普通だった少年の憑依&転移転生物語
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【ソードアート・オンライン】編
137 哄笑の残響
SIDE 升田 真人
「さて、行きますか」
明朝。時間にして4時30分。我が家に蠢く影一つ。……もとい、俺一人。
12月の明朝と云えば身を突く寒さが最も深まる様な時期なのだが、“咸卦法”を使える俺からしたらへのかっぱである。
転生に次ぐ転生で──果てには〝現人神〟なんて存在にすらなってしまって、〝氣(HP)〟や〝魔法力(MP)〟が笑えないくらいに──現在進行形ですらじりじり、と増えてしまっている俺の“咸卦法”なら日本の冬なんてなんのそのだろう。
……ちなみに〝氣(HP)〟や〝魔法力(MP)〟は、転生前と比べるとそれらの総量は平均化されていて、転生前は
〝〝氣(HP)〟<<<(割と越えられない壁)<<<〝魔法力(MP)〟〟
と云う構図だったのだが、転生後は…
〝〝氣(HP)〟=〝魔法力(MP)〟〟
とな風に、等式になっているようなのだ。
多分予想としては、転生の際に俺の〝陰の気(HP)〟と〝陽の気(MP)〟が一時的に完全に混ざり合い、それからバランスを取るためにとんとんに再分配されたからと当たりをつけた。
……早い話が〝魔法力(MP)〟と〝氣(HP)〟の総量がイコールになり、〝魔法力(MP)〟をムリに抑えなくてよくなったお陰で、“咸卦法”の運用効率と、“咸卦法”で生み出される〝咸卦の氣〟の密度が恐ろしく上昇したと云うわけだ。
閑話休題。
ともあれ、まだ陽も昇っていないこの時間帯に俺が動いている理由は、昨日の──アンサツさんを倒したあとに起こった〝それなりのトラブル〟に起因していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――「……待て、そこの…」
「……誰、お前?」
アンサツさんに勝利してキリト達との集合場所に戻ろうとした時、横合いからのそんな掛け声と共に〝そいつ〟は現れた。……〝そいつ〟からの隠す気もないだろう敵愾心に対して、俺もまた語気を強めて心理的な距離を離す。
(こいつ…)
向けられた敵愾心も気になりはしたのだが、その独特なイントネーションには覚えがあり、脳内に検索を掛けてれば、直ぐに脳内の記憶にヒットした。
「……《Teach》、その名前、あの動き──お前は、〝本物〟、か?」
「……お前がどういう意味で〝本物〟とか言ったかは判らないでもないが──その喋り方には覚えがあるぞ〝赤眼〟の。」
可視化されたウインドウを俺に向けては俺のプレイヤーネームを示している──俺の記憶検索に掛かった男の名前を出せば、その男──≪赤眼のザザ≫は不遜な態度で息を漏らす。
「……ふん、気付いた、か」
≪赤眼のザザ≫。そいつは前の〝【SAO】事件〟の時、アインクラッドでその悪名を轟かせていた──ゲームで死んだら実際に死んでしまう、デスゲームと云う状況下で〝PK(さつじん)〟を是としていた、当時のアインクラッド内最大の殺人ギルド──≪笑う棺桶(ラフィン・コフィン)≫の幹部。
(……あ、もしかして──)
「……お前が≪死銃(デス・ガン)≫か」
〝現実〟でも実際に殺人事件が起こっているゲームにかつてアインクラッドで席巻していた殺人ギルドの幹部が居ると云う──あまりにも〝出来すぎている〟この状況下、そしてユーノからもたらされていた〝哄笑の残響〟と云う言葉。。
……ふと、誰かに聞かせるでもなくそんな呟きが出てきた。
「……っ!! どうして、それを…っ!」
どうやら俺のボヤきは彼にも聞こえていた様で、小さくバックステップをしてその身を退けさせる。……それは俺の呟きが正鵠を射ていたと云う事実を如実に表していた。
「……まじか…」
〝本当にこいつが≪赤眼のザザ≫なのか〟──と、ザザの迂闊さに頭を抱えたくなる。
「ザザ──いや、新川 昌一」
「っ!! 貴様、一体どこで、俺の名前を…っ」
ザザの本名を──ザザにだけ聞こえる程度の声量で溢せば、ザザから向けられていた敵愾心が一層強まり、〝殺気〟──それもアンサツさんから向けられていたような稚拙な〝殺気〟ではなく、〝実際に自分が手を下した人の目から命の光が消える瞬間を視たことがある人間特有の殺気〟を向けられる。
「一応俺にも〝ツテ〟はあるんでね」
〝ツテ〟とは云うまでもなく菊岡さんである。……≪笑う棺桶(ラフィン・コフィン)≫のトップ3の名前は、ジョニー・ブラック──金本 敦や《PoH》の詳細な情報はイントネーションや声音を菊岡さんに教えて、菊岡さんと一緒に特定した。
