魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第1章『--彼女が人に何をした』
第1話『小さな魔物』
「墓守の死徒?」
聞き慣れぬ名に首を傾げつつ、ジークは、酒場の席にてその噂を聞いた。
彼の前で頷き、酒を呷った大柄な男は、そのジョッキを音を立てて机に戻す。袖で口を拭い、満足気な笑みを浮かべると、話の続きを聞かせるため、今一度口を開く。
「ああ、お前さんがこの町に来る二、三年前くらいか。この町に『死徒』が来たんだよ」
五年前に突如異世界より現れた軍勢、『魔王軍』。それらの侵略により、人類は既にその領土の三分の一を奪われた。
魔族という存在そのものが一体でも強力な力を持つのだが、それらが大軍勢を築いて--付け加えると、『魔王』と呼ばれる存在に統率され--一気に侵略を始めたのだ。余りに急な侵攻に対抗出来ず劣勢に陥った人類は、同盟国は勿論敵国すらも一時休戦とし、全ての国々で結束する事で、魔王軍に対抗するべく力を合わせた。
が、今まで敵国同士だった国々がそう簡単に結束出来る筈も無く、当然国々は劣勢に。侵攻は止まらず、更なる諍いが巻き起こる。
そんな現状の打開策。国同士のようなしがらみの無い、即席でも個々の力量の大きさで遊撃する人材。
即ち、対魔傭兵。
元々世界には『魔族』と呼ばれる存在はいたものの、その数は少なく、脅威と呼べるものでも無かった。
しかし、魔王軍の出現による魔族の増加、強力化によりその有用性が認められ、彼らは注目を集めていった。
ジークもまた、その内の一人である。
「そんときゃ衛兵が追い返したら、大人しく出て行ったんだがな?その後、墓の廃棄跡に住み着いちまったらしくてなぁ。こっちとしては開拓して農地にしたいんだが、コイツが危なっかしくて仕方ねぇ」
「墓が気に入ったのか?ゾンビにそんな思考があるとは思えんが……それで?強いのか?」
「そりゃもう、鬼の様に……って程でもないんだが、堅い。何しろ堅い。腐った体の癖に、剣で切ったら刃毀れするわ、魔法を撃てば素手で防いでくるわ。戦い下手なのが幸いだが、素の能力なら魔族の中でもバケモンだねありゃ」
相席で再び酒を呷る大柄な男--デルア・アンバーソンは、まるで実際に見たかの様に語る。というか、実際見たのだろう。
デルアの肉体は鍛え上げられた戦士のソレで、真新しい鎧を着ている。カウンターの下には布で隠されてはいるが、巨大な大剣がゴロリと転がっていた。
それでも倒せないとは、成る程。相当に厄介な相手なのだろう。
「……で、今回の依頼はそいつの討伐って所か」
「ご名答、この町の町長直々の依頼だぜ。報酬もこれまた莫大だ。200万Ve」
「ぶっ!?」
デルアが差し出した依頼書を覗き込むと、其処には数日は遊び続けても問題無い額が書き込まれていた。一瞬妙な声を漏らして、慌てて口を塞ぐ。
「なんでまた魔族一匹にこんな大金を……」
「何せ町の衛兵隊の精鋭を全部送り込んでも返り討ちだ。今回も何人か送り込んでいるそうだが、正直アテにならん。お前だけが頼りだ、頼むぜ」
どうやら本気のようで、その目は真剣そのもの。
依頼されたからには、断る選択肢は無い。
「ん……まぁ了解。引き受けたよ」
昼食の代金をテーブルに叩きつけ、荷物を担ぎ直す。依頼書を無造作にポーチに押し込み、背に差した剣を確認する。異常は無し。立ち上がり、酒場を出ようと
「……あ、そうそう--」
不意にデルアの声が届き、足を止めて振り返る。
思い出した様に彼が手を打つと、苦笑しつつ、その事実を口にした。
「その死徒、見た目可愛らしい女の子だから、覚悟はしとけよ」
「滅茶苦茶やり辛いわっ!早く言えよっ!?」
◇ ◇ ◇
大国ヴァリア。
それこそが現在ジークが滞在する国の名であり、数多の自然を有する世界でも有数の大規模領土保有国である。
そんな中に存在する数多の町の一つ、ヴァリアゾード。
自然が豊富なヴァリアの中では比較的開拓が進んでいる町であり、今でも上層の貴族は更なる権力を掴み取るために開墾を進めている。
今回もその類だったそうだが、生憎と開墾予定だった森に、死徒が住み着いていた。
この辺りでは死徒は珍しく、比較的知名度は低い。が、それでも数多くの傭兵が雇われているこの街では直ぐに討伐隊が編成された。
--結果は、意外にも惨敗。
死徒といえば、魔族の中でも最弱の部類だ。それでも、ただの人間と比べれば強いのは明白だが、訓練された傭兵部隊を返り討ちにする程の力は無い。
というか、実際それ程の力は無かった。
問題はその硬さ。本来、死徒というものは死後の人間の肉体に怨霊が宿り、思考回路も伴わず、ただひたすら人間を襲う魔族。その性質上、死徒の肉体は非常に脆いのだ。
それがどうだろう。剣を振り下ろせば刃が砕け、魔法を撃ち込めばその手一つで払い退ける。明らかに、死徒が持っていい耐久性では無い。
困惑した傭兵部隊は雇い主の貴族達にその旨を報告。貴族達はそれらを考慮し、町長に協力を申請した。
その結果こそがジークであり、《神殺し》なる存在によって鍛え上げられた、対魔傭兵と呼ばれる傭兵団である。
『新人類』『神族の血筋』『魔狩り』などと呼び名は多々あれど、その本質はただの人間であり、その強さは《神殺し》の徹底された訓練故の成果である。
その過程にて魔族を何体も屠らなければ対魔傭兵にはなれず、逆にそれを成してこその対魔傭兵なのだ。
