまるところアレコレと面倒なほどに新しい物だ、という話である。

「家の若い者に試させた時には確かに煤が面倒でした。針を変える際に煤を掃除する必要がありますな」
 杉谷は再び装填方法を確かめながらうなずいた、どの道、普通の玉薬を使うなら煤が出るのは分かり切った事だ。後は使って確かめるしかない。
「戻ったら試験運用小隊を編成する。人務と相談しろ、委細は貴様と人務に任せる」

「はい、聨隊長殿」

「貴様と小隊はしばらくそれで遊べ、運用法と欠陥を洗い出せ」

「‥‥‥欠陥を多数発見した場合は如何なさいますか?」
 胡散臭げに与えられた施条銃を眺めている杉谷の疑問に豊久はにたりと笑って答える。

「その時はその時だ――あぁそうだ、欠陥を洗い出せた兵には聯隊長から報酬を出す。貴様の功績にもなる。
いいか、杉谷よ。上手くいけば貴様と兵達が軍の新たな枠組みを見せる事になるものだぞ、物になるならそれだけの価値はあると俺は見た」

「これはな、兵器として進化すればそれだけ化ける物だ、その基盤を創るぐらいの気持ちでやれ」

「かしこまりました。どうにか使い物になるようにしてみましょう」
 杉谷に、もういいよ、と頷くと山崎に向き直る。

「‥‥‥父からはなにか」

「ございます、これを。それと言伝を大殿様から」
 封印の施された書簡を渡し、山崎は薄く笑みを浮かべた。
「言伝?」

「はい、“お前には苦労を掛ける、好きにしろ“と」

「‥‥‥ん」
 そっと瞼を揉みながら豊久はうなずいた。
「ありがとう、山崎。辺里や柚木達にもよろしく伝えておいてくれ」

「はい、御気をつけて」




皇紀五百六十八年八月一日 午後第八刻 蔵原市内 某居酒屋


 さて、蔵原は駒州と龍州を結ぶ要路、内王道の結節点である。険しい山が連なる虎城を抜けた行商人達の宿場町として発達してきた。
 現在でも龍州の入り口の一つとして観光地の一つでもあり、また太平の世においても陸軍が定期的に血を流していた虎城に巣食う匪賊討伐に赴いた将兵達が赴任を終えた後にここで羽を伸ばすことも多々あった。
「お客さんおひとりですかぁ?」
 女給が出迎えたのは仕立ての良い灰色の袖なし羽織に紺色の馬乗り袴と地味ではあるが上品な服装の男であった。
 苦労を重ねているのかやや窶れているが、二十の半ばを過ぎた程度だろう。
「うんにゃ、待ち合わせだよ。‥‥‥おやおやこちらさんも商売繁盛の御様子」
 愛想の良さそうな笑みを浮かべた男はきょろきょろと店内を見まわしている。
 〈帝国〉軍侵攻による周囲の二千名に満たぬ町村の避難民がおしかけ、更に第三軍が蔵原市周辺に駐留するようになって早数日、外出許可を受けた将兵までも出入りするようになり、蔵原市街地はどこもかしこも人があふれ返っている。

「待ってくださいねぇお客さんのお名前は?」

「ん?えぇとあぁ――居た居た」

「やぁ若旦那さん、お待ちしておりましたよ」
 手を挙げて彼を呼ぶ男もまた大店の手代といった風情を漂わせる三十路絡みの男だ。
「おう、おひさ。村さんも元気そうで何よりだ」
流石に酒は飲んでいないようだがすでに食事を終えたようで黒茶と干菓子を楽しんでいる。
 既に上客と見なしたのか女給が愛想よく若旦那と呼ばれた青年に歩み寄る
「お客さん何になさいます?」

