剣士さんとドラクエⅧ
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67話 血脈
ヴェーヴィット家、というのはモノトリア家の分家のこと。その中でも当主になるには力(魔法とか剣術とか勉学とかね)が足りないとか、引いている血の強さ……あくまで強さで濃さじゃない……が足りなくて「強制力」をあまり行使出来ない人が名乗る苗字のこと。義母上は結婚される前は身体の弱さから一族の中で一人だけ「ヴェーヴィット」を名乗ってたらしいけど。つまり、親子で苗字が違うとか、普通にあったってこと。……それを考えたら苗字を名乗れるぐらい引いてた馬の骨の私ってなんだろうね?奇跡的な生まれに感謝すべき?ま、捨てられてたけどさ。
で、娘の裏切りによって名誉ある名前を剥奪されても彼らは一応上位貴族の端くれ。屋敷はサザンビークの郊外にひっそりと、でも結構どっしりと屋敷を構えている。大きな鉄の門は威圧感抜群。にしても見張りの私兵の武器のきらびやかなこと。煌めく金属に、柄には宝石。無駄としか思えないけど切れ味は良さそうだね。私の儀礼用にそんなのを持ってるけど、普段使いは絶対にしないな。見張りって大事な仕事なんだから、見た目よりも重要視することがあるでしょ……。ま、結構他人ごとだけど。
「よいしょっと」
で、その鉄門を開けて貰う前に両手で押して自分で開けてみれば顔を二度見されたっていうね。敬礼したまま狼狽えて、でも声には出さずに顔を少しこわばらせるという……何とも器用なことだ。一応来たことがあるせいなのか、それとも今の時間は出入り自由なのか何にも文句は言われなかったけど。
「……お疲れ様です」
「いえ……。ここはヴェーヴィット家。来る者は何人たりとも拒みませんから」
なんか、「道場破り受付中!」って感じだね?モノトリア家は流石に出入り自由ではなかったけどな……。ちょっと腑に落ちないけど、まぁいいか。そのまま皆を促して大きな玄関扉に向かって歩き出せば、すごい勢いで扉が開いてちょっとびっくりした。叔母上だ。
……あれ、なんで私が来たのに気づいたんだろう?叔母上って、たしか……?
「……!会いたかったわ!」
「叔母上、お久しぶりです」
ぎゅむっとその姉妹揃って豊満な体を私に押し付けてくるのはやめていただきたい……。私が女だからいいかもしれないけど、この光景って結構……際どくないか?男装してるから。……姉妹二人揃って天然なのもいろいろすごいよね。いきなりのハグはやめてくれって感じだけど。まぁ、関係的にありえないことじゃないからいいけどさ……。
ふわりと香水だろうか、少し濃い花のような匂いが鼻をつく。義母上ならば絶対にしない匂いだ。体の弱い義母上は、いつも優しい石鹸の香りを纏っていたから。
「そうだ、今日は何の御用かしら?私たちに出来ることだったら何でもいくつでもいくらでも言って頂戴ね……」
「……では、今すぐサザンビーク王に修行の旅をしているモノトリア長子トウカが謁見をしたがっていると取り次いでください。それから……叔母上、叔母上はトロデーンの出来事をご存知ですか」
「いいえ?」
義母上によく似ている叔母上を直視するのは、少し辛い。体の弱い義母上と違って、極端に両眼の視力が悪い叔母上は私を目を細めて見つめるのだ。本心から分家として、次期当主を守り、叔母として慈しんでいるのだ。私が養子であると知りながら。その、義母上に良く似た優しい眼差しは……黒色の宝石のような輝きを……え、黒?
叔母上の目は、いつでも優しい灰色だった。視力が悪いゆえにとても色素の薄い色だった。瞳の色が変わるのは、たまに変わる私が言えたものでもないけれど……なんらかの魔法や薬によるものとしか考えられない。で、だよ。例の「強制力」をかけられるとそのかけた相手の目の色になるんだよね……。嫌な予感がするなぁ、「あいつ」、黒だし……。
「申し訳ございません……『私に従え』」
「……『はい』」
取り敢えず、誰にかけられているのか分からないけれど「強制力」の上書きをしてその効力を打ち消す。やるとしたら「あいつ」だけど……「あいつ」って血の強さでは養子の私を下回る最底辺なんだけどな……魔力でゴリ押せるなら話は違うけれど。出来たっけ?
にしても魔力を使わないのに漆黒の鎖が相手を締め付ける、みたいなことになるんだね、「強制力」って。上書きしているせいか、私に比べれば弱々しい灰色っぽいくすんだ鎖が朽ち果てて消えていく。やっぱりかかってたんだね……本当に、この血は厄介なこと。
あぁ、エルト。そんなにびっくりしないでよ。びっくりなら私もしてるから。小さく、安心させるようにエルトに向かって目配せした。……口が半開きになってるよ?じゃらりと鎖を巻き取るように持ち上げてっと。
「『勝手にしろ』」
で、煽ってるとしか思えない台詞を吐いて「強制力」を解除する。私の黒い鎖は見る間に溶けるように消えていった。どうでもいいけどこう言えって教わったから仕方ないよね……でも、思わず最初に作った先祖のセンスを疑ってしまうね?
