東京百物語
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カミテにいる女
六本目
波打つ白いカーテン、肌触りの良い清潔なベット、ベージュの天井…。
日紅はぼんやりと瞬きを繰り返した。
「日紅」
男の人の声がして、それが知っているものだと言うことに気がつく。つられるように横を見ると、シンプルな青いシャツを着た容姿端麗な男性が座っていた。日紅と目が合うと、ほっとしたように優しく笑う。それは友人の青山清だった。
「具合は、大丈夫?」
「…ねぇ、どうしてあたしなの?」
体調を気遣ってくれる青山には悪いと思ったが、日紅には今他人を気遣う余裕が無かった。
「あたし、今まで生きてきて、お化けが見えたりすることなんて無かった。あそこには他にも沢山の人が居た。ねぇそれなのになんであたしなの!?」
「日紅が優しかったから」
現場にもいなかった青山に訳がわからないことをわめいているという自覚が日紅にはあった。いや例え一緒に居た坂田だって日紅が何を言っているか理解できないだろう。それでも言葉は止まらない。理解しがたい現象に日紅はパニックだった。しかし、青山はまるですべてわかっているとでも言うように、静かな声で言った。
「優しい!?あたしは優しくなんてないよ!」
「それは日紅の主観だ。他人から判断されるのに、主観は関係ない」
青山の冷静な言葉に日紅は言葉が詰まる。
「…っ、じゃあ、優しそうに見えると何がダメなの!」
「助けてくれそうだから。突然自分が死んで、愛する家族に一生懸命話しかけているのに誰からも気づいてもらえなくて、絶望していたときに、そんな自分を助けてくれそうな優しい人が現れたら、誰だってがむしゃらに気づいてもらおうとするだろう?ー…日紅、ほら、そこがだめなんだよ。今、同情したね。自分にできることなら何かしてあげようと思っただろう。霊はそんなに甘くないよ。良い霊ばかりじゃ無いんだ。寂しくて寂しくて、一緒に居て欲しいって思っている霊も沢山いるんだよ。一緒にってどういうことかわかる?死んでくれってことだよ」
青山の声は冷たい床に弾かれて日紅に向かってくる。日紅を突き刺し、背筋に寒いものを残しながらどこかへ消えてゆく。
「っでも…」
「でもじゃない。日紅、別に僕は意地悪で言っているわけじゃ無い。これは事実だ。それで死んだ人も何人も見てきた。引きずられるな。思い上がるな。してあげられることなど何も無い。彼女たちは、もう死んでる。死んでるんだ」
そう言って青山は深く息をついた。
「参ったな…こんな世界に日紅を引きずり込むつもりじゃなかったのに…」
「ね、ねぇ、清!あたしどうなっちゃったの?霊感…れ、霊が見えるようになっちゃったの!?」
「いや、むしろ今まで無事だったことの方が驚きなんだけど…」
「ええ!?」
「日紅みたいな、優しくて、純真で、すぐ同情してくれるようなカモ、霊が放っとくわけ無いと思うんだけれど」
「カモ!?酷い!」
「事実だよ」
青山は特段悲しがるわけでも、嬉しがるわけでも無く淡々とそう言った。それが、本当に脅しでも何でもなく、ただの事実を述べているだけだと、日紅は心の臓を鷲づかみにされるような心地がした。
「日紅。僕が側にいる限り、君のことは守る。だけど、そうもいかないこともある。日紅自身がちゃんと認識して、警戒してくれ。お願いだから」
「あ、は、はい努力します…」
その返事を聞いて、青山は、はー…と頭を抱えた。善処すると言っているのになぜこんなに信じていない風なのかと日紅はすこしむっとする。
「わかっていないね。もう霊から石を落とされるなんて目には遭いたくないだろう?」
「あ…ったりまえ…!って、やっぱりあれお化けなの?やだよー怖いよー」
「誰も居ないのに偶然目の前に小石が落ちてくるわけないだろ?まぁ、あれは挨拶みたいなもので、日紅に危害を加えようとしたんじゃないからそこは安心して良いよ」
「ふえぇ…だってもしかしたら夢かとも思ってたし小石もあたしの見間違いかもって…でもなかったことにしたその石を演劇部の部長が拾ってこっちに持って来ちゃうしもうどうしたらいいかわからなくて!」
「忘れるんだね。あの女の人は地縛霊だから日紅に憑いてくるようなことも無い」
それは心底良かった。日紅はほっと息をつく。
「ねぇ、清…あたしなんでこんな幽霊に目をつけられるようになったの?今までは大丈夫だったんだよね?」