--が、今回は少しばかり事情が違うらしい。
「はぁ……っ、やり辛い……」
森に入り、徒歩で2時間。指定の墓場の前に辿り着き、その中心に佇む死徒──一見可愛らしい少女に見えるソレを、遠目に見つめていた。
肩ほどまでの煤汚れた、しかし何処か艶やかさを残す白銀の髪。
虚ろに森を映す、光の無い紅眼。
恐らくは木の枝にでも引っ掛けたのだろう。所々が破れ、汚れた、若草色のドレス。
--そして、包帯によって半分を隠された顔に見える、死徒特有の崩れ傷。
石にヒビが入ったかのようなその傷は、紛れもなく彼女を死徒と証明する印。
「……ぁ」
少女は、ジークに視線を向けた。
「……!」
同時に、剣に手を掛ける。襲ってくれば、何時でも切り捨てられる様に。
相手が如何なる容姿をしていたとしても、人類に害を為す存在であるなら躊躇は無い。それが仕事だ、罪悪感すら抱く事は許されない。
「……」
が。
少女は、不思議そうに首を傾げるばかりで、一向にジークを襲う気配は無かった。
それどころか、ゆっくりとした足取りで付近の井戸に歩いて行き、横の桶を手に取って水を汲もうとする。
その動作はあまりに人間らしく、あまりに魔族らしくない。
「……えぇ……?」
どういう事だろうか。
魔族は--いや、その中でいう死徒などの自我無き魔族は、目に入った生物をひたすら狙う習性がある。
人を見つけた時はその働きは顕著であり、目に入った途端走って来るのが普通なのだ。
警戒しつつも、近付く。
これが死徒に新たな習性が加わった結果なのだとすれば、対策の為にもそれを知る必要がある。それは、これから先安定して魔族を打ち倒す為に必須の条件なのだ。
例外を見逃してはならない。
まずは、手を伸ばせば触れられる寸前まで近付く。これで襲ってきても十分に対処できる様警戒はしているし、油断もしていない。……が、相変わらず襲ってくる気配は無し。それどころか、突然近くに寄ってきたジークに困惑するように目を白黒させていた。
「……本当に魔族か?動きだけ見てると殆ど人間じゃないか……」
戸惑い、頭を抱えて次のアクションを考える。ここまで警戒心も敵意もない相手だと本当に敵か迷いそうになる。こんな外見でも討伐隊を返り討ちにした程強いのだ、警戒を緩める事は出来ない。
──少女が、こちらを見ていた。
「……ぁ……ぇ……?」
何かしら声を発しようとしたのか口を開くが、喉が既に崩れているのか、掠れた音しか出ない。が、その態度、その表情、その目から、彼女が何を思っているかなど容易に読み取れた。
--怯え。
瞳は揺らぎ、肩は震え、警戒を露わにしている。先程までジークを見ても何の反応も示さなかった死徒は、『魔族』という単語に反応して突然恐怖を露わにする。
「……ぁ……い……ぇ……!」
音の出ない喉を無理矢理に震わし、瞳に一滴の涙を浮かべて後ずさる。そんな光景を見るとやはり罪悪感が生まれ、ジークの胸に何かやりきれない感情が出てくる。
「……ぁー、安心しろ。別に襲ったりしねぇから、そう怖がられると悪い事してる気分になる……」
--って、これから仕留めなきゃいけない相手に何を言っているんだ俺は。
一瞬の後悔も虚しく、訂正しようとする前に少女が潰れた喉を開く。
「……ぉ、ん……と?」
……もしかしなくても、『本当?』と言いたいのだろう。
抱いてはいけない筈の罪悪感で胸が詰まる。
「……あぁ、ホント。約束は守る」
返答すると、少女は安心した様にへたり込んだ。思わず支えようとしかけたジークを、誰が責められようか。これが本当にデルア達討伐隊を返り討ちにした程死徒なのだろうか。とても強そうには見えない。
先程の自分の軽率な言動を呪う。
と、なると手段としてはどうしたものか。町から遠くへ誘導、交流が築けるならば説得、懐柔、最悪強制退去。約束を破るのは忍びない為、なるべく最後の手段は取りたくない。
--いや待て。
「……こっちの言葉、分かるのか?」
「……ぅ、あ……?」
こくん、と。
戸惑いながらも、しっかりと頷く。
本来、死徒は埋葬された死体に未練ある悪霊が憑き、理性、記憶すら失って発生する種族。脳も腐り落ち、記憶もない為に、文字どころか会話すら不可能。
故に、この死徒の少女は例外中の例外。
「取り敢えず、要観察か。暫く掛かるな……」
呟き、頭を掻く。取り敢えずもっと簡単な意思疎通方を見つけたいものだが、それもいつまで掛かるか分からない。場合によっては事情を説明して救援を呼びたい所だが、一度コミュニケーションを築いてしまうとこれ以上怯えさせるのも気が引ける。
思いの外面倒な仕事になってしまった。
少し湧いてきた空腹感を満たす為、ポーチの中から握り飯を引っ張り出し、頬張る。欲を言うならもう少し落ち着いた所で食べたいものだが、我儘は言っていられな--
──くぅ。
可愛らしい音が聞こえた。
「……」
「……ぅ」
横目で見れば、少女が呆然と自らのお腹に手を当てていた。
特にアクションを起こす事もなく、今の音の発信源をさすっているらしい。
「……食べるか?」
「……ぁ、ぇ……ぅ」
こくん、と。もう一度少女が頷く。
その小さな手に持たせた二つ目の握り飯に光なき目を輝かせ、少女は嬉しそうにそれを頬張った--。
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