「……今の、何?トウカって魔法使えたの?」
「魔力はなかったわよ……」
考察は勝手にしてて欲しい。悪いけどちょっとそれどころじゃない。叔母上が心配なんだから……。
「…………」
「……、あら?」
経過を知るために無言で叔母上を見ていれば、不意に目をパチクリして彼女はこっちを見て首をかしげた。繰り返すけど、彼女は酷く目が悪い。眼鏡をかけてもあまり意味が無いらしいほどに。……それなら、目を細めても対して意味はないんだろうな……。
「私はなぜここにいるのかしら……。貴方は……どちら様かしら?ごめんなさいね、私、よく目が見えないの」
「存じ上げております、叔母上」
「……その声は、トウカちゃん、かしら?……ここに来ちゃいけないのは分かっていたわよね?」
うん、確かに小さい時は何があってもヴェーヴィットに行くなとは言われていた。でも正直目を瞑っても「あいつ」ごとき、魔法を使われても勝てるんだよね……警戒は必要だけど過剰なのはいらないと思うよ。「あいつ」、考え方短絡的だし。自室のベッドで寝てても暗器をキャッチアンドリリースして暗殺者を殺してしまう私だよ……?普段ろくに運動もしていない、魔物と戦ったこともない貴族の令嬢に負けるほど弱いつもりないから。「あいつ」相手に慢心はしないけど。
「……ちゃん付け……あのトウカがちゃん呼び……」
「別に俺は変でもないと思……いや俺は何を」
「ククール、正気に戻りなさい」
君たちは事をこれ以上ややこしくしなくていいから。こんなところで油売ってないで、さっさとサザンビーク王に謁見したいでしょ?
「分かっています。しかし事態は急を要しますので。先程も申し上げましたが、今すぐサザンビーク王にモノトリア長子トウカが謁見をしたがっていると取り次いでください」
「……勿論、私たちヴェーヴィットはモノトリアのいかなる命令でも従うわ」
何か言いたげな顔をした叔母上は執事を呼びつけてその次第を命令した。すぐに頭を下げた執事が頭を下げて屋敷の奥に消えていくのを見送っておもむろに叔母上は口を開く。
「……、トウカちゃん。薄々わかってるかもしれないけれど」
「ライティアが何かしたのですか?」
「ええ。あの子はとうとう……幻覚まで見始めたみたいよ……その、亡きルゼルくんの……」
「……」
……暗に屋敷に入らない方がいいってことかな?それとも早くここから立ち去れってこと?どっちでも構わないけど……。にしても、産まれもしなかった兄上、姿も見たこともない、名前しか知らない相手に……そこまで懸想できるのって……。
「ちょっと、それでね……。……ああ」
屋敷の中からばたばたと激しい格闘音と、下品な甲高い叫び声、それから魔法が炸裂したのか爆発音まで聞こえてきたんだけど……。もしかして、最近、「あいつ」を押さえ込めてないの?仮にもモノトリアの血を引いているのに?私と違って、叔母上も叔父上も魔法の適正あるでしょ?「あいつ」よりもさ。おかしいなあ……。
「……みんなは下がっていて欲しい。私の問題だし、『あいつ』、弱いから……」
バキィッ!
そこまで言ったところで頑丈そうな扉が弾けるように開き、露出過多な紫色のドレスの女が飛び出してきたのを見て私は皆を背にして構えた。一応、剣は抜かないで。
「ルゼル様!お会いしとうございました!」
「……」
「ああ!クールなところも格好いいですわ!ご機嫌麗しゅう」
「……」
「ライティア、部屋に戻りなさい!『私に従いなさい』!」
「嫌!」
「……厄介な」
なんてことだよ。こいつ、強制力が効かなくなったの?血が弱すぎたら逆に効かなくなるらしいけど、まさにそれでしょこれ……。鎖がスカッと通り抜けたみたいだ。……ってことはコイツじゃないの?叔母上を縛ったのは。それとも……うまいこと縛るのだけをよける能力だけつけた、とか?やめて欲しい……。
「ルゼル様!ご覧あそばせ!新しいドレス、ルゼル様がいらっしゃると思って仕立てましたの……どうでしょう?」
防護能力のかけらもない、露出過多で女の私も目をそらさざるを得ない服に同情するんだけど。半分ぐらい乳出てるけど、それでいいのか?私だったら絶対に嫌だ……足だって丸出し。一応貴族の令嬢だろ?未婚の。そんな売女より酷い格好……おっと失礼、つい本音が。私も結構やばいんだけど、完全に行き遅れてるこいつ、大丈夫か?というかよく叔母上は作るの許したな?にしても酷く甘い花の香水に鼻がやられそうだ……。
「……ルゼルさまぁ……」
「寄るな」
体をくねさせてこっちに寄るな。ほら、エルトとかドン引きしてるだろ……。あと、ククール、目が怖い。君が相手にするタイプじゃないのは分かってるから……。ゼシカのほうがよほど綺麗だ。比べるのもおこがましいほどに。若さすら負けてて、よくもまあ出来るもんだよ。
「まぁ冷たいわ。婚約者の仲ではありませんか」
「……私は慎ましい格好の方が好きだ」
「そうでしたの!では着替えてまいりますね!」
……随分とちょろいね。取り敢えず時間稼いだし、用は済んだからここからもう立ち去ろうかな。いや、それしたら叔母上にあいつ何するかわからないし……叔母上も応戦はできるだろうけど。でも危険な目にあわせたくないし……。
「……おい、状況を説明してくれトウカ」
「うん、分かった。あいつはボクのいとこでね……小さいときに逆恨みで刺されたから会いたくなかったんだけど……。何でか知らないけどルゼル兄上とボクを間違えてるんだよね……それ以上はあんまり知らないかな」
「……兄がいたのか」
「兄上は産まれなかったんだよ……」
「……っ、それは……すまない」
それはククールが気にすることじゃないだろうに。貴族のどろどろは、嫌いだろう?ばりばりの貴族だというのに嫌われてないのは……なんでだろう?らしくないから?
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