「そうさねぇ‥‥‥昼にロクなもん食べてないしなぁ。葦川鮎の天婦羅定食に追加で龍州鯰のかば焼き4つ」

「4つ?ウチの鯰は大きいですよ?2つで十分ですよ!」

「いや、2つと2つで‥‥‥いややっぱいいや。かば焼き2つに温うどん一つ」

「はい、お客さん!」
 女給が声の聞こえないところへ言ったことを見計らい、青年は対面に座る男に尋ねた。
「‥‥で、どうなんだ?」
「でかいですよ、結構美味いですし」
 とぼけた顔で茶化す“村さん”を半眼でじっとりとした視線を向ける。
「違うよバカ、そっちじゃなくて(みやこ)の方」

「まぁ大騒ぎですよ、そちらこそどうですか、商売はどうにか軌道に乗ったとお聞きましたが」

「随分と景気は悪いけどな。この塩梅じゃ、ここらも〈帝国〉さんのものになるだろうしね。
どうだい一つ〈帝国〉旗でも売ってみるか?」

「もう遅いよ、捌けたみたいだ」

「マジかよ」 「マジです」
 ハッハッハッハと乾いた笑いが満ちる席に陽性の声が割り込んだ。
「はいはい、お待たせいたしましたぁ!」

「お」
 目の前に並べられた料理に目を輝かせる姿は“若旦那”というよりも“若様”のそれであった。



「しかしなんですね」
「ん?」

「美味そうに食べるますなぁ」

 すでに“若旦那”は温うどんに鮎の天婦羅をペロリと平らげ、かば焼きと白米をがつがつと食べている。
「美味いよ、美味しくないわけないじゃないか」

「そう、そうでしょうな」
 “村さん”は目を伏せ、すまない、というかのように軽く掌を見せた。
 “若旦那”もようやく人心地ついたのか、締めの黒茶をすすりながら首をかしげる。
「‥‥‥んん、しかし今回随分と大掛かりな動きがあったみたいだけど」
 彼の人の良さそうな笑みが一瞬、消え去った。
「例のアレさぁ、聞いてないよ、俺。――“本店”でなにがあった」

「‥‥‥」
 初夏の暑さが齎したものではない汗が村雨中尉の頬を伝う。
「ウチの番頭さんから言伝を預かってるよ、西州の方に“投資”を唆しているみたいだ。あれこれ手を回したから、後はそちらで上手くやってくれとさ」

「へぇ!そいつはありがたい」

「ほれ、これごと持っていけ」
 足で押しつけられた書類鞄をそっと確保しながら“若旦那”は問いかける
「はい、ドーモ、村さんはこれからどうするんだい?」
既にいつもの愛想のよい笑みが張り付いていた。

「明日にはここを発つよ、しばらくドサ周りだ。うっかりサボってたら〈帝国〉の兵隊さんに囲まれて帰れなくなっちまうかもしれないし」

「そうかい、番頭さんにもよろしく言っておいてくれ、」

「ん、伝えとくよ。‥‥‥じゃあ俺はもうちょいここにいる。少し飲んでるよ」

「あいあい、俺は明日も早いから帰るよ、勘定おいとくぜ。良い店だ――またここで呑めればいいが」

「‥‥‥そうだな」

 その翌日、馬堂豊久は第三軍司令部を訪れ、そして西津忠信中将は神長近衛総軍司令長官と書簡を取り交わした事が記録されている。そして龍兵伝令が数度往復し、八月四日、独立混成第十四聯隊が護衛する工兵部隊と輜重第一便が蔵原を発った。
 また、この時期、〈皇国〉陸軍の諜報部門は堂賀静成准将の統率よろしきをうけ被占領地における諜報網の再構成に力を入れていたことが確認されている。

 そしてこれにより、あらゆる政治的意図が入り混じり、妥協し、利を求め、理を紡いだ果ての一つの仕組みが動き始めた。
 その仕組みが本来、誰が為の物なのか、誰にもわからないまま
 
 

 
後書き
ようやっと‥‥‥ようやっと六芒郭編に入ります。

さてさて、次回は我らが魔王様との再会です。

なんとか月刊ペースに‥‥‥ 
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