……俺が殺した《Ryu》──神崎 竜也は兎も角、《PoH》──ヴァサゴ・カザルスは日本人ではなかったらしいが。
閑話休題。
(……あ、〝これ〟は使えそうだ)
ザザ──新川 昌一の情報について脳内でさらっていると、不意に思いつく。
「新川 昌一、明日の明朝5時ちょうどに【新川総合病院】から最も近い公園の──そうだな、時計の前に──時計が無かったら一番大きい遊具の近く、公園の入り口から見える位置に居ろ。……あ、言っておくが別に強制じゃない──が、居なかったら、恭二君がどうにかなるかもな…?」
「待て、弟は、関係、ない」
新川 恭二──新川 昌一の実弟の名前を出してやればザザの声から落ち着きが消える。……俺がやった事は〝目には目を〟〝歯には歯を〟〝脅威には脅威〟を──アインクラッド内での因果をここで報いてやる。
「……本当に〝無関係〟──かな? ……まぁ、どっちにしろお前達の事はバラすさ。俺の〝ツテ〟に今までの音声データを渡して少しすれば、裁判所からも逮捕状やら引っ張り出せるだろう。……ところが、だ。俺がその公園に音声データを持って行ったとしたら違う話になるよな…?」
恭二も一連の──この事件に絡んでいると半ば確信していて、どうしてもザザを引っ張り出したい俺はそう脅迫する。……出来れば後顧の憂いは──アインクラッド時代の遺物はここで処分しておきたいから。
「条件、が、ある。……音声データ、は、コピー、するな。必ず、オリジナルを、持って、来い。……あと、判っている、とは、思うが、警察には、持って、行くな。……さもなくば──」
「判った判った。……はぁ、お前は俺に条件を持ち出せる立場なのか? ……まぁいい、了解した。俺のこの了解の真贋の判断はザザに任せるよ」
そうザザへと言い残し、キリト達の居る場所へ向かった。……ザザからの殺意を孕んだ視線を背に受けながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……〝3人〟か…)
4時55分。“咸卦法”の効果1つである〝加速〟のアシストを受けながら約束の5分前に【新川総合病院】から一番近い公園に着いた俺は、まだ5分前なので公園には入らず〝見聞色〟にて〝その場から動いていない気配の数〟を数える。
……どうやらザザは──新川 昌一は援軍を呼んだ様である。……〝俺が誘導した通りに〟。
―新川 昌一、明日の明朝5時ちょうどに【新川総合病院】から最も近い公園の──そうだな、時計の前に──時計が無かったら一番大きい遊具の近く、公園の入り口から見える位置に居ろ。……あ、言っておくが別に強制じゃない──が、居なかったら、恭二君がどうにかなるかもな…?―
俺がザザに要求したのは上述の通りで、〝人数は問わない〟と云う事と──〝待ち伏せはご自由に〟と云う、言外の挑発にザザは乗った様である。
(……っと、そろそろだな)
つらつらと平行思考で〝これから〟について思考を重ねていると4分が経過していて、4時59分──5時の1分前になっていた。……俺もそろそろ動きだそうと、錆びの目立つ時計がある場所へと歩を進めた。
「……とりあえず、おはよう──とでも言っておこうか」
「……ふん、とっとと、音声データを、寄越せ」
10メートルくらいは有りそうな時計の柱の下に〝一人で〟立っている新川 昌一へと何でも無いかの体で声を掛ければ、新川 昌一はやはりと云うべきか音声データを催促する。……ここで〝会話ごっこ〟に興じれないあたり、所詮は〝《PoH》の腰巾着〟と云ったところか。
……ここで俺と会話して──〝時間稼ぎ〟が出来ていれば、〝伏兵〟の配置を完璧に出来たろうに、新川 昌一は俺を急かす。
(……〝残り〟が近付いて来たか…)
「そう、それと言い忘れていたが──」
そう独白するかの様に新川 昌一に声を掛けつつ、音声データの入っているUSBメモリを渡そうとポケットに手を入れた瞬間、新川 昌一の口端がぎぃ、と吊り上がる。
……新川 昌一の淀んだその眼球には俺と──俺の後ろには〝影二つ〟。……分かり易い合図だった。
「……俺、〝現実〟の方が強いからな──っとっ!」
〝残り二人〟が俺の背後に立ち、持っていたらしい〝長物〟を振りかぶった瞬間、俺は身体を反転させ──たその勢いのまま、〝新川 昌一の目に映っていた残り二人〟の顎先を踵でかすらせる様に狙い、回し蹴りを振り抜く。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