「…可能性としては、祝詞」
「ノリト!…ってなに?」
「新宿のおばあさんが唱えていたの聞いてただろう、ひ、べ、に」
わざと青山は切るように言って、右手をいつぞやのようにひらひらさせた。もちろん笑顔で、だ。
「き!…っ聞きましたね、そう言えば」
「まぁ日紅は聞いてなかったかもだけどね」
日紅の友達が幽霊に取り憑かれたと思って、新宿にいるおばぁさんに祓って貰った時のことだ。結局、ゆり自身に幽霊は憑いておらず、お祓いも名目だけで実際は違ったのだが。
「なんでよ。聞いておりましたよもちろん」
「ふうん。てっきり僕は、手を繋いだことに動揺してお祓いどころじゃ無かったかなって思ってたんだけどちゃんと聞いてたんだ?」
「ゴフォ!」
水も飲んでいないのに日紅は盛大にむせた。横ではしれっとした顔で青山が「大丈夫?」とかなんとか言いながら背をさすってくれる。
「清!悪ふざけはやめてって!」
「ん?ふざけてなんていないよ?」
「…犀がいるの知ってるくせに…殴られるよ?」
「ははは、あいつなら本当に殴りかかってきそうだ」
「清、さぁ…。彼女つくんなよ」
「何故?」
「あたしのことからかってるヒマがあるんだったら、高校の時みたいにつくんなよレモンティーでも何でも渡して…折角選り取り見取りなんだから」
この青山清と言う好青年、高校時代は好きになった女子にレモンティーを渡すと言う何とも摩訶不思議な行動をとっていたのだ。でもそれもいつしかぱたりと止み、同時に青山の彼女の話もめっきり聞かなくなったという過去を持つ。
「じゃあ、ハイ」
青山はレモンティーのパックを日紅に差し出してきた。
「ええっ、今どこから持ってきたの!?」
「そんなこともあろうかと」
「どんなこと!?奇跡の確立でしょ!」
そして日紅はそのレモンティーを突き返す。
「いらない。あたしには犀がいるもん」
「残念」
ちっとも残念だとは思っていない顔で、青山は自分でその紙パックを開ける。ストローをさすと、再び日紅に差し出した。
「はい」
「え、だからいらないって」
「寝起きでのど渇いてない?『そんなこともあろうかと』買っておいたんだけど」
笑顔でレモンティーを渡してくる青山に、思わず日紅は受け取ってしまう。
「…あ、ありがと」
自分のためだと言われれば、軽口に囚われて受け取らないのも申し訳が無いと日紅はお礼を言う。
「どういたしまして」
にっこり笑う青山は、本当に外見だけは非の打ち所が無い「王子様」だ。
日紅は、くちびるを尖らせてストローを口に含む。
「清には幸せになってほしいのにな…」
「それはどうも。好きだよ、日紅」
「清!」
日紅は怒ったように言って、レモンティーを持った手と反対の手で、軽く青山の頬をつねった。生きる芸術作品、と言われる彼にこんなことをできるのは世間広しといえども彼女ぐらいのものだろう。
「だから、そういう冗談をやめなさいって言ってるの」
「冗談じゃ無いのに」
「ハイハイ」
日紅は青山の頬をびろんと引っ張ってからぱちんと離した。彼を至極の宝珠と讃える美術教師が見たら間違いなく卒倒しているだろう。
「で、そのノリトってのを聞いたからあたし霊感出ちゃったの?」
「いや…どうかな。もしかしたらそれは切っ掛けに過ぎなくて、本当は僕のせいかもしれない」
「清の?なんで」
「ほら、良く聞かない?霊感強い人の近くに居ると、霊感強くなるって」
「へぇー…ん?そ、それで、清サマ、あなた様の霊力はいかほどで…」
「聞く?」
「怖いのでやっぱやめときますっ!」
「それがいいね」
青山はキラキラと笑顔を振りまいた。
後書き
東京百物語、六本目です。
短いです。
次は何の話になりますかね…。早く旅行にでも行ってもらって、あんなお化けやこんなお化けの話しを書きたいです。
そういえば、さっちゃんと日紅が話していた旅行の話し。完全にフラグです。
「北海道、沖縄、広島、京都・・・どこがいい?」
「今年の冬はみんなで長野にスノボーでしょ?(フラグ)とりあえずはそれで我慢するか・・・」
フラグだらけですね。
北海道とか沖縄はたいしたことないです。
広島は精神的に死ぬかと思った。長野は物理的にも殺されるかと思った。
京都は普通にヤバイ・・・と、こんな感じでしょうか。
次回は長野のお話かなぁとぼんやり思っております。
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