……俺の狙いはしっかりと当たっていたらしく、〝残り二人〟は直ぐにその場に崩れ落ちた。“咸卦法”の──〝肉体強化〟での一撃は相手の脳に〝気持ち悪さ〟を与える前に意識をシャットアウト出来た様である。
(……来たか…っ)
俺は背後に迫っていた〝残り二人〟に対応する為に、一瞬だけだが新川 昌一から目線を切ってしまっていた。……その隙に新川 昌一はどこから入手出したかは判らない──刃渡りが明らかに銃刀法に抵触していそうなほど長いコンバットナイフを取り出しては距離を詰めてくる。
……ちょうど〝残り二人〟を沈めたばかりの俺に技後硬直は──実はと云うと、無かった。……新川 昌一が某かの刃物を持ち出してくるのは予想していて、それに関する対応策も当然の事ながらある。
「死、ね」
短く一言そう綴られた言葉。
(……っ)
振り抜いていた片足が地面に着いた瞬間、俺は“咸卦法”を解除して新川 昌一が向けて来たコンバットナイフの刃に対して肌を〝かすらせる〟。……すると一瞬だけ肌がひりっ、とするが、我慢出来ない痛みでもないので、そのまま新川 昌一の懐に入り…
「破っ!」
「ぐぇっ!?」
新川昌一の鳩尾に俺の──手加減込みの肘を入れる。
(……終わったか…)
崩れ落ちる新川 昌一を見ていると何やら一段落着いた気はしたが、後始末の為にもとりあえず携帯を取り出して〝とあるところ〟に電話を掛ける。……番号は当然、〝110〟。
「もしもし警察ですか? ……今、暴漢に襲われて…」
めちゃくちゃ警察呼んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
新川 昌一と闇討ちしてきた〝残り二人〟を捕縛してもらうために警察へと電話して数時間。時間が時間だった為にまだまだ陽は天辺まで上りきっていない。……ブラインドから入る朝日がいやに眩しい。
未遂に終わったとは云え、刑事事件──それも〝殺人未遂〟ですらあったのだ。なので、俺は警察署に呼ばれて事情聴取を受けていた。
……ちなみに、新川 昌一から受けたコンバットナイフで左腕のかすり傷は──字義通り[かすり傷程度]と浅かったので、事情聴取と病院での治療の順序が逆になった。……尤も、大きめの絆創膏一枚で処置が出来てしまうような傷なので、病院で治療を受ける必要性があるかどうかはビミョーなのだが。
「……で、君は暴漢三人を撃退したと」
「はい、相違ありません」
「……はぁ、いくら徒手での腕に覚えがあるからと云っても、刃物を持っていると推察出来る──それも、〝君が犯人を挑発して作らせた〟事件現場に行ったんだ。……それについての理解は?」
「理解しています」
白髪混じりの警察からこちらの心を探る様な目付きで見られるが、俺はそんな目付きなんて〝なんのその〟──と、真っ直ぐと見返しながら返す。
「……君から預かった音声データの犯人との会話を聞く限り、〝脅迫〟に──ひょっとしたら〝殺人教唆〟までつくかもしれない。……正直法律ギリギリだよ?」
「それについても重々理解しています」
俺のそんな肯定の言葉を聞いた警官は「……まぁ、多分大丈夫だけどね」──と、ギリギリ俺に聞こえる様な声量で呟く。実際、新川 昌一を──ザザを挑発した時点で法律に抵触することは理解していた。……しかし、俺の聴取を担当しているこの警官が呟いた通り、それは無い事も予想していた。
ザザを挑発した時点で、〝≪死銃(デス・ガン)≫=ザザ〟の等式に辿り着いていたし、〝死銃事件〟の有力な容疑者を引っ張り出せたと云う功績を使えば十分にそれらの罪を相殺出来ると云う事も確信していた。
……なんなら、〝法廷〟まで出ても良いと思っている。……カリーヌ義母さんからの無言の──エレオノール義姉さんを押し付けようとしてきた時の凄まじいプレッシャーに較べたら、法廷特有の厳粛な空気なんてそよ風もいいところだ。
閑話休題。
「また何かあったら追って連絡するから今日はもう帰っていいよ」
「はい」
ちょうどニチアサキッズタイムが終わりを迎える頃合い、漸く解放された。……両親や和人、直葉に多大な心配を掛けてしまったのは云うまでもないし──それだけではなく乃愛や明日菜、果てには稜ちゃんにまでその連絡が行き、やはり心配を掛けてしまった事も追記しておこう。
SIDE END
後書き
襲撃犯その1(ジョニー・ブラック)と襲撃犯その2(シュピーゲル)は駆けつけた警官に逮捕されました。残念。
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